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小野健彦の Live after LiveNo. 306

小野健彦のLive after Live #347~#353

text & photos:Takehiko Ono 小野健彦

#347 8月9日(土)
合羽橋・なってるハウス
https://knuttelhouse.com/
原田依幸 (p) 吉田隆一 (bs,bfl, fl) Duo

合羽橋なってるハウスにて、原田依幸氏(P)と吉田隆一氏(BS/BFL/FL)のDUOを聴いた。
私には毎月、各所のハコのスケジュールがオープンになる際、心待ちにしている番組がいくつかあるが、自身のカルテットによる西荻窪アケタの店公演に対して、毎回DUO編成を中心に創造的な表現者との手合わせを行うここ「なってる」での原田氏のギグは、ご自身のスケジュールとの関係から毎月土曜日にブッキングされることが多く、私には嬉しい限りである。そんな嬉しい土曜日が今日もまたやって来た。

果たして、昨年11月以来4度目の手合わせとなったこちらのDUOは、1stセット:約35分、2ndセット:約25分と幾分短い気はしたものの、原田氏は持ち味の粒立ちの良い高速パッセージと鮮烈な強打美和音のコントラストに、一方の吉田氏は緩急のいかなる局面においてもその音場の流れに最適の自在な楽器選択にと、各々抜群の冴えを見せながら、気と呼吸の畝りが同期した極度の集中力に律せられた緊張感を持続させつつ、刹那の内に狂おしいまでの疾走の軌跡を鮮やかにかつ簡潔に描ぎ切って行った。

嗚呼、しかし、お楽しみの嬉しい時間というものはあっという間に過ぎ去り行くものだ。



#348 8月20日(日)

代官山「晴れたら空に豆まいて」
http://haremame.com/
開店「17周年記念」長谷川きよしスペシャル・ライブ

今宵は、初訪問となった代官山「晴れたら空に豆まいて」にて、同所の「17周年記念」と銘打った長谷川きよし氏のスペシャル・ライブを聴いた。

私が氏のライブに触れるのは約15年前の江古田buddy以来二度目。「晴れ豆」への登場はコロナ禍を経て約5年振り2度目という氏は、台風7号に翻弄されつつも、現在の居住地京都から乗り打ちした旭川より当日移動して来た疲れを微塵も見せずに途中15分の休憩を挟んだ2時間のステージを鮮やかにまとめあげてみせた。J.イアンと並び自身のアイドルと語った荒木一郎詞曲〈君に捧げるほろ苦いブルース〉で開幕して以降、椅子席フル・キャパ100名以上の熱心な聴き人を前に自身の代表ヒット曲〈別れのサンバ〉〈ひとりぼっちの詩〉〈かなしい兵隊〉〈灰色の瞳〉等を効果的に織りこみながら、ポルトガル・ファドでは、A.ロドリゲス。ブラジル・サンバでは、Cartola。仏シャンソンから、C. アズナブール等を並べつつ、E. プレスリー、M. ルグラン、さらには(TV番組でリクエストを受けて以来レパートリーに加えているという)〈天城越え〉(石川さゆり歌唱)に至るまで古今東西のバラエティに富んだ曲想を持つ全16曲が供された訳であるが、最早55年を迎えようとしているその卓越したキャリアに裏付けられた超絶技巧で掻き鳴らされるフラメンコギターに、憂いと翳りを帯びつつも希望に満ち溢れた力強く伸びやかな唄声が被って行く、そのスリルとパッションが堪らなかった。また自らが惚れ込んだ外国語曲に対してかなり苦心して自身の訳詞を施した経緯や、披露する楽曲のいちいちについて分かり易くその出自を伝えようとする姿勢からは一流の表現者/エンターテイナーの矜持が感じられておおいに好感の持てるものであった。いずれにせよ、終始一握りの気負いも衒いも感じさせないステージングにはこちらも背筋の伸びる思いがした。昭和平成令和を通して時代の荒波に揉まれながら自らの意志を貫いて来た孤高の表現者の気高き姿に触れて心が静かに突き動かされた夏の夜のひとときだった。

最後に、「晴れ豆」のPAシステムの素晴らしさについてもぜひとも付記したい。Meyer Sound製をメインスピーカーに据えた音響創りが演者の実相をvividに客席に伝えることに大きく貢献していた点はハコのあり様として特筆すべきだと強く感じた。


#349 8月25日(金)

西荻窪・CLOP CLOP
http://www.clopclop.jp/
Kana & Banda  CAXIQUE

西荻窪CLOP CLOPにて、待望の初対面となったKana & Banda CAX IQUE:カナ& バンダ・カシッキを聴いた。

青木カナ(VO)
小森慶子(SS)上運天淳市(AS)伊花則人(TS)筒井洋一(BS)小山道之(G)上村勝正(B/カヴァキーニョ)藤ノ木みか(PER/CHO)*レギュラードラマーの宮良直哉氏はお休み

