小野健彦のLive after Live #262~#269

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text & photo: Takehiko Ono 小野健彦

#262 8月4日(木)
ミューザ川崎シンフォニーホール
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
チック・コリア トリビュートVol.1 ジャズとスペインを巡る音の饗宴

前日迄の余りの酷暑のせいで暫くの足止めを余儀なくさせられた私のLAL。
今日はミューザ川崎シンフォニーホールを中心に開催中の「フェスタ・サマーミューザ KAWASAKI 2022」を訪問した。
東京・神奈川のプロ並びに神奈川の著名音楽大学のオーケストラがずらり顔を揃える恒例のフェスティバルが順調に開幕・挙行されているのは先ずもって嬉しい限りである。
今年は7/23〜8/11の期間中、連日連夜に亘る実に計19公演が予定されているが、中でも目玉と言えるのは昨年2月に惜しまれつつ逝去された世界的ピアニスト/作曲家 C.コリア氏に捧げられるプログラムに夜(本日8/4&6)が組み込まれているところだろう。その第一夜「チック・コリア トリビュートvol.1 ジャズとスペインを巡る音の饗宴」と銘打たれた今宵、共にコリア氏とは所縁の深いリチャード・ストルツマン(cl)ミカ・ストルツマン(マリンバ)両氏の客演に加え、ジャズ6tetを交えてのオーケストラ編成によるチックさんワールドの炸裂に大いなる期待も深まる中での開幕となった。

[出演者/曲目等]
指揮:藤岡幸夫(東京CF首席客演指揮者)
オケ:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団/コンサートマスター:戸澤哲夫
ジャズ六重奏団:宮本貴奈(P)井上陽介(B)高橋信之介(DS)中川英二郎(TB)本田雅人(SS)小池修(SS/FL)
M0:藤岡幸夫氏による〈プレトーク〉
M1:A.コーブランド〈クラリネット協奏曲〉※ソリスト:リチャードさん
M2:C.コリア〈スペイン〜六重奏とオーケストラのための〉※6tet+ミカさん参加
ー(休憩)ー
M3:R.コルサコフ 〈スペイン奇想曲 作品34〉
M4:O.レスピーギ 〈交響詩「ローマの松」〉

以下では、今宵のプログラムから受けた雑感を徒然に点描してみたい。
まずは、このフェスの名物とも言えるその夜登場の指揮者によるプレ・トーク。昨年体験した井上道義氏の時にも強く感じたことであるが、今宵も藤岡氏の話術の巧みさに舌を巻いた。しかし考えてみれば、作品に対する自らの解釈を的確に団員へ伝えることに日々苦慮されている仕事柄、そのスキルの熟練度は推して知るべし、といったところだろう。この企画、表現者の狙い/解釈の奥義を知る上で、こちら聴き人にとっては誠に興味深いものであり、是非共継続して欲しいという感を強くした。

さて、そんな和やかなひとときを経ていよいよ定刻19時過ぎに本編がスタートした。

先ずはコーブランド。リチャードさんの強いリクエストにより、指揮者、ピアノ、ハープ、ソリストがかなり接近しての舞台配置。冒頭は厳かなハープの低音に導かれてクラリネットの高音が場の雰囲気を一気に天上へと誘う展開。そんな二者の対位に対してオケもボーイングにピチカートにと安定した弦の響きで下支えして行くのがなんとも心地良い。アメリカ出身の作曲家の作品(かのB.グッドマンの依頼による)だけに曲中にジャズのフィーリングを感じさせる部分も随所に現れて…。そうなると同じくアメリカ産でありこれまでにもジャズ・フィールドの表現者との共演も多いリチャードさんのこと、オケの音層の隙間に斬り込む様に吹き込む果敢さを見せたくだりは流石の至芸と言えた。因みにこの曲の演奏後はこの時節故、演者への声掛けが禁止された客席から’BRAVO’.’いいね’の横断幕が多数上がったのはなんとも首肯出来る光景だった。(演奏時間約20分)

