風巻 隆「風を歩く」から vol.11 LP『ATMOSPHERE』~ダニー・デイビス

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text by Takashi Kazamaki  風巻 隆

© Akio Tsubotani 坪谷昭夫

1985年、鶴巻温泉の「すとれんじふるうつ」でダニー・デイビスとのデュオを録音したボクは、3枚目となる自主製作LP『ATMOSPHERE』をリリースする。サン・ラ・アルケストラのアルトサックス奏者だったダニーさんは、その前年、奥さんのアミさんと、まだ小さい娘のサヤカちゃんを連れて来日し、東京・秋川に居を構えて音楽活動をしていた。ダニーさんに会ったのは、84年7月、「すとれんじふるうつ」が企画した芝青年会館ホールでの「Variation」というコンサートと、パフォーマンスの霜田誠二さんが福島・土湯温泉で企画した、「パフォーマンス&シンポジウム フェスティバル」の集まりだった。

土湯では渓谷や緑の山に囲まれたのどかな温泉街に、都会からミュージシャンやパフォーマーが大勢集まり、川べりの道の特設のステージでは、パフォーマンスやバンド演奏が繰り広げられた。3日間の会期中、地元の小学生との交流でお祭り気分を味わえたし、芝のコンサートでは挨拶ぐらいしかできなかったダニーさんともゆっくり話をすることができた。最終日、主催者の霜田さんが逮捕されるというアクシデントのなか、ミュージシャン達が集まってオーケストラを作り、霜田さんの作った「うんこのおまんじゅう」という歌を皆で演奏した。その輪の中に、ダニーさんも加わってくれたのだった。

ちょうどその頃は、2ヶ月半ほどのニューヨーク滞在から帰国してすぐのことで、即興演奏のコンサートを定期的に行う、「音の交差点」というシリーズを9月から始めることにした。その記念すべき第1回のコンサートのゲストは、ダニー・デイビスと、ルナパークアンサンブルの歌姫ローリーだった。明大前キッド・アイラック・ホールを会場に企画したこのシリーズは、田中トシ+菅波ゆり子、篠田昌已+小山景子、小西ヤス+香村かをり…というゲストを迎え、一期一会の出会いの場として始まったのだけれど、その後は、いろんな人をゲストにデュオで即興演奏するやり方に形を変え継続していく。

ニューヨークで音楽活動をしてきたとはいえ、その頃のボクは誰かと継続的に演奏をする経験がなかったし、何よりもヴェッダでの活動が長かったので、アンサンブルというものへの理解や方法論といったものが、まだちゃんと備わってはいなかった。だから、ダニー・デイビスと一緒に演奏することはアンサンブルを学ぶことでもあり、ダニーさんは、ボクにとって初めてのデュオのパートナーとなった。85年5月鶴巻温泉「すとれんじふるうつ」でのデュオは、多くのお客さん達に囲まれて、アルトサックスとフルートにタイコがしっかりと寄り添ういい演奏になり、終演後は長く温かい拍手に包まれた。

LP『ATMOSPHERE』を作るころ、ダニーさんには1歳になる二人目の赤ちゃんがいた。タイキくんという男の子で、その名前を説明するとき、ダニーさんが「大きい樹じゃない、アトモスファー(大気)」と教えてくれたのがタイトルの由来。アトモスファーという言葉には宇宙的な広がりと、その場の雰囲気といった意味もあって、ダニーさんが持っているサン・ラ譲りの宇宙的な世界観もそこに表している。LP のジャケットにサヤカちゃんの描いた絵を使わせてもらおうと思い、一度、五日市線・西秋留のダニーさんの家へ遊びに行ったことがある。そこは都会の喧騒からは離れた、古い木造の家だった。

自主製作した LP を売る必要もあったので、85年の夏、ダニーさんと二人でツアーをすることにした。ダニーさんと一緒に演奏する中で自分の中で変化するものがあり、肩から提げるタイコとドラをメインにした線的な音作りから、低音域を含めた幅広い音作りができないかと思って、バスドラの上に14インチのシンバルを乗せるというスタイルに行き当たった。立ったままタイコを抱え、足でバスドラを叩く。シンバルとタイコはスティックを介してさまざまな音色のヴァリエーションを生み出し、多彩な音を紡いでいく。移動の際にはバスドラのケースに楽器を全部入れ、キャリーに乗せて運んでいた。

バスドラを使い、ドラムセットのようなスタイルを取るということは、それまでの、音楽の枠組みの外に「自由に遊ぶ」ことで即興音楽の可能性を広げようとするスタンスからは離れて、音楽やジャズの伝統をリスペクトしながら、共演者とのアンサンブルを作ることに注力し、お互いの意気が統合することで未知の領域に踏み込んでいく…、そんな高次の即興というものをイメージするようになった。その頃は、自分ではっきりと意識していたわけではないけれど、今にして思えば、ニューヨークの路上で、たまたまデューイ・レッドマンと一緒に演奏することができた、そのことの影響は強くあったと思う。

