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Reflection of Music 横井一江No. 304

Reflection of Music Vol. 92 ヴャチェスラフ(スラヴァ)・ガネーリン


ヴャチェスラフ(スラヴァ)・ガネーリン @メールス・フェスティヴァル2023
Vyacheslav (Slava) Ganelin @Moers Festival, May 27, 2023
photo & text by Kazue Yokoi 横井一江


作曲家でピアニストのヴャチェスラフ(スラヴァ)・ガネーリンは、旧ソ連のフリージャズを語る時に最初に名前が出てくる一人だろう。私が彼の存在を知ったのは、英国Leo Recordsからリリースされた『Ganelin, Tarasov, Chekasin / Live at East Germany』(1980) だった。まだ東西冷戦下だった頃、旧東側のレコードはごく僅かしか流通していなかった。それゆえに、ソ連や東欧の音楽状況は一部のコアなファンを除いて馴染みのない世界で、レコード屋でLPを見かけることも稀だった。しかし、英国のレーベルからリリースされたことで、フリージャズ・ファンの間での認知度が上がったように思う。その後『Ganelin, Tarasov, Chekasin / CON FUOCO 』がリリースされた時は、ガネーリン・トリオをして「ソ連の山下トリオ」ということが言われていたような記憶がある。確かに、ガネーリン(ピアノ)、ウラジーミル・タラソフ(ドラム)、ウラジーミル・チェカシン(サックス)という編成は同じだが、その音楽性を考えるとちょっと無理がある比喩だったなあと今にして思う。

ソ連でゴルバチョフが書記長になり、ペレストロイカを始めて環境が変化したこともあって、ソ連の最前線にある音楽・芸術に対する関心も世界的に高まる。1991年には『ユリイカ』や『現代詩手帖』が相次いて特集を組んでいた。ソ連のジャズについても同様で、ロンドンのBBCで働いていたロシア人レオ・フェイギンは自身のLeo Recordsがソ連のジャズ、とりわけ最先端の音楽をLP/CDで1980年代から次々とリリースしていただけに日本でも興味を持つ人が徐々に増えていったように思う。そして、1989年には高橋悠治が日米ソ連のミュージシャンが出演する「開かれた地平」と題した画期的なイベントを行なった。ソ連からは、セルゲイ・クリョーヒン、ウラジーミル・チェカーシン、ウラジーミル・タラーソフ、ワレンチーナ・ポノマリョーヴァが来日したが、そこにガネーリンの名前はなかった。チューリッヒで同年に行われた「ソビエト・ジャズ・フェスティヴァル」にも彼の名前はなく、ソ連の音楽シーンを西欧や日本から関心が向かっていた時期なのに、ガネーリンは私の視界から消えてしまったのである。彼が1987年にイスラエルに移住したことを知ったのは、ローマで出会ったマリオ・スキアーノとの雑談においてだった。スキアーノは訪ソした時にトリオとの共演盤『A Concerto in Moscow』(Free Records, 1986) を録音している。

1944年生まれのガネーリンは、モスクワから一家で移り住んだヴリニュスのリトアニア音楽演劇アカデミーで学ぶ。彼がまだ学生の頃、ヴィリニュスを訪れたタラーソフと出会い、二人はヴィリニュスのカフェ「ネリンガ」でジャズの演奏を始めている。その後、チェカーシンと知り合ったことで、1971年にガネーリン・トリオがスタートした。当時アカデミックな音楽教育を受けていたガネーリンは既に作曲家としても多方面で活動を始めている。このトリオはガネーリンがイスラエルに移住するまで続く。現在は完全即興演奏を身上とするガネーリンだが、ソ連時代のトリオでは、作曲された作品がベースにあり、そこから自由な即興演奏が展開されていた。これはガネーリンが演奏活動を始めた頃にジャズからスタートしたことから、その形式に依っていたようである。とはいえ、作品自体ユニークでそこから発生するバリエーションもまた豊かであり、それゆえに欧州のフリージャズとも即興演奏とも異なった独自の音楽が構築されたのだ。このトリオについてはタラーソフが著書『トリオ』(鈴木正美訳、法政大学出版局、2016)(→リンク)で詳しく記している。

今年(2023年)のメールス・フェスティヴァル(→リンク)でガネーリンは1999年から折に触れて活動しているピャトラス・ヴィスニャウスカスとクラウス・クーゲルとのガネーリン・トリオ・プライオリティーで出演した。ヴィスニャウスカスは1980年から活躍しているリトアニアを代表するサックス奏者。ドイツ人ドラマーのクーゲルは1997年にミシェル・ピルツ〜沖至カルテットで、昨年は内橋和久とのSUKトリオで来日しているので観た人もいるだろう。ガネーリンはピアノの上にシンセサイザーを乗せ、横にはドラムスを置いていた。ピアニストとしても名手なのに、何故このようなセットで演奏するのかと尋ねたところ、より多彩なサウンドとコントラストを得るためだとのこと。たしかに、音楽の中心にあるのはピアノだが、シンセサイザーを用いることで音色も豊かに、音響的にもバリエーションがぐっと広がり、独自の世界を創出していた。

現在イスラエルに住むガネーリンは、様々なミュージシャンと演奏活動を行なっている。活動中のトリオだけでも幾つもあるという。最近作としては、2020年に来日しているサックス奏者アレクセイ・クルグロフとジャズ・グループ・アルハンゲリスクのメンバーでもあったドラマー、オレグ・ユダノフとの『Ganelin – Kruglov – Yudanov / Access Point』(Losen Record, 2021) が挙げられる。ガネーリンの演奏家としての活動は全て完全即興で、時にメロディアスであったり、多彩なマテリアルを駆使してスポンテニアスな演奏ながらも、その構成の巧みさは他に類を見ない。そこには即興演奏への彼一流の捉え方があると同時に作曲家としての視座も感じる。彼の音楽的関心は開かれており、演奏家としてだけではなく、映画音楽やミュージカルを始め様々な作曲活動を行う傍ら、教育者としてエルサレム音楽舞踊アカデミーでピアノや作曲を始め幾つもの教科で教鞭を取っているという。

新たな創造を常に追い求めているというガネーリン、イマジナティヴで開かれた音楽観といい、他に類例を見ない唯一無二の音楽家である。


Ganelin Trio Priority [Vyacheslav (Slava) Ganelin, Petras Vysniauskas, Klaus Kugel] Moers Festival 2023

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Reflection of Muisc vol.44 ウラジーミル・タラーソフ
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Reflection of Music Vol. 72 アレクセイ・クルグロフ
https://jazztokyo.org/column/reflection-of-music/post-49089/

CD Review No.333
『Ganelin Trio Priority/Live at the Lithuanian National Philharmony Vilnius 2005 』
https://www.archive.jazztokyo.org/newdisc/333/ganelin.html

#38 第52回メールス・フェスティヴァル 2023

#38 第52回メールス・フェスティヴァル 2023 52. Moers Festival 2023

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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