さて、暫しのセットチェンジの後は、いよいよスペイン。
舞台前方にジャズ6tet+ミカさんが居並ぶ配置。
(因みにフロントのホーン陣はスタンディングにて上手から中川氏本田氏小池氏)
出だしは宮本氏とミカさんによる幽玄なDUO。
その後前半は主に卓越した技巧を有する個々のバンドメンバーの短いソロパートが出入りする展開。オケは後方から暫し様子見といった時間が流れて行く。そうして中盤にさしかかるとオケとバンドのアンサンブルが出始めるが、最初の内はバンドのハーモニーの厚さに対してオケの発するリズムの躍動感がいまひとつ追いつかずに舞台上の音像が拡散する印象を受けたことは確か。しかし、そこは熟達者達のなせる技だろう、マエストロ藤岡はオケに対して強烈なドライヴを要求しにかかり、バンドにあってはミカさんが従前以上の音数を駆使してバンドとオケを有機的に繋げる要役となった様はまさに圧巻だった。
(演奏時間約30分)
この後約20分間の休憩を経て、コルサコフとレスピーギ。この二曲はマエストロの出入りの僅かな時間を入れ続け様に演奏されたが、結果的にはそれが功を奏したと思う。休憩前、比較的穏やかな表情を見せていたオケが、まさにチックさんが天上から降り立ったのかと思わせるような煌びやかな輝きを発露させながら、南欧の陽光と葉影の詩情を鮮やかに描き出してくれた。
このパートは、まさに管+弦楽団の贅を尽くした圧巻の一大絵巻(or戯曲)になったという印象を強く受けた。(演奏時間:トータル約35分)
さて、今宵を振り返り、チックさんをカタリストとして実現した当公演であるが、御年80歳の偉大なるスタイリスト、リチャードさんのご健在振りにはこちらも勇気付けられるところ多々あったのは事実であるが、一方で期待した〈スペイン〉のパートにてチックさんが信条とした畳み掛ける様な音の流れから自然発生的に生み出される明彩度高きパッションのスピリットの具現化に今ひとつの深堀りが欲しかったというのが偽らざる印象である。それでも過去の偉大なる先達(ジャズ、クラシックの両面で)の世界観に対して深く丁寧な愛情と敬意を払いつつ自らの表現手段に引き寄せて果敢/意欲的に体現化させようとした姿も印象的に映った今宵の演者の皆さんの表現者としての在り方にはおおいなる賛辞を送りたいと思う。

※尚、演奏中の写真は、N.Ikegami氏(Muza Kawasaki)が撮影されたものをミカ・ストルツマンさんのご厚意により拝借し掲載させて頂いております。

 

#263 8月6日(土)
北日本団地「中庭」
https://www.instagram.com/nakaniwa_danchi/?utm_medium=copy_link
triskele:LUNA (vo) 宮野裕司 (as, fl, cl) 落合康介 (b)

仕事も夏休みに入った初日8/6の昼下り。今日は、ベーシストの落合康介氏がオーナーをつとめるジャズ喫茶「中庭」(埼玉県北本市北本団地内)を初めて訪問した。
埼玉県中東部に位置する北本へは自宅最寄りのJR辻堂駅から湘南新宿ライン(高崎線経由)に乗れば、乗り換え無し!の約2時間で辿り着けるのは有り難いところ。

昨年6月に本格オープンした「中庭」は、開発から半世紀が経過し、「シャッター街/高齢化」した北本団地における活性化プロジェクトのリノベーション店舗への出店を機に東京から移住した落合夫妻が営むシェアキッチン・スペースを主たる機能としつつも、最早、単なる「コミュニティ・スペース」の枠組みを超えた当の落合氏自身すら予測不能の「地域文化の発信拠点」としての可能性を秘めた現場であることが後述する団地住民の皆さんとの交流の中からも色濃く窺い知ることが出来た。

