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特集『JAZZ ART せんがわ』特集『ピーター・エヴァンス』Live Evil 稲岡邦弥No. 246

Live Evil #38 Jazz Art せんがわ 2018

text & photo by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

2018.9.16(日)調布市せんがわ劇場

■16:30~18:00 Quebeck/Japan プログラム

ルネ・リュシエ・クインテット
ルネ・リュシエ Renè Lussier (guitar, daxophone,composition)
ルツィオ・アルトベリ Luzio Altobelli (accordion)
ジュリー・ウル Julie Houle (tuba)
マートン・マデルスパック Marton Maderspach (drums)
ロビー・キュスター Robbie Kuster (drums)

原田節 x 巻上公一
原田節(オンド・マルトノ)
巻上公一(テルミン)

中山晃子:Alive Painting

■19:30~21:00 藤原清登ディレクション

坂田明 x ピーター・エヴァンス x 藤原清登 x レジー・ニコルソン x 藤山裕子

ピーター・エヴァンス Peter Evans (trumpet)
藤山裕子 (piano)
レジー・ニコルソン Reggie Nicholson (drums)
坂田明 (alto-sax, percussion)
藤原清登 (double-bass)


11年目を迎える「JazzArtせんがわ」。毎年、気を惹かれるプログラムが目白押しで期間中は終日仙川に居座っていたいぐらいなのだがそうもいかず、今年は最後の2公演を聴くにとどまった。それでも内容は極めて濃密、充実しており、このイベントならではの刺激と興奮で頭がくらくらするほどだった。
ベテラン・ギタリスト、ルネ・リュシエを中心にモントリオールで活躍するミュージシャンたちの演奏。このプロジェクトのために2年近く定期的に演奏を続けてきたというからワークショップのような形態なのだろう。ギターとアコーディオン、チューバにツイン・ドラム(ひとりはパーカッション的な演奏)というユニークな編成で、映画音楽やシャンソンを含むさまざまなフィールドで活躍するリュシエのキャリアを反映した作品がアンサンブル、ソロ、コレクティヴ・インプロヴィゼーションと刻々場面変化しながら展開されていく。基本になるリズムが脱輪的でヘヴィな演奏がつねに諧謔味を帯びるのはやはりフランスと通底するケベック州ならではだろうか。それぞれが実力者だがなかでも紅一点の女流チューバ奏者ジュリー・ウルのパワフルな演奏には度肝を抜かれた。

原田節のオンド・マルトノと巻上公一のテルミンのデュオ。ふたりともそれぞれの楽器の第一人者と目され、巻上のテルミンは何度か聴く機会があったが、オンド・マルトノの実演に接するのはこれが初めて。両方の楽器とも最初期の電子楽器で、高周波を操作して演奏するという点では共通しているが、オンド・マルトノは鍵盤を有しているのに対し、テルミンは両手を空中にかざして音高や音量を操作する違いがある。その奏法の違いが音楽の違いとなって現れ、深遠かつ幽玄ともいえる雰囲気を醸し出すオント・マルトニに対し、テルミンはややSE的な表現とならざるを得ない。しかし、空中を自在に舞う両手のビジュアル効果は抜群でマルチ表現者たる巻上はその効果さえ活用していたように見えた。ますます高度化されていくデジタル楽器の中にあって、きわめて”アナログ的な” オンド・マルトノとテルミンの勇気ある共演は、JazzArtせんがわならではの企画に違いない。ちなみに、オンド・マルトノ、テルミンはそれぞれフランス人とロシア人の発明者の名前である。アンコールとして、両者とクインテットの共演があった。

この部ではもうひとり影の出演者がいた。Alive Paintingの中山晃子だ。中山はオペレーションは客席背後で作業していたため観客の目には触れ難くかったが、作品はステージ後方のホリゾントに大きく鮮やかに投射され時には出演者以上に目を引いた。中山の技法はおそらく透明なガラス板の上にさまざまな粘度の絵の具を垂らし何らかの方法で絵の具を動かしながら(つまり抽象画を描きながら)OHPを使ってホリゾントに投写しているのではないだろうか。演奏者はホリゾントを観ることはできないので、中山がひとり演奏者の音楽を聴きながらそれに反応して絵を描いていることになる。リスナーは時には見事なハーモニーを、また時には思いがけない音楽と映像のアンビバレンスを楽しむことになる。この共演を観ながら僕はかつてのサムルノリと黒田征太郎のライヴ共演を思い出していた。野外のステージだったが、用意された5枚のキャンバスは巨大で、サムルノリのあの超人的な演奏に伍し、黒田はいくつものバケツに溜めた絵の具を大きな筆でキャンバスに塗りつけていった。それはまさに一瞬の体力勝負で、みるみるうちに大きなキャンバスにアブストラクトな絵が描かれていくのだが、黒田は描き上がった絵を黒田は惜しげも無くまた塗りつぶしていき、新しい絵を上書きしていくのだった。

