音楽ドキュメンタリー『エリス&トム ボサノヴァ名盤誕生秘話』
日本上映用DCP音声トラック・リマスタリング
text by Seigen Ono オノ セイゲン
公開になった音楽ドキュメンタリー「エリス&トム ボサノヴァ名盤誕生秘話」の日本上映用のDCP(Digital Cinema Package)音声トラックのリマスターを急遽、担当しました。
2022年製作/100分/ブラジル
原題:Elis & Tom: Só Tinha de Ser com Você
配給:ディスクユニオン
劇場公開日:2026年3月6日
監督;ホべルト・ヂ・オリベイラ、 ジョム・トブ・アズレイ
アルバム「Elis & Tom」は1974年2月、アメリカ・ロサンゼルスのMGMスタジオで録音されました。ブラジルのスター歌手エリス・レジーナ(1945年3月17日 – 1982年1月19日、録音時29歳)と、1960年代に「イパネマの娘」の大ヒットで世界的人気を博し、アメリカで活動していたボサノヴァの創始者のひとりアントニオ・カルロス・ジョビン(トム・ジョビン1927年1月25日 – 1994年12月8日、録音時47歳)が共作した最重要・名盤。60年代に〈イパネマの娘〉などすでにアメリカでも偉大な作曲家として名声を得ていたトム・ジョビンと、エリスの2人目の夫であるセザール・カマルゴ・マリアーノ(1943年9月19日、録音時31歳、現在82歳で元気でニュージャージーUSA在住)は、アレンジ、ピアノ、エレビでも参加。そのスリリングな奇跡のレコーディング現場の映像が残っていたことは衝撃です。この映画は60年代のジェリー・マリガン(1927年4月6日 – 1996年1月20日)、フランク・シナトラ(1915年12月12日 – 1998年5月14日、1966年に『フランシス・アルバート・シナトラ&アントニオ・カルロス・ジョビン』を発表、グラミー賞最優秀アルバム賞にノミネート)から先年亡くなったウエイン・ショーター(1933年8月25日 – 2023年3月2日、おそらくzoom)のインタビューまで、ヨーロッパツアーの人気絶頂だったエリスの各国のテレビ映像から、集めるのも本映画用に許諾を取るのもたいへんな苦労だったのではないかと推測します。そこに現代のインタビューを追加したドキュメンタリーです。共同監督のホベルト・ヂ・オリベイラは、エリスのマネージャーを務めた後、テレビ局でディレクターやプロデューサーを務め、本編でしか知られなかったエピソード、繰り返し観るとそうだったのかと思わせる、当時のエリスの複雑な心境や混乱した現場について証言しています。
ボクの手元にこのアルバム「Elis & Tom」(UICY-94153 紙ジャケット仕様。オノ セイゲンによる2001年DSDリマスター音源のCD)の元となるDSDマスターがあるのです!
