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Reflection of Music 横井一江No. 293

Reflection of Music Vol. 86 内橋和久

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内橋和久 @新宿ピットイン 2019年11月6日、ベルリンジャズ祭 2016年11月5日(*)
Kazuhisa Uchihashi @Shinjuku Pit-Inn, Tokyo, November 06, 2019 & JazzFest Berlin, November 05, 2016 (*)
photo & text by Kazue Yokoi 横井一江


内橋和久がベルリンと東京を拠点として活動するようになってから十年以上経つ。彼がヨーロッパで活動しているバンドでの演奏に触れる機会は日本ではあまりなかったが、9月2日からドイツ人ミュージシャンとのバンドSUK[フランク・パウル・シューベルト Frank Paul Schubert (as, ss)  内橋和久 (g, daxophone)  クラウス・クーゲル Klaus Kugel  (ds, per)]で日本ツアーを行っている(→リンク)。

内橋のこれまでの活動を振り返ってみよう。1985年頃からギター奏者として関西で演奏活動を始めた彼は、芳垣安洋のファースト・エディションに参加、1990年にアルタード・ステイツを芳垣とナスノミツルで結成する。彼の活動は単に演奏のみに留まらず、1995年から月一回の即興ワークショップ「ニュー・ミュージック・アクション」を神戸のビッグアップルで開始した。このワークショップを始めるきっかけとなったのは、自分より下の世代がどのようなことを考え、どんなことをしようとしているのか興味があったからで、若い人たちと接点になる場所を作りたいと考えたからだった。神戸で定期的に行うだけではなく、東京また横濱ジャズ・プロムナードでワークショップが行われた年もある。実際、その参加者には、内橋より下の世代の宇波拓、古池寿浩、 江崎将史、高岡大祐らもいた。「ニュー・ミュージック・アクション」からはファンタスマゴリア(岩田江、江崎將史、稲田誠、小島剛、一楽儀光、内橋和久)というバンドも生まれている。

1996年には「ニュー・ミュージック・アクション」の発展形ともいえる「フェスティヴァル・ビヨンド・イノセンス (FBI)」を開催する。テーマは「無知への挑発、無垢への挑戦」。この年は、東京でも第1回「ミュージック・マージュ・フェスティヴァル」、札幌でも第5回「インターナショナル・ナウ・ミュージック・フェスティヴァル」が、それぞれ「音楽の混成」、「「新しい」音楽の誕生に立ち会う」をテーマに開催された。この3つのフェスティヴァルはそれぞれ異なったテーマを掲げていたが、ブッキングでの協力など連携して行われた。残念ながらこの連携は続かなかったが、「フェスティヴァル・ビヨンド・イノセンス」は2000年まで神戸で継続。2001年は休止したものの、2002年にNPOビヨンド・イノセンスを立ち上げ、大阪フェスティバル・ゲート内で、2007年までオルタナティヴ・スペースBRIDGEを運営、FBIもそこに場所を変えて続けられた。FBIには地元のバンドはもちろん、海外から招聘したミュージシャンも出演していた。それらの活動は関西のオルタナティヴな音楽シーンに刺激を与えたことは想像に難くない。私がもし関西に住んでいたら、東京とはまた異なった風景を見ることが出来ただろう。

その後、内橋は2007年にウィーン、そして2013年にベルリンに移ったが、日本での音楽活動も継続させ、日欧で活動している。国内での彼の活動、30年以上不動のメンバー続けているアルタード・ステイツ(内橋、ナスノミツル、芳垣安洋)、外山明とのデュオ「内外」などの様々ユニット、また多くの即興セッションで演奏してきたことはよく知られている。それに限らず、劇団「維新派」の音楽監督を長年に亘って務めた他、演劇、ダンス、映画などの音楽制作、またUAやくるりのプロデュース、ツアーメンバーとしても参加するなど多岐にわたっていることについても然り。国内での活動に比して、ヨーロッパでの活動はあまり知られていないので、それについて少し書いておきたい。

ツアー中のSUKは今年始動したバンドで、クラウス・クーゲルの発案で始まった。2019年に内橋がキュレーターを務めたオーストリア、ヴェルスのフェスティヴァル、ミュージック・アンリミテッドにジョー・マクフィー・トリオで出演していたクラウス・クーゲルが内橋の演奏を見て、ベルリン在住のフランク・シューベルトとトリオ編成でやってみないかと誘ったことから始まった。ベルリンのスタジオで一緒に音出しをするまでは、内橋は彼らと共演したことはなかった。セッションで好感触を得たことから今年4月にザクセンのギャラリーでトリオで演奏をする。そして、日本ツアーへと繋がったのだ。ツアーに合わせてCD『Black Holes Are Hard to Find』(NEMU Records) がリリースされるが(公式発売日は10月1日)、これはベルリンのスタジオで3人が初めて顔を合わせた時の録音だという。

