Live Evil #42 自動演奏で「歴史的ピアノ名演奏を聞く」
text : Kenny Inaoka 稲岡邦彌
photo : Mitsuhiro Sugawara 菅原光博
2019年9月15日(日)
ピアノプラザ群馬・スタインウェイセンター SPIRIOラウンジ
企画・解説・選曲:夏目久生(サクラフォン代表)
企画サポート:松原 聡(ピアノプラザ群馬)
1.大作曲家の自作自演
エドヴァルド・グリーグ:トロウドハウゲンの婚礼の日
ピエトロ・マスカーニ:オペラ「カワレリア・ルスティカーナ」より前奏曲とシチリアーノ
フリッツ・クライスラー=セルゲイ・ラフマニノフ編曲「愛の喜び」「愛の悲しみ」
アレクサンドル・スクリャービン:ピアノソナタ第3番 Op.23嬰へ短調、他
2.歴史的ピアノの巨匠による演奏
フランシス・プランテ:ショパン「華麗なる大ポロネーズ」 Op.22
ヨーゼフ・ヴァイス:J.シュトラウス2世=ヴァイス編「ワルツ:南国のバラ」、他
このところ縁あって高崎詣でが続いているが、「高崎は音楽文化都市」というふれ込みを再認識しつつある。それを象徴するのが高崎芸術劇場の完成である。総工費200億で、2030席の大ホール、413席の音楽専用ホールに1000人収容のスタジオシアターを備える。9月20日の大友直人指揮群響によるベートーヴェンの交響曲第9番のこけらおとしに始まり、内外のクラシック、ジャズ、ポップスの著名アーチストの公演が目白押し。密かに楽しみにしていたラルフ・タウナーのギター公演は高崎のみでとんぼ返りという贅沢さである。
今回ぼくが訪れたのは「スタインウェイセンター高崎」である。2009年にアジアで初めて設立されたスタインウェイのセンターで、“最高峰のピアノを同じ場所で同時に試弾できる”国内唯一の施設でもあるという。そのオーナーであるピアノプラザ群馬(日本ピアノホールディング)が創業45周年記念特別イベントの一貫として組まれたのが、この〜歴史的ピアノ名演奏〜を聴くセッションであった。企画を担当したのは、有数のピアノロールのコレクターであり、クラシックのアーカイヴのCD化で知られるサクラフォン代表の夏目久生氏。一私企業の周年記念イベントとはいえ、音楽史の一部に新しい光をあてる重要な意義を持っている。
会場には、スタインウェイのロール式ピアノ (1916年製)、ヤマハ・ディスクラヴィア、スタインウェイSPIRIOが設置され、時代を追って、それぞれピアノロール、MIDIファイル、ハイレゾ・データにより歴史的名演を自動演奏で楽しもう、という趣向である。当日の目玉は夏目氏所蔵の貴重なピアノロールによる自動演奏で、グリーグに始まりマスカーニ、ラフマニノフ、スクリャービンなどの自作自演と、プランテ、ヴァイスなどの歴史的巨匠による演奏の再現であった。これらの演奏を通して確認できた重要な事実は、自作曲の演奏に当たって作曲家たちがテンポ、表情などをかなり自由に変えていること、と夏目氏は指摘する。つまり、ロール式ピアノで歴史的演奏を再現することは決して懐古趣味ではなく、文字通り“温故知新”、過去の演奏を聴いて新しい事実を知ることにある、ということだ。シンフォニック・ジャズ系からはジョージ・ガーシュインの〈アイ・ガット・リズム〉が再現されたが、ガーシュインの自作自演集はCD化されており、ぼくも何度か耳にしている。ジャズ系の音源はむしろスタインウェイの最新自動ピアノSPIRIOにあるということで、エリントン、モンク、ビル・エヴァンスを視聴することができた。SPIRIOはビデオ映像をデジタル解析し、映像と音声をハイレゾ・データ化、モニターで映像を見ながらスタインウェイで自動演奏させる、というIT時代ならではの新しいピアノの活用法の提案である。中間にあるヤマハのディスクラヴィアは、音源をMIDIファイル化し、ピアノを自動演奏させるというデジタル技術を援用した手法である。
ディスクラヴィアが開発された当初、ぼくもヤマハの委託を受けジャズ・ピアニストの板橋文雄さんにスタンダードを何十曲かアレンジしてもらったことがある。その後、ホテルのラウンジや介護施設でこの自動ピアノを目にすることがあった。
自動ピアノの流れを体験する機会を得たが、それぞれがそれぞれの役目を負っており、機能的にはスタインウェイSPIRIOが自動ピアノの究極の形であるのかもしれないという印象を持った。
本号更新時に高崎芸術劇場の総工費を600億円とレポートしましたが、事実は200億円との指摘を受け然るべく修正いたしました。誤記をお詫びいたします。編集長 稲岡邦彌