デレク・ベイリーを論ず(4) 金野 Onnyk 吉晃

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text by Yoshiaki Onnyk Konno 金野 Onnyk 吉晃

1.独奏からデュオへ

ベイリーはヴェーベルンを研究し、自らの語法とサウンドを確立した頃、それを確認するかのように幾つかのソロを録音した。
それらは決して冗長なものではなく、曲ごとの意識の違う短い演奏を編集したものだった。インカスの2番はその印象が強い。 1975年、イタリアのCRAMPS/DIVersoでのソロは当時の彼の頂点を示していると思う。
またそれに至る過程として、希なディストリビュートの形態だが、73年録音のオープンリールのテープそのものでインカスから発売された4本のソロアルバムも存在する。後にこれらはまとめてCD『TAPS』となった。 少し長めなソロはインカスでの『LOT 74』(1974) のA面全体を占める演奏がある。

ベイリーの関わる演奏が長くなるのは、むしろアンサンブルにおいてだ。
カンパニーでもそうであるが、個々に内包する即興的演奏セットを持ったプレイヤー達がリングにあがって音の探り合いを始めるからである。
しかし、勝敗を決する訳ではないから、それぞれの手法が合致しなくても良い。すれば解決点を見いだし短くなるだろう。 見いだせず、平行したり、12音技法のように逆行・反行したり、あるいは共演している誰かのフレーズを反復したり変奏することで、意思疎通を図って行く。
全く無視する場合もある。無視もまたひとつの認識・行為である(高柳昌行の言)。しかし周囲を把握していない限り無視は出来ない。
その意味ではデュオは、対話的で分かりやすいだろうが、決して対話・呼応する必要は無いのだ。
即興演奏のデュオに好例は多々あるが、ECMでは小編成の作品を多くリリースしており、初期の傑作の一つ『Music From Two Basses/ Dave Holland,Barre Phillips』はまさに対話型。
一方『Improvisations For Cello And Guitar/ Dave Holland, Derek Bailey 』(1971) はむしろ両者の語法の差異が興味深い。 

前者の対話型の共演が理解されやすく演奏終了に安堵、解決感、快哉を叫びたくなるような調和を感じるのに対し、後者の演奏はぎりぎりまで解決しない、不和とさえ思えるような危機感、不安を齎す。
それが無調の意義である。これが我々の時代の、まさに不協和音の音楽であり、即興演奏である。
この録音でのベイリーは、ホランドによって支援され、刺激を受け、時には導かれているようにさえ聞こえる。 このアルバムよりも先行する1970年の2人のデュオ・ライブでは(Youtube上に公開)、ベイリーは対等以上の存在感がある。ただ、このアップされた演奏は編集されたものとして、完結したセットではないように思う。
だからといってホランドはチェロの方が良いと言っている訳ではない。ある意味、ベイリーはECMでの
デュオは、よく歌うチェロに対して、意図的に訥々とした表現を試みようとしているのかもしれない。

