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風巻隆「風を歩く」からNo. 304

風巻 隆 風を歩くから vol.17「World Trade Center~ジーナ・パーキンス」

text by Takashi Kazamaki  風巻 隆
photos: private collection

太陽が、頭の上から直接脳ミソに照りつけるクレイジーな夏。ダウンタウンのイーストヴィレッジ、トンプキンス・スクエア・パークのオジサン達は水道の水を頭からかぶっているし、子供達は路上の消火栓をいたずらして、飛び出してくる水で水浴びにはしゃいでいる。ニューヨークも8月となると夏はもう真っ盛りといった感じで、公園の木に頭をガンガンぶつけている、おそらく麻薬中毒の人のその気持ちが分かってしまうのが怖い。 「アー・ユー・クール?」というのが、この時期の仲間内の挨拶。「気は確かかい?」といった意味だけれど、ボーッとした頭で「あー海へいきたい!」と何度も思うのだ。

1987年8月3日、ハウストン通りとラドロー通りの交差点近くに停めた、友人のギタリスト、クリス・コクランの運転する車に、エレクトリックハープ奏者のジーナ・パーキンスと、ドラムマシーンのモリ・イクエさん、そしてボクの三人が楽器を積み込んで乗り込み、スパークリングウォーターや、トロピカーナのレモネードで、のどの渇きを癒しながら向かった先は、海ではなく、ハドソン川を越えたニュージャージーにある、ケビン・ノートンというドラマーの家だった。その次の日、ボクらはツインタワーで有名な「World Trade Center」の中庭で、昼休みの時間帯に、入場無料で演奏することになっていた。

それは、ニューヨーク市がスポンサーになっているパブリック・コンサートで、夏の昼日中、太陽を遮るものもない場所での熱い音楽になるに違いない。ケビンの家は静かな郊外の一軒家で、ガレージを改装してリハーサルスタジオになっている。クリスのギター、ジーナのキーボード、そして3人のパカッションで、ジーナの作った構成のアイデアをもとに即興的に曲を作っていく。ケビンのオーソドックスなドラムとマリンバ、イクエさんの無機的なドラムマシーン、ボクの革の響きのするナチュラルなタイコが複雑に絡み合い、お互いにアイデアを出し合いながら、長大な曲を一緒に作り上げていく。

リズムパターンと構成を書き込んだジーナの譜面に、それぞれメモを書き加えながら、時には一部分を何度も繰り返しながら、次第に全体のイメージを形作っていく。お互い目と目でコンタクトをとりながら、即興で作られていくその音楽は、一人一人の個性といったものが溶け合い、集団で創作していく作品だ。しっかりとした構成と、即興のダイナミクスといったものがそこには両立している。即興と作曲が対立するものではなく、一つの演奏のなかに共存している、そんな音楽。ボク達はこうして集まり、これが最良の方法だと信じ、自分達の音楽というものをそうやって作ろうと懸命になっていた。

リハーサルが終わり、ガレージのスタジオを出ると、庭には芝生が刈り込んであり、街路樹が道に整然と植えられ葉を茂らせている。猥雑なニューヨークから一歩外に出ただけで、郊外の一軒家が並び、やたら大きい車が走り、夜空にセミの鳴き声がこだまする、そこは映画に出てくるようなアメリカそのものだった。その整然とした町並みは、ニューヨークから来たものにはどこかうそっぽく見えるので、クリスと顔を合わせると、同じことを考えていたのか、思わず一緒に笑ってしまった。何しろ彼の車はベコベコで、ここでは異彩を放っている。さあ、帰ろう、ニューヨーク、ロアー・イーストサイドへ!

ボクやジーナが住んでいるラドロー通り周辺はロアー・イーストサイドと呼ばれ、プエルトリカンの人達が多く住む地域だ。グロッサリーでは、サルサや、ラテン音楽が一日中かかっていて、店のおじさんが昼日中、表の木の棚に寄りかかって、指で棚を叩くそのリズムがもうノリに乗っている。それは紛れもない等身大の音楽だ。週末の夜には、どこからともなくダンスミュージックが聞こえてきて、朝まで賑やかだ。「じゃ、明日ね。」と言ってクリスと別れたロアー・イーストサイドは、郊外よりも心なしか蒸し暑く、人間臭いような気がした。ラドロー通りでは、近所の子供達が夜遅くまで駆け回っている。

8月4日、おそらく、この日は、その夏で一番暑い日だったんじゃないだろうか。街頭に備え付けられた電光掲示板は、華氏100度(38℃)を示している。文字どおりの炎天下、ツインタワーがそびえる「World Trade Center」の中庭は、真上から突き刺してくるような太陽の光と、コンクリートのビルの照り返しで異様な暑さに包まれている。中庭にセットされた舞台は屋根もなく、組み立て式のものすごく簡単なもので、ドラムをセッティングしたものの、フットペダルやシンバルが、みるみるうちに熱くなり、触れられないほどになってしまう。いつもボクは裸足のまま演奏するのだけれど、今回はやめておこう。

