風巻隆「風を歩く」からVol.49 神蔵香芳さん~「月と遊園地」〜
text: Takashi kazamaki 風巻 隆

1989年の「Dancing Image」という明大前キッド・アイラック・ホールでのフェスティバルで共演して以来、ダンスの神蔵さんとは、おもにキッド・アイラックを舞台に、さまざまな作品を発表してきた。「作品」といっても、事前にリハーサルを重ねるわけでもなく、また大まかな構成を予め決めておくわけでもなく、タイトルを決め、そのタイトルのイメージをそれぞれ膨らませながら、即興で音を出し、即興で動いていく。動きが音に合わせるのでも、音が動きに合わせるのでもなく、音と動きがともにそれぞれの「流れ」といったものを意識しながら、その「流れ」をコントロールすることで「作品」を作っていく。
ダンスと音楽の即興公演はさまざまな形で行われているけれど、ダンサーがその公演をすべて仕切って、ミュージシャンがそのスタッフのような扱いにされてしまうこともある。ただ、神蔵さんとの公演ではそうしたことは一切なく、彼女が仕切ってもいいような公演のときにも、ボクの立場や意見を最大限尊重してくれた。ボクらが作る作品は、ダンスと音楽が共同で創作する「共同創作」といってもいいようなものに進化していて、神戸で震災のあった1995年に明大前キッド・アイラック・アート・ホールで」初演された「月と遊園地」という作品からは、チラシに<共同創作>と明記されるようになった。
その初演の際には、二日間の公演で1日目のゲストがクラリネットの大熊ワタルとベースの沢田穣治、2日目のゲストがチェロの坂本弘道とピアニカのしばてつといった風に、2日間の公演で演奏家が変わる変則的な公演として企画された。この時点で「月と遊園地」というプロジェクトは、ダンス作品として意識されたものというよりは、ダンスと音楽が対等な立場で出会える「場所」といったものとして考えられていたことがよくわかる。96年、神戸ジーベックホールで神蔵香芳とFREE WORLD BIG BANDで2日間公演した「月と遊園地」では、海外からのミュージシャンと共同創作を繰り広げた。
99年、ミュンヘンからカーレ・ラールが単独で来日した際には、アサヒビール(株)の協賛を受けて、浅草のAsahiスクエアAで神蔵香芳+ホンキートンクアンサンブル(カーレ・ラール+大熊ワタル*坂本弘道+しばてつ+風巻隆)のアンサンブル公演という形で「月と遊園地」を上演した。それまで、神蔵さんとの公演は即興で展開されることを前提としていたので、その作品のあり様を事前に語ることはなかったのだけれど、このときだけ、この「月と遊園地」という作品について、チラシの中で詳しく語っている。そう、神戸での公演から簡単な構成と、作品の流れといったものを導入していた。
空気の肌触り、風の匂い、光の記憶…を手探りしながら、透明感あふれる独自のダンスを作り上げてきた神蔵香芳。自由でオープンな即興音楽を作るホンキートンクアンサンブルと共に創作する「月と遊園地」は、音楽とダンスの新しい出会いを模索し、一人一人の自由な発想を積み上げて舞台化する作品として、95年から継続している。
「Atornal Astology / Amalgam 無調の占星術 / 混合物」「MumboJambo Mashroom とるに足らないマッシュルーム」「Scrach Session / Scrap Song にわか仕立てのセッション / がらくたの歌」「Eccentric Episode / Empty Echo 風変わりなエピソード / 空虚なエコー」「Mechanical Message Meets Melody 機械的なメッセージとメロディーの出会い」「Nitty-gritty Naked Noise 核心的でむき出しのノイズ」「Tears of Terra-cotta / Twilight テラコッタの悲しみ / たそがれ」…こうした7つの小品からなる音楽は<どこにもない空間> を形作り、ダンサーはそこに入り込んでは自分の「時間」と「位置」を探っていく。
「遊園地」と呼ぶにはタネも仕掛けもない、荒涼とした広場のような舞台。その何もない空間にふとしたことから強い幻想が立ち現れてくる。スピード感、浮揚感、音と光の洪水…、そこでは時間や空間さえ自在に変化していく。そんなイメージを広げながら、「月と遊園地」は混沌とした日常のなかに<広場>の明かりを灯していく。
このときカーレ・ラールはギターではなく、サンプラーとターンテイブル、ミキサーを駆使してDJのようなスタイルで演奏した。このダンス公演の1週間後、彼は赤坂ドイツ文化会館ホワイエで「東京サウンドスケープ」というレコード、スライド、サンプラーで構成するDJアートの単独公演があり、10年前の初来日のときから買い集めたゴジラ、アイドル歌手、マヒナスターズ、寺内タケシから天鼓、篠田昌已、大友良英…、彼がサンプリングした駅や街角のノイズを使って、テクノからチンドンまでも包み込む猥雑な国際都市トーキョーの「音風景」を再構成し、新しい彼独特の音楽観を見せていた。
