私の撮った1枚 #6「ルー・タバキン・トリオ+穐吉敏子@笠原町“スタジオF”」
text & photo by Toshio Tsunemi 常見登志夫
2005年9月10日(金)岐阜県笠原町 “スタジオF”
Toshiko Akiyoshi/穐吉敏子(p)
Lew Tabackin/ルー・タバキン(ts,fl)
Boris Kozlov/ ボリス・コズロフ(b)
Mark Taylor/マーク・テイラー(ds)
ルー・タバキン・トリオに、ピアニスト穐吉敏子が加わったカルテットでの「スタジオF【第99回 Fコンサート】」(岐阜県笠原町)の写真。ルーと穐吉が組んだカルテットの日本での初コンサートである。
岐阜県笠原町は美濃焼やタイルの産地として有名だが、もう一つこの町の名を全国に(特にジャズ・ファンに)知らしめているのが、地元で医院を開業する外科医・藤井修照(みちてる)氏の個人スタジオ、スタジオFである。
藤井氏は医学生(名古屋市立大学)時代に軽音楽部を創設し、ドラマーとしても活躍。1990年に近くの可児市に転居したドラマーの森山威男に弟子入りしたのをきっかけにスタジオFを設立した。一見穏やかな紳士だが、熱意の塊みたいな方である。ギタリストの井上智は2回ほど出演しているが、「とにかくミュージシャンを手厚くもてなしてくれます。地元の人からの信望も厚いようですが、本当に温かい人」と絶賛していた。ライブの会場には森山も顔を見せた。
スタジオは、ふだんは併設するクリニックのリハビリ体操教室などに使用されている。Sonorの最高級ドラムセットと、常時正確に調律されているヤマハのグランドピアノ2台が設置され、コンクリートの打ちっぱなしのシンプルな室内は音響がすばらしい。ピアノのコンディションを保つため、一度も空調を切ったことがないそうだ。ステージの高さは新宿ピットインのそれと同じ、というのは藤井氏の小さなこだわり。音響エンジニア・及川公生氏の寄贈による名機スチューダーの調整卓など機材も充実していて、スイングジャーナル選定のゴールドディスク『森/森山威男』(森山威男が2002年に「南里文雄賞」を受賞した記念に録音したアルバムでもある。2026年1月14日待望のLPが3361Blackよりリリース予定。ペアの『山』は3月予定。)ほか、多くのアルバムの録音にも利用され、主にFレーベルからリリースされている。
Fコンサートに出演したミュージシャンも、マル・ウォルドロン(p)、ジェレミー・スタイグ(fl)、ジミー・コブ(ds)、エディ・ゴメス(b)、ジュニア・マンス(p)など数えきれない
菊地雅章(p)も何度かソロ・ピアノで出演している。菊地はある日、ふらっとスタジオを訪れ、一人でスタジオに籠って練習しながら自分でそれを録音し、藤井氏に「僕の最高傑作はこのとき自分で録音したテープなんだ」と伝えていたとのこと。
この第99回目のFコンサートは、藤井氏がルーに直接、穐吉のピアノとの共演を依頼している。ルーはトリオで、穐吉はピアノ・ソロで同スタジオでの常連。穐吉はビッグバンドを解散したばかりで、ピアノに専念したいと、ルーのトリオと共演することは当時はほとんどなかった。藤井氏がダメ元で依頼したところ、意外とすんなりと引き受けてくれた(藤井氏)とのことだが、藤井氏のお人柄があってのことだと思う。この時、穐吉はこのスタジオFでのコンサートのためだけに来日を決めたそうだ。ルーと穐吉は、来日するたびにスタジオには顔を出し、また穐吉は日本での公演がなくても藤井氏のもとに駆けつけ、スタジオに籠って練習することもある。このコンサートの前日も、名古屋空港からスタジオ入りした穐吉はそのままずっとスタジオに籠り、ピアノの練習に励んでいたという。
演奏は穐吉が渡米4年後に作曲した<ロング・イエロー・ロード>でスタート。ルーがこのメンバーを“インターナショナルなカルテット”と紹介し、会場の笑いを取る。ルーの出身がアメリカ、穐吉が日本(生まれは中国)、ボリス・コズロフ(b)がロシア、マーク・テイラー(ds)がイギリス・ロンドンといった具合だ。多くて150人ほどしか入れないホールは、予め用意されていたパイプ椅子が足りなくなるほどの超満員のお客さんで埋まった。
1stセットが終わった後の休憩時間は恒例の“コーヒー・ブレイク”となり、階下のラウンジでコーヒーがサービスされる。地元のお客さんが多いこのホールでのささやかなもてなしであり、お客さん同士、時にはミュージシャンとの交流の場になっている。
2ndセットのオープニングはルーが藤井氏に捧げた<STUDIO F>(ルーのトリオ作品『狸’s Night Out』にも収録)。ルーはテナーを吹きながら何度も足踏みをして豪快にスイング、客席の多くも頭を前後に揺らしてノッていた。穐吉はチャールス・ミンガスとの思い出や、戦後60年と重なる自分の音楽史などを演奏の合間に語る。<孤軍>や<ビレッジ>などの代表曲の後、「アンコールでいったん退場するのは面倒だから」と笑わせてそのままアンコール曲<ホープ>を続けた。
終演後も、お客さんがステージでミュージシャンと記念撮影したり和気藹々とした雰囲気だ。スタッフやボランティアが会場の片づけをするのだが、手伝ってくれるお客さんも多かった。
ボリスのベースのヘッド部分にはライオンの彫刻が施されている。ボリスに「珍しい楽器ですね」と問うたところ、「チャールス・ミンガスが使っていたベースなんだ」と。チャールス・ミンガスの未亡人、スー・ミンガスが管理しており、ボリスはそのスー夫人のマネジメントで結成した、ミンガス・ビッグ・バンドのメンバーでもある。貴重な楽器を拝ませてもらった。ボリスはそのベースを使い、ソロ・ベース作品『Double Standard』を2007年にリリースしている。
また、ドラムのマーク・テイラーはレコード・コレクターとしても有名で、来日すると全国のレコードショップをめぐっている。神田駿河台のJazzTOKYO(ディスクユニオンのジャズ専門店の方)では、LPレコード棚を漁っているのを店員や常連客はよく見かけていて、マークも彼らと情報交換をするのを楽しみにしているそうだ。ロンドン郊外の自宅は、2階がすべてレコード・コレクションのフロアになっていると教えてくれた。また、ドラムのマーク・テイラーは数年後、私が所有していたリフォームしたばかりの三宿のマンションに1か月ほど住んでいたこともある。私と同い年で、毎晩のように遅くまで音楽の話をしていたのはいい思い出である。
Fコンサートでは多くの場合、藤井氏自らが名古屋駅や空港までミュージシャンを医院の介護車で出迎える。この日もルーのトリオを名古屋駅まで迎えに出かけた。医業はたいてい朝が早く、激務の象徴のような職業である。コンサートの後、打ち上げパーティーで夜遅くまでコーディネートしていた。別れ際に藤井氏に、大変ではありませんか、と尋ねてみた。一言“体力ですよね”と笑っていた。いつも穏やかな紳士であるが、内に秘めたエネルギーがジャズ界を支えている、と思った。
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