それはそうとして、今日の音、である。
バンドスタンドには、私自身個別にはご縁を頂くもユニットとしては初対面となったtriskele:LUNAさん(VO)宮野裕司氏(AS/FL/CL)落合康介氏(B)が登場した。ステージは、戸外から僅かに聞こえる蝉達の鳴き声が何とも言えない効果音になる中、ほのかな翳りを帯びつつ伸びやかに唄い上げたLUNAさんの唄声も印象的な〈summertime〉で幕を開け、その後はこの季節にお似合いのA. C.ジョビン作品や、D.ブルーベック作〈summer song〉等を経由しながら、〈all the things you are〉〈sentimental journey〉〈willow weep for me〉〈you’d be so nice to come home to〉等の著名なジャズ・スタンダードの佳曲をこの三人ならではの劇的に場のムードを変えようとすることなく、外連味の無い淡々とした正攻法の室内楽的なトーンで織り成していっただけに、こちら聴き人としても総じて至極落ち着いた心持ちで相対することのできる展開となった。そんな三者の丁寧な音創りが進められる中にあってもこの現場ならではの印象的な場面に度々出くわすこととなった。
それは例えば、団地住民がふらりやって来て、戸外のソファに寝転び如何にも気持ち良さげに室内の音に耳をすましたり、近所の子供が入り口のドアに張り付く様に中の様子を窺っている姿や、戸外を散歩する見知った顔を見つけて落合さんが手招きすると、曲の途中など意に介さずふらりライブスペースに足を踏み入れる住人が散見されたことなどだ。
そんなまさに日常のすぐ先にジャズが息づいていることを目の当たりにしている内にステージは最終盤を迎えた。
ここからがまさに今日の山場とでも言えるくだりだったと思う。
日頃からその選曲の巧妙さにはおおいに心惹かれることの多いLUNAさんの恐らく選曲であろう。幕切れは昨今の世情及び8/6を強く意識されたと思われる〈what a wonderful world〉加川良作〈教訓I〉〈imagine〉が繰り出された。
総じて穏やかな印象を受けた今日の音創りの中にあって、最後の最後にこのメッセージ性の強い楽曲を配置したところにこのユニットが持ち合わせる決して声高でない端正な骨っぽさを感じることが出来てなんとも清々しい気分にさせられたひとときであった。
さて、既に長文になっておりお付き合い頂いた方には恐縮だがもう暫しお付き合い願いたい。
今日のドラマは実はこれでは終わらなかった。
最後のドラマは終演後に宮野さん&LUNAさんと喉を潤しおふたりを見送った後に訪れた。
それまで戸外で車座になって酒盛りに興じていた住民方の内の数名が店内に雪崩れ込んできた。そこからは落合さんを「オーナー」と、加奈子夫人を「ママさん」と呼び慕う先輩方も交えての2次会へと移行した。
皆さん異口同音にこの団地内に「中庭」が出来たことへの感謝・期待を口にされたが、そこに更に、オーナーへの今後の運営全般に対する忌憚のない注文(提案)を口にされていたのが私には強く印象に残った。
初訪問のひとときだけの印象で決めつけるのは気がひける部分はあるが、「こんな心強いサポーターの方々が付いていてくれるなら大丈夫だ」と率直に思った。落合さんの頭の中には限りない未来予想図があるのは想像に難くないが、ひょっとすると、「中庭」はもう落合さんの手を離れているのではないか、とすら思った。
お盆を前にして、私にとっては帰省先で馴染みのおっちゃん達と屈託の無い話を繰り広げた時間のようだったという感を強くしている。実に充実した時間だった。
康ちゃん、加奈子さん、先輩諸氏の皆様、本当にありがとうございました。

 

#264 8月8日(月)
Jazz PolkaDots
http://www.jazz-polkadots.com/
小川高生 (as) 竹内亜里紗 (p) さがゆき (vo)

20世紀全般のアメリカに在ってクラシック音楽からジャズを含むポピュラー音楽迄を横断した作曲家A.ワイルダーをこよなく愛し、佳作『It’s So Peaceful』盤(’05録音)の吹き込みもあるトリオを新宿三丁目ジャズ・ポルカドッツで聴いた。

小川高生氏(AS)〈私はお初〉竹内亜里紗氏(P)さがゆき氏(VO)

ところでこのトリオ、同所には今宵が3度目の出演と聞いたが、余程こちらの空間との相性も良いのであろう、開幕早々から極めて緊密度の高い音創りが展開されて行った。
ややくすみのある、それでいて芯のある音色で説得力のあるフレーズを刻む小川氏、柔らかなタッチも印象的に仄かなバップトーンを所々に纏わせた流麗なパッセージと端正なコードを効果的に繰り出す亜里紗さん、そんなおふたりの呼吸感を巧みに掬い取りながらもコトノハひとつひとつを(歯切れの良いスキャットも交えつつ)明快な発音で丁寧にサウンド全体に寄り添わせるゆきさん。そこにリズム隊は居ないものの御三方の奏でるアンサンブルからはなんとも心地の良いリズムが感じられて…。
夏の夜に咲いた隠れ家での密やかな会話を堪能した。

 

