小野健彦のLive after Live #243~#252

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text and photos by Takehiko Ono 小野健彦

#243 5月20日(金)
横浜 Jazz First
http://jazz-yama-first.sakura.ne.jp/
Tales Of Another:石井彰 (p) 瀬尾高志 (b) 芳垣安洋 (ds)

皐月二十日。有難いことに天気は良好だ。
二十四節気では立夏も終わりの候を迎えた今宵、本年2月に発意され、5/9「神保町・試聴室」を船出して、本日早くも横浜JAZZ FIRSTに寄港したピアノ・トリオ「Tales Of Another」を聴いた。
その余りに早い展開からはメンバー各位がこのユニットに賭ける強い意志が伝わって来るようだ。
時は’77のNY、G.ピーコックのもとにK.ジャレットとJ.ディジョネットが初集結し、後年の輝ける「スタンダーズ・トリオ」に帰結することになるピーコック名義のECM盤のタイトルを冠したこのトリオのメンバーは、最早押しも押されぬ存在感をもって我が国の現代ジャズ・シーンを牽引するいずれも卓越した音楽性を有する表現者達:石井彰氏(P) 瀬尾高志氏(B)芳垣安洋氏(DS)の面々。
石井氏曰く「単なるカバー・バンドではなく、キースの音楽的精神性に共感した者同士でトリオをがっつりやろうと意気投合した」のが、この新たなる物語の始まりのようだ。
さて、この後話をどう組み立てようか。
よし、今日は最初に今宵供された楽曲を点描した後、全体のステージから受けた私の印象を総括することにしよう。長文になること必至ではあるがお時間の許す限りお付き合い頂ければ幸いである。
1stセット。穏やかな大河の流れを思わせる曲想で纏めた本日初演の瀬尾氏オリジナル〈echoes of moonlight〉で幕開けし、続けた石井氏オリジナル〈三月のマリー〉でサウンドを軽快にバウンドさせて場が動き始めた。更にはB.フリゼール作〈througout〉を硬質のノスタルジーを纏わせたバラードに仕立てて場を鎮めにかかる。これらの実に起伏に富んだ音の流れに早くもこちら聴き人の耳目は完全に掌握されることに。

続けて芳垣氏オリジナルの〈parade 1&2〉で、ドラムは最初はブラシで入りタイトルに反して鎮魂歌の趣きを見せるがややあってステックに持ち替え喧騒と祝祭感を見事に呼び込んでこのセットに幕が降りた。
続いて短いインターバルの後の2ndセット。
冒頭2曲は彼らのメンターたるキース作品を並べた。
先ずは〈blossom〉。どこまでも深く静かに沈み行く石井氏のイントロに導かれた静謐なサウンドの中にあって終始張り詰めた緊張感を湛えたピアニズムが際立った。
場面転換も鮮やかに続けた〈the wind-up〉でサウンドは再び転がり始める。
途中しなやかに繰り出した芳垣氏のゴスペル・フレーバーのリズム「効いた」。更に意外な場面転換が続く。南米チリの軍事クーデターを史実に基づき描いた映画音楽を担当したA.ピアソラ作〈il pluet sur santiago(サンチャゴに雨が降る)〉では石井氏がピアニカを効果的に駆使し我々を熱情を内に秘めた南米大陸の時空へと誘ってくれた。
さて、早くも本編最終曲。
1曲目に続き、本日初演の瀬尾氏オリジナルは氏がこのコロナ禍に読破したという作家/詩人L.ヒューズの自伝タイトルからとった〈僕は多くの河を知っている〉。
ここでトリオは前半はフリーフォーム仕立てで懐の深さを披露しつつ後半は高速ビートに転じ劇的な幕切れを演出した。
最後の一音が消えた後、客席は直ぐに演者がステージから降りることを許さず、満場の惜しみない拍手に応えて供されたのは、慈しみ深く希望に満ち溢れたトーンで奏でられた〈state anthem of ukraine(ウクライナ国歌)=ウクライナは滅びず〉だった。
以上が充実に過ぎた極めて高い創造性に支配された今宵のドキュメントだ。
ここまでで予想通りの長文になってしまったが、よろしければもうしばしお付き合い願いたい。
以下は今日のステージ全体から私が受けた印象である。
ここで話は全く変わるが、私が建築家の息子であることとは直接の関係はなかろうが、私はとかく音楽もその構造で楽しもうとする気質があるようだ。
その意味からすると今宵私の眼前で展開された音創りの、視座の違いにより刻々とその表情を変容させた黄金比に支配された壮大な音伽藍とでも言えるものに私は完全に耳目を奪われた。
今宵のステージ全体を通じて私が強く印象に残ったのは、各々の演者がサウンドの中でとったポジショニングの妙味が生み出す音像の躍動的な立体感であった。
それは言い換えれば、3次元を巧みに手中に収めた空間掌握力の鮮やかさとでも言ったところだろうか。
先ずは断面だ。各々の重心の取り方の絶妙さに唸らされる。其々の層での丁寧な仕事振りがサウンド全体に推進力を与えて行くスリル感が堪らない。
次に平面だ。演者其々がディティールと広角からサウンド全体を俯瞰する時、最早サウンドはバンドスタンドから零れ落ち、ハコ全体を同じ地平で結びつけるに至るとこちら聴き人もその音創りを協働している錯覚さえ覚えることに。
そうして最後は奥行きだ。今日のステージでは誰かが必然的に飛び出したいと前面に出ると他者がすっと後ろに下がる場面が度々観てとれた。しかしこの局面があったればこそサウンドが強靭な弾力性を獲得することに繋がったと感じている
こうして三者は離散を繰り返し、低位から高位へ表から裏へと縦横無尽に駆け抜け、立ち止まり、踊り出し、黙考しながら終始緊張感に溢れた音創りを展開した。
かそけきピアノ。野趣味溢れるベース。強靭かつしなやかで所々に悪戯心を垣間見せたドラムの三者による全方位外交の帰結するところ、立体的に音楽を動かして行くその鮮烈に過ぎた空間掌握力に息を呑まされること度々であった。結成二夜目にして早くも圧巻の読後感を味わうことの出来る物語を紡いで見せたこのトリオが、その圧倒的な劇的空間を携えてこれからどこに向かって更に新たなる物語を紡いで行くかには興味が尽きない。
そうだ、今宵はキース来日公演の数々を貴重な映像作品としてプロデュースされた海老根久夫氏も来店され石井氏の紹介を受け客席から盛大な感謝の拍手が送られた場面があったことを書き忘れてはなるまい。

