風巻 隆「風を歩く」から vol.45 渋谷「アピア」
text: Takashi Kazamaki 風巻 隆
まだ東横線が地上にあった頃の渋谷駅の南口、バスターミナルや東急プラザがかつてあった西側から国道246の歩道橋を渡り、坂を上らず恵比寿方面へ3分ほど歩いたところに「アピア」という、ログハウスのような木の内装の細長いライブハウスがあった。1960年代末に劇団・東京キッドブラザーズが「HAIR」というスペースをそこに立上げ、劇団が渡米するのを機にマスターの伊東哲男さんが70年からこのスペースの運営に関わり、当初は音楽、演劇、舞踏、美術、写真、実験映画、イベントなど様々な公演が行われ、即興演奏というマイナーな表現にも開かれていたスペースだった。
70年代中頃には店名を「アピア」と改め、アコースティックな弾き語りをするシンガーソングライターの聖地のような場所になり、友川かずき、南正人、友部正人、金沢栄東、中川イサト、中川五郎、シバ、高田 渡、遠藤ミチロウらが出演する店となっていく。また伊東さんは、渋谷のライブハウスの仕事が終わってから地元でくつろげる店として、元住吉に「珈琲酒館」というカウンターと椅子席少しの小さなスナックを作り、奥さんの照子さんとともに、この二つの店を切り盛りしながら若い人を育てていた。元住吉に暮らしていたボクも、音楽好きの兄がときどき顔を出すこの店のことは知っていた。
ボクが「珈琲酒館」に初めて行ったのは、まだ10代だった大学1年のゴールデンウイークで、その日は、井田山の上にある養護学校で、知り合いが夜中にゲリラライブをやるというので友達を誘って見にいっていた。その時は未成年ではあったけれどお酒と簡単なつまみを持ってでかけ、場合によっては自分たちのバンドで演奏するというそんなアブナイ企画だったのだけれど、いくら山の上とはいえ、夜中にロックの爆音を奏でれば騒音の苦情が出て養護学校の職員が血相を変えて現れ、参加者はその場から退散した。元カノだった友達を家まで送り、その後向かったのは「珈琲酒館」だった。
初めて訪れた店だったけれど、兄がその店に顔を出していたので、その時からマスターからは「タカシくん」と呼ばれ、それはボクが60代になっても変わらず続いた。「えーっ、養護学校でライブやっちゃったの?そりゃ、怒られるわなー。」仕事を終えてウイスキーのグラスを傾けていたマスターも、あきれ顔で笑みがこぼれている。まだ練習用のスタジオとかがさほど無かった時代、音楽を演奏する場所はたいがい学校だった。高校時代からロックバンドのドラマーになり、大学の頃に即興演奏という世界を知ったボクにとって「アピア」はまだ遠い存在で、大学のクラス会を企画するぐらいだった。
1983年、その頃ボクは風狂舎を名乗り「百鬼夜行」とか「見世物小屋」というイベントを企画する一方で、おもに渋谷の公園通りの街頭で即興演奏を繰り広げていた。そんな中、渋谷「アピア」では「叛逆者のための即狂」というシリーズのコンサートを行う。演奏に先立ちパレスチナ問題や靖国の問題を扱う映像も上映し、社会的な問題を提起した。84年、3か月ほど滞在したニューヨークから帰国したボクは、渋谷「アピア」で「オトとおどりの交差点」という企画を始める。その前年、浦和で行われたダンスのイベントにボクは「アピア」の照子さんの紹介で参加し舞踏家たちと初めて共演していた。
そこで試みたダンスとの即興という表現を、「アピア」の協力を得て形にしたいと始めた企画だった。新生呉羽、山田せつ子、川尻育といったダンサーとの「アピア」での共演の中で思い出深いのは、山田せつ子さんとの共演だった。友人の霜田誠二さんと同郷・同窓というツテを頼って共演をお願いし、快諾してくれた。当日、せつ子さんがダンスの中で白い粉を使って、それがアピアの舞台の黒い平台に広がっていて、それを見たボクは、スティックで平台をこすりながら、何か幾何学的な図形のようなものをいつのまにか描いていて、それは、ダンスとの即興の可能性を強く感じさせる瞬間だった。
その後ダンスの企画は立ち消えになったけれど、「アピア」では、みらんや火取ゆきという女性の歌い手さんとのコラボレーションが始まる。みらんさんとは86年、日雇い労働者が集う山谷・玉姫公演での越冬のステージや、西荻「のみ亭」でのライブで透き通るような声で韓国の歌を聴かせてもらい、火取さんとは彼女の曲をボクが伴奏する形で共演を重ねていく。火取さんは「アピア」の裏方や、その頃「ピンクの豚」と名前を変えていた元住吉のスナックのカウンターにも入っていてボクもよく飲みに行っていた。ギターを抱え骨太の声で自作の歌を歌う彼女の音楽世界は、物語に溢れていた。
