小野健彦のLive after Live #529~#534
text & photo by Takehiko Ono 小野健彦
#529 2月14日(土)
日暮里BAR PORTO
http://barporto.cocolog-nifty.com/
『ギター弾き語り・・・【さがゆきを聴く】バレンタインバージョン』
’21/10末以来久し振り、2度目の訪問叶った日暮里BAR PORTOにて、Valentine special Live!『ギター弾き語り・・・【さがゆきを聴く】バレンタインバージョン』を聴いた。
先ずは随分と久方振りの来店ながら私のことをしかと覚えて下さっていたご亭主の伊藤裕一さんとの再会も嬉しいところ。実はこの伊藤さんこそゆきさんにギターを本格的に弾くことを薦めた「功労者」であり、それ故にゆきさんのこのハコに対する想いも相当なものがあるようで、過日私に語ってくれたコメントに曰く「ポルトは不思議な場所。本当に魂があったかくて心の手を取り合える人が集う空間。15年位やってるけどそれで今の、本当にお客様は少ないけど、ここでのさがゆきが、さがゆきなのだ。だからライブタイトルは【さがゆきを聴く】」とまで言わしめる程である。前回訪問時はゆきさんのDUOライブだっただけに、私としてはその実相を体感しようと(「バレンタイン」にいささかの気恥ずかしさを感じつつもこの日この刻に狙いを定めたのがことの経緯だった。果たして、私にとっては(氏が昨年見舞われた重度の腰椎骨折以降)初めてのガットギターを抱いたゆきさんの現場となった今宵であったが、ゆきさんは、時に小悪魔的なスキャットやワウワウTP風の声帯模写を交えながら全編に亘りバラードの唄い手に徹しつつ、更に驚くべきことに冒頭の〈Bewitched〉を始めとしてこの人ならではの小粋なニュアンスに仕立て上げた趣味の良いセレクションによるジャズスタンダードの中に、自身のオリジナル〈ベランダでお茶を〉や客席からのリクエストに応えた永六輔詞・中村八大曲による逸品〈一人ぼっちの二人〉、更にはゆきさん自身の訳詞による切なさの極みを描いた〈Danny Boy〉等々、文字通りの満場のアンコールに応えた〈Nearness Of. You〉に至るまで、ここポルトに出演する際は必ずセットリストに組み込むことを心掛けているという蔵出し初挑戦曲(今宵は、〈The More I See You〉、〈My Ideal〉等々)も含めた実に全17曲、オールラヴソングという意欲的なプログラムを披露してくれた。そんなゆきさんの音創りから我々聴き人は殊更に背伸びせず一切の外連味を排した無垢な心根で其々の楽曲に接しようとする普段着の気高き表現者の佇まいを見せつけられた感が強い。今宵ゆきさんが見せた柔らかでありつつも静かな凄味は、毎回「初挑戦曲」を用意しながら自らハードルを上げ続けて行くここポルトにおけるゆきさんの意気を毎月心待ちに見守り続けて行こうとするお客様の熱い眼差しから産まれた磁場が引き出したものだろうとの印象を強く受けた。食材に「旬」があるように、ヴァレンタインの今宵に「旬」のラブバラードの数々をガットギター一本で捌き仕立て上げた料理人たるゆきさんの巧妙な技に腹八分目、充分過ぎるほど程よく心満たさるひとときとなった。ゆきシェフ、ご馳走様でした!
