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小野健彦の Live after LiveNo. 334

小野健彦のLive after Live #516~#522

text & photo by Takehiko Ono 小野健彦

#516 11月30日(日)
神保町・月花舎
https://gekkasha-jinbocho.modalbeats.com/
【うずらぎぬ】 -夢のアコースティックライブ:水谷浩章(b)さがゆき(vo/g/鳴り物)

全14曲に及ぶオール中村八大ソングブック

初訪問の神保町・月花舎にて、【うずらぎぬ】 -夢のアコースティックライブ-を聴いた。
水谷浩章(B)さがゆき(VO/G/鳴り物)

冒頭から私事にて恐縮だが、私は昨年3月に左膝蓋骨骨折に、逆にゆきさんは6月に腰椎骨折に見舞われたことから、間に多少のブランクあるも、私にとって昨年通算8度目のゆきさんの現場となった当夜は、水谷さんが立ち上げた「mizmzicレーベル」第一弾としてアルバムリリースされてから14年。本格的なおふたりの共演としては実に8年振りとのことであり、その邂逅の場は、ゆきさん自身もお初となった、店内コンクリート打ちっぱなしの壁にウッドインテリアで揃えられた落ち着いた空間を持つ月花舎と来れば、何かが起きる予感大の中での開演となった。果たして、水谷さんの厳かなイントロに導かれての幕開けは、店内中央部に設計された2階席へと通じる階段上部からのゆきさん密やかなる唄声による〈夢で逢いましょう〉であり、以降今宵おふたりによって紡がれたのは、満場のアンコールに応え、ゆきさん客席を縫いながら誦じた〈上を向いて歩こう〉に至るまでの実に全14曲に及ぶオール中村八大ソングブックの数々だった。(作詞は以下の三曲を除き全て永六輔氏。〜山上路夫詞〈ぼく達はこの星で出会った〉、中村八大詞〈太陽と土と水を〉、マイク真木詞〈さよなら さよなら〉〜)
全編芳醇な完全生音で奏でられた馥郁たるメロディが、人間交差点の機微を鮮やかに掬い取ったことばに、こだまする。この上なく瀟洒な「場」の特性を視覚聴覚の両面で最大限に活かし切った一編の戯曲/芝居に接しているかのやうな印象をこちら客席に向かって与え続けたおふたりの魂レベルの響き合い。静謐清閑にして、珠玉。

#517 12月15日(月)
横浜野毛・ドルフィー
https://dolphy-jazzspot.com/
明諺「視覚」4:謝明諺(ts/ss/縦笛)山崎比呂志(ds)大友良英(g) 須川崇志(b)

際立つ ダイナミクスとスピードのコントラスト

横浜野毛・ドルフィーにて、謝明諺「視覚」4を聴いた。
謝明諺(TS/SS/縦笛)山崎比呂志(DS)大友良英(G) 須川崇志(B)

’24/6渋谷公園通りクラシックスにてライブREC.され、日本国内での好セールスを続ける一方で、バンマスである謝さん(通称テリー君)の地元台湾では、栄誉ある「金音創作賞 Golden Indie Music Award 2025」のベストインストゥルメンタル賞、ベストジャズアルバム賞にノミネートされた(惜しくも受賞は逃したものの)佳作盤:『Punctum Visus-視角』(Point.レーベル第一弾)リリース記念のプチツアーを昨年10月台湾各所にて(中には25,000人を動員した台中ジャズフェスティバルへの出演も含まれたが)大成功理に完遂させたユニットの凱旋公演とあってか、リスナーの期待度の高さがうかがえて、比較的広い店内がほぼ満席状態での幕開けとなった。

 

