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Column ラグランジュ・ポイント 金野Onnyk吉晃No. 340

「オト・コトバ・ウタ」(9) 金野ONNYK吉晃

text: Yoshiaki ONNYK Kinno 金野ONNYK吉晃

1. マイナーということについて

カフカ(1883~1924)と言えば、「城」「審判」「アメリカ」など未完の長編はあるが、冗長の感を免れない。それに比して「判決」「変身」「流刑地にて」などの短編、中編は印象に強く残る傑作がある。さらに多くの断片、書簡、日記など本人が公開を望まなかった作品も広く知られる事となった。

フランツ・カフカ

音楽で言えば、未発表テイク、ライブ録音の発掘であろうか。
一時、人々はカフカの作品を「不条理」という括りで片付けていた。つまり非合理、不合理、常道に適合しないという意味だ。どう説明して良いか、どう理解すべきか分からなかった。いや、掘り下げる言葉がなかった。
カフカ作品は研究が進み、ユダヤ的な心性から見る傾向があった。ユダヤ的解釈は決して不条理ではない。ユダヤ人は欧州の中で文化的な伏流のひとつだった。アシュケナジム、セファルディーといった集団が独自の文化を持った。
ドゥルーズ=ガタリらの新哲学は、カフカをユダヤ的視点や実存主義解釈から解放し、マイナー文学として捉えた。もちろん大衆文学としてという意味でもない。20世紀初頭までの大作家たちの古典文学を大文学、メジャー文学とするなら、その補完概念として。
マイナー文学は、ある地域・領域の公用語、支配力の強い言語に対して、同じ地域に居住する特定の文化集団や民俗が用いる日常語、パロルで綴られる「文学」である。それは大きな文化の圧力に抗して、常に疎外を受けつつ生活する中で発生する物語性であり、逆説に満ちた箴言である。

西欧音楽の潮流を考えても、20世紀において大きな影響を与えたのは、ジャズとユダヤ音楽であることは疑いない。しかしその両者は当初は正面切って主張される訳でなく、マイナー音楽と見なされた。これもまた、フリージャズ、フリーインプロヴィゼーション、現代音楽を評するコトバに似ている。もっともその場合は「理解に苦しむ」「難解だ」という気配が強いけれど。
19世紀までに完成した西欧楽理の構築物としての大音楽、大作曲家たちの楽壇、メジャー音楽に抗する大衆音楽、商品音楽、録音芸術の台頭。

チェコに生まれ、ドイツ語で仕事をこなし、家庭ではヘブライ語方言で話したカフカ。その文学は、音楽で言えばジャズや、フリージャズの置かれた立場に等しいとは言えなくても遠くは無いだろう。

我々の時代のマイナー音楽をどう考えるか。
単純な見方なら、音楽産業、大量生産される商品音楽のマス・マーケット(つまりそれがメジャーだが)に対して、生産・流通・消費の規模が小さいという意味だけか。これはまたアンダーグラウンド、サブカルチャー、カウンターカルチャー、インディーズの音楽とも考えられるが、同時にメジャー市場への商品供給源になっているとも考えられよう。つまりは原料産出地であり、製品消費地域。古典的資本主義経済の見取り図。無数の使い捨て商品が累々と放置される。
が、21世紀に至りその構図は有効ではない。

いま、思春期に入るか入らないかのうちに子供達は、ネット環境の中で、ありとあらゆる音楽に晒される。それは視覚イメージと同時に。あらゆる意味で歴史が欠けていることを除けば全てがある。あとは嗜好の問題である。いずれは性的覚醒、暴力騒動、緩慢な死へのベクトルに誘導されるのだが。
子供達は記憶の中でオト断片を組み合わせて旋律化し、生成AIにプロンプトを与える。コトバはあってもなくてもいい。するとアウトプットが無数に提示される。それは誰のウタか?
こうして、今この瞬間にも数多のウタが曲がネット上に登録される。バンドキャンプやサウンドクラウドにアクセスすれば、自分の志向と嗜好に合致したデータが手元で再生される。それをネタにまた自分の(誰かの)ウタはできる。このプロセスは永遠である。このデータの海。これが今のマイナー世界だ。
ここに加担する者は、ウタによってメジャーになろうとは思わない。そこにアクセスする同類、同じムラに棲む者が互いに高評価して「盛り上がる」。マニアとオタク、それだけで彼らは存在意義を感じ、生きる喜びを見いだす。
商品世界以前のアングラ、サブカル、カウンターではなく、そこに居る事、マイナーであることに価値がある。