#530 2月17日(火)
上野・東京文化会館大ホール
https://www.t-bunka.jp/hall/large.html
インバル/都響第3次マーラー・シリーズ②[第1036回定期演奏会Aシリーズ]
上野・東京文化会館大ホールにて、インバル/都響第3次マーラー・シリーズ②~[第1036回定期演奏会Aシリーズ]を聴いた。
指揮:エリハフ・インバル
演奏:東京都交響楽団 ※コンサートマスター:矢部達哉
ソプラノ:ファン・スミ、隠岐彩夏、エレノア・ライオンズ
メゾソプラノ:藤村実穂子、山下裕賀
テノール:マグヌス・ヴィギリウス
バリトン:ビルガー・ラッデ
バス:妻屋秀和
合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:東京少年少女合唱隊
〈曲目〉
Gマーラー:交響曲第8番変ホ長調〈千人の交響曲〉
私にとって、現代クラシック界において最も信頼のおけるインバルVS都響コンビの今回のマーラー・シリーズは、’23年度の第10番から開始され、原則として番号を遡りながらマエストロの選択により第2番〈復活〉か第9番のいずれかを最後にするという壮大な計画であったが、途中コロナ禍でキャンセルとなった他公演のリスケジュールの関係上’24年度をスキップし、この度’25年度より再開されたというのがことの経緯だった。そうして再開されたシリーズ②の冒頭に選ばれたのは’96.’08.’14に続く12年振り4度目の〈第8番〉であったが、結果的に、それは都響創立60周年とインバル90歳(前日が誕生日)を記念してのプログラムとなったため、そんな垂涎の現場をしかと目撃しようと五層フルキャパ 2,300席が満員御礼での開幕となった。私自身も「映える」マエストロの指揮振りを出来るだけ近くで見守りたいとの想いから1階席6列目!からの鑑賞となったが、期待に違わずそのステージは聴覚の前に視覚に強く訴えるものとなった。そのステージの、フルオケの後ろに大合唱団が控え、フロントにソリスト7名が居並ぶ画は壮観を極め、更には2・3階席左右に金管楽器奏者の演奏スペースを設けたことから、全ての音が重なり合うその瞬間には、モダニズム建築の巨匠:ル・コルビジェの日本人三高弟のひとり:前川國男氏(他は、坂倉準三、吉阪隆正両氏)の設計によるこの瀟洒な劇場全体がさながら祝祭空間へと変貌を遂げて行ったのはおおいに刮目させられるものがあった。まあ、それらはそうとして、肝心の音、だ。その生涯で1曲のオペラも残さなかったマーラーにとって、〈復活〉のフィナーレと並びオラトリオ/カンタータの類とも言えるこの第8番では、全編に亘り「声」が場に横溢し、その重味を柔軟なオケがしっかりと受け止め共振しながら壮大な大伽藍を構築するという構造を鮮やかに立ち上げたが、稀代のマエストロによって描かれた、その声とオケとのアンサンブルについて緻密な解釈を施しながら休憩無しの約75分間を2~3百人の演者達を完全に掌握しつつ安寧から轟然に至る叙情の数々を水ももらさぬ緊張感の内に捌き切った音創りは、当代随一と目されるマーラー振りの面目躍如たるものがあった。舞台上と客席から発せられるボルテージは終始驚異的な熱さを持つものがあり、最後のタクトが振り下ろされたその瞬間、その熱気は途方もない歓声と喝采へと変容した。カーテンコールは6~7回に及び(中には、後で事務局に確認すると演奏中はなんと3階席から声を飛ばしていたというソプラノの隠岐さんも舞台上に駆けつけた)、オケが徐々にはける中を如何にも満足度気な表情で独り登場しソリスト達を何度も呼び戻すマエストロの姿があった。ジャズの世界には龝吉敏子氏、北村英治氏、渡辺貞夫氏、中牟礼貞則氏がおられるように、クラシックの世界にはインバル氏が居る。卒寿を超えて尚意気軒高な気高き表現者の姿に触れ、思わず居住いを正すに至った感動的に過ぎる夜だった。
#531 2月21日(土)}
合羽橋なってるハウス
https://knuttelhouse.com/
DUO:原田依幸 (p) 田村夏樹(tp/etc)
お馴染みの合羽橋なってるハウスにて、興味深いDUOを聴いた。
原田依幸(P) 田村夏樹(TP/ETC.)
