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Live Evil 稲岡邦弥No. 333

#52 「森山威男&山下洋輔」@ブルーノート東京

text & photo by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

「年内で休業」宣言をしたピアノの山下洋輔 (1942~) のカウントダウンが大詰めに近付き、12月18日(木)ブルーノート東京にドラムスの森山威男とのデュオを聴きに出かけた。
山下洋輔のピアノがステージ上手(かみて)に設置されており、これでは山下が観客に背を向けることになる。ピアノの構造上、通常、ピアノは下手(しもて)に置かれ、斜めに立てられたピアノの蓋に音が反響して客席に届くように配慮されている。同時にピアニストの横顔が客席から見えるようにもなる。ピアノが上手に置かれた場合、ピアニストの横顔が客席から見えるように設置するとピアノの蓋が音を遮断してしまうことになる。ピアノの音を蓋を反響版に使って客席に届けるためにはピアニストが客席に背を向けるように設置せざるを得ないのだ。
ここからは僕の憶測になるが、今夜の主役は去りゆく山下ではなく森山なのではないのか。限られた出演機会の1回を山下は森山に捧げたに違いない。そういえば、ブルーノート入口のサインボードも森山の名前が山下の上に表示されていた。そう考えると、森山がマイクを握ってトークで繋ぎながらプログラムを進めた演出にも納得がいく。森山は当初から感極まり声がうわずっているように聞こえた。森山は山下を師(メンター)として敬愛してきたことを告白した。クラシックを学んできた藝大を3年でスピンアウトしジャズの世界に飛び込んだものの西も東も分からない森山に声をかけ共演の機会を与えたのが山下だった。83年にトリオが解散するまでの17年間、森山のキャリアは山下と共にあった。プログラムは、ふたりが最初に音を奏で合った<バイ・バイ・ブラックバード>から始まった。次いで<クレイ>。当時絶大な人気のあったヘビー級ボクサー カシアス・クレイのフットワークを森山がリズム譜に起こし、山下がメロディを付けた。<クレイ>の名が僕の胸を締め付けた。73年、新宿のアートシアターで山下トリオを録音、オムニバスに収録したのが<クレイ>だった。トリオレコードの六本木の名ばかりの小さなスタジオに森山さんと坂田さんを迎えて4チャンネルからステレオにミックスダウンした。それ以来、半世紀ぶりにナマで聴く<クレイ>|訥々とした森山の思い出トークを交えながら<キアズマ><シャボン玉>奥さんに捧げた<ニタ><グガン>と代表曲が次ぐ次に演奏されていく。マイクをスティックに待ち変えた森山の迫力は半端ではない。絶好調とはいえない山下も煽られて思わず血圧が上がる。肘打ちこそ出なかったものの山下は持てる力を存分に発揮した。森山が両手のスティックを天高く放り投げてすべてが終わった。スタンディング・オベーションのなか、山下が一歩一歩楽屋に向かって歩を進める。森山がマーチング・ドラムで山下をステージに戻す。アンコールは<グリーン・スリーブズ>。森山がタオルで拭った顔の汗には涙が混じっていたはずだ。
僕は何度か山下さんと仕事の場を共有したことがあったが、彼はいつも紳士だった。ひとまずお疲れ様でした。(文中敬称略)

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。最新刊に訳書『キース・ジャレットの真実』(DU BOOKS)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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