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小野健彦の Live after LiveNo. 301

小野健彦のLive after Live #311~#317

text & photos(一部を除く) by Takehiko Ono 小野健彦

#311 3月16日(木)
茅ヶ崎 Jazz & Booze ストリービル
http://www.jazz-storyville.com/
市川秀男 (p) 酒井麻生代 (fl)

列島各所からちらほらと届き始めた桜の開花情報も嬉しい昨今、今宵は今年初訪問となった自宅隣町•茅ヶ崎(南口)のストリービルにて、市川秀男氏(P)と酒井麻生代氏(FL)のDUOライブを聴いた。
私自身約3年半振りの再会となった麻生代さんたっての希望もあり昨年同所にて実現したおふたりの手合わせとの初対面に期待も大きく膨らむ中、定刻19時に幕開けした今宵のステージでは、冒頭のD.ブルーベック作〈in your own sweet way〉から満場のアンコールに応えたスタンダードナンバー〈stella by starlight〉に至る迄。
この季節に因んだF.ハバード作〈up jumped spring〉やスタンダード〈spring can really hang you up the most〉の他、おふたりのオリジナル曲も交えながら多岐に亘る曲想を持つ計11曲が披露されたが、中でも聴き所は全5曲を占めた市川氏のオリジナル曲だった。それらでの先ずは麻生代さんについて、3年半前に受けたしっかりとしたテクニックはあるもののどこか線の細い印象は雲散しヨガ・インストラクターの横顔も持つ氏の息の畝りを絶妙にコントロールしつつ市川作品の世界観を見事に掬い取りながら自らの主張を唄口に吹き込む堂々とした表現者としての姿が強く印象に残った。そんな麻生代さんの素直で軽やかな高音の伸びと中低音域の説得力ある語り口を受けて、巨匠市川氏も持ち味の詩情溢れるメロディスト振りを遺憾なく発揮して流麗硬質な音の連なりを紡いで行った。
その特に多くを語らないながらも音の流れの中に確たる楔を刻む左手の和音とまさに零れ落ちるが如くの華やかな右手のパッセージのアンサンブルはなんとも瑞々しく、はっとさせられること度々だった。
今宵のおふたりの音創りは終始軽やかさと清々しさに溢れ、それは春の訪れに如何にもお似合いの爽やかな風合いを持つものだった。

#312 3月18日(土)
吉祥寺・Piano hall 「Sometime」
https://www.sometime.co.jp/sometime/
酒井俊 (vo) w:田中信正 (p) 須川崇志 (cello) 落合康介 (b)

直線距離にして約4,300km、機上の人になれば約6時間の旅路を経て今年もベトナム・ホーチミンから無事帰日された酒井俊さん(VO)のライブを約2年振りの訪問となった吉祥寺サムタイムで聴いた。
w:田中信正氏(P)、須川崇志氏(Cello)、落合康介氏(B)。
昨日 3/17より開始された今回のツアーは、当夜時点で4/16迄の約1ヶ月間に驚きの全20公演が予定されていたが、その面子は今宵を限りの招集であり、私自身これまで接して来た俊さんの現場の中でも未体験の編成だけに、今宵のドラマツルギーや如何にと、開幕に向けその期待感も最高潮に。
見回す店内もこのスペシャルな夜を一目目撃しようと開場時から多くのお客様がつめかけ幕開き間際には超満席の賑わいをみせた。そんな客席がまさに固唾を呑んで見守る中、最初の音が出た。以降約2時間のステージでは自家薬籠中のお馴染みのナンバーに加えて B. バーンズ、H. カーマイケル、C. ポーター作等の著名スタンダード・チューンが効果的に差し込まれて行った。全体的には比較的緩やかなアレンジに仕立てた曲目が多かったが、その中にあっても四者対等の緊密なアンサンブルは終始憎い程のスピード感(それは単に全体曲調に於けるテンポの緩急ではなく一音に宿した速度密度の意)と絶妙なダイナミクス(同様に局面事の音量の強弱ではなく一曲を俯瞰した際のアクセントの高低の意)のコントラストを鮮やかに際立たせてみせた。
音の出ている時も俊さんによる洒脱な(落語で言うところの「まくら」を思わせる) MCも含めて、いかなる局面でも誰も置きざりにはされなかった。届けたい想いとこちら聴きとる側の心持ちの共振を慎重に推しはかりながらステージを進めようとしているその感覚が広い店内の隅々までを満たして…。そこには情の畝りを完璧な迄に掌中に収めた生々しい肉声とそれを効果的に縁取る最小限の音の連なりを奏でることに徹した男達が居て、そんな瞬間を共有出来ているのだという深い充足感が醸成されて行く時間の移ろひだった。