CD「Elis & Tom」2001年DSDリマスター
https://www.universal-music.co.jp/p/uicy-94153/
2001年にボクがユニバーサル「ドミンゴ」(UICY-3520)、ナラ・レオン「美しきボサノヴァのミューズ」(UICY94154)などと同時にDSDリマスターした最高のコンディションのものです。2001年当時、登場したばかりのスーパーオーディオCD用のフォーマットです。完全一致曲は、インタビュー画面とクロス、そのほかのインタビューや演奏シーンは全カットごとにEQしました。ボクが「ニュー・シネマ・パラダイス」<完全オリジナル版>Blu-rayのマスタリングをしたときに匹敵する細かい作業を施しました。
https://eiga.com/news/20250206/9/
映画が始まって冒頭すぐ〈Águas de Março(三月の水)〉 CD1曲目/SACD4曲目
26分あたり〈Retrato em Branco e Preto(白と黒のポートレイト)〉★CD8曲目/SACD 23曲目
ここらから怒涛のエリスのフランス、イタリア他ヨーロッパでの大活躍から、フランク・シナトラと〈イパネマの娘〉をテレビで演じる場面もドキドキです。そして〈Só Tinha de Ser com Você(ソ・チーニャ・ヂ・セール・コン・ヴォセ)〉、〈Soneto de Separação(別れのソネット)〉、〈Chovendo na Roseira(ばらに降る雨)〉、85分あたりからは〈Modinha(モジーニャ)〉★CD4曲目、そして〈Pois é(ボイズ・エ)〉★CD2曲目、〈Por Toda Minha Vida〉★CD10曲目/SACD 21曲目、エンディングにも〈Águas de Março(三月の水)〉
「オーディオルーム新文芸坐」(東京・池袋)など映画館で音響調整する場合は、一本の映画全尺に対してトータルで「ひとつのEQ設定、ボリューム設定」をします。それだけでもすごく観やすくなります。(アニメやメジャーの映画の場合は何もいじらなくても問題ないように仕上げられているべきですが)古い映画や予算の少ないドキュメンタリーなどは、収録した環境やダビングした部屋の音響が良くなかった場合には、そのルームEQカーブがそのまま反映された音になってしまうのは仕方ないとはいえ、映画館では上映の前日に映写係はせめてボリュームチエックくらいはしてほしいものです。今は日本中どこの映画館でもデジタルのシステムでどんな調整でもできる設備が入っていますが、それを触らせない「残業禁止だしそのアプリはオフィスで見たことはあるけど触ったことはない」(ある大手の映写アルバイトさん)これが映画館から客離れが進む一番の原因です。「いい音の映画」を「いい音の映画館」で、みんなで観るのはサブスクでは決して到達できない、感受性の高い10代の若者には人生を左右する経験となります。
https://eiga.com/news/20230709/4/
★ Vol.7 「エリス&トム ボサノヴァ名盤誕生秘話」
★ Vol.6「Eno」ブライアン・イーノの偉業 美術キュレーター藪前知子さんとトーク
★ Vol.5 小冊子「いい音の音楽、いい音の映画」
★ Vol4.「ニュー・シネマ・パラダイス」鼎談 インターナショナル版と完全オリジナル版の違い、フェリーニの影」
★ Vol3. 「トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代」相原裕美監督
★ Vol.2「映画館の音環境について」
★ Vol.1 「映画の半分は音である」
★ ヴェンダース「ベルリン・天使の詩」 湯山玲子&オノ
2010年頃から世界的に映画館のデジタル化が進み、DCPが標準的な上映形式となりました。大手シネコンのみならず、中小規模の映画館も生き残りのためにデジタル・プロジェクターの導入は必要不可欠となりました。これにより、配給会社は物理的なフィルムを配送する必要がなくなり、インターネット回線などを通じてデータを映画館へ直接配送できるようになりました。直近ではそのDCPの配給システムを利用して、毎日、観るたびに編集バージョンが異なるという実験的な『ENO』は観客は何度も足を運ぶというイベント上映のような新しい試みも成功しています。
https://enofilm.jp/
https://www.jas-audio.or.jp/journal-pdf/2013/05/201305_011-016.pdf
映画館からやや遅れてBlu-ray化する場合には、LPCM 48KHz24bitのデータがボクのところに渡される。スペックとしては44.1KHz 16bitよりハイレゾである。そこから音楽の設備でマスタリングしている。
各シーンへの没入感は圧倒的に高まります。(もっとも映画館のお客さんはマスタリング前を聴けるわけではないのですが)、この映画用にDCP音声トラック5.1ch 48KHz24bitをリマスターしました。これはボクにとっての「生きているあいだにやれること」なのです。