#265 8月9日(火)
髙田馬場 ゲートワン
https://jazzgateone.com/
渋谷毅 (p) 林栄一 (as) 峰厚介 (ts)

いつもは独り旅が常の私のLALであるが、今宵は聴き人仲間のA.T.さんに嬉しいお誘いを頂き髙田馬場ゲイトワンにて超佳作『Rendezvous』盤(’04録音でプロデューサーはかの著名なフォトジャーナリスト・故望月由美氏)の吹き込みもあるまさに現代日本ジャズ界の至宝トリオを聴いた。

渋谷毅氏(P)林栄一氏(AS)峰厚介氏(TS)

現代を生き抜く匠達の描いた肩肘の張らないそれでいて余りに深く力強い音達の軌跡は、まさにその一刻一刻が豊穣なる至芸の応酬とでも言えるものであり、その音創りの前では私如きが拙い雑文などを以ってそれを表すことなど憚られるというのが偽らざるところ。
それでも意を決しつつ筆を前に進めるとすれば、表現者の立ち居振る舞いを表現者のそれを以ってして比較することは極めて無粋なれど、それは落語の世界になぞらえば、黒門町の文楽、志ん生、圓生が一夜の高座を分けた。
あるいは梨園の世界に転ずれば、十七代目中村勘三郎、六代目(先代)中村歌右衛門、十三世(先代)片岡仁左衛門が同じ板の上に揃い踏みした、そんな垂涎の光景が私の眼前に現れたとしか今は言い得ない。
とは言え、今宵その稀有な現場に居合わせた聴き人のひとりとしては、やはりそのドキュメントの一端を書き記したい衝動には抗えない。
今宵のステージは、幕開けのK.ワイル作〈lost in the stars〉をはじめとして、全般に前述の『Renzdevous』盤収録曲がいくつかセレクトされたが、そこに更に2ndセット中盤には渋谷林両氏のDUOによる〈you don’t know what love is〉や渋谷・峰両氏による菊地雅章作〈little abi〉(渋谷氏がその最新盤『カーラ・ブレイが好き』でも採用したことで話題となった)なども飛び出して…。兎にも角にも『Renzdevous』盤を耳にし、是非ともそのナマに触れたいと希求し、本年のかなり早い段階から奔走、今宵の実現に漕ぎ着けた同所オーナーの梶原まり子氏(VO)には最大限の感謝の意を表したいと思う。


#266 8月12日(金)

なってるハウス
http://www.knuttelhouse.com/
TRY-ANGLE: 山崎比呂志 (ds) 井野信義 b)  安田芙充央 (p)

嵐(台風8号関東接近)の前の静けさの中、合羽橋なってるハウスにて山崎比呂志氏(DS)のTRY-ANGLEを聴く。
頼れる盟友井野信義氏(B)に加えて今宵のゲストには安田芙充央氏(P)が迎えられた。この御三方の「初」の揃い踏みが、故高柳昌行氏(G)の残響の中にあることは言う迄もない。
その生涯に亘る極めて先鋭的な表現活動全般を通して、時々の音楽的志向を体現するための楽器構成をベースに様々なグループ名(=project name)で活動した高柳氏であるが、中でも’82〜’85に生涯の腹心たる協働者の山﨑・井野コンビと組んだトリオが「angry waves」である。しかし、このG.B.DSの構成に極めて限定的にBがPにスイッチしたセットが存在したそうで、その際のピアニストこそが当夜ゲストに迎えられた安田氏であり、今宵は存命であれば本年12月に卒寿を迎えられる高柳師在りし日には何人も目撃し得なかったangry wavesのフラグメンツ集結が山崎氏のここ近年の旺盛な表現活動の粋とも言えるTRY-ANGLEがあったればこそ実現されるという、まさにスペシャルな夜となった訳である。
果たして、共に約40分間にまとめた2ステージは、高柳G以降の三者各々の離散の時間を踏まえつつ今宵の邂逅の場を共有する中で其々なかなかに聴き応えのある音創りが繰り広げられたと言える。
先ずは1stセット、安田氏の力強い和音で幕が開いたが、対する井野・山崎氏共に静かに入り各々の動きを推し量るようにゆっくりとした音の連なりを刻んで行った。そんな気の畝りも高まった頃、期せずして、安田・井野氏が共に4ビートを繰り出すと、其れ迄ブラシを主にパーカッション的なアプローチを中心にしていた山崎氏が即座にスティックに持ち替え文字通り変化〈へんげ〉した。そこからは堰を切ったようにスピード感溢れるフリーフォームが展開され、その後鮮やかな緩急もつけながら、最後は穏やかな表情に落ち着きこのセットに幕が降りた。