1962年生の剛田武著「地下音楽への招待」(ロフトブックス 2016)は、この領域の問題を語るには避けて通れない資料を満載している。

地下音楽への招待

第13章「わたしはこの本を認めない」は、同書あるいは類書に対する山崎春美(1958~)の強烈な批判。それは帰還兵の「戦後に非戦反戦を語る事の虚偽」とでもいうべき当事者の意識。「死んだ子の歳を数える」のは誰の役目か。
あるいはジュリアン・コープ(1957~)の著書「ジャップ・ロック・サンプラー」(白夜書房  2008)は間違いだらけで批判されている。それはベン・ワトソン著「デレク・ベイリー」(工作舎  2004)も同じ事。
ならば世界史も日本史も結局アナタが認めない、納得しない限り全て間違いだらけではないか。
「地下音楽への招待」もある同時代史として容認せざるを得ないかもしれない。それなら「非常階段 A STORY OF THE KING OF NOISE」(JOJO広重、美川俊治、JUNKO、コサカイフミオ、野間易通共著、K&Bパブリッシャーズ  2010)にも重要な証言はあるし、出たばかりの「J PUNK / NEW WAVE—革命の記憶」(松山晋也監修、別冊ele-king、Pヴァイン 2026)にも同時代の貴重な発言はある。ただし、この冊子で扱っているムーヴメントを指して革命とは言えないだろう。

まさに連動している映画「ストリート・キングダム」(2026 田口トモロヲ監督)となれば、これはドキュメントでも証言でもない。「爆裂都市」(1982  石井聰亙)同様にドラマなのだ。
それならば間章関係者へのインタビューで構成されたドキュメンタリー「AA」(2006  青山真治)が必須とも思うのだが、その長さ(7時間)に怖じ気づいて未見である。もっとも、ドキュメンタリーは最高のドラマでさえあるが(その逆も同様に)。

我々は常に同時代のトラウマと思い出をないまぜにしてしまう。それは美化でもなく、古傷の偏愛でもなく、彫り込んでしまったタトゥーの象徴性をなで回す事か。文身とは、部族・氏への帰属性の象徴だった。

商品音楽、音楽産業におけるメジャー/マイナーという言い方は、限定的だ。明らかに優/劣の意識に裏付けられ、マイナーは価値の低いもの、無力・暴力、奇異・変態・倒錯、異常、過剰・過少、難解、無意味、放埒、不適応、反抗、未完成、未熟、反倫理的、見せかけ、局所・地方的などあらゆる意味での負性へと向いたベクトルが貼付いている。また、マイナーを好む者はそれをもって価値とする、良しとする傾向さえある。誹謗は称賛であり、敗者の叫びは反転した勝利宣言、逆転したエリートのプライドでさえある。

あるいは、その対象が希少性、歴史的価値(失われつつある、失われた、再現されたなど)から尊重される場合も在るのは強調しておくべきだろう。しかしこれはもはや商業的価値というのではなく、専ら文化財的観点である。

またアート、芸術的志向ではなく、単なる表現衝動、それは生の剰余価値として、いや生衝動そのものとして捉えるべきかもしれない。それは共感の原基となる。ワカル奴にはワカルのさ。同じニオイがするからな。

商業的価値からのメジャー/マイナー観は、同時にある時点、期間における文化と消費(生産と廃棄)の枠組みの中で、美観、美意識として発揮される。その場合メジャーが優位とは限らない。つまりこのフレームの中では、他者と違うという優越感と同時に、同じ社会に生存している一体感も必要で、このアンビバレントな意識が、常にマイナーの先鋭さ(前衛感)、特異性を引き寄せ、メジャーの支配性、均質性を排している。このポンプ作用は重要だろう。このチャンネルを通じてマイナーからメジャーの領域に遷移する「アーティスト」達が予備軍となる。

いや、彼らはそんなことを考えていない、希望していない。
そう主張するかもしれない。ただ、否応無く文化および経済の構造的にそうなっているというに過ぎないのだ。
繰り返す。
同じムラに棲む者が互いに高評価して「盛り上がる」。それだけで彼らは存在意義を感じ、生きる喜びを見いだす。
商品世界以前のアングラ、サブカル、カウンターではなく、そこに居る事、マイナーであることに価値がある。