#313 3月24日(金)
新宿 Pit Inn
http://pit-inn.com/
12000 Meters Underground:林頼我 (ds)  w:中村としまる (No-Input Mixing Board) 落合康介 (b) 細井徳太郎 (g)

今日は新宿ピットイン 昼の部にて林頼我氏(DS)が数年前より鋭意推進中の
リーダープロジェクト”12000 Meters Underground” を聴いた。
w:中村としまる(No-Input Mixing Board)、落合康介(B)、細井徳太郎(G)
先ずはこの公演に寄せた頼我君自身の前口上を(ご本人の許諾を得て)ご紹介したい。
曰く「-マントルの世界に入れば眩い光の後に緑色青色と鮮やかな世界が待っている-
冷静時代にソ連が行っていたコラ半島超深度掘削坑により人類は地表面からの深さで最も深い人口地点を作った。その深さ12,262m。そこからアイデアを得たプロジェクトです。
どうかしているこの世の中で右も左もなく、上に手を伸ばそうとするのでも無く下に下に手を伸ばしたいです。何かに寄るでもなく、すがるのでもなく、ただ今ある現実を音に込めたいと日々思います。」と。
果たして、店内に入り客席を眺め驚いた。
この平日真っ昼間だというのに、客席には幅広い年齢層/国籍のお客様が多数詰めかけていた。その数、ざっと50名くらいだったろうか。
この公演に対する期待の大きさを痛感しつつその幕開きを待つ中、定刻14時からややあって音が出た。
それからの約2時間のステージを通して、四人の照射した終始高いテンションが保たれた音の連なりは、さながら未開の地を行く探索船のサーチライトを思わせる鮮烈な音の軌跡を描いていった。メンバー紹介以外は一切のMCを廃した潔さもあり、詳細な筋書きは分からなかったが、その多くで頼我君のオリジナル・モチーフをきっかけとしてメンバーによる自発的な会話がなされたようであるが、それでも、中に突如として C.ブレイ〈ida lupino〉やアンコールに富樫雅彦作(waltz step)等の叙情的佳曲を採り上げ心憎い演出も見せてくれた。
主にジャズの語法に根差した表現者達によるジャズ的でない音創りは活き活きとした音に満ち溢れた「センチメンタル・アヴァンギャルド・ポップス」とでも言えるモノとして私の胸に強く残った。

※尚、演奏中の写真はピットイン・スタッフのご厚意により撮影頂いたものを掲載しています。

#314 3月28日(火)
合羽橋 なってるハウス
https://knuttelhouse.com/
山崎比呂志 (ds)  祝生誕83歳ライブ

今日は合羽橋 なってるハウスにてジャズ界の我がオヤジ  山崎比呂志氏(DS)の生誕83歳を祝うライブを聴いた。
ここ数年、毎年同所にて開催される恒例の祝いの宴であるが、今年もオーガナイザーである広瀬淳二氏の発意により名う手の表現者達が召集され、前後半を異なる編成により、まさにここでしか聴くことの出来ない活き活きとした現在進行形のフリーフォーム・ミュージックが場内超満員(立ち見も含め凡そ40名くらいのお客様がいらしたろうか)の中、展開された。
以下では、今宵の印象を短く述べてみたい。
[1st.set]
TRY ANGLE
山崎比呂志(DS)井野信義(B)+波多江崇行(G)
▶︎山崎氏との共演を熱望し福岡から駆けつけた波多江氏の、含みのある複雑なパラグラフに導かれ、井野氏は途中腰の強い弓弾きを繰り出し、山崎氏はその多くをブラシによる締まりきった打点で通しながらサウンド全体の流れを俯瞰しつつ思索から共振へと揺蕩う大きくゆったりとした気の揺らぎの内にこのセットを収斂させた。
[2nd.set]
広瀬淳二(インスタント・バスサックス)&(TS)
中村としまる(No-Input Mixing Board) ナスノミツル(B)山崎比呂志(DS)
▶︎中村氏とナスノ氏のSF的な非律動に対して前セットに比して俄然音数を増やし音量をあげるも極めてクリアーな語り口が際立った山崎氏。
そんな三者の音層に対して中低音のいななきと高音の咆哮を効果的に行き来した広瀬氏の立ち回りが冴えたセットだった。
▶▶︎今宵のステージ全体を振り返り、色彩感の異なる前後半のセットは各々極めて革新的かつ創造的なものでありリズムとメロディの化身たる山崎氏の永年の研鑽に裏打ちされた鮮やかなマジックとロジックを存分に味わうことの出来る秀逸なプログラムだったと思う。