続いて短いブレイクの後の2ndセット。

前セットで互いのリアルな呼吸感が掴めたか、ここでも冒頭の安田氏の鮮烈な和音に続けて今度は三人がフルスピードで飛び出した。
なんと、それは「曲」だった。一聴するとO.コールマン作〈happy house〉にも似たメロディを持つ井野氏オリジナル〈D D〉。(終演後井野氏と会話していると、ご本人もその酷似を知り驚いた経緯もあるとのことだったが)そんなひとしきりの三つ巴のフルスロットルの後にも意表を突かれる展開が続く。先ずはスローでブルージーな4ビートを短く披露した後、山崎氏の振りに安田氏が応えた〈I love you〉が繰り出されたが、ミディアム・ファスト・テンポの中にあっても、メロディの断片を見え隠れさせる往き方は流石、策士・安田氏ならではの解釈と感じられた。
さて、そうこうしている内に今宵もお別れの時が近づいて…。最後は三者が各々自由に穏やかな音を重ねて、充実した邂逅の宵に膜が降りて行った。
最後に、今日の宵にいわゆる壮絶な「ド・フリージャズ」を期待された方にはいささかもの足りない内容であったとも思うが、こと私にとっては、今宵御三方が刻んだ生々しい迄の艶めきのある音の連なりからは極めて落ち着いた印象を受け、その趣味の良い「タイム感」に根差した音創りはおおいに満足のゆくものであったと言える。「俺の居ないところであいつらはこんな独自なことを演るようになりおったか」。天上の高柳師の呟きの内容にも興味が尽きない。そんなことも感じさせられるやはりスペシャルな夜だった。

 

#267 8月17日(水)
ブルーノート東京
http://www.bluenote.co.jp/jp/
スティーブ・ガッド (ds) ミカ・ストルツマン (marimba) リチャード・ストルツマン (cl) 塩谷 哲 (p) 井上陽介 (b)

今宵は久しぶりのブルーノート東京にて「SPIRIT OF CHICK COREA BAND」を聴く。昨年2月惜しまれつつ逝去されたジャズ史に耀くイノベーターでありピアニスト・作曲家チック・コリア氏の意志を未来に繋ぐべく集結したのは何れもチックさんを深く敬愛し、その音楽観に強く共鳴して来た洋の東西を代表する実力派の表現者達。

スティーブ・ガッド(DS)ミカ・ストルツマン(マリンバ)リチャード・ストルツマン(CL)塩谷 哲(P)井上陽介(B)

20時30分スタートの2ND-SHOW幕開け、
先ずは、黒のレザーパンツに真紅のタンクトップの出立ちでミカさんがひとり登場し、このプロジェクトに寄せたチックさん夫人 ゲイル・モランさんの謝辞を代読した後に音が出た。手始めは以下のチックさん作3品;
〈japanese waltz〉(塩谷、リチャード)
〈birthday song for mika〉(ミカ、スティーブ)
〈bud powell〉(塩谷、井上、スティーブ)

その後今日のステージ本編では、上記曲群も含めスティーブさんとミカさんの共同名義による最新作『Spirit of Chick  Corea』盤にも収録の6曲に加え、チック作〈nite spite〉塩谷作〈life with you〉B.ダグラス作〈jubilation〉等の計10曲が供されたが、そのいずれもが豊かな曲想を持つ佳曲の旨味を最大限発揮出来るようにとの配慮からか、次々と異なる編成を用いた万華鏡の様な流れからはこのチームの持つ流石の構成力の巧みさを見せつけらた感がした。そうこうしているうちに、四曲目の〈armando’s rhumba〉にさしかかると、いよいよステージに5人が勢揃いした。
上手から、ミカさん、スティーブさん、(センターフロントの)リチャードさん、井上さん、塩谷さんが居並ぶ構図はなんとも壮観であり、視覚でも「視せる」このチームの真骨頂を見せつけられることとなった。

