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Reflection of Music 横井一江No. 242

Reflection of Music Vol. 60 ファラオ・サンダース


ファラオ・サンダース @メールス・フェスティヴァル1996
Pharoah Sanders @Moers Festival, May 24, 1996
Photo & text by Kazue Yokoi 横井一江


今年の初め、ある記事に目が留まった。イギリスのラジオ局Jazz FMのDJ ティム・ガルシアが、ファラオ・サンダースが録音した曲のみで構成したミックス音源を制作、The Vinyl Factoryのミックス・シリーズ「VF Mix」で公開しているというのだ。そこで取り上げられているのは、ジョン・コルトレーンとの共演盤『クル・セ・ママ』(Impulse! 1965年録音 1967年リリース)の表題曲から『ムーン・チャイルド』(Timeless 1989年録音 1990年リリース)まで全19曲。(→リンク) 全部で 3時間というのがスゴイ。現代のリスリング・カルチャーの中でも彼は人気があるということなのだろう。音楽聴取がどんどん変化し、ジャズにおける聴取態度もひととおりではなくなったが、サンダースは新たなリスナー層をしっかり掴んでいるといえる。

ところで、サンダースについて書かれる時に、決まって枕詞のように「スピリチュアル・ジャズの…」という言葉が使われるようになって久しい。私的には、「スピリチュアル・ジャズ」という言葉にはずっと違和感があった。そのわけは、DJサイドから発信された「レア・グルーヴ」もそうだが、定義が曖昧でもやっとした感覚的な言葉だからだ。これらはDJも含めた音を聴く側から生まれた形容といえる。「音響派」という言葉がレコード店の片隅から生まれたのと似ているかもしれない。音楽におけるカテゴライズも様式や形式ではなく、「こんな感じ」というリスナーの受け止め方が反映されることに、聴取文化の変化を大きく感じる。

その「スピリチュアル・ジャズ」に、サンダースを始めとする60年代~70年代のフリージャズやロフト・ジャズが含まれているのは、私にもなんとなくわかる。ジョン・コルトレーンの意志を継承するかのように録音された『Karma(因果律)』(Impulse! 1969年録音)、そのタイトルにも表れているような東洋哲学への傾倒といい、確かにサンダースの音楽にはスピリチュアリティを感じる。それは、彼が自身の音楽世界を確立した頃の時代性ともリンクしているのだろう。私個人的には80年代に入ってからリリースされたTheresa盤の『ジャーニー・トゥ・ザ・ワン Journey To The One』や『リジョイス Rejoice』あたりが、アフロ・アメリカンとしての音楽観に根ざした作品として、サンダースのひとつの頂点だったと考えている。

彼のサックス特有のフリークトーンや咆哮、エモーションの中から立ち上がってくるメロディ・ラインは一度惹きつけられると病みつきになる不思議な磁力がある。絶叫するサックスは騒々しいのだが、長時間聴いていても疲れないのは、そこから発せられるヴァイヴレーションに共振させられているからなのか。アシッド・ジャズ、「レア・グルーヴ」などを経て、旧来の真面目にジャズを鑑賞するファンとは全く異なった層にサンダースが受け入れられているのは、この独特な個性ゆえかもしれない。昔のジャズ・ファンとは聴き方が違う若い世代、Apple Music や Spotify でプレイリストを聴くイマドキのリスナーにも、ある種奇天烈なサンダースのサックスの音はそれゆえに耳を捉えるのだろう。それは、「近代」の価値観が揺らぎ、見えないフラストレーションが沈殿している昨今だからこそ我々の感性に迫ってくるともいえる。

写真は1996年、メールス・フェスティヴァルで撮影したもの。メールスで往年のジャズ・アイコンが出演するのは珍しいのだが、25周年目にあたるその年の初日の最終ステージがファラオ・サンダース・カルテットだった。メンバーはウィリアム・ヘンダーソン (p)、スティーヴ・ニール (b)、シェルマン・ファーガソン (ds)。この約1年半前にリリースされた『レッド・ホット・アンド・クール~ストールン・モーメンツ』(Impulse!)(*)のジャケットでクローズアップされていた白い髭を蓄えたサンダースのサックスは吼え、時に小物をじゃらじゃらと鳴らしたり、エンターテイメント性もステージから窺い知ることができた。メールスは小さな街のためか、彼を始めとするミュージシャンは私と同じホテルに滞在していた。そこで見かけたサンダースは飄々としていて、ファンの求めに応じて気軽にサインしていた姿をなぜかよく覚えている。

 

【註】
* エイズに対する啓蒙キャンペーンのための「Red Hot + Cool」というイベントに則して制作されたアルバム。ヒップホップとジャズ・ミュージシャンが共演するという企画で、多くのミュージシャンが参加し、ファラオ・サンダースはザ・ラスト・ポエッツと共演。<ザ・クリエーター・ハズ・ア・マスター・プラン>リミックス (Trip Hop Mix) も収録されている。

 

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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