長年、自らの自主的な活動の拠点として使ってきた甲州街道に面する「キッド・アイラック・アート・ホール」が、明大前の再開発で閉館・移転することになった2000年の年末、ボクは、キッドで多くの作品をともに発表したダンスの神蔵香芳さん、渋谷「アピア」で歌っていた火取ゆきさん、当時ともによく演奏していた大熊ワタル、坂本弘道、大蔵雅彦らとの「ホンキートンク・アンサンブル」で、「カフェ・カーニバル」という歌とダンスと即興演奏という実験的な公演を行ったことがある。その際に、「アピア」の壁面に掲げられていたマスターが作った白いデスマスクのような仮面を数点舞台に掲げた。
「キッド・アイラック」というスペースが近くに移転するという形で閉館するときに考えたのは、60年代後半から連綿と続いてきたトーキョーのアンダーグラウンドな音楽文化のなかで「キッド・アイラック」や「アピア」が担ってきたものだ。その時代の流行やトレンドには左右されず、歌やダンスや即興演奏といった表現と、そうしたものを作り出す無名の人達に寄り添ってきたスペース。そうしたスペースがあったことでボク達は出会い、ともに活動し作品を作り上げてきた。「カフェ・カーニバル」は、そうしたスペースに対するオマージュとして構想され、「アピア」の伊東さんもそこにしっかり参加していた。
2004年10月から、2005年の6月にかけては、渋谷「アピア」の夜10時スタートの枠で、ピアノの新井陽子さんとのデュオで「空から木の実、音を叩いてゆく~playing 山頭火」という企画を数回行ったことがある。種田山頭火の自由律俳句の句をいくつか選び、その句のイメージを即興で演奏していくというもの。山頭火は、仙台のダダカンこと糸井貫二さんという美術家から教わっていて、以来、チラシなどでその句を紹介したりしてきていて、自由律俳句の不定形な表現は、即興演奏と相性がいいと思っていた。新井さんが山頭火の句を読み上げて、そのイメージから演奏を立ち上げていく。
たたずめば風わたる空のとほくとほく
わたしひとりの音させている
あてもない空からころげてきた木の実
新井さんとの即興演奏では具体的なイメージを持つことが助けになるかと考えた企画だったのだが、「アピア」のマスターは、「ボクの解釈とはちょっと違っていたけれど、とても面白かったし、新井さんはすごいピアニストだね。」と評価してくれた。新井さんは現代音楽にも通じるような、形式に依りかからないどこまでも自由な演奏を展開し、ボクは一部「アピア」のドラムも使いながら、演奏に方向性を出していけるように句のイメージを追いかけていた。新井さんとの公演は、独自のレーベルを持つ「アピア」で、毎回スタジオ並みのクオリティで録音され、その日のうちにCDRにして渡してくれた。
その後、2007年にピアノの千野秀一さんとデュオで「Café Carnival」というタイトルで夜10時枠の公演を行ったりもしたのだが、建物の老朽化などを理由に渋谷「アピア」は、2009年に碑文谷のスペースに移り、店名を「APIA FORTY 40」と変え、マスターは息子に店を譲り、店をサポートする側に廻る。2003年には奥さんの照子さんが亡くなっていたけれどその後、沖縄三線の歌手KIKOさんと再婚したり、沖縄へ旅行に行ったり、店のライブを紹介する「あたふた」に寄稿したり、多くのミュージシャンとの交流を続けていたが、ここ数年は希少ガンを患って闘病生活で入退院を繰り返していた。
2022年、ボクが久しぶりにオフノートから新作ソロCD「ただ音を叩いている/PERCUSSIO」」をリリースしてマスターに送った際、今後散逸するといけないからとボクが若い頃作ったLP「円盤」や「143Ludlow sy.NYC」などいくつか返却してくれ、その際のメッセージが最後になってしまった。2023年7月28日、渋谷「アピア」のマスター、伊東哲男さんが亡くなったと、息子の伊東玲育さんがFacebookに投稿していた。奥さんの明子さんも「最期は私の腕の中で穏やかに旅立ちました」と、お二人の海辺のツーショットとともに投稿している。ボクもブログ「元住吉から」にマスターの追悼文を書いた。
コロナ禍でライブハウスに人を呼べなくなった2020年5月24日、ピアノの弾き語りをするシンガーソングライター林ミカさんが率いる「MIKA & No tengo hambre」というバンドのゲストに呼ばれ、ボクは碑文谷の「APIA 40」でネット配信のみのライブに参加した。歌の伴奏というのはとても久しぶりで、しかも準備期間がそれほどなく、当日簡単なリハをしただけで本番を迎えたのだけれど、その頃ミカさんとは「音楽のピクニック」というライブを準備していたこともあって、歌に即興で伴奏を付けるのを楽しむことができた。玲育さんや音響スタッフなど、渋谷「アピア」と同じ顔がいたのもうれしかった。
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