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特集『ECM: 私の1枚』

淡中隆史『Steve Tibbetts / Hellbound Train – An Anthology』
『スティーヴ・ティベッツ /ヘルバウンド・トレイン=アン・アンソロジー』

1970年代前半、ECM初期30枚ほどのアルバムが次々とリリースされたころ、私は大学生だった。学校帰りに渋谷や新宿でレコードをさがす。吉祥寺で降りると、まだジャズ喫茶なるものが何軒も残っているせいで帰宅困難者と化していた。そんなときにECMと出遭った。

同じころ、とりわけ熱心に聴いていたのが(クラシックの)現代音楽。そちら目線で眺めるとECMとはジャズの先端、というより後期20世期音楽の変異種のひとつ。
70年代を起点として、現在までのECMアルバムを手繰ってみる。何気なく接していた作品たちは、実は時代と世代の貴重な巡り合いから生まれたものだった。そのころを漫然と生きていただけなのに、私はECM草創期の一枚一枚の誕生をリアルタイムに傍観できた。(なんたる役得、しかもタダ)
あと2年も前後にずれていたら、こうなってない。と、考えて「この際、一生お付き合いさせてください」と念じた。
だから、いまだにECMをきいている。
50年前の初期衝動が効いているらしく、次のリリースに期待する気持ちに変わりはない。一枚ごとに「マンフレート・アイヒャーは何を考えてつくったのか」と定番のナゾ解きにふける。こんなシュールなゲームは他のレーベルでは起きえない。アルフレッド・ライオンとブルーノートのように直線的な関係でないからだ。(そのシンプルさゆえ、ブルーノートのファンはライオンとその情熱を共有できる)
対して、アイヒャーの場合、プロデュースに至るモティーフにはあまりに多くの伏線が潜んでいる。
たとえば、突然、ジャン・バラケのピアノソナタ(ECM 1621 NS 1999)がリリースされたとき、私はヌカよろこびした。背後にエグベルト・ジスモンティとの関わりを確信して悦に入る。(これはハズレでしょう、どう考えても。だが、その前年にcpoレーベルから3枚組の「ジャン・バラケ全集」が出て、密かなブームになったことは確か。私にとってECM 1621はバラケへの門をひらく契機になった)

ECMの、とりわけその辺境への興味は尽きない。辺境の住人を知るとき、いつもと異なるアイヒャーの顔が垣間みえるからだ。ECMに属しながら独立したポジションをもつ音楽家たちがいる。アイヒャーのプロデュースを受けないサブ・レーベル、すなわち免許皆伝の人たち。WATTのカーラ・ブレイ、スティーヴ・スワロウ、CARMOのエグベルト・ジスモンティがその典型だ。
ECM圏のずうっと片隅には1981年の『Northern Song』にはじまるスティーヴ・ティベッツの作品群が浮かぶ。ティベッツは第二の故郷ミネソタで延々とオタクを決めこんだまま、ときおり、おもいついたように、作品を仕上げてはECMにおくるのみ。辺境の住人というより隠遁者に近い。
ECMアルバムとして9枚が挙げられる。
ECM 1218(1981)、1270(1983)、1335(1985~6)、1355(Rec.1980)、1380(Rec.1987~8)、1527(1994)、1814(2002)、1951(2010)、2599(2018)
最初の『Northern Song』 (ECM 1218)だけ、ティベッツはオスロに赴いてアイヒャーのプロデュースでつくられてみた。(瞬間芸の苦手なティベッツには辛いスタジオだったようで、二度としていない)
例外は『Yr』(ECM 1355)で、1980年の自主制作盤をCD化した実質的セカンド・アルバムにあたる。他に「宅録期間」が数年におよぶケースもあり、制作時とECMの品番順とは必ずしも同期しない。
『Yr』に先立つ1976年、ミネソタ州マカラスター大学時代のファースト・アルバム『Steve Tibetts』はもともとFrammiという超インディーズ・レーベルからのリリース。やがて、このセルフタイトル作は2004年「究体音像製作所」から国内発売されることになる。250人くらいが買って、ティベッツの出発点を確認できたはずだし、きっと25人くらいが「どうやったらミネソタあたりの 22歳の大学生が、こんなスタートラインに立てたのか」と、70年代らしい怪奇現象に衝撃をうけたはず。おどろくのは、ティベッツの当時の初動性がその後も少しもブレずに、延々と続いていること。しかし、「ある時」を経て、ゆっくり弧を描いて断捨離の時代に入ったことだ。その変化のポイントを「ティベッツのチベット」と勝手に名付けてさらに推論してみよう。
この1980年代はティベッツが「ロック」を起点として出発した時期だ。ECM発足にほど近い1960年代後期〜1970年代にかけてドイツにはカン、アシュ・ラ・テンプル、ポポル・ヴフなどクラウト・ロック(ジャーマン・ロック)の鉱脈があった。イギリスにもヘンリー・カウに代表されるエクスペリメンタルの系譜がある。これらがティベッツに大きなインスピレーションを与えたはずだ。
もとより、ティベッツの音楽は広義のアメリカーナとヨーロッパの(そのまたマイナーでアヴァンギャルドな)ロックに発源していて、クラシックもジャズもほぼ経由していない。ただし、地球の彼方の音への憧憬だけは人一倍つよかったようだ。情報の交錯しすぎるNY、パリ、Tokyoではありえない、ローカル環境特有の一点突破。それがティベッツの個性のみなもとだ。
続く1990年代後半にECMからのリリースはない。
そんなティベッツもたまにはバリ島やネパール、チベット、ブータンなどに「おんがく採集」に出かけて行く。旅先のネパールで出遭ったチベット仏教の尼僧チョイン・ドロルマの読経、詠唱を現地録音してアルバムを作り、一緒にツアーまでした。
その成果が2枚
『Chö』(Hannibal 1997)
『Selwa』 (Six Degrees Records 2004)。
これほど面妖な音楽ともなると、さすがにECMからのリリースは叶わなかったようだ(個人的な推論です)。ドロルマは、自己との対話にあけくれるティベッツが「うた」のパートナーに迎えた唯一のひと。ミネソタ視点では地の果ての超俗世界の生物だから、よろこんで共演したのだろう。けれど、次作の『Selwa』でのドロルマはサンプリング素材ではなく、実在の歌い手として登場してしまった。生身の人間どうしのガチのコミュニケーションでは世間一般のおんがくと少しも変わらない。

