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特集『ECM: 私の1枚』

岡崎 凛『Charles Lloyd / Voice in the Night』
『チャールス・ロイド/ヴォイス・イン・ザ・ナイト』

自分にとってECMのお気に入りを一枚選ぶというのは到底無理だろうと考えていたが、ふとチャールズ・ロイドのことを語りたくなった。ロイドとECMの契約は1989年に始まり、その後彼は2015年にBlue Noteに移籍する。本作がECMからリリースされたとき、日本でもかなり話題になっていた。チャールズ・ロイドはジャズ界の著名人というだけでなく、米国「芸能界」の人でもあったことに、その時やっと気づいた。彼のアルバム『Forest Flower』(1967)が、単にジャズ名盤であるだけでなく、社会現象的な話題を巻き起こしたことや、その後彼がカリフォルニア州のビッグ・サーに引きこもり、ミシェル・ペトルチアーニとの親交を経て、やっと音楽界に戻って来た話を知ったのも、このアルバム『Voice in the Night』(1999)を聴いた頃と重なる。そういう思い出深いアルバムではあるが、10年ぐらい聴いていなかった。

しかし最近のチャールズ・ロイドの演奏を聴いて、本作をまた聴きたいと思った。Blue Noteから2022年に出た彼のアルバム、『Trios: Chapel (Live)』の最終曲〈Dorotea’s Studio〉を聴いたとき、かつて見た風景が蘇るような気がしたのだ。『Voice in the Night』の3曲目に同曲が収録され、ジョン・アバクロンビーのしみじみとした長いギターソロに続いて、チャールズ・ロイドが穏やかにサックスを吹き始める。一方『Trios: Chapel (Live)』で〈Dorotea’s Studio〉を弾くギタリストはビル・フリゼールだ。こちらもやはりギターソロから始まり、チャールズ・ロイドが登場し、ベーシストのトーマス・モーガンもソロを弾き、テーマ部の美しいメロディーが繰り返されていく。それぞれの演奏から受ける印象は当然異なるが、名手ジョン・アバクロンビーの限りなく柔らかなタッチを念頭に置いたのか、ビル・フリゼールのスローなギターソロが一段と冴えわたっている。これがアバクロンビー追悼の思いを込めたものか確かめてはいないが、とにかくどちらもギタリストをフィーチャーした一曲に仕上げている。

こうしてロイドの新作に刺激され、久々に『Voice in the Night』をじっくり聴き返した。アルバムを買ったときは、7曲目の〈Forest Flower:Sunrise/Sunset〉を聴くのがとにかく楽しみだった。当時はまだチャールズ・ロイドの代表作『Forest Flower』の衝撃が忘れられないままだった。そして正直に言うと、このアルバムはあまりピンと来ないと感じた。自分が期待したのは、もっと分かりやすい高揚感に満ちた音楽だったのだと思う。

チャールズ・ロイドについては、いくつものエピソードを聞き、それに惹かれて本作を買いたいという気持ちが生まれたが、自分は当時チャールズ・ロイドが取り組む音楽をよく理解できないままだった。ジャズの新風に触れている感覚はあったし、ジョン・アバクロンビー(g)、デイヴ・ホランド(b)、ビリー・ヒギンズ(ds)の演奏は素晴らしいと感じたが、何か物足りなかった。しかし現在のロイドの作品に触れた後に聴くと、当時聴き逃していたものが、次々と聴こえてきた。

『Forest Flower』の世界的人気は、その栄光とともに彼の心を蝕む原因になったようだが、自分はその話を知っても、やはり『Forest Flower』に受けた衝撃に固執していた。相当頭が固かったようだ。それから20年ぐらい経って、やっと『Voice in the Night』の真価が分かるというのは、かなり情けないことだが、素直に喜んでおこうと思う。今は亡きジョン・アバクロンビーの並外れた表現力が眩しいほど輝いている。コンパクトなまとまりを目指すより、4人のプレイが熱を帯びる過程を丁寧に追う作品だ。本作発表の2年後に惜しくも他界したビリー・ヒギンズ、現在もなおジャズ界のリーダー的存在のデイヴ・ホランドが、しっかりとフロントの2人を支えている。


ECM 1674

Charles Lloyd (tenor saxophone)
John Abercrombie (guitar)
Dave Holland (double bass)
Billy Higgins (drums, percussion)

1.Voice In The Night
2.God Give Me Strength
3.Dorotea’s Studio
4.Requiem
5.Pocket Full of Blues
6.Homage
7.Forest Flower:Sunrise/Sunset
8.A Flower Is A Lovesome Thing

Recorded May 1998 at Avatar Studio, New York
Engineer: James Farber
Produced by Manfred Eicher

岡崎凛

岡崎凛 Ring Okazaki 2000年頃から自分のブログなどに音楽記事を書く。その後スロヴァキアの音楽ファンとの交流をきっかけに中欧ジャズやフォークへの関心を強め、2014年にDU BOOKS「中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド」でスロヴァキア、ハンガリー、チェコのアルバムを紹介。現在は関西の無料月刊ジャズ情報誌WAY OUT WESTで新譜を紹介中(月に2枚程度)。ピアノトリオ、フリージャズ、ブルースその他、あらゆる良盤に出会うのが楽しみです。

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