ステージは、共に約40分弱を使い其々の演者が想いの丈を十分に描き切った2セットの本編とアンコールの拍手も待ち切れないとばかりに本編におけるユニットの会心の音創りにいかにも満足気な表情でドラムセット目一杯にスティックを振り下ろした山崎さんのイントロに導かれた四者一矢乱れぬショートピースで構成されることとなった。1st.セットは、山崎さんとテリー君による奔放なDUOでスタートし、大友・須川両氏が加わりやがて「轟の杜」へと転じ、暫ししてテリー君がテナーによるサブトーン、縦笛、ソプラノ等で場を鎮めながら皆で「幽玄の郷」を彷徨うという展開。2nd.セットでは、冒頭から四人による比較的ゆったりとしたサウンドをじっくりと聴かせにかかった後で、否応の無い気の畝りと共に比較的早い段階から「轟の杜」に分け入り、ほぼそのままのスピードで駆け抜けるという展開。私自身、このユニットに触れるのは、ライブREC.時と昨年6月の代官山におけるリリース記念ライブ時に続き3度目となったが、その後の協働の成果もあってか今宵新たな発見も随所に聴き取ることが出来た。その中でも一番印象的だったのは、場面転換の立ち上がりの良さだった。このユニットの旨味は、ワンステージをひとつのフレーズの様にして扱いながらその主体者が時事刻々と変化して行くところにあると捉えているが、主体が変わるまさにその場面転換での他者の関わり方=音の立ち上がり方がこれ迄に無い程の鮮やかさを見せたのはこの日最大の収穫だったと言える。更に印象的だったのは、フロントのテリー君とバックのトリオとのパワーバランスである。具体的には、ダイナミクスとスピードのコントラストが際立っていたという点である。テリー君が咆哮する時、トリオはレンジを抑えめにし、テリー君がフレーズを畳みかける時、トリオはたっぷりとした土台作りとシークエンスをより長く構えて行った。そこでは、まさに稀代の表現者達が協働の道程を経たからこそであろう阿吽の呼吸の中に立ち上がる一本調子で無い構成の妙味を随所に聴き取ることが出来たのである。今宵のステージ全体を通して、テリー君が自らの主張を吹き切って「抜ける」タイミングと、トリオの音が熟し切った好機を逃さずに「入る」タイミングの巧妙さも特筆すべきものがあった。今宵のステージに触れていて、今まさにこのユニットがバンマスであるテリー君を中心に回るバンドらしいバンドになって来たという印象を強く受けた。最早この四人は新たなる第二章に向けて歩み始めていることを強く実感させられた充実の夜だった。

#518 12月19日(金)
横浜日の出町・Yokohama JAZZ FIRST
https://jazz-first.com/
THE DREI:小林洋子(p)高橋将(elb)白石美徳(ds)

意中のベーシストとの運命的な出会い

横浜日の出町JAZZ FIRSTにて、THE DREIを聴いた。
小林洋子(P)高橋将(EB)白石美徳(DS)

洋子さん曰く、エレベを念頭に書いた曲がある程度貯まり意中のベーシストを探していた際高橋さんと運命的な出逢いを果たし、協働の途について以降何代かのドラマーを経ながら白石さんに交替して2度目の現場となったのが今宵とのことだった。まあ、それはそうとして、洋子さんが志向したサウンドの肝を握るエレベの高橋さんしかり、前任の秋元修氏からスイッチした白石さんしかり、共に新進気鋭の表現者を招集したユニットだけに、編成だけを見れば、ピアノ×ベース×ドラムスという所謂ジャズの世界では定番のピアノトリオでありながらも紋切り型のそれには決して収まりきらないであろうことは重々予想した中での幕開けの時。今宵披露されたのは、アンコールも含め新旧に亘る(中には高橋・白石両名が生まれる前!に書き下ろされた作品も)オール洋子さんオリジナルソングブック11編の数々。中に1曲高橋さんに捧げられ彼をフューチャーした躍動感溢るる〈it’s sho time〉が含まれたもののそれ以外の楽曲では、そこにメロディとリズムは存在するものの、それらが前面に出ることは無く、三者の間を行き交う「つくり」を持つところが心憎かった。そこでは従来型のピアノトリオが持つメロディとリズムの役割分担の枠組みは取り外され各々が移り行く時間の中で其々の主体者となり互いに感応した鼓動に導かれた音の連なりにただ身を任せて行く在り様にこのユニットの真骨頂を観る想いがした。そうして、我々の前に提示されたメロディは叙情に流れ過ぎないからこそその情感が余程際立ち、リズムに頼り過ぎない故にそのエッジが余計立った。音数を絞ることで三者のインタープレイが存分に映えて、トリオとしての能動的機能性が強く誘発されて行く。はしゃぎ過ぎることなく、終始適度な軽みに徹したこのトリオが描き出した単なる耳あたりの良さに陥らない解体されたメロディの断片と見え隠れしながらも確実に積み上げられて行ったリズムの断層が描いた流線型波動の中に立ち上がる音の総量が、静かに、しかし確実に私の心の襞をなぞった。