無料のコンサートということもあって、開演前には知り合いのミュージシャン達が、近くの店で買った飲み物を片手に、「ハーイ」とこちらに声をかけながら三々五々集まってくる。VILLAGE VOICE紙を見たのか、市のパンフレットを見たのか、普段のコンサートではお目にかかれないような、ごくごく普通の一般のお客さんも集まってくれているようだ。ドラムやパカッションの音がツインタワーに響き、汗を滝のように流しながら、ボクらは、前日のリハーサルとはまた違った雰囲気のなかで、およそ30分、自分達の音楽への思いといったものを演奏にぶつけながら、途切れることもなく演奏していった。

演奏が終わると皆口々に、ドラムマシーンの液晶画面がダメになっちゃったとか機材がトラブったなどと、とんでもない暑さの中での演奏に誰もが大変だったようだけれど、それでも、暑さの中を駆け抜けた爽快感のようなものが、ボク達を包んでいた。演奏が終わると、ある老夫婦が怪訝な顔をしてステージに近づき、「今日は、ハープとギターのコンサートではなかったのですか?」と聞いてくる。確かにジーナはハープ奏者でクリスはギタリストだけれど、記事を読んでその方々が想像したようなこぎれいな室内楽とはかけ離れて、ボクらの演奏は、おそらくジーナが好きなギグだったに違いない。

「今度は、もうちょっと涼しい所で演奏したいね」と、皆で言い合ったけれど、結局それは実現せずに終わってしまった。英語にクール(cool)という言葉がある。もちろん冷たいという意味もあるのだけれど、それだけではなくて、イッツ・クール(it’s cool)と言えば「いいね!」だし、ステイ・イン・クール(stay in cool)と言えば、落ち着いてといった意味になる。クレイジーの「酔い」に対して、クールは「醒め」。ツインタワーが天高くそびえる「World Trade Center」の中庭に、大音量を響かせるという演奏は、ある意味でクレイジーだけれど、ボクらの即興音楽の根底には、どこか深井戸のような醒めがある。

ジーナ・パーキンスとの「Noise New York」でのレコーディングは9月17日。普段は自作のエレクトリックハープに様々なアタッチメントを付けて、ロック系のノリでギンギンに楽器を鳴らす彼女だけれど、この日は珍しくアコースティックハープも持ってきていた。もしかしたら、ボクの楽器との相性を考えてくれたのかもしれない。サムとの録音は全て断片のような短い曲だったけれど、ジーナとは、少し長めの曲になる。それでも7~8分の長さだろうか。やりたいことを整理して、方向性といったものを感じさせるような即興。いつものジーナよりも落ち着いた、地に足をしっかりつけた音楽になっていた。

このときもエンジニアはトム・コラで、彼はジーナとも長く演奏活動をしているのでジーナの音楽をよく分かっている。いつものように「良かったよ」とか、「ビューティフォー」と声をかけてくれるので、ボクたちは演奏に集中できる。少し長めの演奏を曲にするためには、構成力のようなものも必要になってくるけれど、あの、のどかな郊外でのリハーサルや、炎天下の汗だくのギグの経験がこんな所に活きてきて、自分が持っているリズムの引き出しから、ジーナが好きそうな骨太のリズムを繰り出していく。そう、上手いこと意気が合って演奏がドライブしていけば、行き先がだんだんと見えてくるのだ。

 
Zeena & Takashi (left)
Chris Cochran

即興演奏というのは、飛行機で空を飛ぶことに似ているかもしれない。まず演奏を立ち上げることに最大の努力をし、音楽がちゃんと舞い上がったら、そこで姿勢を維持し目的地を目指す。そして、一番難しいのがどう着陸するかで、どこに、どうやって決着をつけるかが大切だ。即興というのはけして、「何でもあり」の自由ではなく、その場面その場面で、「それしかない」演奏を瞬時に選択していく…、そうした、研ぎ澄まされた感性が必要になってくる。即興と作曲は相反するものではなく、即興というのは作曲するための一つの方法で、言ってみれば瞬時の作曲というものでもあるのだろう。

いつだったか、ケイティとボクが、ジーナとクリス・コクランのライブを見に行ったことがあって、演奏の後、カウンターでビールを飲み、帰る方向が同じだからとジーナとケイティとボクの三人で、一緒に帰ったことがある。イーストヴィレッジの「Asylum」というクラブからハウストン通りまで下り、細長い島のようになっている舗道を、陽気な声をあげながら、三人でおどけながら歩いたことを今でも覚えている。また、ラドロー通りに近いジーナのアパートを訪ねたときに、以前日本に来たときに好きになったという緑茶をいれてもらったこともある。ニューヨーク、ロアー・イーストサイドで飲む日本茶は、どこかエキゾチックで、今・ここを離れて、まだ行ったことがない、どこか知らない遠いところへと心を向かわせるようだった。

風巻隆

Kazamaki Takashi Percussion 80~90年代にかけて、ニューヨーク・ダウンタウンの実験的な音楽シーンとリンクして、ヨーロッパ、エストニアのミュージシャン達と幅広い音楽活動を行ってきた即興のパカッショニスト。革の音がする肩掛けのタイコ、胴長のブリキのバケツなどを駆使し、独創的、革新的な演奏スタイルを模索している。東京の即興シーンでも独自の立ち位置を持ち、長年文章で音楽や即興への考察を深めてきた異色のミュージシャン。2022年オフノートから、新作ソロCD「ただ音を叩いている/PERCUSSIO」をリリースする。

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