Reflection of Music Vol. 103 シュテファン・コイネ
シュテファン・コイネ @メールス・フェスティヴァル2023
Stefan Keune @Moers Festival, May 28, 2023
photo & text by Kazue Yokoi 横井一江
もうじき例年どおり聖霊降臨祭の連休にメールス・フェスティヴァルが開催される(→リンク)。一昨年(2023年)訪れた時に、20数年ぶりにサックス奏者のシュテファン・コイネ Stefan Keune と再会した。その時のライヴ盤『Stefan Keune, Sandy Ewen, Damon Smith / Two Felt-Tip Pens: Live at Moers』(balance point acoustics, bpaltd24024) が最近リリースされたこともあり、彼を取り上げたいと思う。
シュテファン・コイネを最初に観たのは、2001年に jazz & NOW の招聘でイギリスのギター奏者ジョン・ラッセル(→リンク)と共に来日ツアーした時だ。ラッセルとの相性もよく、それまでの即興演奏のクリシェとは異なる表現、ソプラニーノを吹くコイネの彼自身が編み出した手法による時に点描的な高音域でのアプローチが印象に残っている。言葉を交わした時に、ペーター・ブロッツマンを観てサックスを吹こうと思ったと言ったことに驚かされた。コイネの演奏はブロッツマンが持つワイルドさとはまた違った地平にあるものだったからだ。それまでインタビューしたミュージシャンはジャズを深く聴いていた人が多く、演奏するのはフリーや即興であってもそれ以前のジャズにも造詣が深い人が多かったということもあっただろう。考えてみれば、さもありなん、だったのだが。
コイネが生まれ育ったドイツ、オーバーハウゼンはノルトライン・ヴェストファーレン州のメールスにも近い。コイネのWebsiteに転載されていたホルガー・パウラーHolger Pauler の記事によると(→リンク)、1980年代半ばのメールス・フェスティヴァルを観ていたようで、ニューヨーク、ダウンタウン・シーンで頭角を表してきたジョン・ゾーン、デヴィッド・モス、フレッド・フリス、またロスコー・ミッチェルやロヴァ・サクソフォン・カルテットなどに魅了されたことが記されている。彼とほぼ同世代でメールス・フェスティヴァル現音楽監督ティム・イスフォートもまた同様のことを言っていたので、ブーカルト・ヘネン音楽監督時代、80年代半ばのメールス・フェスティヴァルが当時最先端の音楽動向をいかに伝えていたか、ドイツ人を始めとする聴衆を触発したことがよくわかる。
コイネは最初はクラシック奏法を学ぶものの、すぐに即興演奏へと向かう。ハンス・シュナイダー (b) やポール・リットン (ds) を始めとするミュージシャン達と共演するなど、ローカル・シーンで活動していたが、ディスコグラフィーを調べてみても1990年代の録音は『Stefan Keune Trio / Loft』(Hybrid, 1992) があるのみ。1999年にジョン・ラッセルとのデュオを始め、 CD『Excerpts & Offerings』(Acta) がリリースされ、好評を得る。しかし、来日後の彼の動向は寡作であったことも相まって、パウル・ローフェンスとのデュオなどを除いてあまり目にすることはなかった。とはいえ、2013年、ジョン・ラッセルが主宰するイベント「Mopomoso」出演をきっかけに出来たドミニック・ラッシュ Dominic Lush (b) とスティーヴ・ノーブル Steve Noble (ds, per) とのトリオでは2017年のメールス・フェスティヴァルに出演している。この年は紆余曲折があった結果、ティム・イスフォートがメールス・フェスティヴァルの音楽監督に就任した年だった。また、2017年からは2016年に亡くなったヴォルフガング・フックス(→リンク)の後任としてXPACT(コイネ、エアハルト・ヒルト Erhard Hirt (g, electronics)、ポール・リットン Paul Lytton (laptop, miscellaneous table top objects)、ハンス・シュナイダー Hans Schneider (b))に加わった。コロナ禍の2020年にメールス・フェスティヴァルのライヴ・ストリーミングを見ていたら、Ventilというプロジェクト名でヒルト、シュナイダーらと出演していた。画面越しではあるが、演奏している姿を約20年ぶりに見たのである。
コイネがキング・ユビュ・オーケストラ King Übü Örchestrü の活動再開にも関わったことも触れておかねばならない。ヴォルフガング・フックスが10人編成でキング・ユビュ・オーケストラ King Übü Örchestrü をスタートさせたのは1983年。メンバーには弦楽器やエレクトロニクスも入った編成で、グローブ・ユニティ・オーケストラやICPオーケストラとは異なる志向の即興ラージ・アンサンブルである。キング・ユビュという名前はアルフレッド・ジャリの戯曲『ユビュ王』のタイトルからとられた。断続的な活動だったが、この即興オーケストラが続いたのは奇跡的でさえあった。フックスの死もあって、その活動は中断していたが、創設メンバーのひとりだったエアハルト・ヒルトが動いて、2021年にボンでフィル・ミントン (vo) をゲストに迎えて公演を行なっており、それが CD 化されている(『King Übü Örchestrü 2021 / Roi』(FMR))。写真を見ると、2023年の20周年コンサートをベルリンで観た時と同じように、出演者は弧を描くように並んでいる。フィリップ・ヴァックスマン (vln, electronics)、ポール・リットン (per)、アクセル・ドゥナー (tp) などに交じって、ステージ下手のフックスの居た位置にコイネがいる。新たなメンバーは彼とマティアス・ムッヘ Matthias Muche (tb) だけだ。考えてみれば、フックスの衣鉢を継ぐのにコイネは相応しい。それをヒルトは見抜いたのだろう。2024年のミュンヘンでのキング・ユビュ・オーケストラの演奏もCD化される予定だ。
今、あらためてメールスのライヴ盤『Two Felt-Tip Pens: Live at Moers』を聴き返している。このセットの人選はティム・イスフォートだったのだろうか。カナダ生まれの音響アーティスト、視覚芸術家でギターの拡張奏法を用いて即興演奏を行うサンディ・ユエン Sandy Ewen (g) と多彩なミュージシャンとの共演歴を持つデイモン・スミス Damon Smith (b) との出会いが奏功した。コイネのサックスから繰り出されるバリエーション豊かなサウンドによって緻密に音像を構築されていくさまがクリアに捉えられている。その音には迷いがない。会場では演奏は楽しんだものの、屋外ステージだったこともあってサウンドの細部まで聴けていなかったことが判る。CDの音質はドラマーでもあるヴィーゼル・ウォルターによるマスタリングによるところも大きい。なお、このCDは昨年(2024年)に亡くなった同郷のベーシスト、ハンス・シュナイダーに捧げられており、カバーアートにはシュナイダーの作品が使われている。
シュテファン・コイネが長年に亘って培ってきたサックス表現、その即興演奏は、もっと評価されて然るべきだろう。

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