#519 12月20日(土)
蒲田御園[misono]教会
http://kamatamisono.tokyo/
『高橋アキと過ごす100年物語のクリスマスコンサート』

。「100年」をキーワードに展開されたスペシャルな企画

蒲田御園[misono]教会にて開催された
『高橋アキと過ごす100年物語のクリスマスコンサート』を聴いた。

高橋アキ(Pf:’24製ベヒシュタイン)
〈曲目〉
•O.メシアン〈音価と強度のモード(4つのリズムエチュードより)〉 1949
•J.ケージ〈ある風景の中で〉 1948
•佐藤聰明〈ピエタ〉 2024[謹呈作品]
•E. サティ〈4つのオジーヴ〉〈3つのジムノペディ〉 〈天国の英雄的な門への前奏曲〉 〈3つのグノシエンヌ〉〈薔薇十字教団の最初の思想〉 〈「星たちの息子」への3つの前奏曲〉〈Je te veux:君がほしい〉
[enc.] E.サティ 〈6つのグノシエンヌより第5番〉

(一社)MCSヤング・アーティスツと教会の招聘により実現した今年創立100周年を迎える同教会における世界的ピアニスト:アキさんが101歳のベヒシュタインを奏でこちらは昨年没後100年を迎えたE.サティの代表作を軸に聴かせるという好企画。垂涎のプログラムに100席に及ぼうかという場内満席で迎えた開幕の時。ご挨拶代わりの目の覚めるような実験的なメシアンを冒頭に自らの夢想を具現化したかのようなケージへと繋げ、更に所々にレクイエムの情を見え隠れさせながら薄明から希望の光射す情景を想起させる佐藤作品を経由した後、実に7作16編に及んだサティ・パートへと至った充実のセットリストには、古典から現代曲まで幅広いレパートリーを有するアキさんのストーリーテラーとしての高次元に過ぎる才を改めて見せつけられる想いがした。演奏面での圧巻は中でもやはり大盤振る舞いのサティ。曲毎に、或いは曲内のムーブメント毎に、次に新たな局面に移行する際の僅かな「間」を捉える呼吸感の絶妙さには息を飲まされること度々であり、十指を余すことなく使いサティの想定したであろう喜怒哀楽の情緒を右手と左手のコンビネーションも鮮やかに硬度のテンションと優しい表情のコントラストを際立たせながら終始丁寧かつスリリングに弾き込んで行く姿には当代随一の「サティ弾き」と目されるアキさんの真髄を強く感じとる事が出来た。そうして、他方の主役であるベヒシュタインである。無論アキさんの巧みな手綱捌きに負う所が大きいのであろうが、この老兵も最良の演者を得たことで、広い音域に亘り和音にも単音のパッセージにも瞬時直接的に反応しながら豊潤な音色を響かせてくれた点は特筆すべきものがあった。「100年」をキーワードに展開されたスペシャルな当夜の一瞬一瞬に何かと気忙しい師走の時期にあっておおいなるカタルシスを得た稀有なひとときだった。

#520 12月24日(水)
御茶ノ水・NARU
http://ocha-naru.com/
山口真文(ts) 田中菜緒子(p)小牧良平(b)山崎隼(ds)+ゲスト:丸山繁雄(vo)