この時期に及び私自身今年初となる原田さんの現場は、氏にとっては同所月例のDUOシリーズ。田村さんとは久し振りの共演とのことだったが、その田村さん、今宵は主楽器のTPに加え、フライパンを始め各種鳴り物類を取り揃えての臨戦におおいに期待も昂まる中幕開けの時を迎えた。果たして、私が建築家の息子だからという訳ではないが、音楽、特に今宵のようなフリーフォームのインプロヴィゼイションに触れる際、その構造の行く方に興味の中心が向くのが常であるが、その意味では、前後半のセット共に約30分と簡潔に纏めあげるに至ったおふたりの音創りからは、共に秀逸なる即興演者だからこそ産み出すことの出来る終始緊張感の途切れることのない音空間が立ち上がることとなった。その始まりは「点」。鍵盤を見据えた原田さんとTP を手にした田村さんは互いの間合いを慎重に推し量るかのように両者共に音を散らすシークエンスが暫し続いた。次なる展開への口火を切ったのは田村さん。曇りの無い明快なトーンのトランペットが描いたのは「線」。その後、田村さんはフライパンを主体的に使い彩りのスパイスを効果的に織り込むも印象的なメロディを繋げたのは、どこまでも素直な「線」だった。そんな田村さんに感応した原田さん、持ち味の高速パッセージと強打美和音のコンビネーションを際立たせながら「面」で受けた。そうしてそんな「線」と「面」とはしなやかに収斂と解体を繰り返しつつ滑走し回転しながらこの日この刻にのみ存在し得る木目の細かい確たる「量塊」を我々聴き人の前に築き上げて行った。今宵のおふたりの交歓は、極めて高密度ながら、そこに気負いや衒いを感じさせる瞬間は皆無であり、噛み応えのありつつも同時に喉越しの良さが際立つひとときとなった。
#532 2月22日(日)
合羽橋なってるハウス
https://knuttelhouse.com/
DUO:近藤直司(TS/BS/SS) 栗田妙子(P)
前夜に続く訪問となった合羽橋なってるハウスのマチネーライブにて、待望のDUOを聴いた。近藤直司(TS/BS/SS) 栗田妙子(P)
おふたりの1ST「知らない人」盤(’21/6於同所録音)に触れて以降、なかなかタイミング合わずの中届いた最新作「言葉のない短篇」盤の前作同様の充実した内容に痛く感銘を受け是が非でもそのナマに触れたいとの想いから下町にあるこのハコと湘南の我が家との往復約3時間を顧みず、二日連続にて現場に駆けつけたというのがことの次第だった。果たして、今日私の眼前で繰り広げられたおふたりの音創りは、期待を大きく上回るものとなったが、それは、後述する様に既発盤ニ作に収められたクラシック音楽の逸品を核に据えながらもジャズ、ポップス、米TVドラマ挿入曲、映画音楽等々ジャンルの垣根を超えた出自を持つ佳曲の数々を淡々と澱みなく連ねた飽きの来ないセットリストの妙と、例えクラシック音楽を題材に採りつつもテーマ部からアドリブ部への展開において、ジャズの持つ醍醐味である演者同士の丁々発止のやり取りが音場を貫いた点に負う所が大きかったように思う。
先ずは近藤さん、楽曲毎にその曲想に最適のサックスに持ち替えてその体躯と同様削ぎ落とされたトーンを武器にサックスという楽器の可能性を追究しながら時に朗々と揺蕩い、時にフリーキーに咆哮するといったように、そのアクセントの付け方が際立った。受けた栗田さん、稀代のメロディメーカー振りを如何無く発揮して特にアドリブ部で今ここに生まれ行く印象的なメロディの数々を迸る瑞々しさで紡ぎながらサウンド全体を拡張して行く手際が光った。おふたりのやり取りはゆったりとしていながらも、その底辺には奔流が見え隠れし、それがサウンド全体をスリリングなものにしていった。そこにこれみよがしのドラマティックな展開は無かったが、こちら聴く者の心身を十二分に落ち着かせる「人肌の温もり」があった。それ故に、今日のおふたりの音創りに接していて終始心の襞がザワザワと振るわされたのだろうと思う。ラベル、フォーレ、マーラー、ベートーヴェンがジャズのハコで高らかに謳われる。音楽好きとしてはなんとも嬉しい光景だった。レパートリーには他にもシベリウス、サティ、バルトーク、ドヴォルザーク等々もあるようだ。次回はそれらの引き出しが開けられる現場に立ち会えるかもしれない。これはなんだかとてつもなく愉しみだ。そうしていつの日にかそれらが、エリントン、モンク、ヘイデン、モチアン、Jルイス等々或いは J.ミッチェル、S.ロドリゲスらと同居する日もやって来るのかもしれない。嗚呼、おふたりの今後の動向には興味が尽きない。
※以下、本日のセットリスト
〈1st.セット〉
1.亡き王女のためのパヴァーヌ(M.ラベル)
2.夢のあとに(G.フォーレ)
3.鳥の歌(カタルーニャ民謡)
4.交響曲第2番第3楽章・アダージョ(S.ラフマニノフ)
5.Utviklingssang(C.ブレイ)