夜の部は、NYダウンタウン・シーンから送り込まれた狙撃者ピーター・エヴァンスのトランペットとピッコロ・トランペットのソロ演奏で幕を開けた。この狙撃者はしかし昨年のこのイベントに登場したサックスのクリス・ピッツィオコスに共通する資質を持つスナイパーであった。修行者のごとくインテレクチュアルかつストイックな佇まいのなかに貪欲なまでの探究心を秘め己の楽器を極め尽くし成果を寸分の迷いや狂いなく発揮する。ピーターの演奏は、マウスピースと3本のバルブしかないトランペットという楽器の構造を物理的、工学的に極め尽くし、五体(とくに、肺、気道、鼻腔、唇、舌、指)とマイクを駆使して表現の限りを尽くす驚異的なものであった。クラシックの世界であればさらに優美な音で複雑、難解なパッセージを超速で吹き切るトランペット奏者は五指に余るだろう。しかし、ピーターの技法と奏法には既知のあらゆる手法を超えたオリジナリティが含まれていた。そのエヴァンスが今年のこのイベントのトリを務めた藤原清登ディレクションでは存在感が際立っていたとはいえず、残念な気がした。同じくNYのダウンタイン・シーンに身を置くピアノの藤山裕子とドラムスのレジー・ニコルソンは初めて聴く奏者たちで、クラシカルかつコンテンポラリーな楽想の藤山に対するジャジーで懐の深いニコルソンのドラミングのコントラストが興味を惹かれた。
2012年のミラノ「Japzitaly」での共演以来、何度かの共演を経てますます緊密、深化をみせる坂田明と藤原清登の2トップとNYダウンタンシーンから登場のトリオで編成されたクインテット。譜面のないコレクティヴ・インプロヴィゼーションを中心に随時それぞれのソロがフィーチャーされる展開は音楽の流れを読み、コントロールできる手立てが揃っている証拠。イベントの最後を飾るにふさわしいフリージャズの王道を楽しんだ。

最後の挨拶に立った総合プロデューサーの巻上公一から衝撃の事実が告げられた。せんがわ劇場の所有者である調布市がせんがわ劇場の管理運営に指定管理者制度の導入を検討しており、導入が実現した場合、管理運営は第三者法人に委託され、「JazzArtせんがわ」は中止される可能性が強い、とうのだ。指定管理者制度の導入の目的は色々考えられるが、一般的には市の職員の削減と経費の削減とみなされることが多い。施設の管理運営を委託された法人は独立採算性を目指して「経営」するため、いきおい、採算性より市民の民度貢献を優先させる芸術的、文化的自主イベントは淘汰されがちになる。「JazzArtせんがわ」の公式サイトを閲覧すれば明らかなように、「JazzArtせんがわ」は調布市を始め文化庁、東京都、独立行政法人からの助成金を得て成立している。チケット収入だけでは支出をカバーしきれないからだ。われわれ観客は毎年提供されるおそらく日本でもっともアーティスティックでクリエイティヴな(芸術的で創造的)イベント「JazzArtせんがわ」を当たり前のように貪るように楽しんできた。カナダとの提携も始まり、まさかこのイベントが中止されるなどとは想像だにしなかった。しかし、現実は巻上公一総合プロデューサーが危惧する(当夜、藤原清登、坂本弘道両プロデューサーもステージで危惧と無念の想いを共有した)状況にある。関係者だけではなく、われわれメディア、観客もこぞってこの稀有なイベントを存続させるべく声を上げ講じるべき手段を講じなければばならない。

上の写真は終演後聴衆に「JazzArtせんがわ」の存続協力をアピールするプロデューサーたち。左から、総合プロデューサーの巻上公一、プロデューサーの藤原清登と坂本弘道。「JazzArtせんがわ」の成功の一因は、このプロデューサー・システムを採用したことにあると思う。出自とキャリア、活動のフィールドが異なる3人のプロデューサーが独自性を保ちながらも協力しあってひとつのイベントを創り上げてきたのだ。ひとまず、素晴らしい音楽をありがとう。お疲れ様でした!

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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