S-008 和泉式部と「恋に恋して」
text by Shinobu Yamada 山田詩乃武
世の中に恋といふ色はなけれども
ふかく身にしむものにぞありける
歌意は(この世に恋という色はないけれど、深く身に染みるものであったよ)。作詠は平安中期の女流歌人のひとり、和泉式部。奔放な性格で恋愛遍歴も多く、素行には些か感心できかねるようであった。が、恋歌を詠めば、情熱的で美しく切なくよびさます秀歌が多く、和歌に関しては紫式部や清少納言ら稀代の才女を凌駕する才媛であったことは間違いない。
こんな煽情的で艶めかしいうたも詠んでいる。
黒髪のみだれもしらずうちふせば
まづかきやりし人ぞ恋しき
(思い乱れ黒髪を乱したまま床にうちふせば、真っ先に思い浮かぶのは昨夜、この床で私の黒髪をかきやったあの人のこと)
「恋に恋して」、原題は「Falling in love with love」.は1938年初演のブロードウェイ・ミュージカル『シラキュースから来た男たち』の挿入歌のひとつ。
かつて、LP盤を渉猟していて、思わずジャケットに惹かれて衝動買いしたことがあった。アルバム・ジャケットも作品のイメージを表すアートだと思っている。同様に、曲名に惹かれて、聴いた曲も少なからずあった。「恋に恋して」もそのひとつで〝なんとロマンティックでキャッチ―な曲名だろう″と思った。
以前この連載でも紹介した名盤『Helen Merrill with Clifford Brown』の4曲目に収録されている「恋に恋して」。同アルバムの成功とともにこの曲もジャズのスタンダードとして定着した。
F, シナトラ、C. マクレエ、S. ヴォーンらにも歌われているが、ここでは〝ニューヨークの溜息″ H. メリルではなく〝百万ドルの耳を持つ″ シーラ・ジョーダン(Sheila Jordan)のアルバム『PORTRAIT OF SHEILA』から。
I fell in love with love
One night when the moon was full
….
But love fell out with me
ある満月の夜
私は恋に恋してしまったの
….
でも、恋は私を裏切ったのよ
4分の4拍子のテンポと詞が恋多き和泉式部の奔放さとどこか重なる。(2026年1 月18 日)
シーラ・ジョーダン, ヘレン・メリル, 恋に恋して, 和泉式部
