Live Evil #50 「うた:さがゆきと沼尾翔子」
text & photo:Kenny Inaoka 稲岡邦彌
さがゆき「中村八大特集」
さがゆき(vo,g) 八木のぶお(harp)
中野 Sweet Rain 7月20日
遠藤ふみ (p)沼尾翔子(vo) 蒼波花音(as)
中野 Sweet Rain 8月2日
沼尾翔子(vo) 遠藤ふみ(p) 三嶋大輝(db) 林頼我(ds)
渋谷・公演通りクラシックス 8月8日
ごく短い間にふたりの女性ヴォーカルを聴いたメモ的感想。
打合せのアポのオプションの中から選んだのがさがゆきさんと八木のぶおさんの中村八大特集。アポの相手はランダムスケッチの大島さんで、大島さんといえば阿部薫本の出版で知られた人物なので、さがゆきさんのオプションが意外だった。さがさんと八木さんは昨秋の『中村八大楽曲集』(メタ)が好評で、その後ふたりで北海道を含む全国をツアーしているとのこと。八大さんの楽曲は、「八・六・九」六:永六輔/九:坂本九のトリオで知られた曲が多いが、梓みちよの<こんにちは赤ちゃん>から水原弘の<黒い花びら>までレパートリーは膨大。この日も、いろいろな歌手に書かれた曲が取り上げられたが聴き逃していた曲も多かった。さがさんはCDに収録できなかった曲を拾い出し独自のコードを考えていたら夜が明けてしまったとのことで、アーティストとしての良心に頭が下がる思い。さがさんの弾き語りを当意即妙に彩る八木さんのブルース・ハープが絶妙でまたたくまにジャジーな雰囲気を醸し出す。さがさんが演奏の間に挟むトークが八大さんの人柄を伝えて楽しい。この日はさがさんの<黒い花びら>と八木さんのハープを聴きただけでも満足。それと、ゴルゴンゾーラ・ソースのニッキョ。アンコールの<明日があるさ>のリフでリスナーを巻き込むあたりさがさんのエンターテイナーぶりはさすが。
さが+八木デュオの終演まもなく大島さんに「次。これね」と勝手に予約を入れられたのがこのトリオ。遠藤ふみさんと蒼波花音(あおなみ・かのん)さんについては本誌JazzTokyo「インプロヴァイザーの立脚地」で齊藤聡が取り上げていたので予備知識があったものの沼尾翔子さんは未知の存在。大島さんは最前列に陣取っており、どうやら沼尾さんのサポーターらしい。オーダーしたゴルゴンゾーラ・ニョッキをインターミッションで出しますと言われたので、当夜の雰囲気をなんとなく察知。沼尾さんのユニークな声色、語り口、沼尾さんにそっと寄り添う遠藤さんのピアノ、虚飾のない蒼波さんのアルトサックス。すべてが密やかで聴き手は息を潜め耳をそばだてて聴きにいく..。すべてオリジナルで、沼尾さんはシンガー・ソングライター的存在か。3人がそれぞれ曲を持ち寄ったというが、詩を沼尾さんが提供し、遠藤さん、蒼波さんが曲を付けたのか、新参者の僕には分からない。沼尾さんが紡ぎ出す言葉がどれもユニークで構築される世界はパステルカラー調で生活感から解き放たれ薄いヴェールに包まれているかのようだ。クリスティアン・ヴァルムールの『The Zoo is Far』(ECM)に通じると言ったら良いか。唐突に挟まれたジャズ・スタンダード<I’m confessin’ that I love you>で初めて生身の感情が吐露され、我に帰ることができた。しかし、それもどこまでも辿々しい愛の告白として。当夜入手したCD『Live at Ftarri – Lena』(Ftarri) を聴いてギターの弾き語りが本領だろうことを知った。
大島さんが仕事で参加できないというのでひとりで渋谷の「クラシックス」へ出かけた。リズムが加わったときの沼尾さんを聴いてみたかったからだ。渋谷駅から公園通りを経由してこの悪夢のような喧騒の中を彼女たちはどのように切り抜けて「クラシックス」へ辿り着くのだろうか。ドラムとコンバスはほとんどリズムのキープを放棄、ピアノがテンポと和音を引き受ける。ドラムはシンバルを中心に背景を点描していく。コンバスはベース・トーンを弾き出したりオブリガートを付けたりするもほとんど耳に届かない。沼尾さんの密やかな世界を慮るあまりバランスを取りあぐねているのか。2ndでバンドが機能し出した。コンバスが耳に届き出した。とくにヴォリュームが上がったわけではないのにバンドが突然息を吹き返した。圧巻は<野牡丹>。沼尾さんが歌詞から解放されてヴォイスが楽器と化し自由に動き出す。インタープレイを経てアンサンブルとしてファーアウトしていく。このバンドがこれほどのパワーを内在し、グルーブするとは..。今までのところ、楷書の魅力を楽しませてもらったが、歌詞の世界をオノマトペで拡張するようなレパートリーもあり、いろいろ楽しみなアーティストではある。