小野健彦のLive after Live #510~#515
text & photo by Takehiko Ono 小野健彦
#510 11月2日(日)
中野スイートレイン
http://jazzsweetrain.com/
さがゆき(vo)瀬田創太(p)宮野裕司(fl/as/cl)
中野スイートレインにて、興味深い「初顔合わせ」のトリオを聴いた。
さがゆき(VO)瀬田創太(P)宮野裕司(FL/AS/CL)
当年6月、自身に起きたまさかの重度腰椎骨折から8月本格復帰以降、シーン不在中にやむ無く涙を飲んだライブを確実にキャッチアップしているゆきさんであるが、今日は当初7月企画のリベンジ版の趣向。彼女自身大好きな宮野さんと、過去に一度セッションですれ違うも本格的な協働は今宵が初となる瀬田さんとの手合わせの行方にこちら客席の期待も大きく高まる中での開幕。果たして、中でも当夜の鍵を握った瀬田さんは、幼少期に培ったクラシック音楽の確かな技巧をベースにそこへ独自のセンスの良いジャズフレーバーを小気味良く織り成しつつアイデアの引き出しの多彩さを際立たせながら幅拡いレンジで音場の土台を丁寧にならして行き、そこに各種管楽器を効果的に繰り出す宮野さんの滋味深いスパイスが足されることで密やかながらゴージャスなアンサンブルの素地が出来上がれば、さあ、ゆきさんはもう何の迷いも無くそこに身を任せれば良いだけという塩梅。当夜のゆきさんは、この初顔合わせトリオの可能性を慎重に推し量るかのように、同じスタンダード曲であっても、この夜の白眉的絶唱と言えた〈Blame it On My Youth〉や〈Lotus Blossom〉〈Crazy He Calls Me〉等の様に極くストレートに唄い込むものあり。〈the surrey with the fringe on the top〉の様にインプロ趣とオーソドックス趣を巧妙にブレンドしたものもあり。更には曲想面でも自家薬籠中のブラジル物(M.ナシメント〈fruta boa〉)や(古今東西の佳曲に造詣の深い)ゆきさんならではの選曲と言えた〈Never neverland〜「ピーターパン」より〉迄もきっちりと織り込みながら、アンコールには(ゆきさん自身K.ジャレット氏の名演に強くインスパイアされたと言う)アメリカ民謡〈Shenandoah〉をいかにもこの人らしくしっとりと仕立ててみせてくれた。終わってみれば実に多彩な全12曲を連ねたチャレンジングなプログラム構成を通して見せつけた確固たる唄歌いたる「ゆきワールド」全開のステージにハコ内には笑顔笑顔が溢れたひとときとなった。これは第二章の行方が実に楽しみなトリオだ。
#511 11月3日(月)
藤沢市民会館大ホール
https://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/c-hall/kyoiku/bunka/shisetsu/kaikan-gaiyo.html
『藤沢狂言会2025』
東京では木枯らし1号が吹いたという「文化の日」の昼下がり、藤沢市民会館大ホールにて、待望の『藤沢狂言会2025』を観た。
(解説)高野和憲 〈一部/二部共〉
[第一部]狂言 蚊相撲
(大名)野村萬斎(太郎冠者) 内藤連
(蚊の精)中村修一 (後見)岡聡史
〈筋〉人間である大名と人間の姿に化けその新しい召使いとなった蚊の精が相撲を取るというおおらかさ溢れる奇想天外な喜劇作品。
[第二部]狂言 二人袴
(親)野村万作(舅)石田幸雄(太郎冠者)月崎晴夫(聟)飯田豪 (後見)岡聡史
〈筋〉聟入りの挨拶に父の帯同を要請したことから生じた一腰の長袴を巡る親子が巻き起こすやり取りを描いた明るいめでたさのある聟狂言の代表的ドタバタ喜劇作品。
