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Live Evil 稲岡邦弥No. 258

Live Evil #43「下丸子Jazz倶楽部300回記念 Happy Birthday Concert 」

text & photo: Kenny Inaoka 稲岡邦彌

2019年9月21日 17:00
大田区民プラザ大ホール

Jazz Legend Super All Stars
五十嵐明要 (a.sax) 原田忠幸 (b.sax) 細野よしひこ (gtr) 秋満義孝 (pf) 稲垣貴庸 (drs) 荒川康男 (b)
Modern Jazz Giants
海老沢一博 (drs) 深井克則 (pf) 坂井紅介 (b)
スペシャルゲスト:Geila Zilkha ギラ・ジルカ (vo)
Latin Jazz Activity Stars
森村 献 (pf) 伊波 淑 (perc) 藤井 摂 (drs) 小泉哲夫 (b) 本田雅人 (as)
スペシャルゲスト:今陽子 (vo)
伊波秀進&ザ・ビッグバンド・オブ・ローグス(東京キューバンボーイズJr)
     伊波秀進 (cond)

手元に「下丸子Jazz倶楽部 300th “Swinging” Story」と題された小冊子がある。A4判フルカラー48ページ。公益財団法人 大田区文化振興協会の挨拶に続いて、伊波秀進さんと瀬川昌久さんの Talk Session「冒険を続けていく」が始まる。おふたりがこの300回続いた「下丸子Jazz倶楽部」の立役者。伊波秀進(いば・ひでのぶ)さんが制作を担当、瀬川昌久さんが監修を続けてこられた。瀬川さんはぼくらの大先輩で、95歳で現役バリバリのジャズ評論家。日本人で唯一バード(チャーリー・パーカー)の演奏を生で聴いたジャズ関係者として貴重な存在だが、ビッグバンドの第一人者として知られる。ロビーでお見かけしたのでご挨拶したら、「足をお運びいただき、ありがとうございます」と返された。根っからのジェントルマンである。ぼくが現役の頃、旧富士銀行の岩佐凱実頭取の通訳兼秘書をされていた。伊波秀進さんは初めてなので、協会の広報担当進士恵美さん(そもそも今回の取材は、進士さんからJazzTokyoに届いた1本のメールから始まっている)に紹介願い、リハーサルの合間を縫って話を伺う。ビッグバンドとの付き合いは山野楽器勤務時代、今に続く「山野ビッグバンドジャズコンテスト」の企画者というから筋金入りだ。山野を退社後、「社会人のビッグバンド “ザ・ビッグバンド・オブ・ローグス”を結成、しばらくたってから東京キューバンボーイズの見砂直照さんのコーチを受けられるようになり、やがてメンバーの参加に発展し...。最終的には、“東京キューバンボーイズ Jr.”の名前とスコアを授かりました」。「区民プラザとの付合いは東京ユニオンのリーダー高橋達也さんの紹介です。地元と密着したライヴ・シリーズにしようとあえて“下丸子Jazz倶楽部”というローカルなネーミングにしました。区民の皆さんの熱い支持を得て月例ライヴが300回を迎えることができました」。伊波さんがリハで席を外したあと、小冊子の編集を担当した協会の係長内藤妙子さんに話を伺う。「編集はジャズ評論家の原田和典さんに協力していただきました。キモは初回からの全プログラムの掲載でした。この資料は協会にも保存されておらず、ファンの木村ケンイチさんから提供いただきました」。指定管理者制度導入により今年から行政が主催から外れ会場費以外は自前のイベントとなった「JazzArtせんがわ」を念頭におきながら、採算性について尋ねてみた。「大田区民プラザも指定管理者制ですから採算は厳しいですが、幸い大田区がこのイベントの区民に対する貢献度を評価、主催を続けてくれていますので300回継続することができました」。毎月1回、小ホールに長テーブルを並べ、200人ほどの観客が売店で購入した飲食を口にしながらトップクラスのジャズを身近に楽しむ、そのイベントが26年間、300回続いた、これは行政がらみの地域イベントとしてはほとんど奇跡に近い事例ではないだろうか。そこには初回から300回変わらぬ情熱を傾け続ける企画制作の伊波秀進さん、監修の瀬川昌久さん、その尽力に応えるファンの支持と行政の助成、この4つのファクターが有機的に相乗効果を発揮しつづけているのだ。