6.Amapola(J.ラカジェ)
〈2nd.セット〉
1.ピアノソナタ:悲愴(L.V.ベートーヴェン)
2.Close To You(B.バカラック)
3.交響曲第5番第4楽章・アダージェット(G.マーラー)
4.Blue Nile(近藤直司)
5.Mary Hartman,Mary Hartman OpeningTheme (E.ヘイゲン)
〈enc.〉
・Smile(C.チャップリン)
#533 2月27日(金)
町田ニカズ
https://nicas.pinoko.jp/nicas/
BCG REPUBRIC:ハクエイ・キム (p) 杉本智和 (b)本田珠也 (ds)
凡そ四ヶ月振り、今年初訪問となった町田ニカズにて、『BCG REPUBRIC』を聴いた。
ハクエイ・キム(P)杉本智和(B)本田珠也(DS)
其々にご縁はあったものの(中でも杉本さんとは実に’18/2 ChamberMusicTrio「Silencio」盤レコ発ライブ@虎ノ門B-Tecスタジオ以来8年振り!)、ユニットとしては初体験となった今宵、(ハクエイさんにお聞きした所によれば B:〈Book=本(田)〉C:〈Cedar=杉(本)〉G:〈Gold=金•Kim Hakuei〉の頭文字をとった、この人気・実力共に第一級の表現者が集いし(結成6年となる)ユニットは、’25/3発売の「Time Is On Our S ide」盤収録曲を含むハクエイさんオリジナルを中心に、文字通りの満場のアンコールに応えた始め清廉の極みを描きつつ次第に力強いゴスペルタッチに仕立てあげた(ハクエイさん、お父様に捧げた)〈You Say〉に至るまで ‘りくりゅうペア’ も顔負けの高次元の厚い連帯感を際立たせながら全9曲の快演を供してくれた。その、ダイナミクスに対して周到な配慮を施しながら、終始一貫した高密度のテンションと緩急の自在に亘り一糸乱れぬスピード感を維持しつつ各々の思い描く「美」を超辛口の喉越しを持つハードコアなリリシズムの内へとしなやかに帰結させたトリオミュージックとしてのインタープレイの歯切れ良さに終始圧倒され尽くした充実の宵となった。

#534 3月27日(金)
横浜・日の出町 Yokohama JAZZ FIRST
https://jazz-first.com/
守谷美由貴 (as) 石田衛 (p) 西嶋徹 (b)
間に本業の超繁忙期と自身の体調不良が重なったため、丁度一ヶ月振りに待望のLAL 再開が叶った今宵、横浜・日の出町 JAZZ FIRSTにて、興味深い編成による初顔合わせのトリオを聴いた。
守谷美由貴(AS)石田衛(P)西嶋徹(B)
近年は、自身の各種リーダーセッションに加え、持ち前の探究心旺盛な性格を発揮して、峰厚介氏、渋谷毅氏、吉野弘志氏、板橋文夫氏、森山威男氏等々本邦ジャズ界の巨匠達の胸を借りての積極的な表現活動を行うなど心境著しい美由貴さんが、尊敬する名う手のおふたりを迎えて贈るドラムレスの編成に期待も大きく昂まる中での開幕の時。ステージは D.エリントン作〈creole blues〉を幕開けに、メンバーのオリジナル曲(美由貴さん×3、西嶋さん×2)を効果的に挟みながら、そこに T.モンク作品(〈four in one〉&〈eronel〉)や T.オルタ作〈franciska〉、更にはアフロキューバン調にて本編を賑々しく締めたR.ウェストン作〈afro black〉に至る全10曲を澱みなく披露してくれた。そんなステージに接していて、特に印象に残ったのは、美由貴さんの肩肘張らないリーダーシップであり、自ら中低音の深みと高音の伸びとのコントラストを際立たせつつ決して性急になることなくしなやかにフレーズを紡ぐ表現力の高さをみせながら多岐に亘る曲想を持つ楽曲群其々のツボを押さえる眼力を見せつけたことが、共に豊かな唄心に溢れた品のある端正なダンディズムを有する石田・西嶋両氏の旨味を鮮やかに引き出すことに功を奏したと強く感じさせられた。三者が其々持つ「タイム感」は驚くほどに相性が良く、それ故に、そこにドラムスが居なくとも、心地良く共振しブレンドされたリズムの推進力を感じさせられること度々であった。アンコールは、これは私にはなんとも嬉しい選曲と言えた、渋谷毅オーケストラの十八番でもある、C.ブレイ作〈soon i will be done with the troubles of this world〉であったが、今宵の白眉は、美由貴さん最新盤「DUO Live at AKETA」にも収録の、美由貴さん、お父上ご逝去の折に書かれたという〈碧落に咲く〉。それは、まさに三者がひとつに纏まりながら哀切の極みを描き、絶品。春雨に咲く桜に如何にもお似合いの極く落ち着きのあるしとやかな現場を堪能した夜となった。



