クラウス・クーゲルについては沖至〜ミシェル・ピルツ・カルテットで来日したことを記憶している人がいるかもしれない。ジョー・マクフィー・トリオ、ケン・ヴァンダーマークとのトリオ、ガネリン・トリオ・プライオリティ(ヴャチェスラフ・ガネリン(p,syn,per)、ピャトラス・ヴィスニャウスカス(as,ss)、クーゲル)他、多くのミュージシャンと共演してきただけではなく、NEMU Recordsを立ち上げて様々なCDをリリースしている。フランク・シューベルトはヴィリー・ケラーズ、ジョン・エドワーズ、ポール・ダンモール、またギュンター・ベビー・ソマーやアレクサンダー・フォン・シュリッパンバッハを始めとするミュージシャンと共演しているサックス奏者だ。

他の主な活動は、アキム・カウフマンのSKEINの大編成版(ベルリン・ジャズ祭で撮影した写真はこのバンドで出演した時のもの)、 ENTRAINMENT (フランク・グラトコフスキ Frank Gratkowski、内橋、ダン・ペーター・スンドランド Dan Peter Sundland、スティーヴ・ヘザー Steve Heather )。今一番やっているというイギリスのモジュラーシンセ奏者リチャード・スコット Richard Scottt とのデュオAWESOME ENTITIES、アクセル・ドゥナー、高瀬アキとのKANONは、それぞれユニット名がタイトルのCDがdoubtmusicからリリースされている。他に、主にイギリスで活動しているロジャー・ターナーとのデュオ、昨年ライヴ・アルバム『live at Enjoy Jazzfestival 2020』(Fixcel  Records) をリリースしたマニ・ノイマイヤーとのデュオが挙げられる。2019年に日本ツアーしたサインホ・ナムチラクとのデュオKAZU SAINでもコロナ禍以前はよく演奏していて、今年中国のレーベルからアルバムを出す予定とのこと。また、2011年、2013年に「今、ポーランドが面白い」というイベントを行っているようにポーランドのミュージシャンとの交流も続いていて、向こうで演奏することも度々あるという。

内橋とハンス・ライヒェル、そしてダクソフォンとの出会いについても触れておかないといけない。彼はハンス・ライヒェルが創作した楽器ダクソフォンの奏者としても知られている。ダクソフォンは、タングという形状の異なる様々な木片をダックスと名付けたギターのフレット部分を切断し裏返したような器具で押さえ、弓弾きする。木片を置く台にはコンタクト・マイクが接続されていて、木片が出す音をピックアップするという仕組みだ。この楽器が発するサウンドは面白くユーモラスで、人の声にも動物や虫の声にも聞こえる。ライヒェルはそれを多重録音してオペレッタを作り、CDを2枚出している。内橋は、1991年にハンス・ライヒェルが来日した時に知り合い、1993年にライヒェルに招かれてFMP主催のワークショップ・フライエ・ムジークに出演した。その時は彼の自宅に滞在、時間があるとダクソフォンを弾いて遊んでいたという。1996年に内橋がライヒェルを日本に呼んだ時に「ダクソフォンをやりたいか」と聞かれ、「もちろん!」と答えたところ、ライヒェルは帰国後にダクソフォンを彼に送る。そこから、内橋なりのダクソフォンの探求が始まったのだ。二人はデュオで何度か共演もしている。2006年にベルリンでこのデュオを見た時、異なるイントネーション、言葉遣いでのやり取りが面白かったことを思い出す。そして、2022年にはダクソフォンの多重録音盤『Singing Daxophone』(innocent record) をリリースする。ジェイムズ・ブラウン、クイーン、レッド・ツェッペリン、ブリジット・フォンテーヌ、サイモン&ガーファンクル、ボブ・マーリーなど誰でも知っている曲を取り上げ、あたかも口ずさむように楽しげにダクソフォンに歌わせているのだ。また同時にライヒェルの『Yuxo: A Daxohone Operetta』(innocent record) も再発している。

その活動からわかるように、演奏家として音楽に向き合うだけではなく、音楽シーンの形成にも関わってきた姿勢は、ヨーロッパのミュージシャンと通じるところがある。そして、狭いジャンルやカテゴリーに捉われないオープンなマインドが、新たな出会いと表現の柔軟性、変化に富んだサウンドを創り出している。

Hans Reichel & Kazuhisa Uchihashi @Total Music Meeting, Berlin, November 02, 2006



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横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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