#244 5月22日(日)
藤沢・カフェ パンセ
https://cafepensee.wixsite.com/pensee
酒井俊 (vo) 纐纈雅代 (as) ファルコン(g)

まさに「かくも長き不在」だった。
直線距離にして約3,600km、機上の人になれば約6時間の、その如何に遠く長い道のりであったことか。
それはご本人にしては当然のこと、翻って我々日本に住まう数多の音楽愛好家にとっても。
今宵は、約2年半振りに帰国され、2ヶ月間に亘る日本列島縦断の旅を敢行中の酒井俊さん(VO)を聴いた。
現場はタクシーを駆れば我が家から約10分の地元藤沢・「カフェ パンセ」。
繁華街の喧騒から少し離れた雑居ビル2Fにひっそりと在るこのお店。
ご亭主・金井さんの慧眼も光る不定期のライブは湘南に暮らす老若男女に支えられ地道に続けられており、俊さんにとっても貴重な表現活動の場として度々訪れられて来た馴染みの現場である。
さて、今回の俊さんのロード・スケジュールを見ると、実に多彩で興味深い面々との共演が予定されているが、今日は、唯一今宵だけの組み合わせによる垂涎の手合わせであり、開幕に向け私の胸の高鳴りは最高潮に。
定刻18時を少し過ぎた頃、演者が揃い各々のポジションについたが、今宵の俊さんの同行人は共にシーンへの登場以来、座りの悪いジャンルという名の既成の枠組みを軽々と超えながら幅広い音空間に身を置きつつ、近年その動向に更なる注目が集まる稀代のインプロヴァイザーふたり、纐纈雅代氏(AS)とファルコン氏(G)だ。
果たして、少し長めの休憩を挟んだ約2時間のステージを通して、自家薬籠中の楽曲から驚きの楽曲までそのいずれもが佳曲の数々の、その物語の実相を思慮深い洞察力と豊かな表現力で具現化したその様は、それはそれで言うまでもなく圧倒的なスケールを纏ったものであったが、私の印象に強く残ったのは、所々で挟まれたそれらの歌に入るまでの語りの部分。
場の空気感を巧みに捕らえながら即興で誦じられたこの「バース」とでもいえるお喋りのくだりは噺家・故柳家小三治師をも想起させる一部のぎこちなさも含めて絶妙な「まくら」として、続く物語の本篇(同じく落語になぞらえれば、古典落語から新作落語。黒門町から古今亭、果ては立川流まで)へと我々聴き人を軽やかに誘った。
物語を客席へと如何に効果的に届けるかに粉骨砕身されていると強く察せられるその往き方はまさに稀代のショーマンの至芸と感ぜられた。
おっと、バンマスの所作の数々に随分と文字を使い、共演者おふたりについての言及が疎かになってしまった。
纐纈氏の抑えたトーンと咆哮は大空を自由に飛翔する雲雀の奏でる伸びやかなさえずりを、ファルコン氏の具象に抽象にと思いがけない軌跡を描くメロディー&コードワークは吟遊詩人と見まごうばかりの深く含蓄のある呟きを思い起こさせる。
そんなふたりは俊さんの時に意外な変わり身を交えた横綱相撲にがっぷり四つで終始徒に性急になることなく自らの主張を堂々と披露しながらもつき過ぎず離れ過ぎずの絶妙な距離感をキープしつつ俊さんの描く物語に的確な句読点を打った。
そんな声・管・弦の特性も異なる織り成しが時に広大な原野をひた走り、時に下町の路地に迷い込み、更には険しい剣ヶ峰を突き進みつついつしか渾然一体となりながら結んだ音像が際立った輪郭を携さえて鮮烈に我々の耳目を捉えるに至る頃にはまるで三声のハーモニーを聴いている錯覚さへ覚えることに。
楽器の特性さへも劇的に変容させながら自らの世界観に無理なく呑み込んでしまう、そんなとてつもない全容を持った唄歌いの生一本の音創りに触れて、おおいなるカタルシスを味わうことが出来た掛け替えのないひとときだった。
これで、明日からの一週間、否、早期の再会まで頑張れそうな元気を頂き清々しい気分で家路に着いた日曜夜の出来事だった。

