Reflection of Music Vol. 73 コロナ禍の中で

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Photo & text by Kazue Yokoi 横井一江

 

新型コロナウイルスは我々の生活をどんどん脅かしている。対岸の火事のように眺めていられた時期はとうの昔に過ぎている。中国、そしてヨーロッパでの感染爆発が始まった時に、先手を打って水際対策をしてほしいと願っていたが、時すでに遅しである。毎日発表される感染者数は指数関数的に増えているようだ。

誰もが個人差こそあれ不安感を抱えている。それは感染する不安であり、自分が無症状無自覚なうちに他人を感染させてしまいかねない不安だ。そして、仕事を失うのではないか、収入が途絶えるのではないかという不安もつきまとう。資金繰りに困っている企業/事業者、待ったなしの状態に追い込まれている個人は少なくないだろう。

音楽業界ではコンサートやイベントが中止され、クラスターが発生したためにライヴハウスが槍玉に上がった。ライヴハウスやジャズクラブ、その他ヴェニューはお店の形態によっても、演奏者によっても状況が異なるにも拘らず、ろくにライヴハウスに行ったことのないような人たちが、十把一絡げに安直に語る姿には違和感どころか腹立たしささえ覚えた。さらに感染が拡大する中、自ら演奏を取りやめるミュージシャンも相次ぎ、ライヴハウス/ジャズクラブなどのスケジュールも歯抜け状態になっている。当然、来客数も減っているだろう。お店を閉めても開けても厳しい状態に違いない。ミュージシャンや関係者にとってもつらいところだ。私も3月初めに5月下旬のブッキングをひとつキャンセルしている。その時はここまで新型コロナウイルスの感染拡大が深刻になるとは思わなかったが、空港での検疫強化が懸念されたので決断したのだ。まさかと思ったがヨーロッパからのフライトは止まった。そのような中で首相や都知事は自粛要請を繰り返す。自粛要請という言葉自体おかしいと思うのだが、要は自己責任ということであり、補償は考えていないということだ。ライヴハウスだけではなく、飲食業やスポーツジムなどで立ちいかなくなる経営者が増え、収入が激減するアルバイトも多いと推察する。仕事が飛んだミュージシャンは言わずもがなだ。

ところで、なぜ営業自粛を求めることによって生じる損失に対する補償なり、生活を維持するための給付金支給が喫緊に必要とされるのか。それは感染を拡大させないための公衆衛生上の理由からだ。自粛には限界がある。お店を閉めたり、営業活動を止めると資金繰りに困って倒産/廃業に追い込まれるのなら、無理してでも営業を続けるところがあってもおかしくない。あるいは働かないと明日の生活に困るのならリスクを負ってでもそうせざる得ないだろう。まずもって、感染者数を抑え込むために事業活動を抑制しなければいけないところには支援を、またそれによって収入が減る個人にも給付金支給を急がねばなるまい。しかし、今なお国会では施策について議論されているものの、経済対策とごちゃ混ぜにされている感がある。現在利用できるのは、中小企業向けの低利融資、個人に対しては償還免除もある生活福祉資金の特例貸付ぐらいである。一斉休校の影響で休職した保護者への助成金も出ているが、その対象には風俗関係は含まれていない。風俗など夜の仕事はある意味セーフティネットになっている現実もあり、最も助けが必要な人たちがいるにも拘らずだ。一世帯あたり30万円給付という案が報道で見られるが、対象は住民税非課税世帯のようで、ハードルは高く、手続きも大変そうである。そうではなく、もっと即時性のある施策をなぜ出せないのだろう。一律給付ではなぜダメなのか。世帯全家庭へマスク2枚配布どうのと言っている場合ではない。事態は急を有する。経済対策は感染の終息が見えてきてから、落ち込んだ景気を浮上させるために策定すればいい。今をどう乗り越えるか、それこそが最優先事項なのだ。
註:
生活福祉資金の特例貸付
https://news.yahoo.co.jp/byline/fujitatakanori/20200325-00169705/
https://www.shakyo.or.jp/guide/shikin/seikatsu/index.html
中小企業への対策
https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/pamphlet.pdf
https://www.meti.go.jp/covid-19/