#315 3月31日(金)
Live Cafe 荻窪 ルースター
http://www.ogikubo-rooster.com/
池田芳夫 (b) 橋本一子 (p/vo)

 

今日は約一年半振り二度目の訪問となる荻窪ルースターにて、池田芳夫氏(B)と橋本一子氏(P/VO)によるDUOを聴いた。
昨年暮れに他所にて約20〜30年振りの再会を果たしたおふたりにとって、僅か数ヶ月後の再演は余程その折りの大きな充実感があってのことだろうと想いを馳せつつ待ち侘びた開幕の時。定刻19:30に静かに登場したお二人、下手のエレピ(佐藤オーナーにお聞きするとボディはヤマハ製で音はベーゼンドルファーが内蔵されているとのこと)に一子さん、上手に池田氏の居並ぶ画はエレクトリックのマルチな才媛 vs アコースティックの番人が紡ぐ物語の行方や如何にと、否が応でもこちら聴き人の興味をそそられるものであった。
果たして、池田氏の野太いイントロに導かれた〈all blues〉で幕開きし〈stella by starliight〉〈blue in green〉(←一子さんのかそけきヴォイスをフューチャーした)と著名曲を其々の持ち味を遺憾無く発揮しつつ連ねた後、意欲的な〈freedom jazz dance〉で締めた前半。続けて短いブレイクの後、(ここは今宵の大きな見せ場となった)各々のソロパートに続けてM.マクパートランド〈turn around〉から(当時一子さんをイメージして作曲したと云う)池田氏オリジナル〈遠軽〉を経由して〈milestones〉で本編を締めた後、満場の拍手に応えて池田氏が数回弓を自由に擦ったのを受けて原点回帰とばかりに一子さんがすかさず〈autumn leaves〉を繰り出したくだりなど、終始共にこちらの想像力を強く掻き立てられる、一子さんは透き通る清冽感で、一方の池田氏は馥郁たる香りを放つ重厚感で上述した楽器の特性差など一切気にならない(それどころか各々のサウンドの特性から得られる内的インスピレーションに生まれ行く時を委ねながら)剥き出しの肉声が絶妙に溶け合う熱い会話の応酬が交わされることとなった。
当公演に寄せた一子さんの前口上:「ハイスピードな「The Jazz!」です」の言葉通り、「ハイスピード」は単にテンポの遅速にあらず一音に魂込める速度密度の熱量を、「The Jazz」はまさに当意即妙、丁々発止の語らいを強く感じさせられるものであった。当年元旦に81歳を迎えられた終始凄味満点の巨匠ベーシストに対して攻めの姿勢を貫いた後輩も良くサウンドしていた。まさにDUOインタープレイの醍醐味ここにありと強く感じさせられる実に痛快なコンビと出逢えた充実のひとときだった。

#316 4月1日(土)
Jazz Coffee & Whisky 町田 ニカズ
http://nicas.html.xdomain.jp/
JAZZ APRIL FOOL:ミヤマカヨコ(vo) 元岡一英 (p) 桜井郁雄 (b) 藤井信雄 (ds)