#245 5月23日(月)
新宿 PitInn
http://pit-inn.com/
TRY ANGLE:山崎比呂志 (ds) 井野信義 (b) 林栄一 (as)

本日午前中に届いた突然の、余りにも悲しく受けいれ難い訃報の前で、正直な所LALを前に進めるか否かを躊躇したが、それでも「君は、その不自由な身体を引きずってこれからもライブの現場に行き、そこで感じた事柄を自分の言葉と語り口で自信を持って発信することを今まで通り続けるべきだ。大丈夫だよ」という氏の言葉とあの眼鏡の奥の鋭くも優しい眼差しが私の心の拠り所となっていることは確かであり、それをやり遂げることが唯一今の私に出来る弔いの手段と意を決して行動した結果を以下に書き留める次第。

今宵は、山崎比呂志氏(DS)の TRY ANGLEを新宿ピットインで聴く。
山崎さん自身の言葉を借りれば、このユニットは「盟友の井野信義君(B)と自分を核に、そこに多彩な表現力を持つミュージシャンを招いてフリーフォームを中心とした音創りを存分にやって行こうというもの【TRY:試行 / ANGLE:音楽を捉える視点】」で、その船出が ’19/7であったことから、今年3/28に齢82歳を迎えられたこの稀代のインプロヴァイザーがコロナ禍にあってその音楽的創造性を維持し続けるための拠り所となったまさに入魂のプロジェクトと位置付けられる訳だ。

今日のゲストは、’19/10の初共演以来数々の時空を共にし、最早謂わば「準レギュラー」とも呼べる存在となっている林栄一氏(AS)。
果たして、今宵三人が紡いだ物語は、1stセット半ばと幕切れに向かう最終盤において、内的欲求に突き動かされた劇烈な局面もあり、また、最近の山崎氏と井野氏のコンビネーショの中に度々聴くことの出来る時機を巧みに捉え緩やかに立ち現れるスリリングな4ビートに支配された局面もあったが、全体のステージを通しては極めて静かな印象を強く受けることとなった。
山崎氏はしなやかなタッチのブラシワークとかなり抑えた打点でのタムタム&シンバルワークを。
井野氏は極めて慎重な運指とこちらもかなり抑えた起伏のランニングと弓弾きを繰り返した。林氏にしても咆哮はやや控え目に、持ち味の説得力あるトーンで蛇行するくせのあるフレーズを畳み掛けた。
そんな三者の結んだ音像は、言ってみれば、「散らしの美学」に律せられた枯山水の如くの表情を持つものだったと言えようか。今まさに聴こえる音が、聴こえない音を強く想起させ、反面聴こえない音が、聴こえる音を際立たたせる
そんなサウンドのしじまに在る余白のコントロールが冴えたひとときだったように思う。単に音数の問題ではなく、音の置き方に注心する往き方が斬新だった。こういうフリーフォームの在り方も良いものだ、と強く感じられた充実のひとときだった。
この日この時に行動し、作文出来て良かったと今、心の底から感じている。

本拙稿を、2022年5月22日19:42に天に召された敬愛する音楽ジャーナリスト 池上比沙之氏に捧ぐ。

尚、演奏中の写真はピットイン・スタッフ各位のご厚意により撮影頂いたものを掲載しています。

 

#246 5月27日(金)
町田  Jazz Coffee & Whisky Nica’s
http://nicas.html.xdomain.jp/
チコ本田(VO)スペシャル:チコ本田 (vo) 渋谷毅 (p) 秋山一将 (g/vo) 粟谷巧 (b)