ホランドは、英国では(ベイリーと共に)SMEへ参加しており、渡米してマイルス・コンボを経て、エレクトリックベースも演奏し、ロック的イディオムもこなし、さらに悲運のアンサンブル、「サークル」において、多様な個性と豊富な演奏経験をしてきた(「サークル」の71年のアルバ『Gathering』ではチェロの他にギターも演奏している)。いずれホランドの抽き出しは多彩であり、しかもそれぞれに完成度が高い。とくにここではチェロという、よく「歌う」楽器を選んでおり、伝統的から特殊な奏法までダイナミックに展開している。その一つの大きな理由は、チェロが弓弾きとピツィカートでは全く表情を変えてしまうことだ。
弓弾きはギターの奏法には基本的にはなかった。ギターは指板が平らなので構造上無理である。が、ベイリーはそれの代わりとなる方法を発見した。
エレクトリックギターの演奏でヴォリュームペダルとファズを組み合わせる事で、それまでのギターにはないような、一音ずつがアタックなしで立ち上がってくる独特のサウンドを獲得した。これはファズボックスを併用しなければ、効果的ではない(ディストーション、サステイナーでも可能)。ファズの半ばフィードバック効果により、ギターサウンドが減衰しないから、ベイリーは単音をゆっくりと立ち上げたり、逆に急激な減衰も可能で、自在に音価(持続)を足で制御できた。
それまでこうしたギターサウンドが無かった訳ではなく、ヴァイオリン奏法とも言われた。手元のボリュームを指で滑らせてコントロールしたり、ヴォリュームペダルの使用もあったが、主にロックギタリストが用いていたし、演奏の全面に展開する事はなかった。
ホランドの弓弾きの瞬間だけを聴けば、似ている響きとしては、入間川正美のチェロだろう(余談だが、筆者は入間川と共演経験があり、アルバム『THE UNSAID』にも収録している)
先ほど書いたが、ベイリーはECMのデュオにおいては意図的に、ペダルによる音価のコントロールを抑制している。バーデン・バーデンでのライブ、ホランドがベースに専念している演奏では、かなり多用しているにかかわらず。
何故、そうしたのか。
あくまで推論だが、ホランドのチェロが弓弾きで歌い上げるとき、同様のサウンドで応えることを良しとしなかったのではないか。つまりある意味ナチュラルで滑らかなチェロの音響に対して、どちらかというとエレクトリックでラフな、引っかかりの多いサウンドで、対比を際立たせているように思う。
そう意識して聴くと、先行するライヴ、ホランドがベースを弾く共演は、どこかあまりにも調和的に過ぎて却って平板な印象が残る。
ECMでのデュオの演奏を長いものにしているのは、両者のサウンドの拮抗関係が持続する緊張を生み、調和を見いだせない、いや見いだす事を拒否し、つまり、止揚に至らない弁証法を齎(もたら)したからである。 誰しもが聴いてわかることだが、そして、このアルバムでも、ある瞬間いかにも「終わる」という景色が見え、そこで終わる演奏は緊張感を解放して安堵させる。
そこで初めて演奏は音楽となり、音楽は記録され、記録は作品となり、作品は商品となる。我々はその過程を経巡ったそれを再び聴く。各々の場所で、環境で、条件で。

2.デュオから、新しい形の集団即興「カンパニー」へ

終わる演奏は緊張感を解放して安堵させる。
これこそ、調性音楽の伝統、すなわちディアトニーク音階の中でドミナント、サブドミナント、トニックのカデンツの流れ、あるいはライトモチーフ(テーマ)提示〜展開〜帰納、というようにして緊張乃至高揚感の緩和=解決による音楽終了への過程に近いとさえ言えよう。これは一つの物語的作用でもある。 ジャズ、フリージャズならばまだ調性の残滓はあるし、テーマもあり、解決へ向かう構造は維持されていると言っても良い。
しかしテーマも調性もないフリーミュージックにおいては、いきなり緊張が沸き起こり、それが演奏者間の共感〜終焉の期待を見いだすまで、探り合い、あるいはそれを予感しつつ拒否し、延長し、そこに至るかに見えつつ、また一旦着地するかに見えて再離陸を何度も繰り返することさえある。
演奏者達も聴衆と同じく、演奏というよりは制限のない、そして勝敗もない試合の場を共有する。
先ほど、調性音楽における物語性と書いたが、その意味ではシナリオの無いドラマなのだ。だから、耳の肥えた聴衆ならば、あるいは技巧派、百戦錬磨の演奏者ならば、パフォーマンスの始まる前から、無い筈のシナリオを見て取る事ができよう。またそれを裏切ってみせる事も。

以前、中野の「プランB」で田中泯と吉沢元治の共演があった。その後に、聴衆との対話の時間がもたれた。誰かの発言に対し、吉沢は語った。
「相手がこうきたから、こっちはこう返すというレベルじゃないんだよね。同時に起こることや先が見えてないとね」
田中はそれに同意した。この意識は、将棋や囲碁にも通じるかもしれない。アンソニー・ブラクストンがチェスを愛好するのもむべなるかなである。

