小野健彦の Live after Live #195~#200

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text & photos by Takehiko Ono 小野健彦

#195 10月15日(金)
西荻窪・アケタの店
http://www.aketa.org/
小林洋子 (p) 吉野弘志 (b)

今日のライブの現場行きはいつにも増してロードムービー的であったことから、長文必至となったため、章立てにして行こうと思う。

■第一章:ライブに向けて

今夜のライブの現場は、6/25以来の西荻窪・アケタの店。久しぶりの新宿駅では黄色の総武線への乗り換えもスムーズに間違えることなく、随分と早めに西荻窪駅に到着し、右見て、左見て色々と思案した結果、御神酒の河岸は、「焼き鳥戎・北口店」と決定。

馴染みの焼き手・鈴木さんとの久しぶりの再会も果たせて、上機嫌でアケタへ足を進めた。今夜のステージは、小林洋子氏(P)と吉野弘志氏(B)のDUO。

さて、ここで時計の針を戻して。

あれは昨年の梅雨時後の頃だったように思う。

洋子さんのFacebookに現れたPVに耳目を奪われた。確かブリザードフラワー?をタイトルバックにして流れ来た余りにも儚いニュアンスを持ったピアノとベースのインタープレイ。洋子さんにお聴きすると昨年1月に新宿ピットインで実況録音した吉野さんとのDUOだと言う。私は即座にこれは絶対「形」にすべきだと力説した。その後他にも同様の書き込みが多くなされていたのだが、その後の更なるコロナ禍突入により、それは結局陽の目を見ずに終わってしまうのかと思っていた矢先、そのコロナ禍の中、ピッインミュージックのエンジニア菊地昭紀氏や、アケタの店オーナー明田川荘之氏/マネージャー島田正明氏らの強力なサポートを得て、このプロジェクトが大切に育まれて、時期は未定ながら、近々aketa’s diskから発売されるというニュースが洋子さんのFacebookから飛び出して来た。やはり、そのライブの内容には演者もかなりの手応えを感じて、今般のリリースに漕ぎ着けたのだと言う。その意味で、今宵は異例ともいえるレコ発記念前祝いライブの趣向になる予定であった。

■第二章:演者も聴き人も驚きの現場

そんな経緯もあったため、アケタの店に着いて看板の「CD発売記念」のクレジットを見て、?となったのは言うまでもない。しかし、その後店内に足を踏み入れ、更に驚きの光景を目にすることになる。店内後方の丸椅子の上には謎の段ボールが。

島田マネージャーにお聞きすると、今日に間に合わすべくニューアルバムが100枚到着している、と。しかし、それらは未だ裸の状態で、空のプラスティックケースに裏ジャケ、盤、インナースリーブ、帯をセットしてビニール袋に入れてこれから組み上げて行くのだと言う。こうして今夜は、舞台上と客席後方レジ脇の島田さん定位置とでふたつの(ライブ)ドラマが同時進行して行くという驚きの展開となった訳である。

■第三章:肝心の「音」

定刻の19時にスタートした今日のステージ。

洋子さんオリジナル曲〈3/4忙中〉を皮切りにS.リバース〈Beatrice〉を経由して、洋子さんオリジナルの三曲を並べて決着させた1st stage。

その後のインターバル直前には、島田さんが今しがた組み上げたばかりの、当の演者本人も完成品を初めて見るシリアルナンバー1番が舞台へと無事届けられるという泣かせる場面にも立ち会うこととなった。

そうして続いての2ndステージでは、スタンダード曲〈Never let me go〉を洋子さん入魂のオリジナル2曲ずつでサンドし、最終曲にはアルバム・タイトル〈Turn Circle〉(これは洋子さんの造語で、「輪廻転生や時は巡り再び」といった人生観を投影したイメージ)を据えるという構成。

そんな充実した約2時間のステージ全体を通して、様々なテンポ、曲想の佳曲達が供されたが、いずれも、お二人持ち前の強靭なタッチに支配された硬質な仕上がり。しかし、同時にその力強さの内から柔らかく立ち上ってきた儚さと危うさの表情からは、このおふたりでこそ生み出すことの出来る創造性の深淵をまざまざと見せつけられることとなった。

