Live Evil #34 「ワークショップ〜ゲスト:挾間美帆」
ワークショップ〜ゲスト:挾間美帆(ジャズ作曲家)
2018年5月2日(水) 18:00-19:30 国立音楽大学1号館 128教室 (合唱スタジオ)
text: Kenny Inaoka 稲岡邦彌
photo: Izuru Aimoto 相本 出
内容の概要
1)国立音大に運命変えていただきました
2)ジャズなのに作曲する矛盾
a) スケール/ハーモニーのアプローチ
b) リズムのアプローチ
3)ジャズ作曲家として作曲以外の活動がある
4)質疑応答
JazzTokyo(本誌)に掲載されたニュース「4/27, 5/02 国立音楽大学で、細川俊夫と挾間美帆が語る」を見て、悠雅彦主幹とふたりでおっとり刀で駆けつけた。現場でニュースの寄稿者JazzTokyoのコントリビューター神野秀雄に出会い、われわれが細川俊夫と挟間美帆の対談と想定していたのはまったくの勘違いで、挟間美帆の単独講義ということを知った。近年、コンテンポラリーの世界で活躍目覚ましいふたりの対談も(実現していれば)魅力的だったろうが、90分にわたる挟間の単独講義もそれはそれで非常に興味のある内容だった。彼女が、生い立ちからジャズ作曲家としてデビューするまでのキャリアと自身の創作の秘密までをあますところなく開示してくれたからだ。
勘違いは最初からあった。国立音楽大学というから国立(くにたち)に在るものだとばかり思い込んでいたところ、中央線立川駅からモノレールを使う必要があった。「玉川上水」駅を出たところで地元のお母さんに道順を聞いてキャンパスに辿り着く。立派な校舎に目を奪われる。まるでお上りさんの心境というところ。ここで、例えば、山下洋輔や本田竹彦、板橋文夫らが学んだのだろうか? 守衛さんに1号館の場所を尋ね、校舎の入り口で女子学生に合唱スタジオを確認する。経路を教えてくれたあと彼女の口から出た「ゆっくりお楽しみください」という言葉に心が和んだ。30分前に着いたスタジオのドアを開けると、聴講生の姿は見えず担当教官と思しき男性から「何のご用ですか?」と誰何される。ニュースには「一般聴講可」と書かれていたはずだが…。やむなくコーヒーでも飲もうと学食を探してみるが目に入るのは自販機ばかり、階下から学生のざわめきが聞こえてくるので学食かなと降りてみると数十名の学生が三々五々談笑するサロン風スペース。ここも自販機だけ、スポーツドリンクでとりあえず喉を潤す。
15分前にスタジオに戻ってみたが、聴講生はおらず挟間さんがひとりMacを前に資料に目を通している。入り口に用意された資料も10人分程度...。結局定刻に揃ったのはわれわれ部外者3名に聴講生5、6名、え、え、えっ!コンサートやクリニックを主催した経験からどこへ出かけてもまず集客が気にかかる。定刻を過ぎて聴講生が集まり出し、10分過ぎくらいがピーク。資料が足らなくなり担当官がコピーに走ったり。遅刻してぞろぞろ入場してきた聴講生はサロンにたむろしていた学生たちだ。NYから帰国した挟間美帆が母校で特別講義をするというのにこの後輩の態度に唖然とする。挟間の近年の目覚ましい活躍には疎いとしてもOGに対するリスペクトのかけらもないのか!結局、挟間が講義を始めたのは定刻をほぼ20分過ぎた頃だった...。
挟間の楽器の原点は、小学生の頃から習っていたヤマハのエレクトーンだという。エレクトーンは両手両足を使って1台でリズム、メロディー、ハーモニーを表現でき、さまざまな楽器の音を再現、弦、菅のアンサンブルのヴォイシングも可能。ピアノと違って音をサステインすることができ、その間、強弱をつけて表情の変化も可能、まさに一人オーケストラという意味ではピアノ以上の表現能力を持つ。挟間は小学生の頃からレコードで聴くオーケストレーションをエレクトーンで再現して楽しんでいたという。まさに、作・編曲家の原点エレクトーンにありだ。但し、音楽学校に入るためのピアノの習得にはそれなりに苦労したようだが。
ジャズへの入門は国立音大でたまたま耳にしたビッグバンドというからかなりの晩生だ。やはり、即興の自由さに心惹かれたという。「ジャズなのに作曲する矛盾」については、スケール/ハーモニー、リズム面からのアプローチを通じて解説する。ペンタトニックの説明で日本音階や沖縄音階とジャズとの親和性をかなり強調していた。ジャズで多用され挟間も常用するコンビネーション=ディミニッシュト・スケール(減七の重層)は、メシアンの理論に依拠すると聞いたが正しい理解だろうか。このあと実例として自作やジム・マクニーリの音源が再生される。挟間はマンハッタン音楽院大学院 (ジャズ作曲専攻) に学んでいるが、最初の1年間は語学の能力が足らず講義を理解できず、英語を学び直したと告白したが、この正直な告白が生徒を怖気つかせたか安心させたか..。何れにしても成功者の弱点を耳にして勇気を得られたのではないだろうか。挟間は目標とする作・編曲家としてグラミー受賞者でラージ・アンサンブルを中心に活躍するマリア・シュナイダーを挙げたが、彼女の時にはポップでさえある新鮮な響きは挟間のそれにも相通じるものがある。マリアの師であるギル・エヴァンスの手法をさらにソフィスティケートさせたと言ったら良いだろうか。
挟間を世に送り出したのは国立音大OBの山下洋輔とのコラボレーションに拠るところが大きいようだが、その山下に挟間を推薦したのは同じく国立OBの作・編曲家栗山和樹だという。自作のピアノ協奏曲のオーケストレーターを探していた山下は挟間へのテストとして山下とセシル・テイラーのデュオ演奏のオーケストレーションを課したというからその突飛な発想に驚き、感心した。今年(2018年)の2月、東京オペラシティ・コンサートホールで山下洋輔《RETROSPECTIVE》というコンサートがあった。1部が挟間の新作初演と山下のピアノ協奏曲第3番、2部が同第1番である。完全に色分けされた1部と2部の表情の差に固唾を飲んだ。隅から隅まで狭間の色に染め上げられた1部。かといって極端な色遣いがあるわけではなく、むしろ洗練を極めた水彩画の印象と言ったら良いのだろうか。当然、山下のピアノが際立つはずなのだがその山下が感情をセーヴしているようにさえ聴こえる不思議。がらりと表情が変わった栗山和樹オーケストレーションによる2部。ヴェテランらしくツボを押さえた作法でエンタテインメント性さえ垣間みえる。山下もリラックスした表情でお約束のカスケードやエルボウ・スマッシュをサービスする余裕。
講義の最後は変拍子について。アルメニア出身のティグラン・ハマシアンとアルゼンチンのギレルモ・クラインを取り上げ、チャートと音源で解説。NYで生活する理由として、たとえば、人間業とは思えない複雑限りない変拍子に基づいた彼らのような演奏に気軽に触れることのできる場であることを説明。70年代のロフトジャズからフュージョンまでジャズ・シーンの変遷をNYで目撃してきた身としてそれは充分に納得のいく理由として聞いた。
30名ほどの聴講生のなかで「ジャズ科の学生は?」と問われてひとりしか挙手しなかったのは何故だろう。