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特集『ECM: 私の1枚』

細川周平『Egberto Gismonti / Dança dos Escravos』
『エグベルト・ジスモンチ/ダンサ・ドス・エスクラーヴォス(奴隷のダンス)』

特にECMレーベルを贔屓にしてきたわけではないが、そのなかから一枚と言われれば、エグベルト・ジスモンチの『ダンサ・ドス・エスクラーヴォス(奴隷のダンス)』(1989)を思う。ギターソロ・アルバムで、90年代、ブラジル音楽への傾斜を深めた時期に彼のアルバムを片っ端から買ったなかにあった。ブラジルのギタリストであると同時に、ECMのソロ・アーティストとして聴いた覚えがある。サンパウロによく行った時期で、バイーアやレシフェのカルナバルに陶酔し、各種の大道の演奏、大騒ぎに釘付けになり、MPBのスター歌手を聴き逃さぬようにしていた。そういう現地の音楽生活からジスモンチの録音ははるか遠くにあって(オスロですから)、インテリ向けの器楽物というような意味で「クラシック」に頭のなかでは分類されていた。MPBのP、ポルトガル語の「ポプラール」は日本語の「ポピュラー」よりも民俗や民衆の意味が濃く、彼には当てはまらないように思えたからだ。

ジスモンチのオリジナルが並ぶなか、ヴィラ=ロボスの「田舎の小列車(緑)」が混じっている。この曲は日本人にとっての「ふるさと」のように、ブラジル人なら誰でも知っている愛唱歌で、インスト物とヴォーカル物各種聴いてきたが、このジスモンチ版には驚いた。がたごと列車(想像上はSL)を連想させる調子のよいリズムは崩され、原曲の断片をちょっとずつ呼び出しては、即興でつなげているようだ。既知と未知のフレーズが出たり入ったりで、原曲のコード進行に忠実なジャズの標準からはかなり外れている。ヴィラ=ロボスの主題にもとづくヴァリエーションの一種には違いないが、ヨーロッパ音楽でいう変奏曲ではお行儀が良すぎる。変装曲、変相曲と文字化けした訳のほうがよさそうだ(彼はストラヴィンスキー流と別のところで呼んでいる)。

CDの解説部分にはブラジルの作家・詩人ジェラルド・カルネイロが選んだ歴史アーカイブからの断章が並べられている。大部分はブラジルでは授業で教わるような著者らしいが、なかにこんなのがある。「連中が歩くところにはタンボリンの音が聞こえ、我々ポルトガル人と踊りまくっている。我々が彼らの友である以上に、彼らが我々の友であるようだ」(ペロ・ヴァス・ジ・カミーニャ、15世紀)。「ブラジルが発見され人が住むようになってから、異教徒は多くのキリスト教徒を殺し食い、ボートや船や農園を奪ってきた。連中は残酷で野蛮で、神父や修道士やある方面の女を殺した」(マヌエル・ダ・ノブレガ神父、16世紀)。「サルヴァドールの街頭では男女の黒人連中が、たくさんのぞっとするコンガで野蛮なビートを刻み、不誠実に破廉恥に踊り、異教徒の歌を歌っている・・・」(ベルナルド・ドス・ヴィリェナ、20世紀)。「この不幸な人々、奴隷が自分で死ぬ方法のひとつは塩や土を食べることだった。奇妙な習慣だが、アフリカ人に受け継がれ、混血(クレオール)の少年や自由解放された若者や奴隷にも同じく受け継がれた」(エンリー・コステル、19世紀)。「サン・サルヴァドールの住民は・・・一種の綿のハンモックで横になっている。それは二人の黒人が肩で背負う長くてしっかりした棹に支えられている」(フランソア・コレアル)。「ツピナンバ族のまじない師は天からの7つの呼吸をし、未来をはっきり読み、離れたところで治療し、好きな動物に変身し、お望み通りに姿を隠して移動することができた」(アルフレッド・メトロー、人類学者)。「どんな形の政府も永続する特権を持ってない。どんな政治的権威も、きのう作られようが千年前に作られようが、10年先か明日に鎮圧を受けないとは限らない。権力はどんなに尊重され、神聖視されていても、その財として国家と向かい合うことは許されていない。それ以外の方法で考える者はすべて奴隷である」(ライナル司祭長、18世紀)。

最後の文章はラテンアメリカ政治史の特徴であるクーデタの可能性を示唆している。こうした引用集は悪くすればインテリ気取りに終わるが、ここでは曲の題名やジャケットと密に交わり、アルバムの不可欠な構成分子になっている。普通ならアーティストや評論家の言があるやなしかの余りのスペース(余白)を使って、ジスモンチはギターで奏でるブラジル史を構想した。どの曲にも「サルヴァドール(白)」(バイーア)、「アレグリーニョ(黄)」(中南米の鳥の一種、ムジタイランチョウ)というように色が添えられている。タイトル・チューン「奴隷のダンス」に黒が選ばれている理由はおのずと理解される。黒い頭と手が目立つ表と裏のジャケットの絵は、アルゼンチン生まれでブラジルに移住したルイス・トリマノの作。ジャケットも多い多産なグラフィック・アーティストと今回知った。

