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風巻隆「風を歩く」からNo. 337

風巻 隆「風を歩く」から~ vol.48 インプロヴァイザーズ・ネットワーク        

text & photos Takashi Kazamaki 風巻 隆

ニューヨークで6ヶ月ほど暮らした1987年、毎週日曜日にはE9thストリートの「A-MICA」で行われる「IMPROVISERS NETWORK」というライブによく顔を出していた。「A-MICA」は歩道にある鉄の扉を開けて地下へ階段で降りていくような、地下の小さな倉庫で行われる10人も集まれば満員の小規模のライブで、当時はコントラベースクラリネットのポール・ハスキンがブッキングや、ライブ終了時のドネイションの徴収といった雑務を引き受けていた。そこに観客として集まってくる人の多くは、自分も即興演奏をしているミュージシャンで、そこには、即興演奏家達の小さなコミュニティができていた。

サマータイムでまだ夕方のような日射しが残る午後8時、歩道の木々の緑が住宅街の落ち着いた雰囲気を醸し出しているなか、三々五々人が集まり、世話人のポールが扉を開けると演奏者も観客も地下のスペースへ降りていく。楽屋とか控室なんてものもないので、二つのセットがその夜にプログラムされているとすれば、演奏者もそれぞれの演奏を聴き合うことになる。どこかに捨ててあったような古いソファーに腰掛け、初めて会う人達の初めて聴く音に耳を傾けると、そこには、アメリカ各地や世界各国から集まった、まだ磨かれていない原石のような即興音楽家の真摯な姿があった。

この年、「A-MICA」には何度か出演し、まず5月24日にサム・ベネットとのデュオで演奏し、このときはサムの企画で「Village Voice」の週間イベントガイドにもチョイスされ、思いもかけず黒山の人だかりになった。6月14日はポール・ハスキンとNY在住のトロンボーンの河野優彦さんとのトリオで演奏する。たしかこのときはポールの企画で、ボクが河野さんを誘った形だったと思う。8月16日はサムのバンドBOSHOにも参加していたパカッションのクミコ・キモトさんとのデュオで、たしかこれも彼女から声がかかったもの。そう、「A-MICA」では友人から誘われて演奏する客演が多かったのだ。

10月11日にはギターのダグ・ヘンダーソンと、デイヴィッド・ワトソンのデュオのゲストという形で参加し、請われるままに短いソロも披露した。そのときに、小さなシンバルを使って重低音から高い倍音までを叩きだして集まった聴衆たちから喝采を浴びるのだけれど、そうした「誰もやらないこと」をすることに、このコミュニティは賞賛を送ってくれたし、ここに集まっている即興演奏家たちも、誰のものでもない自分の表現といったものを見つけようとしていたように思う。もちろんそれはニューヨークの白人のコミュニティでしかなかったけれど、それは、世界へと広がる可能性を秘めたものでもあった。

そうした即興演奏家のコミュニティは日本にはなかったものなので、ニューヨークから帰国してはじめに企画したのは「デュオ・イムプロヴィゼーション・ワークショップ」という2日間にわたるイベントだった。横浜の大桟橋ホールという船の待合室のような音響機材もないフラットなスペースで、ダンサーなども含めて参加者を公募したところ、27組54人の参加者が集まってくれた。盛岡から金野吉晃さんが、名古屋から水上旬さん、クリストフ・シャルルさんが参加するなどの広がりとともに、篠田昌已さん、大熊ワタルさん、大友良英さんといった同時代の異才もまた、ここに集まってくれていた。

クリストフ・シャルル

イベント当日300円で販売したパンフレットには、二日間のプログラム、出演者の自筆の自己紹介、出演者でもあった荒井真一さんによる主催者インタビュー、盛岡の金野吉晃さん、名古屋の岡崎豊廣さん、広島の倉本高弘さん、大分の山内桂さん、札幌の金沢史郎さん、横浜の牧野譲さんの報告があり、霜田誠二さんへのインタビューを広瀬麻里子が、福本健修さんへのインタビューを河合渉が、天鼓さんへのインタビューを鈴木歩が担当し、その多くは自筆の手書き原稿を掲載している。そのパンフの中でも「IMPROVISERS NETWORK」と、ニューヨークの音楽シーンのことを紹介している。

そのパンフの巻末には出演者の名簿が住所と連絡先とともに掲載されていて、昨今の個人情報の取り扱いからすると隔世の感があるのだけれど、日本にも、即興演奏家のネットワークを作っていきたいという、若い志のようなものがそこには見てとれる。また、このイベントにはジャズ評論家として活躍していた北里義之さんも観客としていらしていて、その後すぐ「ORT LIVE」というミニコミを彼は発行していくことになり、ボクがやろうとしていた即興演奏家のネットワークといったものを軽快なフットワークで彼が作っていったこともあって、ボクのネットワーク構想は立ち消えになってしまっていた。

アメリカ東海岸のフィラデルフィアに在住しTOSHI MAKIHARAとして即興音楽シーンで活躍しているパカッショニストの牧原利弘さんが来日した2004年、サックスの松本健一さんとともに「トシ・マキハラ プロジェクト2004」を立ち上げ、松本さんが入谷「なってるハウス」と、西麻布「SUPER DELUXE」でのライブをセッティングし、ボクが大磯「すとれんじふるうつ」でのデュオと、新宿「シアターPOO」での8人の即興演奏家によるセッションを企画し、そのタイトルを「インプロヴァイザーズ ネットワーク」とした。8人の出演者がそれぞれ共演者を指名してデュオ~カルテットを行うという企画だった。