荒天の午前から一転、台風一過を仰ぎ見て町田ニカズに向かう。
今宵は「チコ本田(VO)スペシャル」。
バンドスタンドには、文字通りここでしか聴けない組み合わせと言えるスペシャルな面々が居並んだ。
チコさんとは既に約60年の付き合いがあるという渋谷毅氏(P)と近年、渋谷氏とのDUO活動も続く秋山一将氏(G/VO)に加えサウンドの重心を担うベースにはチコさんの兄上・渡辺貞夫氏の現在のレギュラー・グループでも活躍中の好漢 粟谷巧氏が招かれた。
圧巻のスケールを描く歌唄いにこの共に芸達者なコード楽器奏者3人の手合わせを企んだマスター元岡氏のブッキングはまさに慧眼のなせる技と言えた。
さていよいよ、定刻からややあって19:40に音が出た。先ずは男衆による〈Bフラットのブルース〉、と続けて今日はギターを置きマイク一本による秋山氏の十八番〈in the small hours of the morning〉で、ここまでの流れは力みのないなんとも緩やかなものであったが満場を鷲掴みするには十分な展開であった。
そして早くもあたたまった場にチコさんが迎え入れられる。チコさんのMCがまたなんともお茶目でふるっていた。曰く「初共演の皆さんと演奏する私の何かを面白がろうとしてかこれだけ沢山の方々にお越し頂き有難いです」と初めて、「最初の曲は私がジャズを歌うきっかけになった、兄から歌ってみろと進められた歌を」と繋ぎ「さあ、行くよ、渋谷!」と続けて渋谷さんの背中を押しながらテンポを出した後に流れて来たのは〈all of me〉。ここでバンドが一気に転がり始めた。
続けて〈embraceable you〉をしっとりと纏めて場を均した後、持ち味のソウルフルな世界観を全面に打ち出した〈georgia on my mind〉から〈stormy monday〉へと続けて1stセットに幕が降りた。
続く短い休憩の後の2ndセット。
1stセット同様、男衆3人による〈body and soul〉が心地よいイントロを演出した後、チコさんが王道の〈on the sunny side of the street〉〈what a difference a day made〉を小細工無しにストレートに唄い上げジャズの楽しさと深みを見せつけてから、ブルージーな〈boom boom〉と繋ぎ今宵のステージは終了。
当然これで終わる筈もなく、大好きなビールで喉を潤すチコさんから「私もう一曲歌いたい。今日はこれを絶対歌いたいと思って持って来たの」で「渋谷、ベリースローでね」の後に供されたのはD,エリントン作〈i got it bad and that ain’t good〉
しかし、今宵のステージを振り返って、兎に角熱い音場だった。それは当然パッションに溢れたチコさんがサウンド全体をグイグイと引っ張ったからに他ならない。しかし、そこには私が苦手とする暑苦しさは微塵も感じられず、逆に支える男たちの顔には終始涼しい表情さえ見てとれた。
フロントとバックのそんなコントラストがなんとも心地よい夜だった。このスペシャルな面々故の当然の噛み応えはあったが取り立てて派手で目新しく大それたことが起きた訳ではなかった。ただそこには、確信に満ちた音が溢れたことは紛れもない事実だったと今振り返り強く感じている。

※添付最後の写真は某アクセサリーショップのモデルとして池袋地下街をジャックした際のチコさん。

#247 5月28日(土)
座高円寺
https://za-koenji.jp/home/index.php
「〜語りと弦で聴く〜平家物語 一ノ谷・壇ノ浦」
金子あい(原文による語り芝居)須川崇志 (b/vc)

念願の初訪問のハコで待望の公演を「聴く」。
今日は「座高円寺」(建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞受賞者・伊東豊雄氏設計による大小3つの劇場・ホールを内包する杉並区の文化活動の拠点)で短期決戦(5/25〜29全5公演)にて開催中の金子あい氏(原文による語り芝居)と須川崇志氏(B/VC)による「〜語りと弦で聴く〜平家物語 一ノ谷・壇ノ浦」を聴いた。(今日はキャパ180席が満席!)
今回は、金子氏にとっては「自らの語りと現代的な音楽とのコラボで聴く平家物語」を上演してから10年を経て「その先の10年へ、古典を未来に。」をコンセプトに銘打つまさに集大成の公演であった。
具体的に今回の公演で取り上げられたのは、平家都落ち(1183年)後の三大合戦(一ノ谷、屋島、壇ノ浦)にまつわる後世を生きる我々にとっても歴史の授業等で馴染みのある場面を描いた以下の全五章段;
□一部:坂落、敦盛最期、小宰相身投
□二部:那須与一、壇ノ浦合戦〜先帝身投
全体のステージを通して、先ずはその舞台演出、特に虚飾を排した舞台装置の佇まいと照明効果が際立った点を挙げよう。
それは場面毎に描かれる情景と心象風景に対する観客の想像力を極力邪魔しないようにとの構成・演出家金子氏の配慮が色濃く感じられるものだったと言える。舞台装置は後方のどデカい板壁を除いて一切の装置を排したシンプルなものであり、照明は一部はほぼ暗転で通し、演者を仄暗く照らすのみで、二部に入り目にも鮮やかな明転へ展開させるというもの。
まさに、先ずは視覚で「聴かせた」。
次に肝心の音、だ。舞台上手で一部はベースとチェロを演じ分け、二部ではベースに徹した須川氏に対して、下手の広い空間を自在に使い舞い踊りながら歯切れの良い原文での独り語りを披露した金子氏であったが、そのやり取りの当意即妙さに息を呑まされること度々であった。既に完成された物語に対して対話を仕掛けてゆくアプローチは、普段曲という制約はあるにせよ、無から有を産み出す即興演奏の世界に生きる表現者にとってはどんなにか困難なものであるかの予想は素人の私にでも想像に難くはないものがあった。それでも、そこは稀代のインプロヴァイザー須川氏のこと、氏が公演にむけたインタビューで語った「いかにしてダイナミクスを捉えるか」に徹底的に拘り、終始語りとの音量・音圧・距離感等を慎重に推し量りながらその音創りを進めて行く在り様はなんとも聴き応えのあるものであった。
今日の舞台を通して、ふたりが刹那に描いた音創りには、私が常日頃からライブに欲する建築的(=構造的)視点、即ち、断面、平面、奥行きの三次元に配慮した高度の空間掌握力に加え、互いの繰り出すタイム感に対して鋭敏な反応を示すこと(それは例えば、金子氏がゆったりと朗々と語る時、須川氏はすかさず早いパッセージで応じる、反対に金子氏がやや性急に走る時、須川氏は緩やかなラインで支えるといったような)で、聴覚でも十二分に「聴かせる」往き方が色濃く感じとれて、約800年前のライブを今に蘇らせ、そこに新たなる生の息吹を与えた時空補正力迄をも感じさせられた点でまさに画期的と言えるものであり、「古典を未来から取り戻した」そんな感覚さへ覚えさせられた稀有な時間だったと言える。
因みに今日は幕切れ間近に当初発表の演目に無い「祇園精舎の巻」の一節が語られ金子氏の中の輪廻が完遂されたことも追記しておこう。