齢94才を迎えられた人間国宝・野村万作さんが主宰する『万作の会」公演は、都下開催の際はなかなかチケットが入手困難なだけに、一座が地元藤沢の、それも絶好の祝日昼間にやって来るとあっては、キャパ1,400席はほぼ満員となった。間口の広い舞台に、橋掛かり(花道)、鏡板(舞台後方の松を描いた背景装置)、本舞台と、本格的な能舞台が設えられ、厳かな雰囲気の中舞台の幕が上がる。両演目共に、作品の周辺情報も含め高野氏による詳細な解説が付されたのは初心者には有難いところ。まあ、それらはそうとして、肝心の舞台、だ。最初に登場した萬斎さん、ドラマ・映画等で受ける印象そのままに、飄々とした中にもおかしみの風情を巧妙にデフォルメした所作の数々にこの表現者の天賦の才が良く観てとれた。続いて休憩後の第二部に登場したお待ちかねの万作さん。明快な口跡と気品漂う一切の無駄の無い美しき、動作のいちいちに威厳が感じられ一生をこの道に賭けて来られた静かな気迫に終始圧倒されることとなった。演目自体は共に30分程の短いものであったが、そこでは、現代の何かと気忙しい日常を生きる我々とは異なる遙か昔の室町時代を生きた市井の人々が望んだライブに対するテンポ感にまで想いを馳せることの出来た稀有な時の移ろひだった。
※尚、公演中の写真撮影は当然NGのため、 添付では開演前の舞台写真を中心に雰囲気を感じとって頂ければ幸いです。
#512 11月8日(土)
ザムザ阿佐ヶ谷
https://www.laputa-jp.com/zamza/main/
『韓国伝統音楽と舞踊「韓絃樂 滅紫月(けしむらさきのつき)」Vol.35』
初訪問のザムザ阿佐ヶ谷(ラピュタ阿佐ヶ谷B1F)にて、待望の『韓国伝統音楽と舞踊「韓絃樂 滅紫月(けしむらさきのつき)」Vol.35』公演に触れた。
[出演]
張理香(伽倻琴・正歌・鉦)〈特別出演〉趙 寿玉(舞)
[プログラム]
〈第一部〉
1. 咸洞庭月(ハムドンチョンゴル)流伽倻琴散調:張(伽倻琴)
〈第二部〉
2.サルプリ舞/相思別曲(十二歌詞):趙(舞) 張(正歌•伽倻琴•鉦)
3.正歌:十二欄干(詩唱):張(正歌•伽倻琴)
4.京畿(キョンギ)民謡:アリラン:張(伽倻琴)
朝鮮半島の伝統的な撥弦楽器である伽倻琴(カヤグム)と玄琴(コムンゴ)の名手・張理香氏が入魂のライフワークにされている当公演に触れるのは、’19.’20.’23 (いずれも於目白庭園赤鳥庵和室)に続いて四回目であり、加えて、理香さん個人の現場に限って言えば、客演演奏も含め六回目となった今宵は、’20公演でも相見え絶妙なコンビネーションを見せてくれた理香さんとは約40年程前の同門の徒である舞踊家の趙寿玉氏が共演されるとあって、おおいなる期待を胸にその幕開けを待った。以下では、凡そ90分に亘った時の移ろひの中で得た印象を点描する形で稿を進めてみたい。先ずは、いずれのパートにも登場した理香さんの主戦場とも言える伽倻琴の独奏である。中でも圧巻は、一時間に及ぼうかと言う1.の散調の場だった。楽器本体の片方を右膝の上に置き、右手側は素手で絃を弾き、左手は絃を押さえる。そう、「きっかけ」となる右手との絶妙なコンビネーションが生まれて初めてその効果を最大限に発揮することとなる(この点は私自身遅まきながら今宵初めてまじまじと感じたことなのであるが)左手による弄絃:ノヒョン(独特なビブラート)はまさにこの伽倻琴演奏における(演者の真価が問われる)真骨頂とでもいうべき部分であり、今夜の演奏でも、それを効果的に駆使し最弱音から開始された一編の物語りを次第に興味深い序破急の局面へと展開させつつ終始高い緊張感を維持しながら長時間かけて弾き切る在り様はいつもながら毅然として、高密度でスリルに満ち溢れたものであり、改めてこの表現者の時空制御能力の秀逸さを見せつけられた感があった。