凡そ35年くらい前になるだろうか、久し振りの訪問叶った御茶ノ水NARUにて、待望のX’mas JAZZ LIVE を聴いた。
山口真文(TS) 田中菜緒子(P)小牧良平(B)山崎隼(DS)+ゲスト:丸山繁雄(VO)

このハコを自身の重要なホームグラウンドの一つにしている真文さんが、盟友である丸山さんをゲストに迎え送るスペシャルな企画。その丸山さんと言えば、’19/10脳梗塞を発症以降懸命なリハビリを続けながら、名古屋及び九州におけるジャズVO教室での後進の指導と池袋ジャズ大学主宰等を並行しつつ現場復帰への道を長らく模索されて来たことは知る人ぞ知るところであったが、氏曰く昵懇の同所オーナー成田氏と何より門下生の皆さんに「いつまでも休んでないで、いい加減に歌って下さい」と尻を叩かれて、罹患以前の恒例となっていた同所での真文さんとのクリスマスイブライブを現場復帰の日と決められたというのがことの次第だった。かくいう私は丸山さんの生唄に触れるのは’93第2回ヤマハジャズフェスティバルイン浜松以来実に32年振り二回目。その後ひょんなきっかけからSNS上でご縁を頂いてはいたものの、実際にお逢いするのは今宵が初めてとあって内心かなり緊張しながらご対面の瞬間を迎えることとなった。まあ、それらはそうとして、肝心の音、だ。普段、セットリストのいちいちについてなるべく書かないことにしている私ではあるが、今宵は訳が違う。丸山さん勝負の夜に何を選び採ったかについては是非とも書き残して置きたいという強い想いから後述するので、そちらも是非共ご覧頂きたい。


今宵垂涎のステージに際し満員札止めのお客様を前に披露された楽曲は全14編。内、丸山さん歌唱曲は圧巻の10曲に及んだ。構成は、前後半共に真文さん4が数曲軽快なサウンドで音場を温めた後丸山さんが登場するという流れ。事前のメールのやり取りの中で「なるべくみっともない姿にならないよう、今準備を重ねております。」と語って下さった丸山さんだけに、冒頭の〈WHITE CHRISTMAS〉からその声の伸びは申し分無い。その後途中ご本人も忸怩たる想いを抱いておられるであろう言葉のニュアンスについて僅かなふらつきの生じる箇所はあったものの、ミディアムに、スローに、と的を得たテンポ感をもってクリスマス関連及びスタンダード曲の旨味を天性のスゥインガー振りを如何無く発揮して我々聴き人の前に小粋に提示してくれたのは流石塾達者の仕業と言えた。途中MCの中で飛び出した「脳梗塞仲間の小野さん」のフレーズにはおおいに驚かされたが、同じ病魔を体験したものとして、病因も後遺症の内容も異なることから丸山さんの直面されて来たご苦労を理解することは出来ないが、未だ逆境の中に居られながらも、次なる一歩に踏み出されたその瞬間を共有させて頂けたことは正直申し上げて私にとっても大きな歓びであった。当夜の客席は、丸山さんのお孫さん以外は皆大の大人であったが、そのおひとりおひとりが、掛け替えの無い飛び切りのクリスマスプレゼントを貰った。そんな気分を味わわせて頂けた稀有なひとときだったと確信する。

※以下、本日のセットリスト

[1st.set]
(quartet)
1.You Are My Everything
2.MENINA MOCA
(+丸山)
3.WHITE CHRISTMAS
4.Strangers in The Night
•丸山MC
5.Like Someone In Love
6.The Christmas Song
7.L-O-V-E
[2nd.set]
(quartet)
8.When You Wish Upon A Star
9.Felicidade
(+丸山)
10.The Way You Look Tonight
11.I’ve Never Been in Love Before
12.H ave Yourself A Merry Little Christmas
13.All Of Me
[Enc.]
(all casts)
•Everybody Loves Somebody

#521 12月27日(土)
Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)
https://toshima-theatre.jp/
K-BALLET Opto『踊る。遠野物語』

