【追悼:瀬川昌久】バードランドの青年去る

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text by Shuhei Hosokawa 細川周平

 

晦日前日の29日、瀬川昌久さん(1924-2021)の訃報を受けた。最後にお会いしたのが2年ほど前、神楽坂のお宅で、少し前に発売の自伝的CD『瀬川昌久94歳 僕の愛した昭和モダン流行歌』の話題に弾んだのを覚えている。話しかけてもむっつりしんみり老人を回りに知っていたので、ややテンポを落としつつも前と変わらぬ調子に、こちらが元気づけられた。その後、昨2020年の秋、日本ジャズ史を含む拙著*の序文に献辞を入れて贈ったところ、ふだんならファックス(さかのぼるとお手紙)のところ、お礼の電話がかかってきて驚いた。もう年を取ってファックスも億劫になってきたと恐縮するが、その折り目正しさが瀬川さんらしく嬉しかった。

手元にある最後のファックスは2019年4月のある日22時発受信。少し前に郵送した戦前のタップダンス史と、ジャズの語の多義性についての拙論へ良い感想を頂いた。そのなかにこんな文章がある。「最近は若い人々が積極的に戦前音楽を発掘していますので、私は彼等に任せて特に新しい研究はしておりませんが、是非御上京の節はゆっくりお話致したくお目にかかるのを楽しみにしています」。人は初対面の印象が残るというので、私もその若い連中に入っていたのかもしれない。もっと下の世代が昨今、ずっと精力的に取り囲むのを覚えていたのかもしれない(『日本ジャズの誕生』**)。

知り合ったのは日本のジャズ史に興味を持ち始めた80年代末、彼の編集になる服部良一と笠置シヅ子それぞれの画期的な3枚組CD『日本のポップスの先駆者たち』(1988)が世に送られたころだった。それまでのLP集よりも曲目・解説ともに充実の傑作で、聴く意欲も調べる意欲もかき立てられた。特に笠置トリプルは彼女の現存コンプリート・セットで、ディスコグラフィーとしても上出来だった。服部中心史観にはまりこんでいく最初の誘いとなったのが、ふたつの組み物だった。

日本の社交ダンス史を書いていた友人の紹介でお宅を訪れると、初対面の若造に貴重な戦前ダンス雑誌を揃いで出してくれた。日本ジャズ史の基本になる『ジャズで踊って』(1983)の骨になる一群である。公共図書館所蔵がなく、その時複写したものを今でも活用している。瀬川さんはダンスホール閉鎖(1940)後に大学生になったので、ダンスフロアをじかに体験することはなかったが、戦後、かつてのダンス青年やホール・オーナーを知り、また自分でも踊ったに違いない。戦争を知っておればこそ平和を喜び、解放者の象徴に心を寄せた。

占領期に銀行に就職し、1953年、ニューヨークに一年派遣されたのはこの道に深入りするきっかけだった。「バードランド(52丁目)から96丁目のアパートへ深夜帰る時、地下鉄賃が惜しいのと、ジャズをきいた感激を忘れたくないために、温かい夜はBroadway St.を一つずつ数えながら歩いて帰った覚えがあります」。このドキドキする情景は、柴田浩一(横浜ジャズ・プロムナード)との共著『日本のジャズは横浜から始まった』(2015)をいただいたお礼に対する返信にあった。ビバップの場所を唯一生きた日本人ではないかと羨んだ。その年にはカーネギーホールでパーカーとスタン・ケントンの共演を見、人種間の共演に強く心を打たれ、帰国後日本のビッグバンドに黒いモダン物を採り入れるよう助言したという。アメリカ一辺倒のジャズ界のなかで、日本のアーティストを立てたのが独自だった。次々新しいサウンドが試される60年代以降は、「保守」と見られがちだったかもしれないが、戦前の野川香文を引き継ぐ重要な位置にあった。

拙著の献辞は、資料的恩恵はもちろんだが、ダンス、ミュージカル、ステージにジャズの間口を広げることを教わった恩恵への感謝のつもりだった。言葉の端々からよく感じられたのは、服部良一への敬意だった。彼の元からスウィングもレビューもブギも流れ出たという尊敬が、「服部さん」と呼ぶときの声質から感じ取れた。2007年の服部生誕百周年コンサートでは、森山加代子を気に入られたようだ。ポップスとは言い換えれば「歌もの」、ヴォーカルとして聴いていた。

服部良一が亡くなったとき、3枚組をかけて偲ぶと、私には4年前の昭和の終わりを繰り返すような、当時いわゆる「戦後の終わり」の念が湧いてきた。それに対して今は、個人的で、取り留めのない思いばかりが湧きあがってくる。ふだんは仕事のために戦前曲をかけるばかりなのだが、今日は3枚目、戦後曲から瀬川さんの若人時代を空想したい。もっと宮城まり子や中島そのみのことを聞いておけばよかった。今は山寺のローチかフィリー・ジョーの木魚で、穏やかにスウィング境をさまよっているはずだ。ありがとうございました。

 

* 細川周平『近代日本の音楽百年』全4巻(岩波書店、2020年)

** 瀬川昌久、大谷能生『日本ジャズの誕生』(青土社、2009年)

細川周平

細川周平 Shuhei Hosokawa 京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター所長、国際日本文化研究センター名誉教授。専門は音楽、日系ブラジル文化。主著に『遠きにありてつくるもの』(みすず書房、2009年度読売文学賞受賞)、『近代日本の音楽百年』全4巻(岩波書店、第33回ミュージック・ペンクラブ音楽賞受賞)。編著に『ニュー・ジャズ・スタディーズ-ジャズ研究の新たな領域へ』(アルテスパブリッシング)、『民謡からみた世界音楽 -うたの地脈を探る』( ミネルヴァ書房)、『音と耳から考える 歴史・身体・テクノロジー』(アルテスパブリッシング)など。令和2年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

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