収録曲のうち「二台のギター(赤)」「ルンドゥ(青)」「奴隷のダンス(黒)」は、後にダブル・アルバム『サウダソン(あいさつ、敬意)』(2009)のなかで、長男のアレシャンドレとデュオで再演している。正直なところ今はこちらのほうが素敵に入っていける。一人多重録音よりも、実際の親子共演のほうが広がりのある対話に聴こえるからだ。『奴隷のダンス』のジャケには何と、8歳になろうとする息子が描いた「大好きなパパがギター弾いてるところ」というサインペン画が添えられている。そのスタイルがブラジルの民衆画と一脈も二脈も通じていて目を惹く。ブラジルの子どもなら皆こうなのか、芸術的環境で育った成果なのかはわからないが、20年後の共演を予告しているかのようだ(彼の産声を別のアルバム『エン・ファミリア(家族で)』で聴ける)。

『あいさつ』の解説には民衆、文化、歴史にまたがる「ブラジル音楽旅行」を意図したとあり、『奴隷のダンス』とはっきり姉妹関係にある。1枚目はオーケストラ組曲「セルタンの小道」(セルタンは植民地時代の奴隷農園で知られるブラジル北東部の乾燥地帯)で、最終曲「カラヴェラ船の道化」(カラヴェラ船は大航海時代の帆船)は先のジェラルド・カルネイロが共作者としてクレジットされている。組曲の副題に「混血への敬意」とある。この「混血」の語はブラジル人の自国文化の定義で最も頻繁に使われる。19世紀にはブラジルが隣国(特にアルゼンチン)に比べて大幅にアフリカ人奴隷を持ち込み、ヨーロッパらしさを失ったことに白人中心の支配者層は劣等感を抱いていたのが、1920年代の新しい国民主義は先住民、アフリカ奴隷、ポルトガル人の混血人種(場合によってはアジア人も)が他にない独創的な文化を築いていると逆転し、それは今も支持されている。サンバはこの混血文化の最も豊かな成果としてよく引用される。

『奴隷のダンス』の最終曲は「記憶とファド(茶色)」と題されている。ちょうど国立民族学博物館で特別展「ラテンアメリカの民衆芸術」を見てきたところで、今回特別心に響いた。展示のある章は「記憶と抵抗の過程」と題され、メキシコやチリの軍事国家の暴力に抗議する左派の運動とつながるグラフィティやアップリケ画が集められていた。

ブラジルにも似た軍事弾圧の歴史はあるし、奴隷・先住民殺戮の歴史は先の引用から読めるように、悲惨を極めている。スペイン語圏と変わらない。ジスモンチの音楽はラップと違い具体的に言及していないが、引用は何を記憶すべきかを明言している。それにファドを並べた題名はあまりに意味深長だ。「ルンドゥ」が何もそれが指す奴隷のダンス音楽の再現でなかったように、ファドのスタイルが応用されているのではない。しかしこれがジスモンチのギターで漉しとられた旧宗主国の音楽なのだ(使用楽器をクレジットするのはまだ珍しく、彼のギター製作者への敬意が表われている)。ファドの特徴に挙げられるポルトガル植民地文化の影響を考えれば、少なくとも19世紀にはブラジルから受け取ったものもあっただろう。奴隷のダンスがどこかに伝わっていてもおかしくない。茶色は黒とほかとの混血を指すのか、土の色なのか。このアルバムは7曲7色で塗られているともいえる。ジスモンチの音楽はクラシック的洗練の極致を行くが、見てきたばかりのラテンアメリカの華やかな色合いの民衆芸術に連想は向かう。


ECM 1387

Egberto Gismonti (Guitars)

1  2 Violões (vermelho)  2台のギター(朱色)
2  Lundu (azul)  ルンドゥ(青)
3  Trenzinho Do Caipira (verde)  田舎の小列車(緑)
4  Alegrinho (amarelo)  アレグリーニョ(黄色)
5  Dança Dos Escravos (preto)  奴隷のダンス(黒)
6  Salvador (branco)  サルヴァドール(白)
7  Memoria e Fado (marrom)  記憶とファド(茶色)
All compositions by Egberto Gismonti except track 3 by Heitor Villa-Lobos

Recorded November 1988, Rainbow Studio, Oslo
Produced by Manfred Eicher

細川周平

細川周平 Shuhei Hosokawa 京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター所長、国際日本文化研究センター名誉教授。専門は音楽、日系ブラジル文化。主著に『遠きにありてつくるもの』(みすず書房、2009年度読売文学賞受賞)、『近代日本の音楽百年』全4巻(岩波書店、第33回ミュージック・ペンクラブ音楽賞受賞)。編著に『ニュー・ジャズ・スタディーズ-ジャズ研究の新たな領域へ』(アルテスパブリッシング)、『民謡からみた世界音楽 -うたの地脈を探る』( ミネルヴァ書房)、『音と耳から考える 歴史・身体・テクノロジー』(アルテスパブリッシング)など。令和2年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

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