初訪問の池袋・東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)にて、K-BALLET Opto『踊る。遠野物語』を観た。

パフォーマー:石橋奨也(特攻隊員)
大久保沙耶(許嫁ほか)
麿 赤兒(死神ほか)
尾上眞秀(少年K)
森山開次(河童)
田中陸奥子(山姥ほか)
K-BALLET TOKYO 12名(魂)
大駱駝艦3名 他3名 (山人)
演出・振付・構成:森山開次
舞台美術・衣裳デザイン:眞田岳彦
企画:高野泰樹(Bunkamura)
音楽監督・作曲・尺八演奏:中村明一
作曲:吉田 潔、アーヴィッド・オルソン
箏演奏:磯貝真紀
歌:菊池マセ
振付助手:梶田留以
照明デザイン:伊藤雅一
宣伝美術:横尾忠則(ポスタービジュアル)
森 洋子

この世と異界が地続きであるという「遠野物語」に息づく世界観

東急文化村と芸術総監督・熊川哲也氏率いるK-BALLET TOKYOが’22に立ち上げたプロジェクト:K-BALLET Optoが新作初演(第四弾公演)として世に送り出したのは、柳田國男生誕150年&戦後80年の節目に、柳田が岩手県遠野地方に伝わる伝承などを記した(日本幻想文学の金字塔とも目される)奇異な説話集「遠野物語」の世界と婚約者・響子への思いを絶筆遺書に残した特攻隊員の物語とを組み合わせた全編約120分に亘る濃密にして切れ味鋭く腰の座った一切の言葉を排した圧巻の舞踊劇であった。舞台は、特攻隊員として命を終えた青年が神隠しにあった少年Kに導かれ、この世とあの世が交わる幻影の地である「遠野」を彷徨いながら、その道中に河童や座敷わらし、オシラサマ、雪女、山姥など119の怪奇譚が短い断章として並ぶ「遠野物語」から選りすぐられた10編の場面を縦横無尽に繋ぎ合わせつつ展開されることとなったが、中でも際立っていたのは稀代のダンサー・振付家たる森山氏の丁寧かつ緻密な構成力。それは特に総勢約20名に及んだKバレエのトップダンサーと大駱駝艦の精鋭達を有機的に組み合わせた群舞と、この夜ゲスト格として招聘された麿、尾上両氏並びに石橋氏(Kバレエ・プリンシパル)及び大久保氏(同・ソリスト)による独舞をコントラストも鮮やかに時間軸の経過の中へ巧みに織り成して行った点に色濃くみてとれた。私は当夜、2階席前方からの観劇となったが、前者について言えば群舞が描いたスピード感とフォーメーションの美しさには森山の高い時空構成力を。後者では、二部前半に登場し、上半身諸肌脱ぎの白塗りに下半身黒の腰布で舞った麿の広い劇場全体を瞬時にして掌握威圧した独舞には御年82歳にして舞踏界の生ける伝説たるこの表現者の高次元の身体性をベースにした怪優振りを。続いた石橋と大久保の比類無く美しきソロとデュエットにはダンサーとしての天賦の才を。更には二部後半に登場し幕切れに至る迄「鹿(しし)踊り」の群舞を独り堂々と相手にした尾上(12歳)の身のこなしには、梨園の名門・音羽屋(尾上家)にあって実力派女優である母寺島しのぶと仏人アートディレクターの父の血を引く逸材としての神童振りを其々遺憾無く見せつけられることとなった。今宵私の眼前で繰り広げられた、この世と異界が地続きであるという「遠野物語」に息づく世界観を、バレエ・舞踏・歌舞伎の身体を交錯させつつ現代に力強く問うた舞台は、此方と彼方の世界、言葉と身体の関係性、肉体の内外といった、謂わば「境界」を強く意識させられた点で、昭和100年の幕切れに際し如何にもお似合いの刻として私の臓腑を鋭く射抜く圧倒的な重みを持った時の移ろひとなった。


522 1228()

