風巻 隆「風を歩く」から~ vol.50「未知の記憶~山頭火の自由律」
Text: Takashi Kazamaki 風巻 隆
2005年、キッド・アイラックのKIDレーベルからリリースしたソロCD「ジグザグ/zigzag」のライナーノートに、ボクは、「未知の記憶」という一文を書いている。「音楽」とは何か、「即興」とは何かといったことは、即興演奏を続けていくなかで、長年考え続けてきたことだけれど、ソロCDを発表するにあたり、自分なりの音楽観や即興観といったものを、ちゃんと言葉にしておきたかった。若い頃は「即興」は子供の遊びのようなもので、自由な心があれば誰でもできるものだと思っていたけれど、ニューヨークではジャズを肌で感じ、デューイ・レッドマンと路上で共演するスピリチュアルな体験もした。
ボクが「即興演奏」というものを知ったのは大学時代、たまたま本屋で買った「ジャズ・マガジン」の間章のミルフォード・グレイヴスの来日に際しての紹介記事で、その頃はジャズもフリージャズもまったく知らないただのドラム少年だったけれど、その来日公演は既に終わっていたので、それからのボクは「即興」を探す旅のような日々を過ごすことになる。楽器を作り替えて革のヘッドを付けたり、タムタムにギターのストラップを付けて、肩からタイコを提げて叩くスタイルを身につけた。ドラムセットを解体し、パフォーマンスの領域にも足を踏み入れて、誰のものでもない自分の即興を作ろうとしていた。
そんな若い頃、ボクの即興観に大きな影響を与えたのが「山頭火」だった。自由律の俳句を詠み、放浪の俳人と呼ばれた「山頭火」の存在を教えてくれたのは仙台に住む美術家の「ダダ貫」さんで、友人を介して知り合うと手紙のやり取りをするようになっていた。82年、鶴巻温泉のジャズ喫茶「すとれんじふるうつ」での向井千惠さんとのライブから自主製作のLPを作る際にタイトルを「風を歩く」としたのも、山頭火の「けふもいちにち風を歩いてきた」という句から拝借したものだ。このLPが出来てすぐアパートが火事になり、しばらく放浪生活を送り、ツアーを企画して全国を渡り歩いていった。
84年、はじめてニューヨークへ行き、思いがけずさまざまな音楽活動を展開できた後、明大前「キッド・アイラック・ホール」ではじめたシリーズ「音の交差点」のチラシでは、「月がのぼって何をまつでもなく」「たたずめば風わたる空のとほくとほく」「ほろほろ酔うて木の葉ふる」「うしろ姿のしぐれていくか」といった山頭火の句を毎回紹介している。五七五17音の定型詩で季語という伝統の縛りがある俳句の世界で、自由律を貫くことの困難さは想像に難くない。言葉で何かを表現するのではなく、自分が言葉と化していく山頭火の句に親しむなかで、自分を捨てることが「即興」であることに気づく。
タイコを叩いていると、ある奇妙な感覚にとらわれることがある。
ひとつの音から次の音へと、楽器がひとりでに語りだすような瞬間、
自分が演奏をしているという感覚がなくなって、音楽がひとりでに出来上がっていく。
そうして演奏しながら、その演奏を、ボクはむしろ聴いているとすれば、その音楽は自分のものではない。タイコという楽器が語りはじめたときに聞こえてくるのは、
その楽器のなかに記憶されている音だ。
そうした音は、はじめて耳にする音なのに、どこか懐かしい。
耳をすませば、いろんな音が聞こえてくる。
工事現場の杭打ちの音、遠くでふとんを叩く音、
公園のブランコがきしむ音、町工場の機械の音、
蛇口から水滴が落ちる音、こども達の喚声…、
音を聴いていると、いつのまにか、記憶の中に引き込まれ、
自分が今どこにいて、何をしているのかわからなくなる。
今・ここにいるということから自由になったとき、
自分でも知らなかった未知の記憶が
心のなかに、ふとよみがえってくる。
風の吹く秋の日に、
高い木の梢から、パラパラッとドングリが降ってきた。
坂道をころがるドングリを見ながら、ボクは、
その光景を音楽のように感じていた。
この日常という時空を切りさいて
もうひとつの世界へ通じる道がある。
そうした場所にたったとき
自分というものは、もうどこかに消えてしまい、
ただ、そこに音楽がなり響いている。(未知の記憶)
ドングリが降ってくる話は、ボクが実際に井の頭公園近くの坂道で体験したことだけれど、山頭火にも「あてもない空からころげてきた木の実」という句がある。「あてもない空」とは、今ここではない、どこか遠い所のことなのだろう。山頭火は音のことも記憶のことも句には書いていないけれど、それが日常という時空を切りさくものであったことは確かだろう。
インターネットが普及しだした2003年、古い友人から連絡が入り38年振りに大磯の「すとれんじふるうつ」で再会したことがある。小学2年生のときの同級生の女の子で、もう顔も忘れているかと思っていたのに、会ったら「何だ、この子なら知ってるよ」と思いだした。二人で話をしていると、忘れかけていた記憶や、感覚がフトよみがえってきて、失くしてしまった時間を取り戻せたような気がした。高校時代につきあっていたガールフレンドに少し似てるなとも思ったのだけれど、あとから考えると、それは逆なのかもしれないとも思ったりして、なかなか会えないけれど、今では大切な友人になった。
あらかじめ作曲されたものを演奏するのではなく、聴衆の前でその場で音楽を作っていく即興演奏もまた、忘れかけていた記憶や感覚を呼び起こす力を持っているような気がする。今ここの、いつもの世界のすぐそばに、もう一つの世界があり、その記憶の海の底に、何か大切なものを探しに行く…、そんな音楽は、奇妙で、不思議で、風変わりなのだけれど、懐かしい響きに満ちていて、そこから、まだ見たことがない世界が透けて見えてくるような気がする。
「未知の記憶」についても、別の機会にチラシに文章を書いている。山頭火の「わたしひとりの音させてゐる」の「音」は楽器でも音楽でもないけれど、「音」が何かの手段であることから離れて、音そのものになっているような気がする。
記憶のことを考えている。実はボクも長いこと楽器のことを道具だと思っていて、自分を表現する手段だと考えていたのだけれど、近頃、どうもそうではないように思えてきた。タイコにしろドラにしろ、一つの楽器の中にもさまざまな音や、音楽の断片が記憶されているようで、こちらが音に語りかけると、さまざまに応えてくれるときがある。それが楽器の中に眠っていた記憶なのか、演奏するボクのなかに眠っていた記憶なのか、もうすでにあやふやになってしまっているのだけれど、演奏しながら、自分ではなく楽器が語りはじめるときがある。そうした未知の記憶によって呼び起こされた音楽は、即興で演奏されたにもかかわらず、どこか懐かしい響きに満ちている。
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