「落としどころ」が見えるか否かは、極めて微妙な問題である。
同じくデュオの即興で以下の録音を聴き比べてみるのも良いだろう。三枚ともサックスとギターのデュオであり、異質な楽器同士であるから、それぞれの音を辿りつつ対比し、かつ既に記録となった過去であるから俯瞰する意識で鑑賞できる。
しかし、アルバムというものは、録音状況(ライブ、スタジオ)や編集によって、いやむしろ編集者の意図でいかようにも違う印象を残せる。その点は多くの作品を聴いて自ら学ぶしか無いだろう。
デレク・ベイリー、エヴァン・パーカー『ロンドン・コンサート』、高柳昌行、阿部薫『解体的交感』  、フレッド・フリス、ジョン・ゾーン『ジ・アート・オブ・メモリー
また打楽器奏者とサックスのデュオは、割に「落としどころ」が見えやすいものだが、以下の2枚は決して高揚せずに、互いの「手」を楽しんでいる感があり興味深い。 エヴァン・パーカー、ジョン・スティーヴンス『ロンゲストナイト』 、ヴィレム・ブロイカー、ハン・ベニンク『ニューアコースティックスウィングデュオ

テーマの無いフリーミュージックにおいて、トリオになるとまた位相は変わる。三者独立、あるいは二者対一者、三者の合一といった意識を見て取ることが可能だ。2人では派生しない政治的問題が3人では現れる。これは役割の決まった通常のピアノトリオや、トリオソナタ等の形式とは全く違う鑑賞意識が必要である。

75年、ベイリーの主宰した「カンパニー」は、集団即興を構成する、画期的なアイデアであった。それはベイリーの意思が行き届き、ある意味彼自身を即興演奏の権威として知らしめるに足る物だった。
カンパニーは年一回、招集される即興演奏家のプールだ。顔ぶれは毎年変わる。それを選ぶのはデレク・ベイリー監督である。当初、それはデュオやトリオの形で、レコードで姿を現した。そこには極めて濃縮された英国的な室内楽的即興演奏の姿があった。
それは次第に集団を大きくし、十人を越える事もよくあったが、全員で演奏しない事、事前の打ち合わせの無い事が基本だった。しかし田中泯が参加した時、彼はそれに反対した。これにはベイリーも当惑したらしい。
後には田中が、ベイリーを招いてミルフォード・グレイヴスとMMDなるユニットを作り日本各地で公演したのであるが、これは三者がそれぞれの方向を向いていた。二度のライブを見て私はそう感じたのである。

前述したように、編成が大きくなると演奏は、彷徨する。それを全体性として把握するのは難しくなる。アンサンブルとは総体の意味だが、全体とはアドルノの言うごとく虚偽なのであろうか。つまり全体と言いうる視点(比喩的な言い方だが)は誰の物なのか。聴取者は、あたかも指揮者の如く、録音エンジニアのごとく、神のごとく、全体を把握できるのか。
よくあることだが、ある演奏のステージを一台のカメラで録画すると、その撮影者が、各瞬間に興味、関心を持った演奏者ばかりが撮影される。しかし集団即興演奏においては特に、関心が持たれそうにないような位置、瞬間から大事なことが始まっているのだ。聴取者個々の関心とはちがうところから、音楽の変化は起こりだす。あるいは試合の観戦において、ボクシングとサッカーでは見方が異なるだろう。

