Reflection of Music Vol. 83 ジョン・ラッセルを追悼する
田中悠美子、秋山徹次、池田謙、クリストフ・シャルル 、すずえり、石川高、鈴木昭男、田中泯、坂田明
ジョン・ラッセルを追悼する
John Russell Tribute Concert, @Alley Hall, Tokyo, January 22 & 23, 2022 / Session House, Tokyo, February 12, 2022
photo & text by Kazue Yokoi 横井一江
2021年1月19日に亡くなったギタリスト、ジョン・ラッセルを追悼する企画が1月22日、23日、2月12日の3日間に亘って開催された。
追悼コンサート/ライヴは珍しいことではないが、海外のミュージシャンの追悼企画が行われることは、かつてplan-Bでデレク・ベイリーを追悼する会が行われたことはあったものの稀である。
ジョン・ラッセルは、即興演奏家としては先達であったデレク・ベイリーやエヴァン・パーカーに続く世代と捉えられている。とはいえ、17歳でロンドンに出てきて、リトル・シアター・クラブで演奏を始め、ロニー・スコッツでのミュージシャンズ・コープにも参加しているように、70年代初頭からロンドンの即興音楽シーンの興隆を知る人物でもあった。スティーヴ・ベレスフォード、ロジャー・ターナーなどと共演を重ね、1980年にはギュンター・クリスマンのVARIOに参加、さらにフィル・デュラン、ジョン・ブッチャーとのトリオ、このメンバーにパウル・ローフェンスとラドゥ・マルファッティを加えた「ニュース・フロム・ザ・シェッド」というグループで数年活動を行うなど、多彩なミュージシャンと共演してきた。近年はエヴァン・パーカー、ジョン・エドワーズとの共演などの録音も残している。
1981年には、デレク・ベイリーのカンパニーに相通じる企画、参加ミュージシャンが様々な異なった組み合わせで即興演奏を行うプロジェクト Quaqua を始めている。そして、1991年にクリス・バーンとコンサート・シリーズ Mopomoso(Mopomoso は “MOdern POst MOdern, SO?” の略)をスタートさせた。このMopomosoはロンドンで最も長く続いている即興音楽のコンサート・シリーズと言っていい。ジョン・ラッセルが多くのミュージシャンから敬愛されるのは、このような活動を行なってきたからだろう。Mopomosoは彼の死後もMopomosoチームによって続けられている。
日本人ミュージシャンとの出会いは70年代終わり頃に遡る。初めてイギリスを訪れた近藤等則とロジャー・ターナーでツアーを行い、『Artless Sky』(1979年、CAW)を録音。1982年にはデレク・ベイリーのカンパニーに参加した鈴木昭男、また小杉武久とも交流している。Mopomosoに参加した日本のミュージシャンも少なくない。
今回の「ジョン・ラッセルを追悼する」は、2001年に初めてジョン・ラッセルをシュテファン・コイネとのデュオで招聘したJazz & Now 寺内久が発案して企画、BIGTORY 大木雄高の企画・制作で行われた。出演者はいずれもジョン・ラッセルとの共演経験者である。
それぞれの公演を簡単に振り返ってみよう。1月22日と23日の下北沢アレイホールでの公演では、演奏前にジョン・ラッセルの友人でMopomoso のコアメンバーだった映像作家ヘレン・ペッツが昨2021年大晦日にラッセルが育ったケント州の村、ラッカンジにあるお墓を訪れた時に撮影した映像にソロCD『Hyste(南ケント言葉で、電話・コールの意)』(psi、2009年録音)の音源を重ねた作品『In Alleycumfree for John Russell』を映写した。農村風景や12世紀に建てられた古い教会の映像と僅かに聞こえる鳥の鳴き声や環境音に、あたかもこの映像を見ながら演奏しているのかと思わせるようなギターの音が重なり、彼と共にその地を訪ねているような感覚を覚えた。デレク・ベイリーのサウンドとの質感の違いは、もしかすると生まれ育った環境で耳にした「音」による違いかもしれない。南ケントの村で育ったジョン・ラッセルに対して、デレク・ベイリーは工業都市シェフィールドの出身である。最後に映し出されたシンプルな墓碑に刻まれたMusicianという文字がなぜか目に焼き付く。確かに、まごうことなく即興演奏家としてその生を全うした人だった。
