Reflection of Music Vol. 85 ニルス・ヴォグラム

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ニルス・ヴォグラム @新宿ピットイン  2017年9月5日&6日(*)
Nils Wogram @Shinjuku Pit-Inn, Tokyo, September 5 & 6, 2017
photo & text by Kazue Yokoi 横井一江


今年第2回目となるドイツジャズ賞 Deutscher Jazzpreisesの受賞者が発表された。この賞は、昨年モニカ・グリュッタース文化・メディア担当相(当時)の肝いりで立ち上げられた賞で、演奏家だけではなく、レコーディング・プロダクション、クラブやフェスティヴァル、評論家などもその対象となっており、全部で31部門ある。その中のインストゥルメンタル・アルバム部門は、何度か来日しているトロンボーン奏者、ニルス・ヴォグラムが新しいプロジェクト「MUSE」で昨年発表したアルバム『Nils Wogram MUSE』(Nwog Records)が受賞した。ちょうどいい機会なので「MUSE」を含む彼の最近の活動について尋ねてみることにした。

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ドイツジャズ賞を受賞した『Nils Wogram MUSE』だが、トロンボーン(ニルス・ヴォグラム)、サックス(ヘイデン・チスホルム Hayden Chisholm)、ハープ(カトリン・ペヒロフ Kathrin Pechlof)、ヴィォラ(ガレス・ルッベ Gareth Lubbe)という一風変わった編成のバンドによるチェンバー音楽だ。管楽器と弦楽器によるカルテットはあるが、ハープ奏者が入っているのは珍しい。どのような経緯でこのバンドでの活動を始めるに至ったのだろうか。

「Muse」のアイデアはずっと前から頭の中にありました。もともとはハープとヴィオラとのトリオで計画していたのです。そして、2018年、ケルンで開催されたフェスティヴァルで、このバンドで出演する機会があったのですが、ヴィオラ奏者のガレスがその日の都合が合わず、アルト奏者のヘイデン・チスホルムに頼みました。コンサートはうまくいき、私はこのバンドをカルテットとして続けていくことに決めたのです。音楽的に私が考えていたのは、即興的なチェンバー音楽で、20世紀音楽から影響を受けたよくある前衛的な即興音楽を超えた音楽で、サウンド、美しさ、空間を音楽の中に求めていました。
曲は私が全て書きました。とはいえ、もちろん音楽はミュージシャンによって、そして彼らが音楽的な素材を使ってどのように即興で演奏するかで決まります。作曲したとき、私の頭の中にはある音と絵画がありました。この音楽を聴くと、そのような画を見たり聞いたりすることができると思うのです。私には多くの時間と空間、そして息抜きをすることも重要でした。そのため、特別なオーラとリバーブを持つこのホールでの録音は理想的でした。

「MUSE」のプロモーション・ビデオがYouTubeに公開されている(→リンク)。それは、よくある演奏風景を映したものではなく、アルバムに収録されている曲<ホープ・アンド・フィア Hope and Fear>の音楽的なイメージと映像をシンクロさせた作品性のある動画だ。このアイデアはどこから来たのだろう。

ロックダウンはまだ続いていましたが、2021年の初めにはアルバムの収録は終わっていました。私は家にいて、クリエイティブな面では少し空虚な気分でした。それでも、常に頭の中では新しい可能性やプロジェクトを模索し続けていました。そのひとつが、ミュージックビデオの撮影です。しかし、単にミュージシャンの演奏を見せるよくある動画ではなくて、音楽の持つ雰囲気を伝えるようなものにしたかったのです。私が住んでいる(スイスの)自治体からプロジェクトの資金の援助を受けることが出来たので、フイルム制作に携わる友人2人に電話をして、スーパー8アナログカメラでそのようなビデオを撮れないか尋ねました。事前にスマホでビデオを録画し、すべてのシーンを準備し、物事がどのように進むかをあらかじめ明確に把握しました。これはとてもいい経験で、いつかまたやりたいと思っています。でも、とてもお金と時間がかかるのですが。私は間違いなく、アート映画と親和性が高いのです。

2021年、彼はもう一枚、サーデット・テュルキョズ Saadet Türköz とのデュオ・アルバム『Song Dreaming』(Leo Records)をリリースした。サーデット・テュルキョズは、イスタンブール生まれのカザフ人で、ヴォイス・パフォーマーとしてチーリッヒを拠点に活動しており、河崎純のユーラシアンオペラ・プロジェクトで来日したことがある(→リンク)。こちらは「MUSE」でのアルバムとは全く異なるコンセプトの作品であり、バンド演奏とは異なった即興演奏に対するアプローチを聴けるアルバムである。

(サーデットを知り合ったのは)ずいぶん前だね。2002年のイースト・ミーツ・ウエスト・ジャズフェスティヴァル・ニュールンベルグの時かな。それ以来、定期的にコンサートを開き、スイスのラジオ局で録音する機会もありました。サーデットとの音楽は完全に即興で、彼女のユニークな歌声を様々な音楽の文脈に乗せるのが私の役割であり、野望でもあるのです。私はメロディカも演奏し、時には倍音で歌うこともあります。サーデットは彼女の両親や子供時代の音楽も引用します。彼女は東トルキスタンやカザフスタンといったテュルク系の国々の思い出の音楽を取り上げ、それを即興で歌っています。完全な独学なのですが、彼女は素晴らしい感性の持ち主で独特の雰囲気を創り出すのです。