ここがティベッツの分岐点となっていると思う。

2022年、2枚組の『Hellbound Train =An Anthology』が リリースされた。過去40年あまりのアルバムから28曲が選ばれた。準地元のミネアポリスで新たにマスタリングされたこの「アンソロジー」は一見ティベッツならではの「自己ベストアルバム」にみえる。
大いに期待してチェック、挙句に「なぁんだ、全部いままでのECMテイクばかりじゃないか」と大いにがっかり。でも、気候変動による森林火災らしい不思議な写真(HELLBOUNDを意味するのか)を使ったジャケットに惹かれて、ついつい手に入れてしまった。

結果、(こちらも)オタクの一念で買ってみて正解だったのだ。
曲の並べ方の妙と、心地よいリマスタリングだけでリラックスできる。
時間軸にそって不均等にキュレートされた2枚を聴きすすむうちに、1980年代から現在までのティベッツの変容がリアルにわかる。CD1とCD2の断層を1990年代後半の分水嶺、ビフォア&アフターとして考えると滅法おもしろく聴こえだす。
ときを経て、多重録音の密室性の中でエレクトリック成分を一襞、またひとヒダと取りのぞいていき、アコースティック楽器への偏愛をかくさない。あらゆるパッションを放棄、ひたすら自己の古層に退行、沈着して、ミネソタの枯山水化していく。その道行きは、音楽家たちによく見られる進化論と逆さまのカタチをしている。

「アフター」期にさまよい込んだティベッツ40年の最終章は『Natural Causes』 (ECM 1951 2010)。続編にあたる『Life Of』(ECM 2599 2018)はいよいよのドン詰まりということになる。ティベッツ長年の断捨離人生も行くところまでいって、もはや捨てるものがない。
だから、さらにその先は考えられない(はずだ)。


ECM 2656

Steve Tibbetts (Guitars, Dobro, Kalimba, Piano, Percussion)
Marc Anderson (Congas, Percussion, Steeldrum, Gongs, Handpan)
Jim Anton (Bass)
Eric Anderson (Bass)
Bob Hughes (Bass)
Mike Olson (Synthesizer)
Marcus Wise (Table)
Claudia Schmidt (Voice)
Rhea Valentine (Voice)
Michelle Kinney (Cello, Drones)
Tim Weinhold (Vase, Bongos)

CD 1
01 FULL MOON DOGS 02 CHANDOHA 03 LOCHANA  04 BLACK TEMPLE  05 BURNING TEMPLE 06 GLASS EVERYWHERE  07 ROAM AND SPY (Mike Olson, Steve Tibbetts) 08 HELLBOUND TRAIN  09 NYEMMA  10 YOUR CAT (Marc Anderson, Steve Tibbetts) 11 VISION (Marc Anderson, Steve Tibbetts)
CD 2
01 CHANDOGRA 02 CLIMBING (Marc Anderson, Steve Tibbetts) 03 BLACK MOUNTAIN SIDE (Jimmy Page) 04 START 05 100 MOONS 06 MILE 234 (Marc Anderson, Steve Tibbetts) 07 WISH (Marc Anderson, Steve Tibbetts) 08 ISHVARANA  09 BLOOWORK  10 LIFE OF SOMEONE 11 LIFE OF EMILY 12 THE BIG WIND (Marc Anderson, Steve Tibbetts) 13 AERIAL VIEW (Marc Anderson, Steve Tibbetts) 14 NIGHT AGAIN (Marc Anderson, Steve Tibbetts) 15 MY LAST CHANCE
16 END AGAIN 17 THRENODY

Recorded 1981-2017
Produced by Manfred Eicher & Steve Tibbetts

淡中 隆史

淡中隆史Tannaka Takashi 慶応義塾大学 法学部政治学科卒業。1975年キングレコード株式会社〜(株)ポリスターを経てスペースシャワーミュージック〜2017まで主に邦楽、洋楽の制作を担当、1000枚あまりのリリースにかかわる。2000年以降はジャズ〜ワールドミュージックを中心に菊地雅章、アストル・ピアソラ、ヨーロッパのピアノジャズ・シリーズ、川嶋哲郎、蓮沼フィル、スガダイロー×夢枕獏などを制作。

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