1月22日のファースト・セットはクリストフ・シャルル、すずえり、石川高での演奏。立ち昇っていく石川が奏でる笙の響きの存在感、その余韻にクリストフ・シャルルのギター/エレクトロニクスとすずえりのピアノ/自作装置が発するサウンドが重なる。石川のアーティキュレーションが展開に変化をもたらした場面も。セカンド・セットは田中悠美子、秋山徹次、池田謙。秋山のギター。田中の太棹三味線を弾く音とヴォイスに、それらのサウンドを包み込むような池田のエレクトロニクスが、緊張感のある音空間を創出する。そして、最後は全員での短いコレクティヴ・インプロヴゼーションで締めくくった。23日は鈴木昭男のソロ。鈴木はMopomoso(2010年)に招聘され、Fete Quaquaで演奏している。アナラポスを始めとする自作の音具から発せられる不思議な音や思いがけない音で耳を愉しませてくれた。柔らかい口調でのジョン・ラッセルとの思い出話が鼓膜に残る。両日共どこかで故人に見守られているような、そのような気配がそれぞれのセッションで好演を引き出しているように感じたのは私だけだろうか。
2月12日のセッションハウスでの公演は、1月下旬に封切られた映画『名付けようのない踊り』が話題となっている田中泯、そして坂田明、池田謙という顔合わせ。もちろんこの3者による共演は初めてである。田中泯が1981年にロンドンで行われたカンパニーに出演していたことから、ジョン・ラッセルは彼を知り、たっての希望で2018年来日時に共演している。この日は予約希望者が多かったため、急遽2回公演となった。1回目は坂田が朗々とアルトサックスを吹き、池田のエレクトロニクスがさりげない効果をもたらす中で田中泯はサウンドと踊り始める。途中、坂田明の鳴らしたベルが故人の魂を呼び込んだように思ったのは気のせいだろうか。2回目では坂田がクラリネットに持ち替えたのが功を奏した。空気感が変わり、パラレルに展開するエレクトロニクスのサウンドと相乗効果をもたらし、ふたりの即興演奏と田中泯の踊りは何かが取り付いたような、呼び込んだ魂と交歓しているような、二度と体験し得ないステージだった。それはレクイエムとなり、降りてきた魂が再び昇天していったかのようにさえ思えた。「場踊り」はその空間、そこに居る人と共に創られると田中泯は言うが、即興演奏もまた同じ。1回目も観る者に十分深い印象を残すステージだったが、2回目はそれを超越した時空間を共有することでしか得られない貴重な体験だった。そしてまた、即興演奏という名付けようのない音楽に一生涯取り組んだジョン・ラッセルを送る企画を締めくくるにふさわしいステージであった。
ジョン・ラッセルはMopomosoでの自身の役割を「プラットフォームを提供することで即興演奏の発展を促し、そして可能であれば人々に知識と理解を深めるのに役立ててもらう」(The Wire Issue 437 , July 2020)と語っている。今回の企画は、即興音楽、サウンドアート、踊りを包摂したプログラムで、その意味においても彼を追悼するにふさわしいMopomoso的な企画だったと言える。
6回ほど日本にジョン・ラッセルを招き、共にツアーした豊住芳三郎 (ds) が出演しなかったのは残念だった。しかし、大阪ギャラリーノマルでの「ジョン・ラッセルさんへ贈るコンサート」には庄子勝治 (sax)、sara (.es / p)と共に出演している。また、本企画に先立って、ロンドンや金沢でジョン・ラッセルと共演している島田英明(vln) が、昨2021年12月26日に石川県野々市市の「蔵スタジオxおけらCafe」で「Tribite to John Russell」と題したライヴ+レクチャーを行ったことも付記しておきたい。
2022年1月22日 下北沢アレイホール Shimokitazawa Alley Hall, Tokyo
出演:田中悠美子 Yumiko Tanaka(義太夫三味線)秋山徹次 Tetuzi Akiyama(ギター)池田謙 Ken Ikeda(エレクトロニクス)クリストフ・シャルル Christophe Charles(ギター)すずえり suzueri(ピアノ)石川高 Ko Ishikawa(笙)
2022年1月23日 下北沢アレイホール Shimokitazawa Alley Hall, Tokyo
出演:鈴木昭男 Akio Suzuki(音器)
2022年2月12日(2公演) 神楽坂セッションハウス Kagurazaka Session House, Tokyo
田中泯 Min Tanaka(踊り)坂田明 Akira Sakata(クラリネット, アルトサックス)池田謙 Ken Ikeda(エレクトロニクス)
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