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風巻隆「風を歩く」からNo. 300

風巻 隆 「風を歩く」から vol.13「デニス・チャールズ」

text by Takashi Kazamaki  風巻 隆

ニューヨークのイースト・ヴィレッジは、古いレンガ作りのアパートが立ち並び、80年代にはまだ家賃の安いところも多かったので、ミュージシャンや若いアーティストが多く住んでいるエリアだった。アベニューBとアベニューAを東西に、7thストリートと10thストリートを南北に囲まれたトンプキンス・スクエア・パークは、そうしたイースト・ヴィレッジの憩いの場といった所で緑も多く、その公園を通ってライフキャフェへコーヒーを飲みに行くことを、ボクは楽しみにしていた。公園の中にはバンドシェルと呼ばれる小さな野外音楽堂があって、ときおり地域の人達へ向けて無料のコンサートが行われていた。

1987年の6月13日、初夏のまぶしい日射しに包まれた週末、トンプキンス・スクエア・パークは、毎年行われるアート・フェスティバルで賑わい、バンドシェルでは、「New Ears/ New Music Festival」と題された無料のコンサートが、午後から夜まで繰り広げられていた。その多くはこの地域に住む若く無名なミュージシャンで、多くの国から人が集まるニューヨークならではの、さまざまなルーツを持つ豊かなエスニシティーを新しい音に溶け込ませていた。このフェスティバルに、ボクは、初めてニューヨークへ行った84年に知り合ったジャズドラムの大御所、デニス・チャールズとのデュオで出演した。

二人の出会いは、ほとんど偶然だった。ソーホーの「INROADS」というギャラリーの奥のコンサートスペースで、ヴァイオリンのジェイソン・ホワンと、ベースのウィリアム・パーカーが企画するシリーズの自主的なコンサートに出かけたボクは、その日、ラシッド・ベイカーとデニス・チャールズによるドラムデュオを聴く。おそらく二人で演奏するのはこの時が初めてだったのだろう、自分のテクニックや、若さゆえのパワーを押し出していく共演者に寄り添い、その全てを受け入れる包容力を持って、いいぞ、もっと先へ行け…と鼓舞するような音楽を作りだす。そんな演奏をするドラマーを、ボクは初めて見た。

ときおり発する「イェーイ」という発声は、もちろん共演者に向けられたものだけれど、同時に、その音楽を客席で聴いている聴衆にも向けられていたのだろう。「そんなしかめっ面で何を見てるんだい、音楽っていうのはもっと楽しいものじゃないのかい。」そう、そのドラマーにとって音楽はそもそも楽しいもので、今を楽しむために音楽を演奏しているかのようだ。ただ、その楽しさの裏には、怒りや哀しみといったさまざまな感情があり、存在の深みというものもある。彼の音はドラムという楽器には珍しく、けしてうるさくはない。特別な楽器を演奏しているわけでもないのに、その音は耳に心地よく響く。

「どうだ、すごいだろ。」といった自己顕示欲ではなく、「どうだい、うまくいってるかい?」とでも言うような音楽。スティックを持つ手や腕の力が抜けていて、動きがとても柔らかい。そうした、誰にも真似できないようなことをやっていながら、その「すごさ」を感じさせずに、個性だとか独自性といったものの外側にいて、音がキラキラと輝いている。演奏が終わって握手しながら自己紹介すると、どこに住んでいるかと聞かれ、イースト・ヴィレッジのファースト・アヴェニューだと答えると、「ウチからすぐ近くじゃないか、今度遊びに来ればいい。」と言って、人なつこい笑顔で住所と電話番号を教えくれた。

「ヘイ、タカシ、どうしてる?」イースト・ヴィレッジのトンプキンス・スクエア・パークの近くを歩いていると、むこうからデニスさんがやってきて、声をかけてくる。「うちに来ないか?」と誘ってくれた彼と二人で通りを歩くと、デニスは知り合いに次々と声をかけていく。「やあ、調子はどうだい」「ブラザー、うまくいってるかい?」…、それは近くに住む女の子だったり、ミュージシャン仲間だったり、公園に住んでいるホームレスの人だったりするのだけれど、そうしたコミュニティの中で彼は気ままな暮らしをしているようだ。「タカシ、さあ上がって。」と通された部屋はさほど広くなく、楽器もほとんど見えない。

円いゴムのパットがついた練習台でスティックを遊ばせながら、「これはけっこう気に入っていてね、ほら、どこでも練習できるだろ。」そんな話を聞きながら、この人はホントにドラムが好きなんだと思う。かつてセシル・テイラーと活動し、スティーブ・レイシーやビリー・バングと名盤を残しているドラマーの、今の生活はおそらく楽ではないし、さまざまな問題を抱えてもいるようだ。彼のいつものニコニコした笑顔の裏に、生きにくさのようなものをたくさん抱えていて、その現実から離れたところに飛翔するのが音楽というものの力なのだろう。「ジャズ」というものは、その生きにくさの表れのようにも思う。