2018年夏のシーン復帰以来、数々のエポックメイキングな舞台を踏んで来た洋子さんであるが、復帰以降初の登場となったここ古巣・アケタのピアノの椅子の座り心地と鍵盤のタッチの感触は、途方もなく感慨深いものであったに違いない、そうして、直ぐ横には、かつて自らが命名した「音曲の貴公子・吉野さん」が付いていてくれる。更に遠くレジ脇には島田さんが居て。「そう、この感じ」との思いが何度もよぎった夜であったと思う。こちら聴き人もその嬉しさを確かな音像の形で存分に共有させて頂けて、この上なく幸せなひとときであった。


#196 10月16日(土)

合羽橋・jazz and gallery なってるハウス
http://www.knuttelhouse.com/
原田依幸 (p) 外山明 (ds)

今日のステージは、同所では9年振り!2度目となる原田依幸氏(P)と外山明氏(DS)のDUO。約50分ずつの2ステージを通して、両者が共に繰り出したそのサウンドの圧倒的なスピード感が特に際立った。加えて1stセットでは、「鳴らし切らない」ことに。一方で2ndセットでは「鳴らし切る」ことに両者の思いが瞬時に一致したと見え、異なる印象を持つ滲みと極彩色に彩られた二幅の絵巻物を描いて見せてくれた点におおいに溜飲の下がる思いがした。

まずは原田氏によるノスタルジアを想起させる最弱音で今宵の幕が開いた。それに対して外山氏も、極く慎重に打音を合わせにかかりつつ徐々にその音数を増やして行く。そこでは、四つのシンバルと四つの太鼓から生み出されるハーモニーに徹底した抑制が効いているのがなんとも心憎い。サウンド全体に目配りを利かせたリズムの「散らし」がやがて絶妙なメロディラインを生み出すことになるその所作に、この表現者特有の融通無碍の表情を見出し今宵もおおいに唸らされてしまった。

一方の原田氏も、低音から高音へと目にも止まらぬ速さで繰り出すパッセージをもってして鮮烈な迄のリズムとハーモニーを繋ぐ所作で刹那に生み出す解体と収斂の道程を辿ってゆくが、今宵はそのところどころに、厳粛な、それはまるで交響曲の主題部の様なメロディを散りばめたため、その都度度々ハッ、とさせられることとなった。

強烈な個であるとともに、稀有なアンサンブル。所謂メロディ楽器とリズム楽器の特性(その互換性を含めて)を存分に生かし切れる稀代の表現者の拮抗によって創造された極上の構成美を堪能させて頂きました。

終演後は、演者おふたりに加えて、なってるハウス前店長の小林さん、原田氏夫人の理香さん、更にはお客様としてお越しの鈴木放屁氏(TS)赤木飛夫氏(AS)らも交えて「食」にまつわる話題から、かつての原田・鈴木・赤木氏が同時代に体感したNYCロフトシーンの話題等をつまみに、ささやかながら濃密な語らいの時間が流れた事も書き加えておこう。それはとりも直さず「戻って来た」待ち焦がれたアフターアワーズだったのだから。

#197 10月20日(水)
合羽橋・jazz and gallery なってるハウス
http://www.knuttelhouse.com/
TRY-ANGLE:山崎比呂志 (ds) 井野信義 (b) 纐纈雅代 (as)

前稿以来の合羽橋・なってるハウスへ。

そのステージは、お馴染みの山崎比呂志氏(DS)と盟友井野信義氏(B)のTRY-ANGLE。今宵迎えるゲストは、纐纈雅代氏(AS)だ。今日の訪問前に我がライブ手帳をめくると、2018/12-27に念願のご縁を頂けて以来、実に23回目の山崎さんのナマであった。

しかし、私の少し前迄の予定では、他の所用有りにて、伺うことを断念していた。

ところが、そんな時山崎さんから連絡が入り、「当日はハプニングがあるかもしれない」と仰る。その内容をお聞きし、更には後日そのハプニングを起こすかもしれない主と他所での驚きの再会もあって、それら全てをひっくるめて、2022年の山崎さんの新なる展望を先取り出来るかもしれないとの直感から、全ての予定を覆してなってるへと急いだ。