おそらくベイリーは演奏集団が大きくなる事で、関心が定まらなくなることを避け、小さな「総体」が一気に把握されることを望んだのではないだろうか。それが前述したデュオであり、トリオであるが、トリオの場合のダイナミクスは極めて発展的である。各自が全く悪平等な三頭政治で何をなし得るか。この三人でのカンパニーはまさにミクロポリティックスな社会であり、ベイリーの編集では高い頻度でレコード化、CD化されていた。
ある意味、フリーミュージックにおける、演奏の長時間化、その冗長さと作品性の拮抗に対し、カンパニー方式そして、其の中でもさらに小さなアンサンブルを組み合わせで幾つも生み出すというのは、音楽を、演奏を商業的に成功させるにも可能性は大きかったのではないか。また、そこに召還されるミュージシャンたることは演奏家にとってひとつのステイタスともなる。
ベイリーはあくまで職業的音楽家たらんとして出発した。そして見事にユニークなサウンドと、演奏スタイルを確立し、さらにプロデューサーとして、自発的即興演奏家のアンサンブルが、妥協する事無く、多くの音楽愛好者に理解、共感しうる作品を提供しようとしたのだ。

3.観念とロゴス

それまでの集団即興演奏においては、テーマや調性なしに、あるいはイデオロギーや抽象概念の先導なしに現前化、作品化することはほとんど無かったといってもいいだろう。FMPの諸作品はほとんど其のようなテーマ性を持っていると言える。
FMPの代名詞とも言えるグローブ・ユニティというオーケストラ、その名前自体がもはやそれを表していないだろうか。ベルリンの壁という分断の象徴があったからこそ、その発想が生まれたというなら不思議は無い。

英国を見よう。 作曲家にして共産党地区書記長コーネリアス・カーデュー参加以前はAMMフリージャズ・コンボであり、カーデュー脱退後も、ピアニスト、ジョン・ティルバリーは毛沢東主義者である事を隠さなかった。
また、ソフトマシーン、マッチングモウルのドラマーを経てソロシンガーとして独立したロバート・ワイアットも筋金入りだ。
もっとも、シニカルに見れば英国の共産党は、議論ばかりして実践が伴わないという風刺が、モンティ・パイソンのコントに見られる程だ。しかしそれでも英国首都は、カール・マルクスを育て、レーニンらが発行していた部数八千の新聞「イスクラ」の編集局が置かれていた地なのである。

無伴奏トロンボンの先達、ポール・ラザフォードは、共産主義イデオローグの性格が強い。
ラザフォード、ベイリー、バリー・ガイのトリオが『イスクラ1903』と名付けられたのは勿論上記新聞名とその編集時期に由来するが、後に『イスクラ1912』が結成され録音を残している。ここでのベイリーの演奏は最高傑作ではないかとさえ思える。
それは彼がヴェーベルンの研究から得た成果を超越した瞬間なのだ。

SMEはどうか。ジョン・スティーヴンスは自律的集団即興演奏をかなりの人数で行う方法を確立した。
しかし例えば『SO,WHAT DO YOU THINK?』などのように、演奏の始まりに、その言葉を置くというような方法は、ソフィア・グヴァイドゥーリナ(ジョージアの作曲家にして即興演奏集団「アストレイヤ」のメンバー)の作品「七つの言葉」にも比較されよう。これは即興演奏ではないが、楽章の始まりに新約聖書からの短い引用を口頭で語ることが指示されている。
http://www.gakufu.ne.jp/detail/view.php?id=53410
https://www.amazon.com/Astraea-Improvisation/dp/B002WMLXVE
言葉の持つ喚起力は偉大だ。だから、彼女の作品も、SMEの即興演奏も、其の始まりに置かれた言葉の支配が、聴衆をしてその解釈に感興にバイアスをかけることは疑いない。

しかし同じ英国でもデレク・ベイリー、エヴァン・パーカーらのMUSIC IMPROVISATION COMPANYは、先行する観念を排した即興アンサンブルであった。メンバーのヒュー・デイヴィーズ、ジェイミー・ミュアー、クリスティン・ジェフリーらはジャズどころか、固有のサウンドしか無かったのだ。
またオランダのICPに拠る人々は、音楽そのものが自立する即興演奏を目指していたが、まだジャズ、フリージャズの残響は大きかった。ベイリーの著書『即興』に収録されたベニンクの発言は、ジャズのみならず全ての音楽を相対化しているし、メンゲルベルク、ブロイカーらは作曲家としての自覚が強かったにも拘らずである。それはこの集団の共通言語がジャズに根ざしていたからである。

