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特集『ECM: 私の1枚』

福井亮司 『Steve Reich / Tehillim』
『スティーヴ・ライヒ/テヒリム(邦題:マインド・ゲーム)』

ECMはMUZAK?

ECMと聞くと嘗てのほろ苦い思い出が蘇る。

以前、名著『ECMの真実』で “マンフレート・アイヒャーを激怒させた男” としてその知られざる真実(?)が明かされたこともあるのでご存じの方もいらっしゃると思うが、この機会に改めて振り返ってみたい。

社会人としてのスタートは、学生時代に愛聴していたジェームス・テイラーやニール・ヤング、トム・ウェイツ、ジャクソン・ブラウン等が所属していたワーナー・パイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)というレコード会社だった。当時、音楽好きの若者達にとってレコード会社は憧れの職業で入社希望者も多かったが、運よく潜り込むことが出来た。それも洋楽部!しかしマイナーな SSW や Blues、Country ばかり聴いていた自分にとってクイーン、ツェッペリン、ストーンズ、イーグルス、パープルといった超人気アーティストを多く抱えたノリノリの職場の空気には馴染めなかった。そんな折り、一部ユーザーの熱い要望に応えた “ロック名盤復活シリーズ” という復刻企画に関わることになった。元々好きなジャンルであり、新入りながら没頭してしまい気が付けばそこには自分の居場所がなく、程無く会社を去ることになった。しかし偶々スタッフを募集していたECMを有するトリオ・レコードに入社することとなり、いくつかの部署を経た後、洋楽部に配属された。ECMの他にも DelmarkやRounder、FlyingFish など地味ながらも良質なレーベルを展開していた同社は自分にとっては居心地のよい職場であった。

前置きが長くなったが、ここからが本題...。

そこで最初に担当したのがホルガー・シューカイというドイツのミュージシャンだった。彼の生み出す不思議なサウンドはサントリーやホンダの TVCM に使われるなど多くの音楽ファンの心を掴み、ついにプロモーションのため来日することとなった。彼の宿泊するホテルのエレベーターに一緒に乗った折り、天井のスピーカーから小さく音楽が流れていた。ホルガーはスピーカーを指さし「こういう音楽を何と呼ぶか知ってる? MUZAK というんだよ」と言って笑った。「ミューザック?」初めて聞くその響きが耳に残った。それから数か月後、新たなシリーズ企画を考えているときにふとその言葉が浮かび “Modern MUZAK Collection ”と名付けた。それはホルガー・シューカイをはじめトレーシー・ソーン、ベン・ワット、モノクローム・セット、アネット・ピーコック、カーラ・ブレイなどジャンルを超えた一見支離滅裂なラインナップとなったが、予想外に話題となった。その中に ECM の通常のジャズ・ラインから外れたスティーヴ・ライヒとエヴリマン・バンドを入れた。特にスティーヴ・ライヒはシリーズにはうってつけのアルバムだと思い『マインド・ゲームス』という邦題を付け発売し好評を得た。にも拘らずそれを知ったアイヒャーが 「ECM が MUZAK とは何事だ!」と激怒したという次第。今考えると欧米人にとって MUZAK という名称はあまりいい印象はないだろうし、厳格なアイヒャーにとっては尚更だったはず。しかしながらその件を知ったのはそれから20年ほど経って出版された『ECMの真実』に記されていたから。多分、当時の上司だった Mr.ECM ことI氏の心遣いで本人には伏せられていたのではないだろうか? 因みに20年前に独立し作った会社の名前も MUZAK で、未だにミューザック地獄から抜け出せないでいる。


ECM 1215

Steve Reich Ensemble

Tehillim (Traditional, Steve Reich)
1 Parts I & II 17:25
2 Parts III & IV 12:27

Recorded October 1981
Tonstudio Bauer, Ludwigsburg, WG
Engineer: Martin Wieland
Produced by Manfred Eicher


福井亮司 ふくいりょうじ
MUZAK代表。いくつかのレコード会社勤務を経て 2003 年に「MUZAK」設立。重度の進行性ヴァイナル・ジャンキー。増殖するレコード保管のために数年前にトランクルームを借りるも間に合わず、今後の対策で悩みながらも買い続ける日々。

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