22年間ブラジルで音楽生活を送ったカナさん率いるこの大所帯バンドが、その精神的支柱とも言うべき松風鉱一氏を当年3月に失った後、5月のライブを経て、新メンバー上運天氏を迎え新たなスタートを切る今宵に大きく期待も昂まる中での開幕。
決して広いとは言えないステージにひしめく表現者達。
満ちるひといきれ。飛び交うポルトガル語、日本語。
約2時間のステージを通して、カラフルな感情、気象、人種/文化等を厚いハーモニーとアンサンブルでしっかりと抱きしめつつ、こちら聴き人の心と身体を自然と揺らし躍らせながら流れ行くまさに音の楽園を満喫した。

#350 8月26日(土)
新所沢 ジャズハウス・スワン
http://swan.o.oo7.jp/
後藤輝夫 (ts) 宇多慶記 (org) 佐津間純 (g) 小泉高之 (ds)

待望の初訪問となった創業58年を誇る老舗 新所沢スワンにて後藤輝夫氏のオルガン・プロジェクトを聴いた。
後藤輝夫(TS)宇多慶記(ORG)佐津間純(G)小泉高之(DS)
オルガン&ギター入りのテナー・カルテット編成と聞き、短絡的に “ファンキー” “アーシー” といった形容詞を想像される向きも少なくないのではないか? かくいう私もそうだった。
しかし、今宵の音創りから私が受けた印象はそれとは趣をだいぶ異にするものだった。
共に卓越した技巧を有する今宵の表現者四人は、2ndセット中盤〜最終盤に配置したD. エリントン〈limbo jazz〉、J. スミス〈off the top〉等ではかなりの熱っぽさを帯びながらも、総じて贅肉の削ぎ落とされたシャープで落ち着きのある抑え目な音を連ねた。その決して冗舌に過ぎない端正な音の交歓は、スマートかつ小粋なムードに抜群の冴えをみせながら飛び切りクールなサウンドの軌跡を描いていった。ゴリゴリとした熱さからは無縁のところにあって、地に足の付き、肝の座った静かな熱量を感じさせる音運びは、さすが熟達者達の仕業と言えた。


#351 9月1日(金)

サントリーホール・ブルーローズ
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/facility/bluerose.html
リチャード(cl)& ミカ(マリンバ)・トルツマンDuo

赤坂サントリーホール・ブルーローズ(小ホール)にて、リチャード(cl)&ミカ(マリンバ)・ストルツマン夫妻のDUOコンサートを聴いた。
おふたりの来日は、未だ記憶に新しい大成功裡の内に幕を閉じた昨夏の「チック・コリア・トリビュートコンサート」以来1年振り、’21から数えること三年連続であり、ことミカさんについて言えば、その昨夏以降、当年5月のカーネギーH. ソロリサイタルを間に挟み、『SOLO』(’22/12)、『MARIMBA SOUL』(’23/3日本先行リリース→’23/8全世界リリース〉と自らのキャリアの集大成とも言うべき充実した創作活動を刻み続けるなど、今まさに表現者としての創造性のピークを迎えている感もあり、今年はまさに待望の凱旋公演となった。さて、そんな経緯を経た本公演であるが、風の噂では、当初は集客に少しく苦心をされているとの情報もあったが、どっこい蓋を開けてみると、今宵は本年度ツアーにおける公式には唯一のDUO公演であることもあってか、ブルーローズのキャパ400席弱の6〜7割程度迄が埋まる盛況振りを見せ、改めておふたりの音創りに対する期待感の大きさをひしひしと感じながらの幕開きとなった。果たして、多くの聴衆が固唾を飲んで見守るなか定刻19時に登場したおふたり(ミカさんのオレンジ色のドレスは特に目に鮮やかであったが)は、以降の約2時間のステージを通して、クラシックの楽曲を中心に据えた佳曲の数々を存分に披露してくれた。それらは当初発表〈詳細添付プライヤー〉の全6曲の中から J.S.BACH〈symphonia〉を差し替え、代わりに(カナダのファゴット奏者)B.ダグラス作〈irish spirits〉、坂本龍一〈energy flow〉、レノン=ヨーコ〈imagine〉、さらには意表を突かれた(翌日9/2に古希を迎えるアメリカの前衛サックス奏者)J. ゾーン〈the nymphs〉&〈anima〉(共にゾーンが夫妻のために作曲したという)等々を追加しつつ、満場のアンコールに応えた童歌〈あんたがたどこさ〉、M.ラヴェル〈pavane〉等々を繰り出した実にバラエティに富む曲想を持つ意欲的なプログラム全13曲に及んだが、それらを各々のソロ、夫妻デュオ、さらにJ.プーランク作品では、東京フィル主席CL奏者アレッサンドロ・ベヴェラリ氏を迎えたクラリネット・バトルでのコーナーを、そうして本編最終曲ではトリオでの演奏を披露するなど、その構成面からはこちら聴き人を片時も飽きさせないエンターテイナーとしての心憎い配慮が随所に感じられた。おふたりの演奏を聴いていて、ミカさんに対する度々見かけられる「柔らかな」「あたたかな」といった評をなんとはなしに思い出したが、確かにそれらについて否定する気はさらさらないものの、やはり私が特に惹かれるのは、その極めて硬質なサウンドにあると改めて痛感した。ウェットに過ぎず、各楽曲に対してドライに俯瞰つつ接していると感じられるその姿は終始清廉な印象を強く受けるものだった。一方のリチャードさんもその人間性が色濃く投影された優しくも伸びやかで懐の深い世界観を圧倒的に感じさせつつも、ハイトーンの連なりの中ではこの方の最大の持ち味と私自身常日頃から感じている斬り込むような鋭角でエッジの効いたサウンド・マネジメントに相変わらずの冴えを見せていった。まさに互いを補完し合いながら触発し合った今宵のおふたりの充実の音創りは、硬柔のコントラストも鮮やかな「愛と魂」の交歓だったと、今振り返り強く実感している。
最後に、今宵は本夕の主催者でもあるクラシック音楽史研究家 松田亜有子氏がナビゲーター役を務められ披露される各楽曲についてかなり詳細な解説を丁寧にされたことでコンサート自体がより深みを持ち立体的になった点は有り難く、大変好感の持てる趣向であったことも特筆しておきたい。