時短対応営業収束も間近に迫った定刻の19時を少し過ぎた頃、今夜のステージの幕が開いた。最初は事前告知の3人によるスタート。私にとっては久しぶりの纐纈さんであるが、緩急の両場面にあって相変わらずそのアイデアとニュアンスの豊かさに驚かされる。そうして千両役者ふたりを前にしても決して臆することのないステージングが今宵も冴えて、華奢な身体全体を使って吹き込む音のスピード感とキレ、更には的を得たフレーズの捻りでこちら聴き人達をグングンと惹きつけて行く。山崎氏と井野氏の生み出す静かで幽玄な畝りの間に間を伸び伸びと駆け巡り切ったところであっという間の1stセット・約40分が終わりを告げた。続くしばしのブレイク中になんとピアノの蓋が開けられた。場内が固唾を呑んで見守る中、2ndセットの幕が開きひとりの若者が舞台袖に現れ、山崎さんが呼び込みにかかる。今や各方面に引っ張りだこのピアニスト・魚返明未氏の登場だ。普段、フリーファームでの演奏は少ない筈であるが、そこは確かな技量の持ち主。その道のなうての表現者達に混じっても、決して埋没することなく、88鍵の宇宙を余すことなく駆使して自らの主張を展開して行く。途中、少しくもどかしさの感じられる局面も訪れるが、瞬時に自ら潮目を変えて弱音の連なりでリズム隊を自らのフィールドに引き込んだ場面などはおおいに聴き応えがあった。ただ、総じて惜しむらくは、お行儀の良さが感じられる場面が多いように思えた点か。より弾け、ぶち壊して突き抜けて、山崎・井野両氏にもっと積極的に悪戯をしかけても良かったように思う。もっとも今日は思いがけずのシットインにつき、そこまで要求するのはこちら聴き人の身勝手というものだろう。しかし、越境への印象的なかけら(=きっかけ)もそこここに聴いて取れただけに、こちらとしては氏の肉声をもっと聴きたかったというのが正直なところである。ただ、実のところ今夜は次なる道程へのとば口に過ぎない。一月早々には、同所での山崎・魚返両氏の共演も決定している。(こちらは、テナーのR.マクモーリン氏とのトリオ編成)今は、終演後に魚返氏が私に控えめに漏らしてくれた今夜の自らのプレイについての口惜しさに対する氏なりの決着を楽しみに待つこととしよう。氏なら、きっと確たる解を携えて今宵のサプライズをハプニングに変えるべく臨んで来てくれると確信する。

しかし、その道の高みにある先達と孫以上息子/娘未満が一瞬の内にうちとけて創造の軌跡を協働する。そんなジャズという音楽の持つ度量の深さをまざまざと見せつけられた夜だった。そう、終演後の山崎・井野両氏の満足げな表情を見られただけでも合羽橋に走った甲斐のあるひとときだった。


#198 10月24日(月)

鎌倉芸術館
https://www.kamakura-arts.jp/
小泉和裕指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

今日のライブの現場は鎌倉芸術館。
ご存知「松竹大船撮影所」の跡地に1993年に開館した文化施設である。
そのステージは、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の「フューチャー・コンサート」。
私にはお初となる今日のこのオケを指揮するのは、同楽団の特別客演指揮者・小泉和裕氏。

その端正な佇まいがそのまま投影された音創りを行う表現者として私の中では当代日本人指揮者の中では最も信頼を寄せているマエストロだ。

今日の演目は、下記のシンフォニー2題。
①  モーツァルト:交響曲第40番ト短調K.550(25分)←かのシルヴィ・ヴァルタンが第一楽章に歌詞をつけた「哀しみのシンフォニー」を歌唱していることでも知られる。

〈休憩〉(20分)

②チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調Op.64(50分)

各々について私の印象を点描すると、先ずは①、有名過ぎる第一楽章の主題について、弦の中低音域にさざなみの様にたっぷりとした膨らみを持たせると共に被せる管との音層のバランスにも十分配慮しつつ、甘過ぎる印象に陥ることを極力避けながら哀切のニュアンスの表出に心を砕き、テンポと調子の異なる全四楽章を快活に描き切った点は、納得のいく音創りだったと言える。

続いて②、冒頭に置かれた荘厳な「運命の主題」の歌わせ方は説得力十分で幕開けからこちらの耳目を奪う展開。この曲は、この主題が四楽章のあちこちに顔形を変えて登場するが、ここではモーツァルトで聴かれた弦と管のバランスの良さが更に際立ち、不穏な中にも希望への一筋を湛えた明確な主題として全楽章を貫きひとつに結びつけて行かんとした作者の意図を余すことなく汲み取ったマエストロの解釈とそれに応えたこの楽団の技量の確かさにおおいに唸らされることとなった。