そうなると次は肝心の音、だ。いずれも芸達者のこの5人のことだ、今日の1st-SHOW迄で5都市全6公演を経たこのチームはまるでファミリーの様な強固な結びつきを見せながら堂々とした音創りで我々聴き人を聴覚でも「聴かせ」ながら結果的にその耳目を終始鮮やかに捕らえ続けて行った。
5人のアンサンブルを聴いていて、私が強く感じたのは、「内在する構造の関係性の妙味」とでもいうもの。チーム全体の中に在って、関係するパート間の有機的な仕事振りが冴えた。
先ずはスティーブ、井上、塩谷からなるピアノトリオ、短期間の内に濃密な時空を共有した御三方が織り成す仕立ての良い柔軟で筋肉質のトリオ・ミュージックがバンド全体の胎動を低い重心で支え続けた。
次にスティーブとミカさんのアンサンブル、数枚の佳作盤を含め既に多くの協働作業を経て来たこのおふたり。「マリンバはピアノとドラムの中間に位置する楽器」と語ったチックさんの言葉を体現するかのようにスティーブさんは繊細なタッチとニュアンスで、一方のミカさんは広い音域全体を効果的に使った硬質で緊張感溢れる音運びを繰り広げ、二人一丸となって、リズムにメロディにと(ありきたりな表現だが)カラフルなグルーヴを導き出していった。
そうして最後は、リチャードさんとミカさんのコンビネーションである。公私にわたるパートナーであるこのおふたり、見るからにジェントルでユーモラスなお人柄を反映させた懐の深いトーンから繰り出す機知に富むリチャードさんの音選びに臨機応変柔らかく寄り添うミカさんの往き方が特に印象的だった。
そんなお二人の当意即妙のハーモニーの呼吸感がチーム全体を貫いてサウンドの全容を効果的に引き締める瞬間を我々は度々目撃にすることとなった。

今、今宵のショー全体を振り返り、単なるオールスター・バンドあるいは一過性のユニットにありがちな大味で雑味のある音創りからは遠くに在って、創造性の確たる道標を持ちながら緻密でダイナミックな響きをもたらす稀有なチームと出会えたという感が強い。
煌めく眩いばかりのJOYと説得力のあるTHRILLに酔いしれた実に素晴らしい圧巻のステージだった。そんな充実に過ぎたひとときにもお別れの時が来て…。本編終了後と共に熱狂的な万雷の拍手とスタンディング・オベーションの合間から聴こえてきたのは、〈spain〉だった。
最後に、今回のツアーでは各所でソールドアウト公演が続いたと聞く。昨今の不安定な世情にあって、この無垢な「慈愛」と「悦び」更には「祈り」の心に満ち溢れた音の連なりをおひとりでも多くの方にナマでお聴き頂きたく、是非とも再演の機会が訪れることをを強く願ってやまない。

※尚、演奏中の写真は、Makoto Ebi氏 (Blue Note Tokyo) が撮影されたものをミカ・ストルツマンさんのご厚意により拝借し掲載させて頂いております。


#268 8月19日(金)

渋谷 公園通りクラシックス
http://koendoriclassics.com/
高瀬アキ帰国スペシャル・セッション with 井野信義 & 早坂紗知
高瀬アキ (p) 井野信義 (b) 早坂紗知 (sax)

待望のライブが続く今夏のLAL。
今宵も感染対策怠らず向かった先は2度目の訪問となった渋谷 公園通りクラシックス。
そのステージは現在ベルリン在にて実に3年振りの帰国となった高瀬アキ氏(P)のスペシャル・セッション。共演:井野信義氏(B)早坂紗知氏(SS/AS)。
前回帰日以降、それ迄の数々の受賞歴に加えて2021年ドイツジャズ賞(P/KEY部門)同年 アルバート•マンゲルスドルフ賞受賞の栄誉に輝き文字通り「世界のアキさん」の称号を更新した氏の現在進行形の音創りに触れようと今宵はキャパ満席の約50名に届こうかという聴き人が固唾を呑んで見守る中、定刻からややあった20時前、最早待ちきれないとばかりに「始めま〜す」のアキさんの掛け声と共にメンバーが順にステージに登場した。
「このご時世を考慮して、(本当は長くやりたいんですけど)途中換気休憩を入れて全体を少し短めにやります」のアキさんMCの後、直ぐに音が出た。稀代のインプロヴァイザーお三方のことだ
今日のレシピはインプロか?曲か?の思いが聴衆の脳裏にあったことは想像に難く無い。
結論から先に言って仕舞う不粋をお許し頂こう。
今宵の晩餐は1曲の短いインプロを除き、全編曲が披露された。
それもアキさんオリジナルの4曲も含め極めて興味深い単品の並ぶ豪華フルコースが供されたという塩梅だ。

