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小野健彦の Live after LiveNo. 310

小野健彦のLive after Live #375~#381

text & photos: Takehiko Ono 小野健彦

#375 12月22日(金)
横浜日ノ出町「THE CLUB SENSATION」
https://sensation-jp.com/
カルメン・マキ「デラシネ・ライブ・シリーズ2023〜Phantom Pain Vol.23〜」
カルメン・マキ(歌/鳴り物)清水一登(key/Cho)丹波博幸(g/cho)澤田浩史(b)中村清(ds)

今宵は、初訪問となった横浜日ノ出町「THE CLUB SENSATION」にて、カルメン•マキさんのデラシネライブシリーズ2023〜Phantom Pain Vol.23〜を聴いた。

カルメン・マキ(歌/鳴り物)
清水一登(key/Cho)丹波博幸(G/Cho)澤田浩史(B)中村清(DS)

私にとっては、茨城つくばに於ける「特別な一日」(山下洋輔氏・水谷浩章氏との共演)以来丁度一週間振り、振り返れば今年6度目となるマキさんの現場となった訳であるが、今宵は、マキさんご自身初登場となったハコであり、更には私自身常々このデラシネ・バンドの駆動力の要と感じていたドラムスの椅子に私にとってはお初(このバンドへも新加入)となった中村氏の参画を得て、そんな新機軸のバンドの音創りや如何に、との期待も大きく膨らむ中での開幕となった。果たして、珠玉の洋楽カバー9曲にお馴染みの邦楽曲を効果的に折り込みつつ満場のアンコールにも応えた全15曲にて構成された約2時間強のステージでは、前夜の吉祥寺Manda-La2におけるこのメンバーでの初お目見えの余勢を駆ってか、終始ソリッドかつタイトな緊張感漲る歯切れの良い生一本のロック魂に満ち溢れた音の軌跡が描かれて行った。そこでは、中村氏のドラミングが生み出すシャープで力強い推進力と(最近ではウッドベースを抱くこともあるようだが)今宵は真骨頂のエレベで通した澤田氏が用意する充分なスペースとが相まって産まれた分厚い基礎の上で共にセクシーなメロディスト振りを遺憾無く発揮した丹波氏と清水氏の絶妙なハーモニーが織り成され、その大きな畝りをもったバンドサウンドの波間を、如何にも気持ちよさそうに(しかし片時も「攻める」事は忘れずに)ストレートに、ダンサブルに唄い込むマキさんの姿が印象的だった。

音楽活動半世紀を超え、未だ数種のユニットによる創造的な表現活動を同時推進しながら更に新たなる音創りに挑み続けるマキさんの貪欲に過ぎるその進取の気性に触れ、これはまだまだ目が離せない。来たる2024年もマキさんの現場行脚は続きそうだ。とそんなことを考えながら寒風吹き荒ぶハマの夜を後にした。

最後に、甚だ蛇足ながら、私のこのLALのひとつの肝とも言える夕飯の一コマをまたしてもひとくさり。今宵は事前に整理券が出るとの情報を得て早目にハコに着き、その甲斐もあって幸運にも整理番号1番をゲットした。その後の約2時間をどうしようかと考えていた矢先、ハコのすぐ先にベトナム料理屋の看板を発見。エスニック料理には目の前無い私は迷う事無く入店し、「PHO VIET QUAN」にて 牛スネのサラダ(肉の下には三つ葉と水菜が沢山隠れていた)と揚げ春巻きを皮切りに、生春巻き、アジ亜科(要は鯵の味醂干し的焼き物)をつまみにしつつハイボールの中ジョッキを4杯重ねた後最後は好物のフォー(鶏肉)で締めて充実の独り前呑みを堪能した。


#376 12月23日(土)