5月の末の日曜日、セントマークス・ストリートの「ポンテ・テレサ」というキャフェで、デニスが演奏するというので聴きにいった。トランペットとフレンチ・ホルンを吹くテッド・ダニエルとベーシストのニック・デ・ジェロニモとのトリオ。唇の微妙な使い方でブルージーな微細音を吹きわけるテッド・ダニエルの、音楽にかける真摯な態度というものが音に現れ、ベースとドラムは、テッドへの信頼というものをしっかりと形にしながら、ともに音楽を形作っていくというとてもいいライブだった。ただその日はたまたま、ミルフォード・グレイヴスとオリバー・レイクのライブと重なったこともあってか聴衆は少なかった。

おそらく、デニス・チャールズが作り出す音楽には、ジャズと呼ばれている音楽のエッセンスがふんだんにある。それは、ニューヨークのジャズ・クラブで日々繰り広げられている定式化された音楽スタイルや、客席の受けをねらった名人芸ではなく、また黒人解放といった政治性や、ブラックミュージックといった狭い理念のなかに音楽を閉じ込めるのでもなく、この生きにくい世の中で自分の可能性を信じていく、ほとんど「生きざま」としか言いようのない音楽。有名なミュージシャンを「巨人」だとするジャズの商業主義的な歴史観や、きらびやかなクラブから離れた場所に、本物の「ジャズ」があった。

さて、87年のトンプキンス・スクエア・パークのバンドシェル。サマータイムでまだ夕方のような明るさの午後7時から、デニス・チャールズとボクのデュオの演奏は始まった。近くに住むエンジェラというクラシックギターを弾く女の子に、レコーディングウォークマンを託して録音してもらう。はじめてデニスさんの音を聴いたときに、その「やさしさ」のようなものにビックリしたのだけれど、ここでも音が、ボクのタイコを包み込んでくれるように響いてくる。二人のドラムの音が、何かおしゃべりでもしているかのように緑の公園に広がっていき、そこにはとても気持ちのいい、夢のような時間が流れていた。

デニス・チャールズはストレートなリズムを次々と繰り出していき、いきなり演奏を支配する。細かい音色のニュアンスや、倍音のゆらぎといったボクの演奏の通用しない世界に突然放り込まれて最初は戸惑ってしまったけれど、韓国のドラというデニスさんの持ってない音を使って二人の音を棲み分けることに成功してからは、メインのリズムに、ズレを伴ったカウンターリズムを繰り出していくことで自分の存在感をそこで示すことができた。ドンドコドン…、ドコドンドン…、といった間を作るフレーズを繰り出しながら、デニスさんは、地元のコミュニティで演奏することを芯から楽しんでいるようだった。

演奏中、急に空が暗くなって風が強く吹き、大粒の雨が降り始めた。ステージの上にはかろうじて屋根があるので、ボクらは濡れないけれど、音楽を聴いていた町の人達も、皆われ先にとステージに上がってくる。PA の電気は落として、機材にシートを被せ、もう生音のみになっている。雷鳴がとどろき、雨は激しく降り、それでもステージにあがったお客さんはびしょ濡れになったことを楽しむように、さっきから「サンダンス!」などと大声をあげ、ある人は踊り、ある人は持っていたトランペットで演奏を始める。コミュニティの人達に囲まれて、その喚声の中で演奏する音楽は、民俗音楽のようだった。

二人の演奏は、そうしたコミュニティの大騒ぎの喧騒の中、誰もが想像できなかった形で終わった。演奏が終わってステージからふと見上げると、雨はあがり、緑の木々に夕日が差し込んでいた。後になって、デニス・チャールズが New Music なのか?といった批判もあったように聞くけれど、ボクとのデュオはジャズという音楽の枠内ではなく、既成のジャンルを越境する試みだったことは確かだろう。ジャンルに捉われない New Music という音楽潮流は、ニューヨークに「ダウンタウン・ミュージック」とでも言うような、新しい音楽の動きを加速させ、ボクもまた、その流れに加わっていくことになる。

その後、このイースト・ヴィレッジのコミュニティに愛されたトンプキンス・スクエア・パークのバンドシェルは、ホームレス対策の名目で撤去されてしまったらしい。かつて、毎日のように路上演奏していたアスター・プレイスも、今では再開発で遊歩道ができるなど様変わりしてしまったようだし、路上や、地下鉄の駅構内での演奏も許可制になったらしい。若い頃「何でもあり」だと思っていたニューヨークも、どうやら今では様変わりしているようだ。デニス・チャールズはサックスのMASAと来日するなど、音楽活動をマイペースで続けていたけれど、1998年にニューヨークで亡くなったということです。

風巻隆

Kazamaki Takashi Percussion 80~90年代にかけて、ニューヨーク・ダウンタウンの実験的な音楽シーンとリンクして、ヨーロッパ、エストニアのミュージシャン達と幅広い音楽活動を行ってきた即興のパカッショニスト。革の音がする肩掛けのタイコ、胴長のブリキのバケツなどを駆使し、独創的、革新的な演奏スタイルを模索している。東京の即興シーンでも独自の立ち位置を持ち、長年文章で音楽や即興への考察を深めてきた異色のミュージシャン。2022年オフノートから、新作ソロCD「ただ音を叩いている/PERCUSSIO」をリリースする。

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