今宵は町田ニカズにてほぼ同世代の表現者達が集結したこの日に因んだセッション「JAZZ APRIL FOOL」を聴いた。
ミヤマカヨコ(VO)、元岡一英(P)、桜井郁雄(B)、藤井信雄(DS)。
聞けば4か月前に約40年振りの再会を果たしたというこの顔ぶれ。
中でも私のお目当ては紅一点のミヤマ氏。
過去には、’22/5元岡•米木プロジェクトvol.1@ニカズでのシットインと’21/12上大岡x’mas jazz fes.の短いセットでしかそのナマをお聴きしたことが無かっただけに、今宵は腰を据えてのご対面を強く待ち望んだと言う次第である。
そんな謂わば同窓会的ユニットが今宵満を持して選び採ってくれた中心は、ミュージシャン作の楽曲に自身内至は他者が歌詞をつけた楽曲群の数々。先ず以下では、それらの作曲者を(生年)と共に列挙してみたい。
D.エリントン(1899)、B.ストレイホーン(1915)、T.モンク(1917)、H.ニコルズ(1919)G.シアリング(1919)、C.ミンガス(1922)、G.G.グライス(1925)
どうだろう、まさに20世紀のジャズ界を駆け抜けた殿堂入り級のスター達の楽曲達が披露されたという訳である。
そんな楽曲群に対峙した注目のミヤマ氏の音創りであるが、生憎と私自身英語に明るくないためそれらの歌詞が持つ機微を正確に捉えることは困難であったが、コトノハのひとつひとつをメロディに乗せる気負いの無さはいずれも強く印象に残るものがあったし、緩急のいずれの局面にあっても決してベタつかないキレの良さが際立って感じられたことも特筆したい。そこでは歌詞とメロディが乖離する瞬間は皆無であり、双方を塩梅良く補完させ合いながら一遍の物語を構成させる表現力が見事だった。以上が特にミヤマ氏にフォーカスを当てた今宵のステージに対する私の雑感であるが、ここから少々話が脱線することをお許し頂くとして、実は当日は私の誕生日であり、1stセットの最後に演者及び場内の皆さんからB.D.ソングのプレゼントを頂く光栄に預かった。この場をお借りして改めて御礼を申し上げたいと思う。
最後にライブ前の夕食についてひとくさり。
今宵は町田でも有数の老舗桜肉(馬肉)料理店 柿島屋を久しぶりに訪問した。こちらのお店の創業は明治17年、西暦に直せば1884年とのこと。
今宵のライブを聴きながらその符号に驚いた。今日は期せずして20世紀を生き抜いた味でお腹を満たした後で20世紀を駆け抜けた音を味わったのだと。
私のLAL〈live after live〉は単にナマの音を聴くことだけにあらず、(ライブ前後も含め)行動すること全体に本意がある。その意味ではなんともご機嫌な54歳の誕生日を迎えられたのだった。

#317 4月8日(土)
新宿末廣亭
https://suehirotei.com/
「二代目江戸家小猫改メ五代目江戸家猫八襲名披露興行」

今日は久しぶりに新宿末廣亭を訪問した。首都圏に現存する落語定席(1年365日いつでも落語を聴くことの出来る演芸場)の代表格ともいうべきこのハコは、都内唯一の木造建築の寄席であり、客席左右に桟敷席のあるその設えからは、大都会のど真ん中に居ながらにして、江戸の風情が味わえるのも嬉しいところ。お目当てのこの四月上席(4/1〜10)では、「二代目江戸家小猫改メ五代目江戸家猫八襲名披露興行」と銘打ち、稀代の動物声帯模写・物真似師の名跡継承の高座が連日挙行されており、同所での楽日まで二日を残す今宵、滑り込みにて目撃が叶ったという次第である。
さて、私の鑑賞した夜の部では、襲名披露に相応しく、中入り後の披露口上を始めとして、落語、色物(漫才・太神楽・浮世節・奇術等)の表現者達が入れ替わり立ち替わり登場して五代目の門出を賑々しく祝った後、開幕から約3時間半を経て、本日の主役が舞台に登場した。普段の洋装・立ち姿と異なり(この興行に対する意気を強く感じさせた)和装の正座でつとめた今日の主役は、大トリといえども異例の30分に及んだ持ち時間をフルに使い長年の寄席育ちで培った鍛練の成果を活かしつつ軽妙洒脱な話術で客席をくすぐりながらその合間に80〜100個はあるという持ちネタの中からお家芸とも言える「ウグイス」を始めとして、自家薬籠中のキツネ・タヌキ・馬、犬と猫に鶴と亀 さらにはゴリラ等々の声色をテンポ良く披露してくれた。現在45歳とまだまだ芸の伸びしろの大きさを秘めたこの表現者に対する満場の客席からの拍手はなんともあたたかいものがあり、話術と声帯模写のアンサンブルを「味わい」の中に高次元迄昇華させた祖父・三代目と7年前66歳の若さで惜しくも早逝された父・四代目を仰ぎ見つつ、曰く「動物の鳴き真似を通して幅広い世代に対して動物・自然環境に興味を持ってもらい、そこに江戸家らしい環境教育としての芸の見せ方を模索」しながら今後自らの芸をどう深化させて行くかに興味の尽きない祝いの宴となった。

小野 健彦

小野健彦(Takehiko Ono) 1969年生まれ、出生直後から川崎で育つ。1992年、大阪に本社を置く某電器メーカーに就職。2012年、インドネシア・ジャカルタへ海外赴任1年後に現地にて脳梗塞を発症。後遺症による左半身片麻痺状態ながら勤務の合間にジャズ・ライヴ通いを続ける。。

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