菅原光博 ジャズを撮る!#14「NYジャズ・シーン〜NYロフト・シーン#2」
「オーネット・コールマンとArtists House」

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Photo & text: Mitsuhiro Sugawara 菅原光博

♫ ニューヨーク・ニューヨーク!♪
1974年6月23日。憧れの街ニューヨークに初めて来たのはジャズ専門誌スイング・ジャーナル誌の特派カメラマンとして、当時世界最大のジャズ・フェスティバルだった “ニューポート・ジャズ・フェスティバル・イン・ニューヨーク” の取材を中心にジャズクラブやミュージシャンのインタビューなどの取材の約1ヶ月間だった。
着いた翌日からカーネギー・ホールやリンカーン・センターなどで、有名ジャズ・ミュージシャンのグループが、約10日間にわたり連日コンサートが開かれ、その中で今までに無い興奮の高まりを覚えながらシャッターを切り続けた幸福な体験の時間だったな〜!
その後、ソーホーにあったオーネット・コールマンのアーチスト・ハウスを訪れた。その当時のソーホー地区は、昼間もあまり人の居ない閑散とした倉庫街だった。その後80年代に現在の様なファッション店やレストランやカフェがたくさん出来てオシャレな街に変わった!
当時すでに話題のミュージシャンだったオーネット・コールマンのスタジオの中で、眼の前にいるオーネット・コールマンを見ながら夢でも見ている様な気持ちだったが、ここは舞い上がらずに冷静に心を引締めてシャッターを切る!
ジャズのその現場に居られて写真を撮れるのは、ジャズ・カメラマンの特権だからね!
だから音楽カメラマンは辞められないな〜!(笑)
当時ソーホー地区は新しいロフト・ジャズが話題になり、それらのライブのスタジオがいくつか集まる本拠地だった。その現場をオンタイムで見られて理解できた経験は貴重な機会だった!

その後もたくさんの経験と感動をしながらニューヨークは、世界中で一番大好きな街になった!

©Ed Hazel/NoBusiness Records
©Ed Hazel/NoBusiness Records

菅原光博

1949年、北海道上川郡愛別町生まれ。ワークショツプ写真学校細江英公教室OB。1973年1月よりジャズを中心に、レゲエ、ブルース、ソウル系コンサートを内外で取材開始、雑誌、ジャケット、ポスター等をメデイアとする。著作に、『田川律+菅原光博/ジャマイカの風と光』(1984 音楽の友社刊)、『菅原光博+藤田正/ボブ・マーリー よみがえるレゲエ・レジェンド』(2014 Pヴァイン)。 https://mitsuhiro-sugawara.wixsite.com/photographer

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