吉祥寺シアター
https://www.musashino.or.jp/k_theatre/
劇団SCOT :ギリシャ悲劇「トロイアの女」

2023年の年の瀬も快調に進むLAL。今日は初訪問の吉祥寺シアターにて、劇団SCOTによるギリシャ悲劇「トロイアの女」を観た。

原作:エウリピデス 演出:鈴木忠志

先ずは、鈴木氏及びSCOTのことなどから。

鈴木氏が、劇作家・別役実氏らと共に旗揚げし、白石加代子氏を看板女優として精力的な活動を行った「早稲田小劇場」が’76に東京から富山県利賀村に拠点を移し、合掌造りの民家を改造した劇場を利賀山房と名付けて活動を開始した際に改名されたのがSCOTである。その後、利賀村と協力しつつ、建築家・礒崎新氏との協働を得て野外劇場、スタジオ、宿舎などを増設し(施設のある一帯は富山県利賀芸術公園となっている)、’82には、日本で初めての世界演劇祭・利賀フェスティバル(現SCOTサマーシーズン)を開催、毎年世界の舞台芸術家が利賀に集まり、鈴木氏独自の俳優訓練法「スズキ・トレーニング・メソッド」の習得や作品創りの稽古をしているという訳である。まあ、それらはそうとして、私と鈴木氏&SCOTとの出会いは今から凡そ25年前に遡る。当時、上越高田在だったカミさんの祖母を尋ねがてら関越道、上信越道.北陸道を乗り継ぎ長時間かけて辿り着いた街全体が祝祭空間と化した利賀村と、徹底した「礒崎イズム」に貫かれた各種劇空間で繰り広げられた、黙示的で、かつ清雅なSCOTの舞台創りにすっかりと圧倒されてしまい、爾来再会を強く期するもなかなかタイミングが合わず、今日ようやくその待ちに待った時が訪れたというのがことの次第である。

さて、通常であれば、ここから今日の現場のレポートに入って行くのだが、言葉に多くを拠る演劇をわざわざ言語で語ることの座りの悪さに加えて、ギリシャ悲劇特有の膨大な情報量を有する芝居について今日の一回切りの観劇では、そのテーマを咀嚼し、何らかの論を弄することには正直限界を感じたこともあり、更に本日は、’74、鈴木氏が岩波ホールの芸術監督に就任した際の「トロイアの女」初演に対する演出ノートが配布されていたので(添付写真ご参照/劇団㏋にも掲載有)、以下では、今日私の眼前で繰り広げられた演劇から受けた「絵面」の印象を中心に書き進めたいと思う。

さて、今日の公演は全9日間全7回に亘った本公演の楽日であり、それも土曜日のマチネーだったことに加えて、同所での10年間の活動の成果がすっかりと定着したと見えて、200席のキャパは超満員に膨れ上がった。そんな我々の眼前に拡がるのは広い平面でありそこに一切の舞台装置は無い。定刻の14:30きっかりに客電が落ちた。以降のステージでは、12名の男女が入れ替わり登場して来るが、それはあくまでも淡々とであり、上記の「演出ノート」の後段でも触れられているように、「劇的なストーリーは希薄」であり、そこには、動く者と動かない者。叫ぶ者と嘆く者。語る者と唱える者だけが只存った。それでも、各人の動きを見ていると、そこには一切の無駄が無く、各々の関係性には必然の距離感があると感じられた。ふと、鈴木氏の演出時の目線は、客席の中央から注がれているのでは無く、天上から俯瞰しているからこそ上述の「腑に落ちる」距離感が成立するのではないかと感じられる程だった。発する声と動かす手足の身体性を極限まで合理的に突き詰めながら、その関連性を光と闇の内に巧妙に封じ込めた70分の豊穣なる時の移ろひだった。

尚、今日は本編の終演後、10分間の休憩を経て同じく戦争物(こちらは日本におけるWWⅡ前後が舞台)である「世界の果てからこんにちは I」の映像(今年のサマーシーズンにて収録した60分物)の特別上映と続けて鈴木氏自身によるトークコーナー(40分)が追加された。前者については、昨今の世界情勢に鑑みて別機軸での問いを投げかけられ点ではそれなりの意義があったと感じられたが、いかんせん上映時間1時間は、本編の余韻も完全に吹っ飛ぶ長さであり、私個人的にはTOO MUCHの感は否めなかった。

それでも、続く鈴木氏のトークコーナーでは前述の演出ノートに込めた想いをご本人の口から直にお聞きすることが出来たことに加えて、齢84才にして最近は巷の演劇からは少し距離を置き、新たに「農業」に対する知見を深めることを通して、身体性と自己客観化の真相を改めて体感している日々を送られていることが語られるに及びその志の実現に向けた弛まぬ精進と鍛錬の姿勢を知りこちらも居住まいを正さざるを得ない思いがしたのは何よりも掛け替えの無い時間であったと今振り返り強く感じている。


#377 12月24日(日)

合羽橋・なってるハウス
https://knuttelhouse.com/
「新生」ガトーリブレ:田村夏樹(tp)金子泰子(tb)藤井郷子(acc)早川岳晴(b)

文字通りのLALとなった2023年師走三連荘の最終日は、お馴染みの合羽橋・なってるハウスのマチネー・ライブにて、「新生」ガトーリブレを聴いた。

田村夏樹(TP)金子泰子(TB)藤井郷子(ACC)早川岳晴(B)