〈1st-set〉
M-1:thema prima (アキ作)
M-2:walking batterie woman (C.ブレイ)
M-3:cherry (アキ)
M-4:short impro (アキ・井野・紗知)

〈休憩〉

〈2nd-set〉
M-5:la pasionaria (C.ヘイデン)
M-6:tarantella  (アキ)
M-7:dream in the kitchen  (アキ)

〈アンコール〉
アキソロ:i’m confessin’  (D、ドーファティ他合作)

以上が今宵の充実に過ぎるセットリストであるが、終始創造性の深淵を遺憾なく見せつけた御三方の中にあって、なんの気負いも衒いも見せずに確信に満ち溢れた強靭で堂々とした音の連なりを打ち込んだアキさんのタッチが特に際立ったが、合わせる井野氏にしても指弾きと弓弾きの両面で極めて控えめに音場の流れをコントロールしていた姿が印象的であったし、紗知さんのキレの良い撥音と切々としたブロウでこの一夜の物語に効果的な句読点を打つ音創りも流石の手腕であると言えた。
今宵のステージ全般を通して、久しぶりに邂逅した旧友同士がその不在の時間を瞬時の内に飲み込みながら互いの音合わせを心底楽しんでいる様子が私の眼には極めて清々しく映った、そんな実に痛快なひとときだった。


#269 8月20日(土)

ホテル・グランバッハ熱海クレッシェンドhttps://www.grandbach.co.jp/atami/concept.html
クラリネット&マリンバ  リチャード&ミカ・ストルツマン サロン・コンサート
リチャード・ストルツマン (cl)ミカ・ストールマン (marimba) 

この6月から8月にかけ、日本を駆け抜けたツアー最終日、今日(離日前日)で20公演目を迎えられたリチャード・ストルツマン(CL)ミカ・ストルツマン(マリンバ)ご夫妻のDUO公演をホテル・グランバッハ熱海クレッシェンド「夏のサロンコンサート」で聴く。私にとってはこの葉月における約2週間の内で3度目の両氏の音創りとのご対面となった。
この熱海の地も、自宅最寄の辻堂駅からJR東海道線に乗れば乗り換え無しの1時間の近さで到着するのは有難いところ。
熱海湾を眼下に臨む伊豆山(標高360m)の高台に建つこちらのリゾートホテル、「極上のオーベルジュ」を標榜しており、先ずは同所ご自慢の厨房による贅を尽くした美味なるアペリティフ・タイムを楽しみながら開幕の時を待つというのが今宵の趣向。そうこうしていると18時に今宵の主役が登場した。

そこからの、明るい戸外も次第にとっぷりと暮れ行く迄の約1時間、おふたりの選び採った楽曲は、バッハからモリコーネ、更には(当初発表には無かった)讃美歌〈amazing grace〉スティング〈english man inny〉J.レノン〈imagine〉等に加え満場のアンコールに応えたラヴェル〈pavane〉にまで及ぶまさに古今西洋の音楽史を俯瞰するかのようなバラエティに富む内容となった。
リチャードさんは持ち味の天上に誘うが如くのハイトーンと深みのある温かな音色の共存でこちら聴き人の心のヒダを優しくなぞって行き、対するミカさんは太古からの樹の温もりを強く感じさせるこの楽器の特質をかなり硬質の打点で現代の響きに鮮やかに昇華させて行く。そんなおふたりの魂の交歓に根差した幻想的な音創りの行き着くところ、単なる心地の良さに止まらないぴりりとした緊張感に満ち溢れた音像が私の眼前に現出した。
そこに派手さはないものの、極めて落ち着きのある趣味の良いプログラムになったと感じた充実の夕から宵の刻。しかし、今振り返ると、今年の夏はこのお二人との数奇なご縁に尽きたという感が強い。

小野 健彦

小野健彦(Takehiko Ono) 1969年生まれ、出生直後から川崎で育つ。1992年、大阪に本社を置く某電器メーカーに就職。2012年、インドネシア・ジャカルタへ海外赴任1年後に現地にて脳梗塞を発症。後遺症による左半身片麻痺状態ながら勤務の合間にジャズ・ライヴ通いを続ける。。

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