続いて、2.である。構成は、舞台下手に座した理香さんが暫し正歌、伽倻琴、鉦を連ね場を鎮めたところで趙さんが上手より静かに登場し舞うというものであったが、はじめ恭しく掲げた白布を次第に生き物の様に扱いつつ徐々にスピードを上げながら舞台全体を広く使いダイナミックに舞った所作の数々が前回観た目白庭園に比べ間口高さ奥行き共に格段にスケールが大きい場を効果的に使いこなすことで際立った点で実に観応えのあるものだった。また、理香さんと趙さんとの掛け合いは、韓国舞踊の本質と言われる簡易朴略(飾り過ぎず自然な点)の心得に律せられながら時に寄り添い、時に挑み合うといったやうに、終始刺激に富んだものであったことはこの夜のクライマックス的な局面として特筆すべきと感じた。最後に、今宵が初体験となった理香さんの正歌についてである。聞けば数年前より韓国の大家(人間国宝?)に教えを乞うているというその鍛錬の成果を遺憾なく発揮して、「韓国の原風景や人々の心の機微を詠った(公演リーフレットによる)」豊かな詩情を(素人の私でも強く感じ得た)高難易度の音程/抑揚/息遣いを巧みにコントロールしつつ、感情過多に陥らずにこの表現者ならではの極めて「乾いた」風情の中で十分に描き唱い切ったのは流石の仕業と言えた。想い余って随分と長くなってしまったが、以上が今宵の現場で得た私の雑感である。今宵の会場は普段は芝居興行でも度々使われるとのことで、木造の空間に生音が活き、天井の高さに舞踊も映えるといった具合に、視覚・聴覚の両面で極めて居心地良いものであり、公演全体の構成をみてもその効果を十二分に意識した極めて満足のゆくものであった。観終わって未だ数時間しか経っていない現在であるが、既に次回公演はどんな趣向で私の眼前に立ち現れて来るのかに興味が尽きない。そんな充実に過ぎる立冬過ぎし宵のひとときだった。
※尚、公演中の写真撮影は、主催者の許諾を得て行わせて頂きました。
#513 11月9日(日)
藤沢 カフェ・パンセ
https://cafepensee.wixsite.com/pensee
酒井俊(うた)市野元彦(g)馬場孝喜(g)
生憎の雨模様となった日曜日の宵の口。
地元藤沢のカフェ・パンセにて、無沙汰が続いた酒井俊さんの音を聴いた。
酒井俊(うた)市野元彦(G)馬場孝喜(G)
9/4にスタートし、実に47本のライブを計画した俊さんの’25秋冬ツアーも残すところあと2本。俊さん帰日の際は度々予定に組んで下さる同所で待望の再会がようやく叶うこととなった。普段平日夜の都内公演に伺うことがなかなか難しい状況の中、同所での公演は、日曜夕方スタートが恒例になっているのはなんとも有難いところ。今宵も同所ご自慢のキッシュやケーキを赤ワインと共に頂きながら開演の時を待つことに。俊さんと言えば、ユニット編成に工夫を凝らす点はつとに知られるところであるが、中でも同種の楽器奏者を掛け合わせるのは実に興味深い視点であり、昨今のツアーでもチューバ、ベース等ふたりとのトリオ編成が有る中で今宵は逸材ギターリストふたりを揃えての楽しみな展開となった。果たして、やや意外ながらも嬉しい選曲と言えたアメリカ民謡〈Shenandoah〉で幕開けし、続けてK. ワイル〈Lost in the Stars〉へと転じた今宵のステージでは、満場の拍手に応えたアンコール曲に至るまでの約2時間余りを使い、実に計14編の佳曲の数々が披露されることとなった。そこでは、今宵の協働者の持ち味を上手いこと引き出すべくDUO編成によりジャズスタンダードの著名曲を押さえつつ、(1st.