ともすると単調になるリスクをも孕む共にマイナー調のシンフォニー二品のみを並べた構成にマエストロと楽団の意気を感じて臨んだひとときが終わりを告げ、果たして、名匠・小泉氏の手堅い手綱捌きが冴え渡り、各々の短調の質感の違いを際立たせながら、対の効果がかえって心地の良い緊張感の持続を生み出し、トータルでおおいに聴き応えのあるプログラムだったと言える。

#199 10月29日(金)
町田・ Jazz Coffee & Whisky Nica’s
http://nicas.html.xdomain.jp/
山口真文 (ts) 高橋知己 (ts) 小牧良平 (b) 奥平真吾 (ds)

今宵は、またしても元岡マスター慧眼のブッキングに強く惹かれて町田ニカズへ。

ステージは、共に各方面から引く手数多の実力派リズム隊ふたり、小牧良平氏(B)と奥平真吾氏(DS)を擁した2テナーサックスのピアノレス・カルテット。フロントに立つのは、山口真文氏と高橋知己氏という、共に古希を過ぎ、益々その表現活動に磨きをかけている匠ふたりときたのだから、もう、音が出る前から堪らない。

同じ楽器同士の共演について、所謂「バトル」と称される丁々発止のやりとりを期待する一方で、同じ楽器の奥深さの追究に生涯を賭けた酸いも甘いも噛み分けたもの同士、互いに対する共感と敬意が崇高なハーモニーを生み出す可能性を秘めている点に興味の矛先は向けられる(このおふたりなら尚のこと)と思いながら迎えた幕開け。

おふたりは、知己さんセレクト及び元岡さんリクエストの、多くは海外ジャズメンのオリジナル曲を題に採りながら、ビートルズがカバーしたことでも知られるM.ウィルソンの〈Till There Was You〉なども交えてそのステージを進めて行くが、まずはその音量のバランスの良さに驚かされることとなる。そこには、俺が俺が、の自我の張り合いが感じられる瞬間は片時も見られない。

温和な山口氏と朴訥な高橋氏の普段見られる表情がそのまま投影されたようななんとも趣味の良い掛け合いの時間が滔々と流れて行く。

各曲で耳慣れたテーマがより新鮮な響きをもって供され、転じてアドリブパートではそのワンフレーズワンフレーズが全てメロディ化して行く匠の技も冴え渡るなんとも聴き応えのある展開。

匠ふたりは、独り悠々と泳ぎ切って行くかのように見られるが、次第に不思議とその呼吸の深さが同期し...。理知的で馥郁として、更に今日はいつもに比べて少し野趣味も増したトーンに支配された独自の語り口が見事に溶け合いながら具象と抽象の音像を鮮やかに結んだ稀有なひとときだった。

最後に、夫々の匠が自らの想いを存分に吐露出来るスペースを、重心の低い抜群の安定感と随所に細かい配慮の行き届いた的確なサウンドでしつらえたリズム隊おふたりの仕事振りがこの夜の充実した音創りにおおいに貢献していたことも特筆したいと思う。

更には、敢えてピアノレスの編成でこのステージを実現させたピアニスト元岡マスターの慧眼にも改めて脱帽の宵。

おっと、今夜最大のハプニングを語り忘れてはなるまい。最終曲の前に、知己さんからの「テナーがふたり居ればやはり」の一声に続き始まったS.ロリンズ作〈tenor madness〉の知己さんソロの途中で、最早居ても立っても居られないとばかりに元岡さんがピアノに駆け寄り、そのままバッキングにソロにと雪崩れ込んだくだりには、ここニカズにまた熱いジャズの息遣いが戻って来たことを肌で感じられて溜飲の下がる思いだった。

因みに、今宵の演奏曲にご興味のある方もおられると思い。その中からミュージシャンズ・オリジナル曲を列挙すると、

T.モンク作品からは、〈monk’s dream〉〈epistrophy〉〈let’s cool one〉
W.ショーター作〈limbo〉D・ガレスピー作〈con alma〉H・シルバー〈peace〉等々。

尚、本日のライブの模様は、既に新規分は運用を終了しているyoutube:Nica’sチャンネルで後日公開予定とのこと。要チェックです。


#200 10月30日(土)