オリジナル・メンバーであった是安則克氏と津村和彦氏亡き後、田村・金子・藤井の各氏による協働期間を経て今日初めて早川氏が招聘されたのが「新生」たる由縁である。冒頭の田村氏MC曰く、共に多忙を極めるメンバーであり、ZOOMによる事前のリハーサルを試みるも諸事情あり未遂に終わる中、「今日は我々の〈おたおた感〉を楽しんで下さい」とのことであったが、果たして、そこは百戦錬磨の強者達の協働体。ステージは終始緊密なアンサンブルに支配されるものとなった。今日は、冒頭の〈in krakow,in november〉以降、田村氏の旧/近作オリジナルを連ねた全10曲が披露されることとなったが、全体を通して私が特に印象に残ったのは、リズム設定の妙味とでも言ったものであった。ユニットは、ルバートから2拍子、3拍子、4拍子に至るまで、ポルカ風やタンゴ風等々様々な曲想を持つ楽曲群をありきたりで型にはまった土壌とは異次元の空間で自由に揺蕩って行った。そんな変幻自在なリズム感の中で生まれ行く藤井氏のアコーディオンと田村氏のトランペットから発せられる哀切の響きと金子氏の力強いトーン、更には早川氏の強靭で野太い指捌き(この日早川氏が弾かれていたベースはなんと是安氏が使用されていたものだそう)の織り成しは、随所で異国情緒に溢れた趣きを帯び、それは私にはまるで放浪する旅回りの音楽一座の様な印象を色濃く受けることとなった。

今日披露された曲名の中には、バルセロナやブタベスト等の地名が含まれていたことも手伝ってか、私はここ東京の下町に居ながらにしておおいに旅情をかきたてられる、そんな思いもかけない時空を旅することが出来る音の連なりとの幸せな巡り合いだった。


#378 12月27日(水)

新宿PIT INN
http://pit-inn.com/
大友良英「 PIT INN 年末4デイズ」夜の部 The World Without Him (Peter Brötzmann Tribute)
大友良英(g) 永武幹子(p) 須川崇志(b) 落合康介(b) 本田珠也(ds) 山崎比呂志(ds)

いよいよ2023年のLALも大詰めを迎えた今宵、新宿PIT INNにて、最早同所ではこの時期恒例となっている大友良英氏の PIT INN 年末4デイズ(昼夜)8連続公演・二日目夜の部:The World Without Him (Peter Brötzmann Tribute)を聴いた。

大友良英(G) 永武幹子(P) 須川崇志(B) 落合康介(B) 本田珠也(Ds) 山崎比呂志(Ds)

当年6月惜しまれつつ82歳で逝去されたブロッツマン氏への敬意を表するステージに対して大友氏は、稀代の「策士」ならではと言おうか、敢えてサックスは入れずに、ベースとドラムを各々2台ずつ配置し、その間をギターとピアノのコード楽器2種で繋ぐという思いもよらぬアンサンブルを用意しただけでなく、そのいずれもに世代を超えた当代きっての人気、実力共に超一級の演者達を揃えてみせてくれた。実は過日、私は大友氏と会話していた際、「年末のこの時期によくもあれだけのメンバーを集められましたね?」の投げかけに「そうなんだよ、僕も皆に声をかけたら奇跡的に皆さんスケジュールが空いていてビックリしたんだよ」なんて一幕もあったのだが….。まあ、それはそうとして、話を前に進めよう。定刻19:30に客電が落ち今日の主役達がステージに居並び、以降少し長めの休憩を挟んだ2セットと満場のアンコールに応えた約2時間強のステージで見られた、各人が寂から轟に及ぶダイナミクス・レンジを自在に行き来しつつクリアーな残響の内に結実させた今宵の音場の光景は、さながら、(いささか唐突ではあるが)歌舞伎の世界になぞらえば、東西の主役級が顔を揃える師走の京都南座における吉例顔見世興行を想起させる豪華絢爛振りを見せた。

そこでは勿論のことながら、大所帯の編成にあっても大友氏ならではの緻密に考え抜かれたディレクションを色濃く感じさせられることとなったが、何よりも各演者の自発性に拠った伸び伸びとしたアンサンブルが際立っていた。今、まさにそこで生まれ行く囚われのない自由過ぎるアレンジメントにクリスマス・プレゼントとお年玉を同時に頂いた感を抱いたのは、決して私だけではなかっただろうと強く確信している。最後に、今宵のアンコールではO.コールマンの〈lonely woman〉が披露されのだが、その最終盤少し手前で緩やかな山崎氏のソロ・パートが展開されて行くと、最早待ちかねていたとばかりに須川氏が極く静かに弓を連ね、そこに更に永武氏が哀しげな和音を重ねて行く場面が訪れたが、これが何とも美しかった。両者は共に山崎氏とは今宵が初共演であり、実は私は密かにこのおふたりと山崎氏の絡みを期待していたのだが、その互いに活かしつつ活かされながらこの夜の物語の帰着点に向かおうとする在り方は、私個人的には、当夜の白眉と感じられた。そこでは、まさに世代を超えて大事な何物かが受け継がれて行っているという感を強くした。

