アマルコルド・ハル・ウィルナー

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text by Shuhei Hosokawa  細川周平

 

コロナウィルスの犠牲者のなかにハル・ウィルナーの名を発見して愕然とした。プロデューサーとして紹介されるが、その名から想像される業務とは別格のアーティストとして敬意を払ってきたからだ。彼を最初に知ったアルバム『アマルコルド・ニノ・ロータ』(1981)は衝撃的だった。当時、フェリーニ好きとしてジャケ買いしたのだが、想像していた映画音楽のジャズ版とはまったく違っていた。ロータはまだ亡くなって2年、その追悼としてジャッキー・バイヤードの静かなソロによる「アマルコルド」で始まり、順番に馴染の曲を楽団と歌手が捧げる葬列というかたちで組まれていて(少なくともそう聴こえた)、集まったメンツがカーラ・ブレイやデボラ・ハリーからマルサリス兄弟まで思いもつかない取り合わせだった。スティーヴ・レイシーが「ローマ」を吹くなんて想像もつかなかった。知っていたはずの曲にこんな可能性があったのか、知っていたはずのアーティストにこんな幅があったのか、というふたつの驚きに目まいを覚え、それを組曲のかたちで構成したコンセプトに興奮した。ハル、25歳の作品。まだ彼がどんな人か知らなかった。

ありえない組み合わせは、それから十年間に彼が発表したクルト・ワイル、セロニアス・モンク、ウォルト・ディズニー、チャールズ・ミンガスのトリビュート盤でさらに先を行く。ドクター・ジョンが「ブルー・モンク」を弾く、トム・ウェイツが「ハイ・ホー」を歌う、キース・リチャーズが「神よ、原爆を落とさせないでくれ」を歌う、サンラーとリンゴ・スターが並ぶ、チャーリー・ヘイデンとトッド・ラングレンが並ぶ、ロビー・ロバートソンがミンガスを朗読する。いずれのトラックも一度限りのセッションに違いないが、呼ばれた連中がハルのアイデアを面白がり、彼の熱意に動かされ、有名すぎるが演る・歌うとは思っていなかった曲をきっちり自分のものにしている。ふだんのバンドでは見せない潜在的な協和音をハルは直感的に探り出す。単なる「集め物」ではない。『~プレイズ誰それ』ではない。曲ごとは突拍子もないが、一貫性のなさそうなパーツが、アルバム全体では彼の指揮下で綿密に組み上がっている。プロデューサーというよりコンダクター、それもマルチトラック・コンダクターの名にふさわしい。複数のトラック(テープのチャンネルという意味でも、曲という意味でも)を編集する指揮者として、彼は作品集以上のアルバムを世に送り出してきた。敬意以上の愛のなす業だと彼自身語っている。

彼のトリビュート作品中、最も考え抜かれたのが『奇妙な悪夢:ミンガスについての瞑想』(1992)で、ハリー・パーチの創作楽器がジャズのようなものに一種「音響派」のように加わって、摩訶不思議なサウンドに包まれている。解説によると、ミンガスの本質にある土臭いブルースを何とか表現したいと悩んでいるところに、黒人ゲットーの路上音楽や西アフリカの奴隷地帯のフィールド録音を見つけ、ミンガスと重ねたテープを作ってみた。お遊びのつもりだったが、実はベーシストも同じアフリカ録音を聴いていたと未亡人に聞いた瞬間に閃いた。ミンガスをノイズと干渉させる計画をミュージシャンに提案し、地を這うブルースと前衛が思わぬ出会いを果たした、最後にはミンガスの詩から「フリーダム」の語をエルヴィス・コステロが朗読する。憎いことにアルバムのジャケットは、映画『フェリーニのアマルコルド』(1974)の場面から採られている。

ぼくの頭の中でハル・ウィルナーと重なるのがジョン・ゾーンだ。二人とも小さい頃よりテレビ漫画のサウンドトラックに夢中になった。雑多な音楽と効果音の洪水に、映像そっちのけで吸い込まれた。その影響もあって二人ともジャンク物のレコード・コレクターとなり、ジャンルの正道から外れたものに異様な執着を持った。二人のオタクが協力したCD『カール・スターリング・プロジェクト』(1990)は、ワーナー・ブラザーズ漫画の珍しい音源の発掘であることはもちろんだが、トラックのつなぎ方がウィルナー流で、激しい起伏と緩やかな流れの絶妙な配分が聴かせ所になっている。ジョン・ゾーンもまた80年代には、ばらばらの演奏の断片を切り貼りする映画的即興を実験していた。サウンドトラックは映像に従属し、聴く対象として確立していない。二人はそこに聞き流してはおけないような何かを感じた。実際、エンニオ・モリコーネに捧げたジョンの『ビッグ・ガンダウン』(1986)とハルのニノ・ロータ盤は、従兄弟のような関係にある。可聴外低音域で共通して流れているのは、既成の音楽概念を取り払った開放性だ。

久々にニノ・ロータ盤を取り出し、主要メンバーの半数が既にこの世を去っているのにため息をついた。40年も昔の録音なのだ。アマルコルド・ハル・ウィルナー。ジャズファン向けに翻訳すれば、アイ・リメンバー・ハル・ウィルナー。

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細川周平

細川周平 Shuhei Hosokawa 国際日本文化研究センター名誉教授。専門は音楽、日系ブラジル文化。主著に『遠きにありてつくるもの』(みすず書房、2009年度読売文学賞受賞)。編著に『ニュー・ジャズ・スタディーズ-ジャズ研究の新たな領域へ』(アルテスパブリッシング)、『民謡からみた世界音楽 -うたの地脈を探る』( ミネルヴァ書房)など。

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