以下には、金子氏による5/6はじめて講座を観賞ガイドとして動画公開したもの(約60分)へのリンクをご参考までに添付させて頂くこととする。

https://aikaneko.com/7421/

 

#248 6月4日(土)
本八幡 cooljojo jazz+art
https://www.cooljojo.tokyo/
山崎比呂志「TRY ANGLE AHEAD」:山崎比呂志 (ds) レイモンド・マクモーリン(ts) 小澤基良  (b)

昨夜は、雷・雨・雹等の荒天リスクを勘案して当初予定を急遽断念したLAL。
今宵は、待望の山崎比呂志「TRY ANGLE AHEAD」を本八幡cooljojoで聴いた。
〈出演〉山崎比呂志(DS)レイモンド・マクモーリン(TS)小澤基良(B)
そう、私には垂涎のピアノレス・テナー・トリオだ。

□序章:「TRY ANGLE」のことなど

振り返れば ’20/5 同所にて「the other side of TRY ANGLE」が企画されるも、緊急事態宣言発令により順延の憂き目を見たが、山崎氏の ‘cooljojo’ に対する熱い想いを受け、’22/2「山崎比呂志3」で当初=今回同様のコンセプトのリベンジ公演が実現。
更に「TRY ANGLE AHEAD」とプロジェクトのコードネームを変更して新たなる船出が実現したと言うのが先ずは今宵への経緯である。
次に、改めて山崎氏の「TRY ANGLE」に込めた想いを再確認したい。それは、’19/7からスタートし盟友 井野信義氏と山崎氏を核にそこに多彩な表現力を持つミュージシャンを加えフリーフォームを中心とした音創りを存分にやっていこうというもの=【TRY:試行 / ANGLE:音楽を捉える視点】であり、今宵船出した「TRY ANGLE AHEAD」は、その本家とのシナジーを産み出すべく自身の音楽的出発点とも言えるビートジャズ(ご本人の言葉を借りれば ‘オーソドックス’)をこの令和の時代に問うという齢82歳を迎えた稀代のインプロヴァイザーの、懐古趣味とは無縁の常に前を向きより高みを目指さんとする気高い志の証と言えた。

□第一章:出会い頭のタネあかし

場の空気感を敏感にキャッチし自らの描く美を自らの音創りへと刹那に反映させるジャズの世界、中でもフリーフォームに生涯を捧げた表現者のことだ、事前のフライヤーに踊ったお題目が実際に音が出た瞬間に反故にされることも覚悟しつつ、そこに予定調和が顔をもたげないことだけは確信しながらいつものように一切の先入観を排して音に対そうと思いながらハコに向かったのだが、偶然にも相前後してハコに到着した山崎氏を見て、早くも今日の行く末が判明した。

山崎氏の手にあったのはシンバルとスネアケースのみで、いつものフリーフォーム用の大荷物の姿が見えない。更に店に入るとそこには備え付けのドラムセットが既に準備されていた。この瞬間、即座に今宵は予定通り’オーソドックス’で行くことが確信されたと言うのがタネあかしたる所以である。

□第二章:「TRY ANGLE AHEAD」の音

定刻19時30分過ぎに音が出た。軽快な〈i’ve never been in love before〉で幕開けし、バラード〈body and soul〉へと繋ぎ、更に漆黒の〈all blues〉へと転じた1st.set。〈softly as in a morning sunrise〉〈sonny moon for two〉を如何にもブルージーに纏めあげた後、バラードの〈in a sentimental mood〉で場を丹念に整えてから抽象的な意匠を纏わせた〈a night in tunisia〉で締めて、今宵のクロージングテーマとなった〈billie’s bounce〉のさわりをさらりと繰り出した2nd set。
それらの全編に亘り山崎氏のドラミングのタッチとニュアンスは瑞々しい迄の冴えを見せた。氏はブラシ、スティック、マレットを駆使したが、そのいずれかで一曲を通すことはせずに、曲中で、あるいは曲毎にそれらを丁寧に使い分けたことで、各々の曲想の実相を掬い取ることに功を奏していた。
支える小澤氏は深く落ち着きのある運指で、レイ氏も終始無駄の無いフレーズを紡ぎながらここぞと言う場面での説得力ある咆哮で応えた点で際立つ音創りに大きく貢献していたと思う。
聴き慣れた佳曲の数々を、総じて力みの無い姿勢で俯瞰的に捕らえた視点がなんとも新鮮であり、突出した音楽表現/解釈力を持つリーダーを頂きに抱いたこのトリオが届けてくれたものは、一本調子ではない既成のビートの枠組みを軽々と超え「AHEAD」の世界だったと今改めて振り返り強く感じている。