#352 9月2日(土)

吉祥寺 音吉!MEG
http://otokichi-meg.net/
中本マリ(vo)  w:大口純一郎 (p)(P)米木康志 (b)

本日土曜の午後ライブは、初訪問の吉祥寺  音吉MEGにて中本マリ氏(VO)のステージを聴いた。w:大口純一郎(P)米木康志(B)

「満員御礼」の聴き人達が熱い視線を贈る中、トリオは、スローな〈little girl blue〉から満場の拍手に応えたアンコール〈a song for you〉に至るまで、スタンダード曲の、中でも小唄を中心に実に全14曲を披露してくれたが、そこでは、ワードがフレーズを繋ぎそれがセンテンスに変容しながらやがてパラグラフを形成し、最後にはそれがひとつの確固たるストーリーに昇華されつつ紡がれてゆくという、ジャズに限らずボーカリスト/唄歌いに望むストーリーテラーとしての理想型があった。しかし、それを為し得たのは、マウンドにひとり居るマリさんの力だけでは無かった訳で、如何なるテンポ設定の中にあっても、マリさんが伸びやかに泳ぎ回れる十分なスペースをさりげなく設えた大口米木両氏の卓越した所作の数々は、そこに派手さはないものの、落ち着きに満ちた噛み応えのあるものだったと言える。ベテラン勢による燻銀の全員野球、堪能しました。

#353 9月3日(日)
三軒茶屋 世田谷パブリックシアター
山海塾『TOTEM 真空と高み』

三軒茶屋 世田谷パブリックシアターにて、振付家/演出家の天児牛大氏が主宰し、日本/仏を拠点にした創作活動で世界的な評価も高い舞踏カンパニー  山海塾の新作(東京初演)『TOTEM 真空と高み』(『ARC薄明•薄暮』以来4年振り)を観た。〈世界初演は、’23/3北九州芸術劇場〉

広い舞台上、四つに区切られた巨大な四角形の床面の真ん中に四角柱/長平板が二つと背後に二つの大きな環のみのこの上無く簡潔な舞台美術(中西夏之「カルテット着陸と着X」より)を前に、全身白塗りの踊り手8名が、7つのムーブメントに応じて、1〜5名に分かれ登場し、光と影を縫いながら静かに舞い踊る。ただそれだけであり、そこに劇的なドラマは無い。

しかし、強弱を伴った音量で流れ来る加古隆と吉川洋一郎の音響効果の間に間にあって漂うように驚異的な体幹に律せられた身のこなしが、そこから派生するかすかな(それはまるで視覚/聴覚的に聴こえていると錯覚させられるような)衣擦れと摺り足の音と相まって劇場空間を完全に支配する様は圧巻であり、天児が本公演に寄せたコメントからも示唆される、「周縁」と「中心」の拮抗の中に生まれゆく錯綜する空間の磁場を顕在化させることに雄弁な役割を果たしていたと感じた。相変わらずの極限まで研ぎ澄まされた所作の数々に支配された僅か75分は、まさに夏の夜の夢として我々を強烈に捉えた。満場の熱烈な拍手に応えた5度に及ぶカーテンコールがそれを如実に物語っていたといえよう。


※尚、添付写真(公演フライヤ表裏を除く舞台写真等)は劇団公式㏋より拝借致しました。

小野 健彦

小野健彦(Takehiko Ono) 1969年生まれ、出生直後から川崎で育つ。1992年、大阪に本社を置く某電器メーカーに就職。2012年、インドネシア・ジャカルタへ海外赴任1年後に現地にて脳梗塞を発症。後遺症による左半身片麻痺状態ながら勤務の合間にジャズ・ライヴ通いを続ける。。

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