セットでは、馬場さんと〈The Very Thought of You〉を。2nd.セットでは、市野さんと〈My Foolish Heart〉を。)他には、俊さんにとって思い入れの深い山之口貘詞・高田渡曲〈生活の柄〉並びに鈴木常吉詞・アイルランド民謡〈思ひ出〉やB.ディラン詞曲〈Just Like A Woman〉等々を、カバー曲の域を超えて、俊さんの体内を通し消化され、異次元の風合いに昇華させた格好で我々の前に提示してくれたと共に普段のジャズライブの現場では余りお目にかかる機会のない、L. バーンスタイン〈Some Other Time〉やJ.マンデル〈You Are There〉等の珍品を味わうことも出来た。俊さん自家薬籠中の〈かくれんぼの空〉や〈Hong Kong Blues〉、(enc.曲)〈真夜中のギター〉も飛び出した。ギターリストのおふたりは、時にアンニュイに、時にハードに。或いはスペイシーに、幾何学的に、と。イカしたカントリーミュージック調を感じさせる場面もあった音列の中を互いのハーモニーを邪魔することなく、伸び伸びと弾き切って行った。その終始気の利いた合わせて10指12絃が生み出したしなやかな世界観を持つアンサンブルの上へ如何にも気持ち良さそうに身を委ねる俊さんの表情は特に印象的であり、上述した様に古今東西のバラエティに富んだ曲想を持つ楽曲群を淀みなく連ねてみせた才気溢るる構成作家としての俊さんの鮮やかな手腕が光った現場だったと言える。
#514 11月13日(木)
茅ヶ崎ストーリービル
http://www.jazz-storyville.com/
清水麻八子(vo) 渋谷毅(p)
お馴染みの隣町茅ヶ崎•ストーリービルにて、待望のDUOを聴いた。
清水麻八子(VO) 渋谷毅(P)
私にとって、今宵が四度目の現場となる麻八子さんは、ステージプログラムの中に不世出の唄歌いであった浅川マキさんに関連した楽曲を積極的に採り上げることで知る人ぞ知る実力派シンガーであるが、その彼女が、浅川さんとは’75頃から’10ご逝去に至る迄、長く、且つ深い協働の道程を辿った渋谷さんと当年8月に続き同所で相見えるとの報を受け、早い段階からこの日この刻に狙いを定めたというのがことの経緯だった。まあ、それはそうとして、約2時間の時の移ろひの中でステージから流れ来た楽曲は実に全20編に及んだ今宵。前後半のセット共にその構成は、はじめに渋谷さんが数曲ソロを披露した後に麻八子さんを迎えるという展開。渋谷さんソロの中では、氏が普段ソロパートでは好んで採り上げるオリジナル曲〈蝶々〉~T.モンク〈Misteriosno〉、J. ルイス〈New York 19〉更には著名スタンダード〈I Didn’t Know about you〉〈Body and Soul〉 〈You Don’t know What Love Is〉等々が静かに奏でられたが、それらはまるで、今宵の場の中に自らの音をどう落ち着かせようかと慎重に推し量っているかの様にも感じられたが、一方でそうして場を鎮めることで、結果的に麻八子さんがより「出易い」流れを作って行ったのはいかにも心憎い配慮とも見てとれた。そうして渋谷さんの「さあ、清水さん、そろそろ行こうか?」に導かれて登場した麻八子さん、後述のように実に8曲の浅川さん関連楽曲を披露してくれた。いずれも彼女にとって、或いは多くの浅川さんファンにとっても思い入れの深いであろう楽曲ばかりであったが、麻八子さんは毎度のことながら過度の感情移入はせずに、一歩引いたところから俯瞰しつつ唄そのものを客席に向かってさらりと投げ出す音創りに徹した点は好感の持てるものだった。