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Live Evil 稲岡邦弥No. 255

Live Evil #40「崔善培 チェ・ソンベ Japan Tour 2019」

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
photo by Kaya Chikasawa 近澤可也 & Kenny Inaoka 稲岡邦彌

2019.6.27 白楽・Bitches Brew
崔善培 trumpet, harp, etc
香村かをり Korean percussions
大友良英 guitar

2019.6.29 渋谷・公園通りクラッシクス
崔善培 trumpet, harp, etc
香村かをり Korean percussions
梅津和時 sax, clarinet
新井陽子 piano
風巻 隆 percussion


今回の来日は崔善培(チェ・ソンベ)師にとって15年ぶりだと言い、僕にとっては34年ぶりの再会となった。初来日は1985年の「TOKYO MEETING 1985」で、トランペッターの近藤等則と当時僕が勤務していたユニコムが共催した。出演は近藤等則のバンド「IMA」と韓国のスーパー・パーカッション・グループ「サムルノリ」、それに「サムルノリ」リーダー金徳洙(キム・ドクス)が推薦してきた姜泰煥(カン・テーファン)率いるトリオの3グループだった。崔善培師は、アルトサックスの姜泰煥、パーカッションの金大煥とともにトランペッターとしてトリオの一角を担っていたのだ。この「姜泰煥トリオ」は即興を中心とする“フリー・ミュージック”だったが、昭和記念公園や東映撮影所で彼らの演奏を聴いたり、FM放送を通じて耳にしたミュージシャンや音楽関係者の強い関心を喚起し、その後、三者がそれぞれ個別に来日しさまざまな活動を展開していくことになった。そのなかで書家としても一家を成した金大煥師は2004年、惜しまれながらも天命を終えた。FM放送を通じて彼らの演奏に激しく共感したひとりに岡山県防府市でChapChap Musicを主宰する末冨健夫がいる。彼は、自ら録音した音源のみに限らずn日本に遺された彼らの演奏の軌跡をCDやLPを通じて日本のみならず世界に向けて紹介してきた。崔善培師についていえば、末冨は2008年に崔師を単独で招聘しソロ演奏を録音、自身のレーベルからソロ・アルバム『自由』を発表している。加えて、2015年にはユニバーサル・ミュージックから埋蔵音源発掘シリーズ「Free Jazz Japan in Zepp ちゃぷちゃぷ」 の一環として1995年の新宿PitInnでのライヴ演奏を『崔善培カルテット/ザ・サウンド・オブ・ネイチャー』(崔善培tp、梅津和時as、井野信義b、小山彰太ds)としてリリース。近年では、2018年にリトアニアのNoBusiness Recordsから1995年の六本木ロマニッシェス・カフェでの演奏を『崔善培カルテット/アリラン・ファンタジー』(崔善培tp、広瀬淳二ts,ss、吉沢元治b、金大煥perc)をリリースしているが、これは2017年の沖至tp、井野信義bとのトリオによる『Kami Fusen(紙風船)』に続く2年連続リリースの快挙であった。他に、横濱ジャズプロムナードに出演した記録もあるが、テープの音質の問題で公表は保留になっているようだ。
さらにいえば、末冨の関心は姜泰煥と金大煥にも及んでおり、姜泰煥については崔善培に先んじて『姜泰煥』『姜泰煥/ Solo, Duo,Trio』(共にユニバーサル・ミュージック。ネッド・ローゼンバーグと大友良英とのセッション)に加え、NoBusiness Recordsを通じてソロ『姜泰煥/Live at Cafe Amores』と高田みどりと佐藤允彦とのトリオによる『Ton-Klami』を発売している。多数の音源を抱える金大煥についてはおいおい陽の目をみることになるのだろう。

さて、今回の15年ぶりの崔善培師の来日はかなり特殊な事情による。つまり、韓国に留学、伝統打楽器を習得し、サムルノリの弟子と認められた香村かをりが私淑する崔善培師を自らのリスクで招聘したのだ。15年の不在を埋める手助けを申し出た香村に、師はセッションの経験の浅い彼女に快く胸を貸す形で応じたという。
6月27日、来日初日、ソウル発の便が数時間遅れ成田を発った彼らが白楽のBitches Brewに到着したのは開演に1時間強を残す間際だった。もっとも共演の大友良英gがNHKの仕事を終え駆け込んできたのはさらに数十分後だった。ちなみに大友はすでに姜泰煥、金大煥との共演歴があり崔善培師がトリオの残された最後のひとりだった(姜泰煥との共演の記録は上記のユニバーサル・ミュージック発売の2作に残されている)。崔師は「気息」を多用したトランペット演奏の他に(「気息」については6/29の公演で詳述)、水を張ったバケツに朝顔を浸したり、マウスピースに繋げたビニールチューブを回転させたりという古典的なパフォーマンスを見せたが、今ひとつ精彩を欠き、大友に演奏を促す場面が何度か見られた。なかでも、促された大友がイントロからインテンポでバックを用意し香村もパーカッションで付けたものの崔師は何度かトランペットを構えながらもついに1音も発することなく大友はデイクレッシェンドしながらエンディングに持ち込まざるを得なかった。「何かメロディを!」という席亭の唐突な要求に応えてハープ(ハモニカ)に持ち替え切々と<アリラン>を吹いて見せたが、日本風に言えば後期高齢の身、ソウルからの乗り打ちはやはり堪(こた)えたのだろうか。その崔師が突然息を吹き返したのが次のシーン。満を持していた香村かをりが両手にバチを持ち本命のチャンゴでフィモリを叩き始めたのだ。サムルノリ直伝のギャロップ。徐々にテンポアップするチャンゴに大友も必死でカッティング(ダウンストローク)で合わせるが、微妙なズレが絶好のグルーヴを生み出す。地の騒ぎを覚えた崔師のトランペットが鋭さを増し、スペース全体が細かく揺れ当夜のクライマックスを迎えた。ベテランのライヴ通、小野健彦さんは自身のFacebookに次のように綴っている;トランペットから発せられる一音一音のスピードは鋭く早く、密度の濃い熱量が徐々に静かに店内を満たして行く。一方で、もう少し攻めてくれれば良いのにと思わせる場面も散見されるが、そこはすかさず、ハーモニカにスイッチして、アリランなど、半島の風を呼び込んだのは、経験に裏打ちされた場の空気を瞬時に察知する即興表現者の巧みな技と言えた。総じて、単に心地良いだけの音場創りを棄てる自信と勇気を以って、気を発した同士がぶつかることで稀有な火花が散った。