横浜みなとみらいホール
https://yokohama-minatomiraihall.jp/

ステージ上にはためくウクライナ国旗

横浜みなとみらいホール・大ホールにて開催された『第九&運命』コンサートを聴いた。

[演奏]ウクライナ国立歌劇場管弦楽団
〈指揮〉ミコラ・ジャジューラ(歌劇場音楽監督/首席指揮者)
〈合唱〉ウクライナ国立歌劇場合唱団
〈ソリスト〉テチアナガニナ(ソプラノ) アンジェリーナ・シヴァチカ(メゾソプラノ)ドミトロ・クジミン(テノール) セルゲイ・マゲラ(バス)
[曲目]ベートーヴェン
交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」
交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱付」

冒頭から私事で恐縮だが、春先の転倒左膝蓋骨骨折・手術等で暫し歩を緩めたLALも、無事に’25最終日を迎えた今日のマチネーライブはクラシック。最早巷では年末の風物詩となっている「第九」に関しては、’223夜(Eインバル×都響、井上道義×N響、飯守泰一郎×東京シティフィル)と昨年同日同所での小林研一郎×日本フィルに続いて3シーズン目。初のオール外国人キャストに加えて、未だ戦禍の消えないウクライナの市井に生きる表現者達が奏でるベートーヴェン不朽の佳作「歓喜の歌」と珍しい「運命」(私は生ではお初)のカップリングに大きな期待を胸に今日の日を迎えた。果たして、約2千席のキャパが満員御礼の中開幕した今日のステージは「運命」から。初めてナマで聴く冒頭の「ジャジャジャ・ジャーン」。静かに心が浮き立つのを感じる。第一楽章はこの印象的な「運命の動機」が見え隠れしながら展開して行くが、オケから届く音の印象がどこかさっぱりしている。東欧から来た使者達の音創りは「薄味」なのか?そんな私の中の一抹の不安も、楽章を経ながらアンダンテ、アレグロと其々のテンポを巧みに捕まえて音が消えた時私の中の不安は拭い去られ、約40分をかけて端正な姿を現したこの楽曲の精緻な構造美を実感させられることとなった。続いて20分の休憩の後はいよいよお待ちかねの「第九」。オケに続いて登場した合唱団の姿は壮観であり、特に女性陣の赤いロングベストのコスチュームが舞台に良く映えて眼に鮮やかだ。開始された演奏は、一部でベートーヴェンの世界観を旅したからだろうか、冒頭の絃、続く管と「鳴り」の良さは申し分ない。その後も快演は続き45分程経った頃、いよいよフィナーレへと繋がる第4楽章がスタートした。フルオケがたっぷりと奏でる導入部の掴みは巧い。暫ししてバスにより歌われる(ここだけは原作であるシラーの詩ではなくベートーヴェンオリジナルの)最初の歌詞も場内に朗々と響き渡り、続く合唱団の発声の粒立ちも良い。しかし、だ。ソリストの四声パートが前に出て来ない。それにつられた訳ではなかろうがオケの勢いも消沈しドライヴがかからない。どこか全体の音像の輪郭が私にはちぐはぐに聴こえた。それでも演者達は美旋律の和声をなんとか乗り切りながら荘厳なるフィナーレへと突き進んだ。全ての音が消えた後、場内のあちらこちらから「ブラボー」の声が上がりそれにスタンディングオベーションが続いた。しかし、そんな熱狂の場内に座して独り私は冷めていた。中でも救いだったのは、カーテンコールの最後にセルゲイ氏とドミトロ氏が掲げたウクライナ国旗が舞台上に堂々と旗めいたことだろうか。これには、正直やられた。

小野 健彦

小野健彦(Takehiko Ono) 1969年生まれ、出生直後から川崎で育つ。1992年、大阪に本社を置く某電器メーカーに就職。2012年、インドネシア・ジャカルタへ海外赴任1年後に現地にて脳梗塞を発症。後遺症による左半身片麻痺状態ながら勤務の合間にジャズ・ライヴ通いを続ける。。

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