尚、演奏中の写真は、ピットイン・スタッフのご厚意により撮影頂いたものを掲載しております。

#379 1月3日(水)

「湘南新道」
https://ja.wikipedia.org/wiki/湘南新道
第100回箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)

震災、航空機事故と痛ましい出来事が続いた令和六年正月三日目。自宅から約200mの「湘南新道」にて大正9年(1920年)の誕生以来100回目の開催となった箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)復路を観戦した。私にとっての「ライブ」は、何も音楽や演劇に限ったものではなく、「自らの信じる美を追究するという「志」に賭ける表現者が集う現場に自ら行動し、脚を運ぶこと」を指し、その意味では、時々刻々と移りゆく自然環境に対応しつつ一本の襷を共に繋ぐ仲間を信じ自ら最高のパフォーマンスを成し遂げようとするこの駅伝というスポーツ競技の観戦はまさに「ライブ」そのものであった。実は、私自身この地に暮らし20年の歳月が経つが、これまで年始参り等でなかなかタイミングが合わず、今日が二度目のナマ観戦となった次第である。まあそれらはそうとして話を前に進めよう。往路5区間・107.5km、復路5区間・109.6km、計約10時間超に及ぼうかという行程の中で、私が今日観戦したのは(「海から街へ」の)復路8区。平塚中継所以降霊峰不二を背に右手に相模湾を臨む国道134号線を駆け抜け、心臓破りの難所として知られる遊行寺の坂を経由して戸塚中継所に至る21.4kmの中間地点辺り。

遡ること午前8時。前日の往路を新記録タイムにて優勝を決めた青山学院大学と、続けて2.38秒後に前年の総合優勝校・駒沢大学が芦ノ湖を後にし旅路を急いだが、私は暫し自室の小さなTV中継に頼り戦線を見守ることに。

午前10時前。焦りが禁物の私は平塚中継所での襷リレーを見届けることなく急ぎ現場に直行。
現場に到着すると私の眼前に広がっていたのは既にヒト、ヒト、ヒト(特に走者側は遥か彼方迄)の光景だった。それでもなんとかランナーに近い側の側道の好位置をキープしその時を待つことに。
午前10時30分。周囲が俄かに色めき立ち始めた。いよいよライブの幕開けだ。
午前10時35分。遥か遠くにランナーの姿が。
迎える大歓声。迫り来るランナーの足音、眼前で間近に感じる走者の荒い息遣いと予想以上のスピードで駆け抜ける際の風切り音が続く。そうして僅か20分弱のステージの間で全校23人が去った後の現場に漂うどこか安堵感を伴う静けさ。ランナーは速く、美しく、そうして眩しかった。もの皆全てがまさにドラマティックでかつ清々しいLAL始めとなった正月三日昼前のひとときだった。以上は帰宅後とり急ぎ作文したものであり、最終的な順位は神のみぞ知る所であります。

尚、添付の走者写真には、日頃母校愛とは無縁の私も2年振り7度目の総合優勝を目指しここ迄1位でフレッシュ・グリーンの襷を繋いで来てくれた青山学院大学に敬意を表し8区走者・塩出翔太君(2年生)を中心に掲載しております。[伴走車(運営管理車)の助手席には(今年就任20年目となる)原晋監督の姿も]

#380 1月4日(木)

六本木・キーストンクラブ東京
https://keystoneclubtokyo.com/html/
eri_eri jammin’「新春・お年玉ライブ」:大野えり (vo) 清水絵理子 (p) 加藤真一 (b)+スペシャル・ゲスト:山口真文 (ts/ss) 原大力 (ds)