その前年、コロナ禍が続いていた2020年にはトロンボーン・ソロで『Bright Moments』(Nwog Records)を録音した。ジャズ・ミュージシャンでがトロンボーン・ソロ・アルバムをリリースすることは極めて珍しい。歴史的トロンボーン奏者アルバート・マンゲルスドルフは1970年代にソロ・アルバムを出している。アルバート・マンゲルスドルフと言えば、彼の名前を冠した賞がドイツのジャズシーンにおいて継続的な音楽的業績と重要な役割を果たした傑出した音楽家へ2年に一度贈られているが、2013年にそれを最年少で受賞したのがニルス・ヴォグラムだった。

アルバート・マンゲルスドルフは、私の音楽人生において重要な人物です。10代の頃、彼のアルバムを何枚か聴き、ソロの曲もいろいろ吹いたものです。よく、ソロアルバムを録音する予定はないかと聞かれたし、それを是非聴きたい聴くとも言われていました。私はそのアイデア自体は気に入っていましたが、毎年延期していました。バンドでの演奏、作曲、レコーディングで忙しかったからです。ロックダウンされた時、私は「今しかない!」と思いました。2020年初めは、他のミュージシャンと演奏することはできず、癒しとなる何か創造的なプロジェクトが必要だったのです。それで、ソロの曲を作曲して練習し始めたんです。アルバートのソロ演奏については多く言及されていますが、私自身の個人的なアプローチを見つけたということです。

ニルス・ヴォグラムは、幾つかのバンドでの活動を継続させる他に、即興演奏も行なっている。一例を挙げるならばトロンボーン奏者のコニー・バウワーとのデュオ、この活動も長い。

残念ながら、コニーとは3年近く一緒に演奏していません。でも、この秋にコンサートが予定されていて、とても嬉しいです。コニー・バウアーは唯一無二の存在で、私の楽器であるトロンボーンでは本当に伝説的な存在です。
一緒に仕事をするミュージシャンの多くとは、音楽的に長い付き合いをしています。また、できるだけ長くバンドを続けるようにしています。その方がより深い芸術的成果を得られると思うからです。例を挙げると、2000年にスタートした「ルート70 Root 70」、2004年から続けている「ノスタルジア Nostalgia」、2014年からの「ザ・ヴァーティゴ・トロンボーン・カルテット The Vertigo Trombone Quartet」、2016年に始めたボヤンZ  Bojan Zとのデュオなどですね。
ルート70は、2020年に20周年を迎えたました。ヨーロッパで2回のツアーを計画しましたが、3月の最初のツアーは全てキャンセルになり、ひどくガッカリしました。18公演のツアーを組み立ててきた努力が水の泡になったのですよ。しかし、インターネットでいろいろ検索し、特別な申請をして、2020年9月にバンドでツアーをする方策を見つけました。ロックダウンが続いていたちょっとした隙間だったのです。それは本当に嬉しかったし、信じられない気持ちでした。2021年にもツアーを行い、今年はニューアルバムをレコーディングし、2023年にリリースする予定です。

この数年の活動はコロナ禍の影響を少なからず受けていたと言っていい。それでもなお、禍を転じて創造的な活動に意識を向ける姿勢が3枚のアルバム制作にも繋がったのだろう。最後に上述の活動以外のプランについて聞いてみた。

伝説のギタリスト、ジョー・ザクセ Joe Sachseとアルバムをレコーディングしました。彼は旧東ドイツのコニー・バウアーのような存在で、ユニークなプレイヤーです。コンサートはあまり予定されていませんが、9月にアルバムがリリースされたらチャンスがあるかもしれません。
それ以外には、私の50歳の誕生日の頃に「ノスタルジア」でのツアー、いくつかのソロコンサート、プラハでビッグバンドと私のプログラム<ワーク・スムースリー Work Smoothly>をプレイする予定です。サイドマンとしては、高瀬アキ、ミシェル・ポルタル、ヘニング・ジーベルツとの共演があります。私はこの仕事が大好きです。驚きとチャレンジと素敵な人たちに溢れているからです。

考えてみれば、私がニルス・ヴォグラムを知ったのは2000年のメールス・ジャズ祭だった。その時はルート70での演奏で、若い聴衆が盛り上がっていたのに驚かされたことを思い出す。トロンボーン奏者としての卓越したテクニックと表現性は、その頃から抜きん出たものがあった。そして、着実に活動を継続させ、バンドでのアンサンブルの可能性を今日的に探究してきた。ニルス・ヴォグラムはヨーロッパの現代ジャズのキーパーソンのひとりと言えるだろう。

ニルス・ヴォグラムは、2013年にサイモン・ナバトフとのデュオで、2015年と2017年に高瀬アキのプロジェクトで来日した。写真は3度目の来日時に新宿ピットインで撮影したものである。

 

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初来日に際して書いた記事
Reflection of Music Vol. 28 ニルス・ヴォグラム@スコピエ・ジャズ祭2009
http://www.archive.jazztokyo.org/column/reflection/v28_index.html 

Nils Wogram website
https://nilswogram.com/

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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