2. 「無声慟哭」を聴け

「マイナー音楽」において、「コトバ」が転換のメカニズムを担う。
坂本龍一の「B2ユニット」(1980)とYMOの「浮気なぼくら」(1983)、への移行も、「コトバ」を介していると考えれば納得がいく。

つまり”Thatness and Thereness”(「B2ユニット」収録)などと歌われてもなんのことだか分からないだろうが「君に、胸キュン」(「浮気なぼくら」収録)とくれば、誰しもが実体験に即して「共感」するだろう。
観念の檻から出てパロルへ。表現から共感への移行は、ポテンシャル・エネルギーが減少し、エントロピー増加して、「コトバ」が平衡に達していく。例えば我々は何の考慮も無く、「大丈夫」「凄い」「一生懸命」だのと言う。「滅相も無い」などという誤用もある。「コトバ」は貨幣と同じく、日々価値を減じていく。と同時に拡大し、変更して行く。全ては流行語である。それが運命だ。
(次回以降で、其の例を取り上げてみる)。

私がこの論考で「オト・コトバ・ウタ」というテーマを設定しているのは、要するにオトとコトバの弁証法的止揚におけるウタの在り方だ、等と言ってしまうといかにも黴臭いのではあるが、結局それに他ならない。何故ならそこにずっと抱えていた疑問が在るからだ。
それは単純である。
ある考察では「音楽を、具体的にはウタは、ある集団の生存に有利に働く。それは闘争の一体感を、労働の効率化を、生殖の演出、宗教・儀礼の共感を齎す」という分かり易い解釈もある。(D. J.レヴィテン著、山形浩生訳「『歌』を語る~神経科学から見た音楽・脳・思考・文化」P-Vine BOOKS、2010は有益で包括的だが典型的な論考である)

「歌」を語る

しかし、それらの直接的というか動物的な、生存競争レベルが希薄になっても結局ヒトはウタを作り歌っている。
私が昔見たある映像では、ある部族社会での極めて原始的な脳外科手術(しかも、命の危機に関わらないし、生存の必然性に関わらない)において、麻酔薬は一切無く、手術を見守る村人達の歌が、患者の痛みを忘れさせていた。

「何故ヒトは歌うのか」ということ、あるいは「何故ヒトは歌を作るのか」である。さらに「音楽にはコトバが必要なのか」とも言える。例えば単純にオトだけをさらけ出し、それをあらゆる目的に用いる事も出来るし、無目的な遊戯にもできるのだ。棒が二本あれば、バスク人はチャラパルタという音楽をやる。
私は何故ウタなのかという納得できる理由を探して来た。実はその答えはもう得ている。アイヴスの作品だって決して「答えが無い」訳ではない。

我々はマイナーというコトバの用い方を変えなければいけない。メジャーの対立項としての、ではなくマイナーという意識だけで自立しうるものに。
だから例えば私は、吉田健一はマイナー文学だと思う。
吉田とカフカを同一に語るのか。
それで良い。彼は英国生活が長く、その意識は日本の文学的伝統よりも英欧の古典と歴史に慣れ親しんで来た。その文章にもその影響は極めて明白で、彼のような日本語を書く人は稀である。
吉田の文例。
「それは我々の眼に映るものの性質が我々に働き掛けるのでなくてそれをどう受け取るかが我々をその時の状態に置くことを示してもいる。」
「かうして誰でもがやってゐることをして一生を送るのはつまらないと考えたりするのは誰でもがしてゐることであってもなくても自分がしてゐること、自分が現にゐる場所から始終眼を逸らせてゐることで終わる。」
(以上『覚書』青土社、1974より)。
どこをとってもいい。彼の文体は、こなれていない直訳といった趣がある。これはつまり彼の、おそらく英語を基盤とした言語システムが、観念をニホン語に訳して独自の文体に晶出したものだと思う。まさに自国語を外国語のように、母国語のなかで言いがたい何かを。
それにしても閨閥に生まれ、ニホンの中枢の近傍にあり、文士としての名声もゆるぎなかった吉田。それがマイナーだというのか。そうだ、逆説的な意味で彼は自己を疎外していた。メジャーのど真ん中にいたマイナー。
メジャー/マイナーというのは、よく知られ売れた対象か否かということではない。吉田健一はマイナー文学者だ。