即興を作品化する形で継続してきた「月と遊園地」だったけれど、2000年、甲州街道沿いにあった明大前キッド・アイラック・アート・ホールの移転に際して企画された「カフェ・カーニバル」という神蔵香芳+歌の火取ゆき+ホンキートンクアンサンブル(大熊ワタル、坂本弘道、大蔵雅彦、沢田穣治、風巻隆)というメンバーで共同創作を行ったこともあって、新しく駅前通りに移転したキッドでは、2003年、アートの夏海花澄をゲストに、彼女の空間構成のなかで、ダンスの神蔵香芳と風巻隆が、即興的なパフォーマンスをする「月と遊園地」が公演され、力の抜けた自然体の表現を生み出していった。
夏海さんのインスタレーションは、天井の高いキッドの空間に、惑星をイメージするような球体のようなものをいくつも天井から吊り下げ、床には小さな椅子や積み木が無造作に置かれているようなものだった。「月と遊園地」というタイトルそのままといえばそのままなのだけれど、ダンスをする床にモノがあるというのは、神蔵さんにとっては想定外だったのかもしれない。ただ、自らも実家の幼稚園でダンスを子供達に教えている神蔵さんにとって、小さな椅子や積み木は、ある意味で慣れ親しんだものでもあるので、小さなモノたちともすぐ仲良くなって、そこで踊ることを楽しんでいるようだった。
2004年には、ラップトップを演奏するクリストフ・シャルルをゲストに、キッド・アイラックで「月と遊園地」を公演した。夏海さんは具体的な作品で空間を構成していったのに対し、シャルルさんは音で環境を作っていく。かつて神蔵さんはインタビューの中でシャルルさんの音を、「水のせせらぎとか、鳥の声とか、風の音とか、音源にそういう自然音をそのまま使っているわけではないのに、そういう音と同じような波動が感じられる音」と表現し、「癒し」を感じられる音楽だと評している。音の波動が空間を作り、その中で踊ることで、「ダンスもまたシンプルになっていくような気がします」と語っていた。
95年に体を悪くしてぜんぜん起きられなくなったとき、神蔵さんは、「動けるからだがなくなったとき自分はどうやって踊るんだろう」と考えたと言う。そのとき、「踊るということは表現するということで、踊りの本質はけして動きだけでは立ち上がって来ない」ということがはっきりわかったし、「それがわかったら、一つの動きのなかに限りないイメージがあるのが見えるようになった」と言っている。そして、「表現することへのこだわりもなくなって、ダンスのなかに言葉があってもいいし、モノがあったり映像があってもいい。どれも自分の自然な表現であることに変わりない」と思うようになったと語っている。
神蔵さんのダンスには、彼女が大切にしている小さな物語があって、それは床の上の糸が引っ張られてピンとなったとか、風の中に花の匂いがしたとか、そうしたささやかな事柄にどんな気分を感じてどう表現するかというものだ。風巻との即興においても、音と空間のなかに小さな物語を作っている。それはその場の時間と空間をダンサーが特権的に支配するというものではなく、「気分」とか「気配」といった微細なものを彼女は大切にしていて、音も光も空間も、そうした「もの言わないもの」が彼女のダンス作品の中でいっせいに語りだすことがある。彼女の「うごき」にはもの言う力があるようだ・
キッド・アイラックでの「月と遊園地」は、キッドとの提携公演という形で行われ、毎回、照明は坂本明浩さんが担当してくれた。普段は時間貸しをしているキッドだったけれど、提携公演の際は「あがりの折半」といった形で支援してくれ、地下のブックカフェ「槐多」での打ち上げでは、スタッフの早川さんが腕をふるって、おしゃれな料理を提供してくれた。2005年にキッドのレーベルからソロCD「ジグサグ/zigzag」をリリースすると、その発売記念のコンサート&パフォーマンスで神蔵香芳さん、ピアノのないキッドでピアノの新井陽子さんとともに「ハッピー・ミーティング」というパフォーマンスを行った。
この作品は、「月と遊園地」に続く新しいダンスピースとして、2007年9月の上田、信濃デッサン館での「信仰と芸術展」の特別企画として別館<槐多庵>で神蔵香芳と風巻隆の二人による公演としても上演されたのだけれど、「月と遊園地」を含め、1987年から連綿と続いたボクのキッド・アイラックでの活動をずっとサポートしてくれたキッドのディレクター南陽子さんが2009年、若くして亡くなったこともあって、神蔵さんとのダンスピースも自然消滅のような形で立ち消えになってしまった。キッドの地下のカフェ「槐多」のカウンターに、南さん坂本さんが佇む写真が残っていて、大切な一枚になった。
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