□後書き:今日は最前列の良席を確保できたため文字通り撮りまくってしまった。

当代随一と私は信じて疑わないフォトジェニックな山崎氏の勇姿を添付写真にてご高覧頂ければ幸いです
きっと男性も女性も、老いも若きも絶対惚れること請け合いです。
この面構えにしてこの音在り。

#249 6月5日(日)
町田  Jazz Coffee & Whisky Nica’s
http://nicas.html.xdomain.jp/
出口優日トリオ;出口優日 (vo) 海堀弘太 (p) 前田真梨子 (tb)

町田ニカズ・日曜日昼恒例「光の中のジャズ」にて出口優日(VO)3を聴いた。
この日を選び取った理由は、リーダー出口氏について、久米雅之氏(DS)のプロデュースによる「Just From Now」盤を聴いて以来気になる存在であったことに加えてその編成におおいに惹かれたからに他ならない。
出口氏のボーカルを核にピアノの椅子に若手注目株の海堀弘太氏〈私はお初〉を迎え、そこに更にこちらもリーダーに客演にと心境著しい前田真梨子氏(TB)を掛け合わせるというなかなかに興味深い楽器編成から生み出される音創りの構造が描く行方に惹かれたという訳だ。
以下では各演者から受けた印象を点描しつつ書き進めてみたい。
先ずは出口氏だ。一聴してその唄のうまさに唸らされた。その「うまさ」の意味するところは、単に歌を聴き手に届ける技術の巧みさだけにとどまらず、自ら選び抜いた楽曲の持つ旨みを余すことなく聴き手に届けたいという意志の強さとでも言えるものを指す。そんな氏の、歌うことに対する確固たる姿勢はそのステージマナーにも強く現れていたように思う。氏はそのMCの中で一曲残らず曲名を紹介してくれたのは私にはなんとも嬉しかった。歌詞の内容のいちいちまでを説明するか否かについてはこちらの語学力は棚に上げてtoo muchと感じられる向きもあろうが、特に唄物の場合、曲名から想起されるイメージと曲想のマリアージュを共有出来ることはこちら聴き人にとっては有難い作法と言えた。

出口氏についてはまだまだ書き足りないので、それらは後述するとして先を急ごう。
ピアノの海堀氏である。この未知なる表現者。豊富なアイデアを具現化させながらの硬質なタッチと和音のアタックの的確さが際立った。そうして歌手の伴奏として私が期待する、声に寄り添い過ぎない冷めた視点での音創りが印象的だった。

次に前田氏である。先ずはその張りのある伸びやかな力強いトーンに心奪われた。更にその音色から繰り出される抽象的で気の利いたフレーズが蛇行するさまには唸らされること度々であった。

今回のステージが初共演となった3人。出口氏と海堀氏が描く平面図の上に前田氏が鮮やかに斬り込み印象的な構造物を立ち上げた点で私が音楽、特にジャズに期待する立体感が色濃く感じられた。私の眼前に立ち上った音の連なりからは活き活きと動く動物的な表情が随所に垣間見えた。

さて、出口氏についてもう少し詳述しよう。
ライブの醍醐味として、プロの表現者から未知の佳曲を教えて頂く側面があることに異論はないと思うが、今回のステージはまさにそれを絵に描いたものだた。’20〜’40の古典にも造詣の深い出口氏が用意してくれたレシピ(セットリスト)はなんともバラエティに富んだものだった。

〈they can’t take that away from me〉〈fotografia〉〈makin’ whoopee〉〈exactly like you〉〈devil may care〉〈taking a chance on love〉〈ain’t misbehavin’〉〈basin street blues〉

などは比較的馴染みのある楽曲としても、〈i get blues when it rains〉〈frim fram sauce〉〈memphis in june〉といった曲達は不勉強ながら彼女から教えて頂く迄正直な所知らなかったのでおおいに勉強になったし再び聴きたいと思わされた。
加えて今回のステージでは、出口氏の構成作家としての才も随所に見て取れた。それは具体的に言えば、全体をトリオで押し切るかと思えば、自身と海掘氏のDUOでの〈peace〉や、前田氏と海堀氏のDUOでの〈like someone in love〉を効果的に挟み込み音場が一本調子にならない憎い演出を意識的に施していたことからも窺えた。
唄良し、曲良し、演出良しの趣味良しが三拍子揃った卓越したplaying managerとの出会いに大満足のひとときだった。彼女の「唄をひとり歩きさせない、ライブ空間で聴き人との相互共振をさせよう」とする姿勢が更に深化されることを願って止まない。
あ、そうだ、今日は本編最後の〈hit that jive jack〉が終わるや否や、客席に静かに佇んでいた元岡マスターから思いがけないアンコールの注文が飛んだ。先ずは、「なんか泣けるやつ、<over the rainbow>は?と来て、<what a wonderful world>をそれもラテンで御願いします」となった。
音が出て居ても立っても居られずに元岡さんがピアノに向かったことは言うまでもない。