更に今宵のステージでは、オール浅川さんプログラムを避け、渋谷さんが由紀さおりさん・安田祥子さん姉妹DUOのREC.用に書き下ろした〈リンゴ村だより〉(山川啓介詞)やブルーバラードの佳曲〈Cry Me A River〉をも採り上げ芸域の拡充に向け精進を重ねられている姿勢が垣間見られたのは嬉しい驚きと言えた。今宵のステージに接して、時代のスピード感、街の息遣い、人々の感情の揺らぎ等を独自の言葉とメロディに収めた浅川作品の叙情の機微を確かな視点で切り取ったおふたりの音創りは、大仰なドラマ性はないものの、極く静かで丁寧な説得力を持つものとしてこちら聴き人の胸に強く迫り来た。
[ご参考:今宵の浅川さん関連楽曲]
〈1st.セット〉
今夜はオーライ
裏窓
不幸せという名の猫
夕凪の時
〈2nd.セット〉
どうしたのさ
あの人はいった
夜
〈enc〉
淋しさには名前がない
そうして、立ち去りがたい客席の拍手の中最後に聴こえて来たのは、渋谷さん至高の十八番曲〈Danny Boy〉だった。
#515 11月28日(金)
新宿(歌舞伎町)LOFT
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/loft
『友川カズキ -生存確認コンサートニ〇ニ五「一切合切世も末だ」』
初訪問の新宿(歌舞伎町)LOFTにて、『友川カズキ -生存確認コンサートニ〇ニ五-「一切合切世も末だ」』公演を聴いた。
友川カズキ(VO/G)石塚俊明(打楽器)永畑雅人(鍵盤ほか)大友良英(G)
友川氏と大友氏というカテゴリーを超えた音楽界の寵児が師走迫る大都会ど真ん中の夜に相見える垂涎の手合わせに場内立ち見のお客様も大勢出る中、私自身の期待のボルテージも振り切れんばかりの状態で迎えた幕開けの時。一部二部共に中盤から登場し、持ち味のノイズギターはやや控え目に、いかにもエレキギターらしい音色を際立たせながらサウンドの核心に向け鮮烈に斬り込んだジャズ界から襲来した鬼才たる刺客と出会っても、トシさん・マサさんを交えた気心知れた鉄壁のトリオと共に相対する友川さんは変わらず自然体。そのどこまでも開き直りつつ「狂気」というよりはむしろ可笑味の風情をそこはかとなく漂わせながら奔放自在に弾き唄い切った人間賛歌の数々。全編、愉悦にして痛快。〈ワルツ〉、〈ピストル〉、〈祭りの花を買いに行く〉、〈夢のラップもういっちょ〉、〈犬〉等々の友川さんオリジナルヒットソングが随所に織り成された今宵のステージ。本編最終は友川さんが抜けたトリオによるトシさんオリジナル佳曲〈巨人〉で締め、アンコールは友川永畑大友トリオによる(友川さんがちあきなおみさんのために書き下ろした)〈夜へ急ぐ人〉と全員参加による友川さん詞曲〈一才合切世も末だ〉につなぐ流れ。これらで聴かれた抑え目ながらも肝の座った切れ味鋭い大友さんの攻めのノイズギターと、トシさんの其々の曲想に合わせて豊かな表情を見せつけたフリーフォームとタイトなロックテイストのドラミングのコンビネーションが、大きな見せ場を作ったことを書き漏らしてはなるまい。最後に、終演後友川さんライブ恒例の打ち上げは如何にとみれば、今宵は場所を移し23時開宴明け方4時終宴で企画されているとの告知が。これには流石の私も体力的な限界を感じ、友川さんにお先に失礼する旨のご挨拶をすると、「じゃあ、楽屋で少し呑んでいく?」の嬉しいお言葉が。それに甘えて楽屋に行き杯を交わしているとサヨナラの挨拶をしに大友さんもおいでになり、願ってもない3ショットを撮って頂きご機嫌な宵は終わりを迎えていったのだった。


















