今宵は初訪問の六本木キーストンクラブ東京にて、eri_eri jammin’「新春・お年玉ライブ」を聴いた。

大野えり(VO)清水絵理子(P)加藤真一(B)+スペシャルゲスト: 山口真文(TS/SS)原大力(DS)

itayoN’eri(板橋文夫氏、米木康志氏との協働)による好評盤『Goodbye – WATARASE 』のVinyl化、と続けて松本治氏渾身のアレンジによる『Duke on the Winds feat..Eri Ohno』発表にて2023年を充実の内に締めくくったえりさんの近年のもうひとつの主戦場とも言えるeri_eri jammin’(私はお初)にいずれも芸達者なスペシャル・ゲストを迎え、そんな豪華過ぎる布陣を、更に破格のチャージ料金で(こちらは私にとってはあくまで副次的な理由ではあったが)お聴き出来るとあって、お屠蘇気分も抜けない中、都心部を目指したという次第。

果たして、ビートルズ〈come together〉で幕開けし、B.ストレイホーン(中には、「泥の中でこそ清らかな花を咲かせる」蓮に能登半島地震の被災者に対する想いを重ねた〈lotus blossom〉を含む)、C.パーカー作品等を連ねた後えりさんオリジナルに至った1st.セット。続く2ndセットはえりさんオリジナルでスタートしGigiグライス、D.エリントン、T.モンク作品等を経由してアンコールに応え世界平和を希求した〈what a wonderful world〉で締めた全13曲。久しぶりにお聴きするえりさんは緩急のいずれの局面においても相変わらず持ち味の小股の切れ上がった歯切れの良いヴォイス・コントロールの内に様々な感情の機微を巧みに織り込ませて行ったが、そこに今宵はサウンド全体に適度な余白を与えつつ重心の低さを維持し続けた手堅いリズム隊が加わり、更に加えて最早円熟の頂きにある真文さん(開演前の立ち話ではえりさんとのかなり久しぶりの共演にテナーに加えソプラノを持ち込んだとのことであったが)がゆったりとかつ力強く吹き込んで行くのだから堪らなかった。終始単なるご祝儀ユニットの枠を遥かに越えて、骨格のキッチリとした、至るところに隠し包丁の妙味も効いたまさに初春に咲いた豪華祝い重を想わせる音創りをご馳走して頂いた心持ちになった至高の宵だった。


#381 1月19日(金)

町田ニカズ Jazz, Coffee & Whicky Nica’s
http://nicas.html.xdomain.jp/
髙橋知己「Balladの夜」:髙橋知己 (ts) 加藤崇之 (g) 荒巻茂生 (b) 広瀬潤次 (ds)

遅まきながら今年初訪問となったお馴染みの町田ニカズにて、髙橋知己「Balladの夜」を聴いた。

髙橋知己(TS) 加藤崇之(G)荒巻茂生(B)〈私はお初〉広瀬潤次(DS)

今宵のギグに向けた同所元岡マスターによるSNS上には「知己が長年温めてきたfavorite song大特集、冬の抒情をお聴き下さい」のうたい文句が踊ったため、無類のテナー好きの私としては、何をさておき駆けつけたというのがことの次第。果たして、〈when sunny gets blue〉で幕開けし、アンコール代わりの〈it’s easy to remember〉で幕を下ろした今宵のステージではジャズ・スタンダード、知己さんオリジナル曲からエヴァンス/マイルス、モンク、ジョビン作品等々に至るまで多岐に亘る全10曲が披露されることとなったが、中にバラード調のゆったりとしたテンポ設定が多く含まれてはいたものの、そこは百戦錬磨の匠達の協働体、こちら客席を飽きさせないよう序破急を巧みに織り込む工夫を随所に効かせながら終始噛み応えのある「守り」ではなく「攻め」のバラードを描いて見せてくれた。20/8に古希を迎え、更なる円熟の途についた知己さんを堂々の主役に据え、いずれも芸達者な演者達を傍にそのバイプレイヤー振りを堪能させつつバンマスの真骨頂とも言えるバラード・プレイで音場を貫くことで全体として味わい深い名画に仕立て供しようとしたところには、日頃から名画座の館主を標榜する元岡マスターの面目躍如たる設えの妙味が強く感じられた。

更に付け加えて言うならば、本編の最終盤2曲では、最早我慢の限界となったか、「何か一緒に演れるのないかなあ?」と言いながらピアノの椅子に駆け寄る元岡マスターが居た。その姿に思わずヒッチコックの面影を重ねあわせたのは私だけではなかっただろうと思う。実に落ち着きのある寛いだ時の移ろひだった。

 

小野 健彦

小野健彦(Takehiko Ono) 1969年生まれ、出生直後から川崎で育つ。1992年、大阪に本社を置く某電器メーカーに就職。2012年、インドネシア・ジャカルタへ海外赴任1年後に現地にて脳梗塞を発症。後遺症による左半身片麻痺状態ながら勤務の合間にジャズ・ライヴ通いを続ける。。

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