サミュエル・ベケットもまたそのような人だった。思考と言語を操作する意識で文を綴る。ノーベル賞までとった超メジャーな作家がマイナー文学である。
ならばレーモン・ルーセルは? ポール・ヴァレリーは? あの童話作家、詩人は?
まあ幾らでも考えられそうだし、或る人がマイナー文学家であるか否かを峻別したいのでもない。「俺はマイナー文学」だと胸を張って言ってもいい。「俺がフリージャズだ」というように。
表現というものは、精神活動の剰余価値だろうか。飯を食らう事、それ以外をマイナーな精神と考えてもいい。
そう考えると、フリージャズよりも後の世代、つまりフリーインプロヴィゼーション乃至フリーミュージックやノイズを担って来た人々がことごとくマイナー音楽家であるという見方をできるだろう。あるいはまたDJ世代もそうだ。彼らの有する膨大なアーカイヴは、彼らを育てた栄養であり、同時に表現の素材である。彼らは表現以上に素材を必要とする。
そしてまた無限に、しかも同じコトバ、ライム、リリックを繰り返すラッパー達が居る。しかし彼ら詩人はいつもマイナーではないと私は思うのだ。

3.シン・カフカ

カフカは、チェコの古都プラハに暮らし、半官半民の保険業務を勤勉にこなしながら、城に借りた部屋で1人執筆を続けた。
一家はユダヤ人で、父はチェコ語、母はドイツ語を話した。職場でカフカは公用語たるドイツ語で書類を作成した。周囲のユダヤ人街ではヘブライ語の一種イディッシ語が使われた。この錯綜した環境の中で自らの作品をドイツ語で紡ぐ生活。決して彼だけが特殊な状況ではなかっただろう。
カフカは決して職業的作家、出版界での成功を目指しては居なかった。

母国語とは何か。生活圏での優位文化の多数言語に過ぎないか。
では、国語ではなく母語とは。思考し、語り、書くときに心中最も滑らかに機能しているシステムか。カフカはドイツ語とイデッシ語のバイリンガルだった。
多様な言語、あるいは類似した言語の中で、選びとったコトバ。あたかも外国語のように自国語を用いる。それがマイナー文学だろうか。
自国語のように外国語を操る、とは全く違う事態だ。小林克也や内田裕也にはあり得ない事だった。
ニホンにカフカは生まれない。反論はあるだろう。在日文学、アイヌ文学、琉球文学、方言文学…。それらはあり得る文学だが、カフカの如き稠密なる虚構、逆説の論理を生み出せるか。
倉橋由美子も安部公房もカフカに比せられた。
劇作家も音楽家もカフカたらんとした。
高橋悠治はカフカになりたかったかもしれない。が、そうはいかなかった。
皆、それは分かっていてカフカを横目で見ながら、結局、己自身になった。カフカが居なかったらそうはいかなかっただろう。
カフカは模倣できるような何かではなく、一つの存在様式、スタイルの呼称かもしれない。ライム、リリックなどと縁の無いアンチ・ラッパー。
安部も倉橋も高橋もカフカにはならず、マイナーでもなかった。

無数のサックス奏者がバードに憧れ、結局できそこないか違うものになった。
無数のピアニストがバド・パウエルに倣い、まがいものか失意に沈んだ。

その罠から抜け出した者が次代を作った。しかし罠はまだ有効だ。どんなに時間が経っても罠は獲物を待っている。獲物は罠にはまり、悲痛な叫びをあげる。ブラックホールに吸い込まれた物質が発する強烈なX線のように。
存在の罠だけが、ブラックホールだけが実在だ。

(続く)

金野 "onnyk" 吉晃

Yoshiaki "onnyk" Kinno 1957年、盛岡生まれ、現在も同地に居住。即興演奏家、自主レーベルAllelopathy 主宰。盛岡でのライブ録音をCD化して発表。 1976年頃から、演奏を開始。「第五列」の名称で国内外に散在するアマチュア演奏家たちと郵便を通じてネットワークを形成する。 1982年、エヴァン・パーカーとの共演を皮切りに国内外の多数の演奏家と、盛岡でライブ企画を続ける。Allelopathyの他、Bishop records(東京)、Public Eyesore (USA) 等、英国、欧州の自主レーベルからもアルバム(vinyl, CD, CDR, cassetteで)をリリース。 共演者に、エヴァン・パーカー、バリー・ガイ、竹田賢一、ジョン・ゾーン、フレッド・フリス、豊住芳三郎他。

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