4Kも大事ですが、映像それぞれのシーンに付く音の音質が良くなると、各シーンの没入感が格段に上がり、映像は細部までよりリアルにより美しく見えます。監督が作ったまま、元のダビングのまま、僭越ながらボクはなにも変えてないのに素晴らしくリアルな音に仕上げられました。ボクは音声リマスターが完成した映画をスタジオで見ながら、いろんな想いが重なり号泣してしまいました(笑)
まずは素晴らしい楽曲があり、歌と演奏、アレンジが素晴らしい、そしてエリスとトムを組み合わせるという発想がすごい!ブラジルを代表する、いや世界レベルで最高のミュージシャンと、この名盤が生まれた状況、その時のスタジオの様子や当時31歳だったセザール・カマーロ・マリアーノ(今は彼の家族、親戚含めて僕の友人です)、その背景、ブラジル、南米の歴史、あらゆることが映画から見えてきます。これは正に奇跡のアルバムです。
SACD Hybrid『Jazz, Bossa & Reflections Vol.1』
Verve (ジャズ)と ブラジル Philipsの名盤から選曲、マスタリングを手掛けたコンピレーションSACD Hybrid アルバム「Jazz, Bossa and Reflections Vol.1・Compiled and Mastered by Seigen Ono」はこちら
https://saidera.co.jp/labels/sr/pg1083.html
https://www.universal-music.co.jp/p/ucgu-9072/
(ユニバーサル ミュージック/4,400円税込)
ジャズ、ボサノヴァ初心者は必聴、コアな音楽ファン、オーディオファンも楽しめる一家に1枚必須なアルバムです。「三月の雨」をはじめ、映画で出てくる重要な楽曲はこのアルバムにも最高の音質で入っています。できればなるべくいいスピーカーでお楽しみください。JazzとBossaが、シンクロするような選曲が魅力です。入門編、初めてジャズ、ボサノヴァを聞く10代の方にも、長年のファン、プロの評論家の方にとっても、オーディオのリファレンスにもなるような、ハマってしまうと人生を変えるほどの力がこの音楽にはあります。聞いてみたけど、そうでもなかった……と感じた方はボクが半額で買い取らせていただきます(笑)!
80年代、カエターノ・ヴェローゾからブラジルへ
1970年代、高校生の頃、神戸の輸入レコード店で、ロック、ジャズなどジャンル関係なく聞いていたレコードにアントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルトが含まれていたわけですが、当時、高校生だったボクにはこれは響きませんでした。ところが、ボクのブラジルへの強烈な引きは、80年代にカエターノ・ヴェローゾの声とそのポップな音に出会ったところからでした。日本で輸入アルバムを追いかけていくうちに、ボクはニューヨークに通い出しました。自分のレコーディングにナナ・バスコンセロスやジョン・ゾーン、ビル・フリザールらが参加してくれたり、アート・リンゼイからマリサ・モンチを紹介されたり、そんなタイミングで渡辺貞夫さんから「セイゲン、ブラジル行くぞ〜」と声をかけられ、ボクにとって初めてのブラジルは、1988年1〜2月、貞夫さんがエリス・レジーナに捧げた名盤『エリス』の録音でした。リオ・デ・ジャネイロに6週間も滞在したのです。渡辺貞夫『エリス』のアレンジとピアノは、セザール・カマーロ・マリアーノ(César Camargo Mariano)、ドラムはパウロ・ブラガ(Paulo Braga)、ベースはニコ・アスンサォン(Nico Assumpção)他と最高のメンバーです。ここからボクは17回もブラジル訪問することになるわけです。
87年の12月末に東京でコム デ ギャルソンの打ち合わせがあって「3月の(パリの)ショーに“赤”を使う」ということを知りました。もちろんトップシークレットです。で、そのまま年が明けて、真夏のブラジルにわたりブラジル流の録音が始まります。ボクはシェラトンホテルでブラジルの国民的スターであるマーレーニに出会い、彼女はボクに毎晩サンバのステップを教えてくれました。エディオット・ピアフの親友ですよ!東京からホテルに電話がかかってきて「3月のショーに使う赤は“フォークロアの赤”です」と伝言が入りました。なんというミラクルでしょう(笑)。ボクの中で化学反応が起き、“フォークロアの赤=1950年代のスローなカーニバル”が繋がってしまったんですね(『COMME des GARÇONS SEIGEN ONO』disc-2の2曲目に収録されたメドレー〈Pastorinhas/Bandeira Branca/Mascara Negra〉)そのセッションにマーレーニは、エリオ・デルミロ(Helio Delmiro)ギターを呼んでくれたのです!