日暮里・Bar PORTO
http://barporto.cocolog-nifty.com/blog/
さがゆき (vo,g) 八木のぶお (hmca)

今日のライブの現場は、初訪問の日暮里・PORTO。

「16周年記念SP」と銘打たれた今宵は、このコロナ禍の中嬉しいご縁を頂けたさがゆき氏(VO/G)とナマでは30年振りにお聴きすることとなった八木のぶお氏(HMC)〈同所初出演〉のDUO公演。

ユニット名は、その名もU・Gi・Ha〜!〈ウタノウ・ギターノギ・ハーモニカノハ〉だ。

私にとっての八木さんと言えば、「1991年のjirokichi」なのである。そのココロは、この年の10月に開催された同店創業17周年記念の「でめた’91 ミュージック・フォア・チルドレン」にある。生憎の大雨の中、なんと今はなき遊園地・多摩テックの野外プールを会場に、パパラッコによるB.マーリー〈one world〉に始まり、ボ・ガンボス、シーナ&ロケッツ、ローラーコースター、近藤房之助&永井ホトケ隆、本田竹広ら同店所縁の豪華過ぎる面々が登場しつつ、(八木さんも勿論出演)ニューオリンズから時別招聘したアル・ブラッサードによる〈georgia on my mind〉で感動的なフィナーレを迎える迄、それは私が接して来たライブの中でも決して忘れることができない一大事であり、更に加えてこの前後に私は八木さんの次郎吉における’MARIPOSA(須川光氏、川端民生氏らも参加)’や’GrooveKnights’等に度々足を運んでいたことから、私の中では八木さん=「1991年の…」のヒトとなった訳である。そのgroove knightsでは正木五郎氏(DS)の繰り出すタイトなグルーヴや大出元信氏(G)独特の攻撃的なリズムカッティングと控えめでいてくせのあるセクシーなメロディラインに絡む八木氏のハーモニカの(むせび)泣きを目当てに、(身体が不自由となり今ではそれを理由にすっかり足が遠のいている)あの高円寺JIROKICHIの階段を降りたものである。私にとっては、ハーモニカという楽器の「泣き」の呼吸感が生み出す場を震えさせる「揺らぎ」のニュアンスを「腰で感じられる」かどうか、言い換えれば、聴く者に迫る音の連なりが持つ説得力のある「人間くささ」の濃度が高いかどうかがそのサウンドが腑に落ちるか否かの試金石になると感じて来た。

その意味では、当然のことながらかつて目撃した大出氏とのやり取りのサウンドとは質感を異にするものの、たおやかなさがさんの往き方に対して見せた八木さんの(言い方は妙だが)緩やかな益荒男振りから、極めて濃度の高い人間くささを感じ取ることが出来、この卓越した表現者の創造性の深淵を改めてまざまざと見せつけられる想いがした。中村八大氏作曲の作品が多く採りあげられた今宵(更には5冊くらい本が書けそうだというさがさんと八大さんの掛け替えない交歓の逸話も盛り沢山に交え)夫々の楽曲に対する敬意を強く感じさせながらそのタイム感と呼吸が次第にしっくりと溶け合うおふたりの噛み応えのある掛け合いから私が感じたのは、単に耳触りの良い安らぎや和みの情緒感というよりは、削ぎ落とされ剥き出しになった言葉で紡がれた物語が発した鮮烈な肉感的叙情とでも言うものだった。

最終曲は、八大さんからさがさんへのラストメッセージとでも言うべき佳曲〈僕たちはこの星で出会った〉。2時間のステージを経てこの場面に至り、こみあげる数々の想いを必死にこらえながら、それでも天国の八大師に向けてプロとしての矜持を示しその場を見事に唄い切ったさがさんの姿は余りにも美しきものとして満場の聴き人の胸を強く打った。’22/6/10の八大氏没後30年には「何かやりたい」と力強く誓ってくれたさがさんの、そこに狙いを定めた今後の活動には当分目が離せそうにない。

 

小野 健彦

小野健彦(Takehiko Ono) 1969年生まれ、出生直後から川崎で育つ。1992年、大阪に本社を置く某電器メーカーに就職。2012年、インドネシア・ジャカルタへ海外赴任1年後に現地にて脳梗塞を発症。後遺症による左半身片麻痺状態ながら勤務の合間にジャズ・ライヴ通いを続ける。。

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