前回の論考(3)において、12音主義音楽や、無調音楽が、音楽自体の解決の弱さを補おうとするあまり、文学に向かったことを述べた。無調を選んだ即興でもまたロゴスへの依存が回帰するのだろうか。 そしてそれを回避できたのはベイリーが思想家ではなく音楽家であったからだと言えばあまりにも単純だろうか。だが、彼は即興演奏を語るものならば必ず参考にする名著を残している事を思い出そう。
彼も即興を巡るロゴス、自分の影に追われていたのかもしれない。

4.モチベーション、意志

なぜ即興を語るかという問題意識は、ロゴスの呪縛の裡にある。
むしろ即興と記譜の葛藤、相克が根底にあるとみてもいいだろうか。即興は、録音という電気的技法が発明されるまで、譜面というテクストに支えられ、それが記憶の想起のよすがとなっていた。
西欧音楽における譜面の解釈はそのテクストの権威に依存せざるを得ない。それが記述されたテクストの意義であり、歴史とはまさに書かれたものであり、勝者のロゴスの専制である。先史時代においては、演奏は記憶され、口承されていた。それは譜面として、記述された音として固定され、音楽概念の核に変容して行く。

しかし音楽は、根底に即興の性質を持ち、生起する音響現象と、それに共振する人間集団の事実を示す。演奏の持続は生きるモチベーションであり、持続する瞬間毎において、死すべき存在としてのヒトが永遠性を感じるのである。そこに霊性を見た者もあるだろう。
「永遠は時間の無限の持続のことではなく、無時間性のことと解されるなら、現在のうちに生きる者は永遠に生きる」
これはベイリーがその著書の中で引用したヴィトゲンシュタインの一節である(デレク・ベイリー箸「インプロヴィゼーション〜即興演奏の彼方へ」第九章)。

それゆえ、音楽に強烈なパトスを求める人々はいるし、後半生に慰撫を、終焉においては音楽に鎮魂を求める人は多い。
そうでなければ最も激しく求める時期に生、そして音楽を断ち切られる例もある。
アルバート・アイラーの、エリック・ドルフィーの断ち切られた生、そして指の動きも緩慢になっていくデレク・ベイリーのフェイドアウトの死。
その差異は、個人的な資質のみならず、環境としての階級的、文化圏的、経済的な条件によっても左右されるだろう。端的に言えばそれこそが人生だ。

例えば一人の天才、誰でも良いがマダガスカルのラコトザフィは、私見ではヴァリハ(竹筒琴)のロバート・ジョンソンとでも言うべき演奏家・歌手だったが、自ら招いた家族の不幸をはかなんで限りなく自殺に近い死に方をした。 http://elsurrecords.com/2013/12/06/rakotozafy-valiha-malaza/

先にも書いたが、知人複数から「AIが即興演奏をやってる」とそのサイトも教えられた。驚く事はない。即興演奏とは、クリシェとイディオムの集積である。AIをそのように設定すればいい。
逆にいえば、その集積が無い者には即興演奏は、ほぼできないと言ってよい。自らのイディオム、クリシェを持たないものは即興演奏家たりえないだろう。それがオリジナルにせよ、模倣にせよ。ただ事例としてメソッド自体、サウンド自体がその代理足りうる可能性もある。サウンドそれ自体が既に演奏家を十全に指し示しているような場合だ。MICに参加したヒュー・デイヴィースを挙げておこう。 https://en.wikipedia.org/wiki/Hugh_Davies_(composer)
だから、即興演奏をするにあたって何も準備していないとか、事前に打ち合わせをしていないとか、誰にでもすぐ可能だとかいうのは、一面的な虚偽である。 (私は、演出は別として、きじまりゅうたの態度を支持するものだ)
ベイリーと長くトリオ「ジョセフ・ホルブルック」を組み、即興を追求した挙げ句に放棄したギャヴィン・ブライアーズは。そのような見方を「即興の行商」と批判する。