以上、日曜日午後の幸せな一コマでした。

 

#250 6月11日(土)
横濱エアジン
http://www.airegin.yokohama/
橋本眞由己 (p) 太田恵資 (vln)

横浜エアジンにて、橋本眞由己氏(P/歌)と太田恵資氏(vln)のDUOを聴く。
太田氏は2度目ながら、眞由己さんの現場はお初。それでも、過日GWに同所で実現した姉君 橋本一子氏のソロ公演時にフライヤーの配り役をしていた彼女にこちらからお声掛けした際にご縁を頂くことになった経緯があり、待望の再会の夜となった訳である。

前後半共に6曲ずつが供された今日のステージはバラエティに富んだ曲調を揃えた構成の妙もあり、終始飽きのこない起伏に富んだ音創りが展開された。1stセットは眞由己さんのオリジナル曲を中心に、柔らかく素直な語り口の眞由己さんの唄声と中音域の透明感溢れる和音及びそこから派生する迷いの無いタッチで奏でられたピアノのメロディに甘く危険な香りのする太田氏の生音のバイオリンが必要最小限に絡みながら真由己さんの世界観を時に攪拌し、時に拡張させながらその重さを自在に変容させつつ伸びやかな詩情に結んで行く場面が多く聴かれた。それでもこのセットの半ばには、ふたりの才能溢れる表現者の創造性の深淵を透かして見せたインプロヴィゼーションも飛び出して….。ここエアジンにはお似合いの既成音楽の枠組みにとらわれない自由な展開が全体構成の中にあって良いスパイスになっていたことは特筆したい。

続く2ndセット、実写映画「ばるぼら」(原作:手塚治虫、監督編集:手塚眞、音楽:橋本一子)から〈ばるぼらのためいき〉で幕開けしたこのセットでは、眞由己さんが一転思索的なトーンを見せ始め唄もピアノもよりワイドレンジな表情を見せると太田氏の生バイオリンもそれに追随するかの様に大きな世界観を描き、ふたりはその緊張感を持続させたまま一子さん作の素人目にも難易度高しの楽曲を数曲織り込ませたこのセットを鮮やかに弾き切って行った。(中でもクライマックスはまるで太田さんのためにあるようなと作者自身が語った雄大な景色を現出させた眞由己さんの〈星の雫〉であったか)

今宵のステージを通して私はおふたりの思慮深い音の運びがこちらの心の襞と緩やかに共振する感覚を随所で心地良く味わった。彼方から此方にやって来て、今まさに眼前の場に漂うヒトモノが纏う空気感の揺らぎを妖しげな軌跡の内に描き込んだその手際の良さはまるで魔術師のそれにも似て、私は暫し茫然とさせられたのは確かであり、帰宅し作文しながら反芻するに、それは陽炎かはたまた泡沫の夢のようなものであり、それでいて確たる重みとしなやかな強靭さを持った説得力のある音の数々に支配された現場であったと我にかえり実感しているところである。


#251 6月17日(金)

茅ヶ崎 Jazz  & Booze Storyville
http://www.jazz-storyville.com/
清水くるみトリオ:清水くるみ (p) 米木康志 (b) 原大力 (ds)

今宵は隣町の茅ヶ崎ストリービルにて清水くるみ氏(p)のトリオを聴く。
共演:米木康志氏(B)原大力氏(DS)

このトリオとのご対面は今夜が4回目となったが過去には忘れ難き想い出の数々もあり、以下長文になること必至ながら、この辺りの経緯から書き進めてみたい。
まず初対面は、’17/10の東中野「セロニアス」。
開演間際になっても現場に姿を見せない米木さんの消息をくるみさんが必死に探るとなんと同日同刻開始の他所でのライブに向かっていることが判明し、急遽行く先変更し2ndセットにはなんとか間に合うというハプニングに見舞われたのが最初の出会い。
続く第二幕は、’18/8の新子安「グレコ」。
こちらもハプニングに見舞われたのは米木さん。
前日迄の北海道の旅からの帰還途中で道内全域で発生した大停電(所謂ブラックアウト)の影響で、ベース運搬用の箱(通称棺桶)の到着が遅れたことにより移動難民になってしまったというもの。(因みにこの時は金澤力哉氏を代役にライブは成立したのだが)
こうまでハプニングが続くとその遠因はまるで私にあるのではないかと迄思いながら向かった第3幕は、’20/11の町田「ニカズ」。
この日は3度目の正直?で、開幕から3人が勢揃いし現在も継続探求中の「play porgy & bess」が圧倒的精度で繰り広げられ、私はひとり溜飲を下げたという経緯を経たのが今宵という訳であった。
それはそうとして、こと程左様に私にとってこのトリオはいつも何らかのハプニングを運んでくれるユニットとなった訳だが、結論から先に言うと、今夜もその何かを起こしてくれた。
定刻19時に音が出た。バンマス曰く「夏の大三角形」と語った同一メンバーによる三夜連続公演(吉祥寺→本八幡→)の最終日とあって、トリオは冒頭から一貫して抜群のまとまりを見せた。
中でも特筆すべきは、アンコールも含め、くるみさん十八番の〈without a song〉及びM.ナシメント作〈tarde〉、更にはスタンダード〈willow weep for me〉を含む全11曲中にピアニストの作品を8曲も連ねたことだろう。
H.ホーズに始まり、B.ストレイホーン、B.エバンス、L.ヤンソン、B.パウエル等を経由して清水くるみに至る迄、三人の音創りは、終始抜群のスピード感と切れ味の鮮やかさを見せて緊密な(ピアノ)トリオ・ミュージックの真骨頂を体現してくれた。米木氏と原氏の推進力と抑制力が冴え渡る中、くるみさんのタッチはまるで朝日に映える葉に躍る滴の如くの瑞々しさに溢れたなんとも聴き応えのあるものであり、ピアニストの心理はピアニストこそが最も理解し表現し得るとでも感じさせる外連味のない凄味さへ感じさせたその語り口は、まるで一級の「純米吟醸」の味わいを我々聴き人に振る舞ってくれた。はしゃぎ過ぎない極めて落ち着いた音の運びが印象的な現場だった。今宵は巷に聴けそうでなかなか聴くことの出来ない生一本のピアノトリオに触れられた感が強い。その意味では、またしても思いがけないハプニングを届けてくれた再会の夜と言えた。