牧原さんは当時、ごくごく一般的なスネアドラム一つを使って、音や楽器に対するアプローチをさまざまに変化させることによって、誰のものでもない自分の音楽を作ろうとしていた。テナーサックスの松本健一さんは、尺八を演奏することもあり、サックスでも特殊な奏法を多く試みる。アルト・サックスとバスクラを演奏する大蔵優彦さんは、ジャズとは一線を画した独特の立ち位置にいて知的な音楽を作っていく。チェロの入間川正美さんは、形を作ることを頑なに拒否するように抽象の世界へと分け入っていく。ピアニカのしばてつさんは飄々とした彼の性格そのものの軽さを前面に音楽を作る。

ラップトップを演奏するクリストフ・シャルルさんは、自然音や街の音、さまざまな人工音を駆使して構築的な環境音を作り上げる。自作のエレクトロニクスを演奏する米本実さんは、楽器の奏でる音を異化しユーモアさえ感じる演奏を繰り広げる。個性あふれる即興演奏家がこれだけ集まると、それだけでも何かが起きそうな予感があふれてくるし、また、それぞれの演奏家が誰を選ぶのかという興味も主催者にはある。できれば、出演回数を均等にしたいという思惑も主催者にはあって、8人の出演者からの希望を集めた上で、主催者チョイスの組み合わせをしれっとプログラムに忍び込ませる。

おそらく即興演奏のコンサートで一番面白いのは、こうした多人数の出演者による組み合わせを変えていくプログラムだろう。人の組み合わせが変わることで、何か化学変化のようなものが起こり、音楽が思いもよらないところへと進んで行く。何が起こるのかわからないのが即興演奏なのに、同じ面子で何度も演奏を続けているとだんだん同じように盛り上がり、何かを突き抜けることもなく同質性のなかに取り込まれていくことも多い。こうした多人数のセッションは、折に触れて企画していき、大磯「すとれんじふるうつ」での「大磯音楽祭」のオープニングの企画としても、しばしば行われていた

2013年の1月には、二子玉川「KIWA」という小さなホールのようなライブハウスで、「インプロヴァイザーズ ネットワーク」というコンサートを企画した。ベルリン在住のピアニストでラップトップも演奏する千野秀一、バンド「シカラムータ」で活躍するクラリネットの大熊ワタル、自らのネットワークをさまざまに展開して地道な活動を続けるギターの吉本裕美子、美術家・斉藤鉄平氏による創作楽器で鉄のスリットドラム「波紋音(はもん)」を演奏する永田砂知子。そしてここでもラップトップのクリストフ・シャルルとチェロの入間川正美が参加して、さまざまな組み合わせで即興演奏を繰り広げていった。

KIWA 出演者たち

このときの演奏は会場が録画してくれ、いくつかのセットがYou TUBEにアップされている。ステージではなく観客席の最前列に机を置いてステージに向かって演奏を展開したクリストフ・シャルルは、かろうじて頭のてっぺんが映っているだけ。ボクはこの頃、バスドラを平たく床に置くフロアバスドラにしていて、いわゆるドラムセットのような演奏からは距離を置いていた。「KIWA」にはしっかりしたPAシステムがあり、また組み合わせをデュオに限定して永田さんの楽器の繊細さには配慮していた。その彼女がボクとのデュオをピアノに逃げたので、ボクもタイコを回避してコギリ(木琴)で演奏した。

クリストフ・シャルル 吉本裕美子(g) 千野秀一(L to R)

この日は東京では珍しく大雪が降り、交通機関も大きく乱れ、道には雪が積もって楽器を運ぶのも大変だった。そんなこんなでけして観客の多いコンサートではなかったけれど、千野さんがドビュッシーのようなアプローチで永田さんの音をうまく引き出したり、シャルルさんと千野さんがラップトップで音の背景を濃密に作り上げ、その中でギターを抱えた吉本さんが演奏の前面に押し出され、ピアノでも独り立ちをうながされたりと、いつまでも記憶に残る名演も生まれていった。

2018年大磯の「すとれんじふるうつ」のオーナーの代替わりの際にも「IMPROVISORS NETWORK」は行われた、アルト・サックスの森順治、el-大正琴の竹田賢一、クラリネットの大熊ワタル、ヴァイオリンの鈴木シンメイ、名古屋から駆けつけたギターの臼井康浩、ピアノの照内央晴、ギターの吉本裕美子も参加してくれた。この時の演奏のいくつかも、今YouTUBEで見ることができる。40年続いた店を離れることになったオーナーへの、それは感謝のはなむけだった。

風巻隆

Kazamaki Takashi Percussion 80~90年代にかけて、ニューヨーク・ダウンタウンの実験的な音楽シーンとリンクして、ヨーロッパ、エストニアのミュージシャン達と幅広い音楽活動を行ってきた即興のパカッショニスト。革の音がする肩掛けのタイコ、胴長のブリキのバケツなどを駆使し、独創的、革新的な演奏スタイルを模索している。東京の即興シーンでも独自の立ち位置を持ち、長年文章で音楽や即興への考察を深めてきた異色のミュージシャン。2022年オフノートから、新作ソロCD「ただ音を叩いている/PERCUSSIO」をリリースする。

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