photo by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

さて、1日おいた6月29日、渋谷・公園通りクラシックで見た崔善培師はジャケットにネクタイで決め、休養充分、体調も万全な様子がうかがえた。1部は、4人がそれぞれ、梅津、香村、新井、風巻の順にひとりずつ崔師と相対する形が取られた(後で知らされたのだが順番はジャンケンで決められたとのこと)。崔師は共演経験がある梅津と香村を含め4人とまったく同じスタンスで対峙したのだ。つまり「気息」の援用である。パーカッショニストの風巻隆が翌日知人の演劇人・関谷泉さんのFacebookに書き込んだところによると;崔善培さんの1部の演奏は、トランペットという楽器の管の中を息が通り抜ける「息の音」といったものでした。本来なら唇の振動を音にする楽器なのに、唇の振動を最小限に抑えて、息や声を吹き込んでいく、「気息」と呼ばれる演奏法。この演奏法はとてもセンシティヴで、コントロールも難しく、また音量も大きくはできないので、それを全面展開するのは至難の技かと思うのですが、今回の1部の演奏は、ずっとその姿勢を貫いていました。梅津が崔師を煽るような場面もあったが崔師は泰然自若、ストイックな姿勢を貫き通した。結果として緊張感を強いられたこの1部は一般のリスナーにとってはかなり難解と映ったようだが、感覚を刺激されたアーチストにとってはむしろ心地よく、開かれた空間を自由に浮遊したようだ。2部は崔師と梅津、香村のトリオ、崔師と新井、風巻のトリオ、そして最後に全員がステージに顔を揃えた。2部では共演者同士のインタープレイが一般リスナーも共有できる空間を造ったが、風巻の定則で打ち付ける強力な打撃音に緊張感を強いられ刺激的だった。全員合奏では資質の違うふたりのパーカッショニストの共演に関心が向いたが、香村の演奏に耳を傾けていた風巻がやがて香村の叩き出すフィモリに和し出し全員のクライマックスを現出させた。そのさまは初日に香村が大友を巻き込んでいった、あるいは香村に合わさざるを得なかったという民族音楽の強靭さを思い起こさせた。アンコールは、崔師のハープ(ハモニカ)ソロで<Old Friends>、先に旅立った6人の音楽仲間たち、高木元輝sax、吉沢元治b、金大煥perc、副島輝人(評論)、片山広明sax、齋藤徹bに捧げられた。なお、当夜の模様を非常に詩的なコメントで綴った表現者のひとり関谷泉さんのFacebookから以下を引用させていただくことをお許し願いたい;鼓動よりも僅かに重く速い音。剥き出しの心臓に耳を押し当てたような驚きのなかで、崔善培さんのトランペット演奏は始まった。空気は穿たれ、雨の向こうの星あかりが見えるようだ。そして瞬時の静寂のなかで響きわたる哀愁に満ちたハモニカのメロディー。コラボするメンバーたちも凄い。色とりどりの光の吹き矢、波しぶきが会場に満ち溢れるのが目に見えるようだ。その場に体を丸ごと投げ出しているというか、囚われのない香村かをりさんの演奏にも驚いた。それは風巻隆さんや新井陽子さん、梅津和時さんも同じで、他者との探り合いのなかで、自分の音を出していくようなコラボとまったく異なる。放たれている。そんなイマココの出会いのなかで、見たこともない波動や空まで届く音を響かせた風巻隆さん。風巻さんがFBに連続して書いている「即興ノオト」は、音楽以外の表現者も考えさせられるところが大きい。
ツアーはその後、下北沢『Lady Jane』、横浜『First』と続き、それぞれの場所でそれぞれの共演者と新たな音楽を生み出していったとのことだが、とくに楽日だった防府市での崔師、香村かをり、尺八の川口賢哉によるトリオが「トリオ結成〜レコーディング」を期待させる出来だったと主催者の末冨健夫の大興奮ぶりが伝わってきている。
*なお、ツアーの詳細に関心のある読者はFacebook「崔善培チェ・ソンベJapanTour 2019」を参照ください。

photo by Kaya Chikasawa 近澤可也

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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