以下、セットリストの中からピアニストの作品群をご紹介しよう。
ホーズ:〈hamp’s blues〉
ストレイホーン:〈a flower is a lovesome thing〉〈lush life〉
ヤンソン:〈marionette〉
エバンス:〈waltz for debby〉 〈peri’s scope〉
パウエル:〈parisian throughfare〉
くるみ:〈ソミド ソミド〉

更に蛇足をば。
表現者達を見送り追加のワイン数杯で喉を潤し店外に出ると街が騒然としていた。数台の消防車が連なり規制線が至るところに張られている。そう、近所で火事が起きていたのである。
その影響で東海道線はストップ。タクシー乗り場も長蛇の列にて図らずも一時帰宅難民となった私は河岸を移し様子をみることに。
結局1時間程して事態は収束を見せたため、タクシーを呼び約20分(近い!)の自宅に無事帰宅。
結局、思わぬこれぞまさにハプニングに自らが見舞われたというのが今夜の落ちだった。ライブとは関係ないところで起きたハプニングに苦笑いしながら、これにて毎度のお粗末な作文は修了。

#252 6月18日(土)
合羽橋  jazz & gallery なってるハウス
http://www.knuttelhouse.com/
原田依幸 (p) 鈴木放屁 (ts)

例え近くで火事が起きようが、少々の雨模様が予想されようが、独力にて行動し音に触れ人に触れ、集中してその日中に作文し発信することこそが何よりのリハビリになると信じて今日も快調に進める私のLAL。今宵は諸事情によりご自身にとって重要なホームのひとつであるそのハコでの不在が続いた原田依幸氏(P)が久しぶりに合羽橋なってるハウスに出演されるとの報に触れ、急ぎ海辺の街から下町を目指した。
このハコで度々組まれる原田氏DUOシリーズの今日の同行人は、鈴木放屁氏(TS)だ。
特に鈴木氏についてそのお名前をご存知の方はかなりコアな音楽愛好家であると察せられるため、若干のご紹介をさせて頂くと、赤木憲一、飛夫両氏を核とした’70以降独自路線を貫くフリーフォームのジャズユニット「日本天狗党」の中にあって約40年に亘り意欲的な表現活動を続けている、まさに知る人ぞ知るインプロヴァイザーである。原田氏とはこれまでも単発のセッション等で顔合わせをした間柄ではあるものの、そこに予定調和などあり得ないことだけは確信しつつその幕開けを待った。定刻19:30丁度に客席後方からステージに向かった原田氏の横顔からは、久し振りのホームのピアノとのご対面を前に如何にも嬉しそうな表情が垣間見てとれた。そうして開始された途中短い休憩を挟んだ約90分弱のステージを通して原田氏は持ち前の「透徹と鮮烈」のニュアンスを遺憾なく発揮しながら、そこに今宵はいつも以上にかなり思索的なトーンを随所に織り交ぜながら「美の錬金術師」振りを圧倒的に見せつけてくれた。対する鈴木氏もその悪戯心が過ぎる芸名とは裏腹の物静かなお人柄そのままに独りよがりの破綻からは終始遠くにあって端正さとは正反対の撥音を中心にした咆哮を連らねながら原田氏にまとわりついていった。
総じて両者が描いた動と静のコントラストの軌跡がなんとも小気味良く、ここ下町にはお似合いの気風の良い現場が現出したひとときだった。

小野 健彦

小野健彦(Takehiko Ono) 1969年生まれ、出生直後から川崎で育つ。1992年、大阪に本社を置く某電器メーカーに就職。2012年、インドネシア・ジャカルタへ海外赴任1年後に現地にて脳梗塞を発症。後遺症による左半身片麻痺状態ながら勤務の合間にジャズ・ライヴ通いを続ける。。

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