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R.I.P. 渋谷毅Reflection of Music 横井一江No. 340

Reflections of Music Vol. 111 渋谷毅

渋谷毅 @JAZZ ART せんがわ 2021
Takeshi Shibuya @JAZZ ART Sengawa, September 19, 2021

photo & text by Kazue Yokoi  横井一江


たぶん1995年のエイプリル・フールだったと思う。新宿ピットインに渋さ知らズを観に出かけた。代々木にあったチョコレートシティに面白いバンドが出ているという噂は聞いていたが、ライヴを観るのは初めてだ。メンバーには渋谷毅も参加しているという。

百聞は一見にしかず、だった。ステージには片山広明 (ts)、林栄一 (as)、板谷博 (tb)、加藤崇之 (g) などがいた。まだ学生だった泉邦宏 (as) が目立っていたことや乳房知らズも登場したことも覚えている。当時はアマチュアも参加していたので、ステージはすし詰め状態。その隅っこのキーボードの前に渋谷毅がいた。音はある意味「めちゃくちゃ」だけれどもパワーがある。このバンドに渋谷がいるのがなんとも不思議だった。自身のピアノ・トリオやアンサンブルとは全く違う音楽観を持つバンドだったからである。頭の片隅に引っかかっていた疑問がクリアになったのは10年以上経ってからだった。私は本屋で陣野俊史著『渋さ知らズ』(河出書房新社、2006年)を見つけた。その本には、渋さ知らズに関わった人々へのインタビューに基づいた言葉が多く収められている。その本の第一章にある「このバンド、俺やることにした」という節には、渋谷の言葉が多く引用されていた。そこには、渋谷の音楽に対する思考が垣間見える。

陣野の「どのように面白かったのでしょうか」という問いに渋谷はこう答えている。

簡単にいっちゃえばめちゃくちゃだったから。……あのうめちゃくちゃだとどうして面白いかという話になるんだけど、めちゃくちゃだからやれば誰でもできるんですよね。やろうという意志があってある程度楽器ができれば。難しいことをやろうとか、こういうことをやらなくちゃいけないとか、そういうことを考えていると音楽に力が出てこない。また、練習してやるような、勉強の成果をそこで問うようなことでもだめ、やっぱり力がない。めちゃくちゃだから俺でもできるということになるわけで、俺でもできるということはやる音楽に力があるということ。

「音楽の力」という言葉は言い得て妙、渋さ知らズのパワーの源を上手く捉えている。

音楽ってすごく面白くてさ、じゃ、せえのって、音を合わすというのが目的みたいにみえて、目的っていうか、合うのがいいと思うでしょ。でも、音楽は本当は音が合わないのがいいところなんだよね。っていうことは、ここに一つの音があって、これと同じ音を鳴らしても区別がつかない、みんな、合ってないからひとつのサウンドは出来上がる。合わないというのが音楽の醍醐味といっていいくらいの大きな面白さなんだよね。そういうことから見れば渋さの音ってあんまり合っていない。普通の意味でいえばね。そういうことの合わない音の拡張版みたいに考えられないこともない。……渋さを通して、いろんなところから音楽について考えることができる。

興味深かったのは渋谷毅オーケストラとの違いにも言及していたことだ。

ぼくのバンドは九人でやっているけど、でも、ぼくの場合は、去るものは別に拒まないんだけど、くる者は拒んだりするわけ。それはどうしてかというと、音楽上のこともあるんだけど、ぼくは仲間とやるというのが好きなんですよ。友達とやりたい。

その渋谷毅オーケストラだが、結成に至ったきっかけは、1986年10月の名古屋ヤマハジャズクラブ主催による「高柳昌行の世界」と題するコンサート。ところが、高柳昌行+渋谷毅オーケストラとして出演する筈が高柳は病気で出演できず、廣木光一 (g) が代役を務めたという。同年11月、名古屋での編成を縮小し、 新宿ピットインで渋谷毅オーケストラとしての実質的な初演を行った。 その頃はトランペットも含む編成だったが、その後、メンバーの入れ替わりを経て、1990年代初めには、トランペットなし、サックス奏者4名、トロンボーン、ギター、リズム・セクションという、一般的なジャズ・オーケストラとは異なる編成に落ち着く。ギターが入っているのは、当初高柳との共演を念頭において結成されたからか。このような変則的な楽器編成で、かつ、ほぼ同じメンバーでの活動を続けたのは、仲間、友達とやるバンドだからだろう。不思議なことにアンサンブルの厚みやサウンドの広がりは変則的な楽器編成であることを忘れさせる。いや、このオーケストラならではの味わいがあると言っていい。メンバーのキャラが立った自由な即興演奏では時に思わぬサウンドに出会う。実は濃いサウンドなのだが、さらっと楽しく聴かせてしまうところが編曲者である渋谷の凄みなのではないだろうか。

いつだったかは定かではないが、ふと渋谷毅はミシャ・メンゲルベルクに通じるところがあるなと思った。サウンド自体は全く異なるが、自由な楽器編成のオーケストラを率い、編曲と差配で他にはないサウンドを展開していたからかもしれない。共にデューク・エリントンを深く敬愛していたこともあるのだろう。渋谷の「エッセンシャル・エリントン」3作他、Yumi’s Alleyレーベル名義で彼のCDをプロデュースした望月由美によると、実はこの二人は囲碁を打つ仲だった(→リンク)。

掲載した写真は全てJAZZ ART せんがわに出演した時のもの。この時のタイトルは「ジャズピアニスト 渋谷毅が語り、弾く」で、長年の友人である音楽ジャーナリスト池上比沙之とのトークを挟み、ソロ・ピアノを聴かせてくれた。この時に面白かったのは、池上が話題をオリジナル曲に振ると、「オリジナル曲ってナニ」と渋谷が返したこと。確かに彼が言ったようにスタンダード曲や有名な曲だって、それが書かれた時はオリジナル曲だった。考えてみればオリジナル曲という言葉はジャズ業界特有のものだろう。ジャズ・ピアニストとして活動を始めた後、CM、歌謡曲、映画音楽、NHK「おかあさんといっしょ」などの作編曲を数多く手掛けてきた彼ならではの言葉なのかもしれない。

渋谷は強く自我を打ち出すような弾き方はしない。自然体で流れるサウンド。それでいながら、譜面から読み取った音を渋谷毅という存在を通して聴かせる。 同じ曲でも、例えばカーラ・ブレイなど作曲者自身による演奏とも、ほかの誰の演奏とも違う。さらっと通り過ぎる音でありながら、その間合いから醸し出される空間が暫し耳を捉えるのだ。

JAZZ ART せんがわでのステージが終了した後だったろうか。調律師がピアノの戻し調律をやっている音が聞こえてきた。渋谷毅のピアノ演奏へのこだわりはこんなところにもあったのか、と思った。

心からご冥福をお祈りいたします。

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記念本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 https://kazueyokoi.jimdofree.com

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