今日は毎年大ホールで行われる周年記念のHappy Birthday Concertで、しかも高橋達也メモリアルの300回記念という大一番。上掲のように時代を追うバンドが出演する3部構成。そして3部を通して出演するのが結成52年目になる伊波さんのビッグバンド、The Bigband of Rogues(rogueは、腕白小僧の意味)。
第一部 “Jazz Legend Super All Stars” は、文字通りレジェンドたちのステージ。トリオからカルテット、セクステットとメンバーが増えていき、最後はビッグバンドをバックに五十嵐明要のアルトと原田忠幸のバリトンの2管をフィーチャーした〈ポルカドッツ&ムーンビームス〉やギターの細野よしひことラテン・パーカションをフィーチャーした〈スペイン〉で大いに盛り上げた。ベテランの寛いだ演奏に始まり華やかなラテンまで第一部の中だけでも巧みな演出を見せてさすがだ。
第二部は “Modern Jazz Giants” で現役バリバリのトリオにヴォーカルのギラ・ジルカが加わり、後半はビッグバンドとの合同という趣向。ピアノ・トリオによる〈セント・トーマス〉でスタートしたが、聴きものは存在感抜群のギラ・ジルカのヴォーカルだった。出自を明らかにしたイスラエル民謡〈ハヴァ・ナギラ〉のスケール感の大きな演唱で観客の心を鷲掴みにし、オリジナルを挟んで〈サマータイム〉や〈キャラバン〉を熱唱したが、なかでも〈サマータイム〉での坂井紅介のベース・ソロ、〈キャラバン〉での海老原一博のドラム・ソロは耳の超えたファンも納得の圧巻の出来だった。
さて、第三部 “Latin Jazz Activity Stars”。東京キューバンボーイズ Jr.を名乗るザ・ビッグバンド・オブ・ローグスと伊波秀進さんがクライマックスを演出する。アルトの本田雅人は追加ゲストとなっていたが、第三部のソロではピカイチだった。モンクの〈アイ・ミーン・ユー〉やデックスのバップ曲でスピード感に溢れ切れ味の鋭いソロを展開、まるで21世紀のバード(チャーリー・パーカー)を思わせるような快調ぶりだった。ヴォーカルのゲストは今陽子。大ヒットした〈恋の季節〉で一斉を風靡したが本来はジャズ歌手を目指していたそうだ。〈スイングしなけりゃ意味ないよ〉や〈キャラバン〉などをスキャットとミュージカルで鍛えたステップを踏みながらステージ狭しと歌いまくった。

最後のクライマックスは伊波ジュニアのパーカッショニスト伊波淑が観客に手拍子でキューバのリズム、クラーベを要求。驚いたことにシニア中心の観客がほとんど全員、苦もなくクラーベを打ち出し、そのリズムに乗って演奏が始まる。そうか、伊波さんは、自分のビッグバンドだけでなくお客さんも鍛えていたのだ。件の小冊子に掲載されているアンケートの集計によると、60代以上が80%、ほぼ毎回参加しているお客さんが40%近くもいる!最後は全員が椅子から立ち上がり手拍子を打ちながら身体を揺らしバンドと一体になって演奏を楽しんでいる。
5時から始まったコンサートは、途中、短い休憩を挟みながら終演を迎えたのは9時半だった。人生100年、この「下丸子Jazz倶楽部」もまだまだ続いていくのだろう。いや、続けて欲しい!

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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