1970年台のエリス・レジーナの最高のバンドは、ピアノ:セザール・カマーロ・マリアーノ(César Camargo Mariano)、ベース:ルイゾン・マイア(Luizão Maia)、ドラム:パウロ・ブラガ(Paulo Braga)、天才ギター:エリオ・デルミロ(Helio Delmiro)でした。ルイゾン・マイアは90年代から東京在住でしたね。
1979年7月20日スイス、第13回モントルー・ジャズ・フェスティヴァル、この映画はそのブラジルどころか、世界最高のバンド(モントルーに出ているこのメンバー)なのです❗️
91年、モントルー・ジャズ・フェス出演へ
1991年に第25回モントルー・ジャズ・フェスティバルでは、(ソニーがHDVS=アナログ・ハイビジョン中継車を送り込み)、マイルス・デイビスが亡くなる3ヶ月前の歴史的なパフォーマンスとなったクインシー・ジョーンズ指揮のダブル・オーケストラ、ギル・エヴァンス作品再演)を含む全てのコンサートをハイビジョン収録していたのです。ボクはこの時のSony VideoHi8のデモンストレーション用のミキシングを信濃町ソニースタジオに10日間ほど泊まり込みで仕上げました。それをいたく気に入ってくれた創始者クロード・ノブス:「あなたはほかに何をしているのだ?」というので『Bar del Mattatoio / Seigen Ono』(SD-1003)のラフミックス・カセットを差し上げたのです。なんと「これを来年のMJFでやりなさい!」ono:「いやいや、これはバンドではなくてボクがニューヨークやサンパウロ、パリなど24トラックテープ上で録音でみんな住んでる国が違うのです。」「じゃあ、モントルーに集めればいいじゃないか!」となり実現してしまったのです!93、94年と2年も続けてです。ノブスさんはブラジル大好きで、1979年、第13回モントルー・ジャズ・フェスティヴァルのエリス・レジーナを思い出しながら、94年はステージでカイペリーニャを飲みながら踊っていました。『Montreux 93/94 Seigen Ono Ensamble』のライナーノートはクロード・ノブス、同時に発売した『Bar del Mattatoio / Seigen Ono』はカエターノ・ヴェローゾです。(90年代にはボクはサンパウロでSeigen Ono Ensambleを組んでいました。)サンパウロには友人が多くできて、なんとその縁で、晩年のアントニオ・カルロス・ジョビンのコンサートにジョアン・ジルベルトがゲスト出演するというビール会社Brama主催の招待客だけのコンサートも観ることができました。ふたりの共演はそれが最後でした。なんとふたりのサイン入り本は、先の2枚のアルバムと共に家宝です。
https://www.arban-mag.com/article/30781
オノ セイゲン 録音エンジニア
録音エンジニアとして、ジョン・ゾーン、アート・リンゼイ、マーク・リボー、オスカー・ ピーターソン、キース・ジャレット、マイルス・デイヴィス、キング・クリムゾン、青葉市子、日向敏文、渡辺貞夫、 加藤和彦、坂本龍一など多数のアーティストのプロジェクトに参加。96年「サイデラ・マスタリング」を開設。DSDレコーディグ、オーディオや音響空間のコンサルティングなども手がける。近年ではヴェンダースboxほか映画のBlu-rayのリマスタリングや「オーディオルーム新文芸坐」も話題に。
一方でアーティストとしては1984年にJVCよりデビュー。1987年に日本人で初めてヴァージンUKと契約。4回のスイス・モントルー・ジャズフェス出演、アルバム『COMME des GARÇONS SEIGEN ONO』が2019年度ADCグランプリ受賞。
http://www.saidera.co.jp/seigen.html