また、84年のニューヨークで、ボクは、ドラムのデニス・チャールズにも会っている。「どうだ凄いだろ」と自己主張するだけのドラマーが多いなかで、彼の音は「どうだい、うまくやってるかい?」とでも言うようなドラムで、音を共演者や観客に投げかけてくる。人柄がそのまま音になっているような彼の演奏は独特で、終演後に挨拶に行くと、気さくに声をかけてくれ、以降、彼の演奏をよく聴きにいった。その演奏は心を打つものがあったけれど、お客さんは少なかったし、路上のことも多く、生活が大変なのは明らかだった。彼もまた、ジャズの偉大な音楽家の一人であるということを後から知った。

こうした体験から、ボクは、ジャズを生き様のようなものとして考えるようになっていた。生きにくさとでもいうのだろうか、自分の思うようにはならない人生の中で、音楽を演奏しているときだけが自分でいられる…、そんな特別な時間。ダニー・デイビスの音楽で顕著だったのは、自己に沈殿しエネルギーを高めるかのような無音の間と、それを一気に解放し疾走していくグルーヴだ。フリーフォームでありながら、破壊や衝突といったものとは無縁で、自己の記憶や、深遠な黒人文化の記憶に耳をそばだて、宇宙的な規模の想像力を駆使して、大地に轟くような咆哮を自分の歌として解き放っていく。

ダニー・デイビスとデュオで演奏するときはいつでも、心の深いところへ潜っていく必要があった。そんな、深く、内省的な演奏を繰り広げるダニーさんだったけれど、普段はとても明るく、お茶目なところもいっぱいあって、一緒にツアーをするのは本当に楽しかった。青春18キップを使った貧乏旅行で、宿もとらず、主催者の方の家に二人で上がり込んだり、なかには、その日知り合ったお客さんの家に泊めてもらったこともあった。ツアー中、ダニーさんは思いのほか社交的で、誰にでも片言の日本語と英語で話しかけ、終演後は楽しそうにビールを飲んで、主催者やお客さん達とくつろいでいた。

ツアーは前半が西日本、後半は北日本や佐渡だったけれど、印象深かったのは大分・湯布院の「Music Landscape」というオールナイトの野外フェスティバルだった。由布岳が近くに見える塚原の別荘地の原っぱに簡単なステージをしつらえ、お客さんは原っぱに座ったり、横になったりしながら音楽を聴く。出演は小杉武久、高木元輝、島田璃里、浜田剛爾、山内桂と地元のバンドがいくつか、そしてダニー・デイビスと風巻隆。現代美術の風倉匠さんを中心とする地元大分のグループが主催したこのフェスティバルは、夏の高原でジャズや現代音楽、即興音楽がまとめて聴ける贅沢なイベントだ。

夏の日が暮れて、星が空にまたたきはじめた夜7時ごろ、まず出演者全員の顔見世興行のような短いセットから演奏が始まった。主催者の一人が持つ別荘が出演者の楽屋になっていて、そこでくつろぐこともできたのだけれど、ボクとダニーさんはスタッフの若い女の子と話をしたりして会場にずっと張り付いていた。ボクらのデュオは深夜0時から1時間程の演奏を2回休憩なしで行った。サックスの音が闇夜を切り裂き、タイコの響きが由布岳に広がっていく。この日のハイライトは、早朝空が白々と明けてきた頃行われた小杉さんの演奏で、ボクは、毛布にくるまって横になって聴いていた。

徳島から1時間ほどの阿南という町の「銀河館」というジャズ喫茶でのライブもとっても良かった。天井が高く、アトリエのような店内に、昼間訪ねると夏の日が射し込んでくる。久しぶりに会う友人達と一緒に近くの海へ散歩すると、「今日のボクは、スピリチュアルだよ」と、ダニーさんが遠くの方を眺めながらつぶやく。その夜の演奏は最高だった。即興ではあっても、お互いのやりたいことがわかっていて、一瞬の無駄もなく音楽が出来上がっていく。即興でありながら、その場で作曲していくような、そんな演奏。タイコを演奏しながら、「この演奏はスゴイ」とワクワクしているもう一人の自分がいる。

©Akio Tsubotani 坪谷昭夫

一部がアルトサックス、二部がフルートの演奏で45分~50分の演奏。ダニーさんの演奏には、ちゃんと初めと、中と、終わりがある。お気に入りのフレーズもいくつかあって、即興は作品を作るための一つの方法なのだということを、ダニーさんは演奏の中で教えてくれた。「銀河館」での演奏は、最後の音が沈黙の中に消えていくと、温かい拍手がわきおこり、ボクはダニーさんと硬く握手をし、その胸の中に飛び込んだ。「音楽は自分の魂と体から出てくるもので、聴く人の体と心に働きかけるものだ。」と、ダニーさんは言っていて、人間的な温かみが、そのまま音になっているミュージシャンだった。

 

風巻隆

Kazamaki Takashi Percussion 80~90年代にかけて、ニューヨーク・ダウンタウンの実験的な音楽シーンとリンクして、ヨーロッパ、エストニアのミュージシャン達と幅広い音楽活動を行ってきた即興のパカッショニスト。革の音がする肩掛けのタイコ、胴長のブリキのバケツなどを駆使し、独創的、革新的な演奏スタイルを模索している。東京の即興シーンでも独自の立ち位置を持ち、長年文章で音楽や即興への考察を深めてきた異色のミュージシャン。2022年オフノートから、新作ソロCD「ただ音を叩いている/PERCUSSIO」をリリースする。

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