海外に目を向ければ、興行や展示会などがどんどん中止されているために収入を失った音楽家や芸術家などに対する支援策が出されている。フランスには元々アンテルミタン (intermittent du spectacle) というフリーランスの芸術家や舞台関連の技術者(照明、音響など)への失業手当が制度としてあるし、ドイツのように芸術家に対して手厚い支援策を発表したり(→リンク)、米国芸術基金 (National Endowment for the Arts) が緊急支援を決めるなど、給付金の他に芸術家に対する支援策を打ち出している国もある。もちろん国によって制度が異なるので、一概にどこがいいとは言い切れないし、ローカルな場で地道な活動をしているアーティスト/ライヴ・ミュージシャンまでフォローできているのかはわからない。だが。宮田亮平文化庁長官がメッセージを出しただけ(→リンク)という無為無策の国とは大きく違う。個人的にはこのメッセージの空虚さに呆れた。文末のおそらく『マクベス』のマルコムの台詞からとったと思われる「明けない夜はありません!」という一文だけが揺れている。「文化芸術に関わる」者たちは霞を食っているわけではない。今必要とされるのは何らかの具体的な支援なのだ。
註:各国の文化支援策については『美術手帖』に記事が書かれている(→リンク)。

お客さんを入れての演奏活動が出来なくなったことから、無観客でライヴ・ストリーミングするケースは増えている。BAD HOPの横浜アリーナでのパフォーマンス(3月1日)、びわ湖ホールでの『神々の黄昏』(3月7, 8日)といった規模の大きなものから始まり、さまざまなライヴ/コンサートのライヴ・ストリーミングが行われるようになった。しかし、そのための経費はどうなのだろうか。借金1億円のBAD HOPはクラウドファンディングを行なって約7,884万円を集めたが、これは人気ヒップホップ・グループゆえに出来たこと。びわ湖ホールも主催者がきっちり助成金をもらっていることは言うまでもない。事業として計画され、資金目処がついているイベントならばそれも可能かもしれない。だが、ライヴハウスやジャズクラブではどうなのか。既にライヴ・ストリーミングをやっているお店であれば出来るかもしれない。果たして収支面ではどうなのかという疑問はあるが、課金面を含めて試行錯誤は始まっている。それ以上に、演奏出来ないということ、また集まって練習出来ないということがミュージシャンにとっては問題で、ストレスにもなりかねない。ライヴ演奏が創造活動そのもののミュージシャンもいるし、ひとつのプロジェクトが立ち上がっていくのも現場においてである。例えお客さんの人数が「つばなれ」していなくても、つまり一桁あっても、だ。ある友人に「ミュージシャンというのは魚のようなもので、魚が泳ぎ続けているように、演奏し続けていないとダメなの」と言われたくらいだ。

新型コロナウイルス流行は大きなパラダイムシフトをもたらすだろう。グローバリズムと新自由主義の負の側面が大きく浮かびあがってきている。崩れかかった近代の価値観はどうなるのか。我々の生活や価値観も変わるのだろう。人やモノの自由な行き来は多くの利益を我々にもたらした。だが、感染拡大を止めるための一時的な国境封鎖は仕方がない。例えばドイツの場合、それがいかほどの決断であったのかは、旧東ドイツ出身のメルケル首相の「旅行および移動の自由が苦労して勝ち取った権利であるという私のようなものにとっては、このような制限は絶対的に必要な場合のみ正当化されるものです」という言葉によく表れている(→リンク)。音楽の世界でも「移動の自由」はさまざまな創造をもたらした。そもそも音楽家や芸術家はノマドのようなものかもしれない。いずれにせよ、これから模索が始まろうとしている。

今日も不要不急の外出は控えるように言われている。時間を持て余して困っている人もいるに違いない。幸い音楽ファンには、ライヴに行くことは出来なくても自宅でCDなどを聴く楽しみはある。もし余裕があるならば、CD(ダウンロード)を購入すれば幾ばくかミュージシャンあるいは音楽関係者の助けになるということを付け加えておこう。訃報が相次ぐ昨日今日だが、生き延びないといけない。いや、生き延びるのだ!(2020年4月4日記)

横井一江

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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