いずれ問題はモチベーションにある。
即興演奏を、何故、どこで、いつやるかということが問われる。そしてもう一つ重要なのは「演奏を終わらせるモチベーション」である。
さて、このモチベーションはAIにあるか。よくある喩えだが、即興演奏という言葉を「人生」に置換すればどうであろうか。

デレク・ベイリーが「即興は90%精神の問題だ」といった。
残り1割が技術、先ほどから言う集積の問題だ。
これは「天才は99%の努力だ」というよくある表現に似ている。それは凡人の努力の意味ではない。天才は、努力するというよりも、自らの関心事に倦む事を知らないというだけなのである。そして残り1%こそが、些細に見えて実は越える事の出来ないような差となる。
しかし急いで付言しなくてはならない。これは単なる精神論、あるいは神秘主義的な態度ではないという事を。これは疑いなく自由意志の問題である。ここでカントに踏み込むつもりは無い。ただ、自由とは自らの存在条件を知る事であるとだけ言っておく。
(ヒトとチンパンジーの遺伝子の1%の違いの問題ではない。ここでの差異は遺伝子解析的には大いに議論がある。そんな事であれば、地球上の生命の全てのアミノ酸合成の塩基コードが同じである事の方が驚異ではないか。あるいはベンヤミンが「テレパシーより読書の方が神秘だ」といったことも思い出すのである)

音楽がひとつのイメージであるか、あるいは音響現象の一種として時間を前提とするか、どちらでも構わないが、音楽家として、聴衆として、音楽は、演奏は、あくまで終わらなければならない。
「始める意志」については、先ほども書いたが「何故、どこで、いつやるかということ」である。
音楽は始められるものであり、終わらせるものなのだ。
それが無いものをノイズという。しかしノイズにせよ、其の始めと終わりを決めれば音楽足りうる。
フリージャズにはテーマも調性もあった。形式もあった。
フリーミュージック(非イディオマティック・インプロヴィゼーション)にはイディオムとクリシェがあった。ノイズには何も無い。
しかし、フリージャズもフリーミュージックも電子的手段に頼れば、自然にノイズに近づいて行くだろう。
ラ・モンテ・ヤングの即興演奏、彼はそれを作品であり作曲というだろうが、持続する意志だけの演奏となり、それはノイズに近い。
彼がその発想の根源の一つにしたインド古典音楽は、作品でも作曲でもなく、いわば滝に向かう、次第に急流になっていく流れのような即興演奏だ。

さて、私はあまりにも、即興演奏について偏向した精神主義そして神秘化のオブセッションを排除しようとするあまり、イディオムとクリシェの集積という面を強調して、音楽自体を矮小化する方向に論を進めてしまったようだ。 ジャズという視点に立ち返ったとき、その非妥協的な解放への衝動を忘れてはならないだろう(クリス・カトラーの意見)。
それはジャズだけではないという意見もあるだろう。しかし歴史的に見て、20世紀の大衆音楽の発展を促した最大の功績は、ジャズと呼ばれた領域、音楽、音楽家の運動に帰されるだろう。
デレク・デイリーも其の意味ではジャズ・ミュージシャンであることを止めはしなかったのだ。 (未完)

金野

金野 "onnyk" 吉晃

Yoshiaki "onnyk" Kinno 1957年、盛岡生まれ、現在も同地に居住。即興演奏家、自主レーベルAllelopathy 主宰。盛岡でのライブ録音をCD化して発表。 1976年頃から、演奏を開始。第五列の名称で国内外に散在するアマチュア演奏家たちと郵便を通じてネットワークを形成する。 1982年、エヴァン・パーカーとの共演を皮切りに国内外の多数の演奏家と、盛岡でライブ企画を続ける。Allelopathyの他、Bishop records(東京)、Public Eyesore (USA) 等、英国、欧州の自主レーベルからもアルバム(vinyl, CD, CDR, cassetteで)をリリース。 共演者に、エヴァン・パーカー、バリー・ガイ、竹田賢一、ジョン・ゾーン、フレッド・フリス、豊住芳三郎他。

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