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特集『ECM: 私の1枚』

石渡久美子『Egberto Gismonti & Nana Vasconcelos / Duas Vozes』
『エグベルト・ジスモンチ&ナナ・ヴァスコンセロス/ふたつの声』

深淵なる深緑の世界で固く結ばれた二人の音楽家

数千枚以上の気の遠くなるような枚数のレコードやCDを所蔵し、それら1枚1枚をほぼ確実に記憶し瞬時に引き出せる猛者が集結する中、「ECM: 私の1枚」への寄稿という恐縮しきりの原稿依頼が届いた。

1969年設立以降、世界で1600枚を超えるアルバムをリリースしてきたECMの筆者の所蔵音源は決して多い方ではなく、諸先輩方のお膝元でそんな大それたことを…と、一瞬の躊躇はあったものの、ジャズという時代や交わる者たちと絶え間なく変化を続けるこの不思議な音楽の愉しみをより多くの人に知って欲しいという想いを持って様々な企画活動をしていることもあり、背伸びせず自身のありのままの視点からの執筆で問題がなければ、とお引き受けすることにした。

マニアが喜ぶというよりも、ジャズという音楽に興味を持ってくださった方々に平易な言葉で何か少しでも響く内容になればと思う。盤の紹介というよりもエッセイのようなものになってしまうかも知れず、玄人の方々にはご容赦願いたい。

ここに挙げるのはエグベルト・ジスモンチとナナ・ヴァスコンセロス、1940年代生まれブラジル出身の音楽家のDUOアルバム『Duas Vozes』、ポルトガル語で”2つの声”というタイトルのつけられた1985年に発売されたアルバムだ。
1976年、ECMにて両名がDUOで初共演レコーディングを行った『Dança das Cabeças(輝く水)』その後1977年にレコーディングされた『Sol do Meio Dia(輝く陽)』からおおよそ10年の月日を経て発売された3作品目である。

ナナ・ヴァスコンセロスはブラジル・アマゾンのむせぶような熱帯雨林や森羅万象を色濃く描き、プリミティブであり技巧的な側面も併せ持つ世界最高峰のビリンバウ奏者、パーカッショニストのひとりで、筆者にとってはコリン・ウォルコット、ドン・チェリーとの共作アルバム『Codona』シリーズを筆頭に10代後半から夢中になったアイドル、音楽神のひとりだ。

1990年代後半、筆者がジャズを求めて訪ねたニューヨークにおいて、目的としていた公演を複数観て帰国日が迫った頃にナナ・ヴァスコンセロスの公演があるという情報を見つけた。
連れの友人は帰国日を延期して観にいこうか、と非常に迷い、もちろん私も観たい一心だったが、結局その公演はキャンセルとなった。ナナ・ヴァスコンセロスの公演はキャンセルされることがままあり、公演を観れるのは非常にレアケースだという噂を聞いたりもした。

それからナナ・ヴァスコンセロスが日本にやってきたことが他であったかどうか定かではないが、2003年9月に開催された、京都の二条城築城400年記念事業「二条城国際音楽祭」に出演するという情報をキャッチし、待ち焦がれた来日公演に矢も楯もたまらず向かうこととなった。
以下の情報も探しに探してようやく見つけたので記録として残しておくと、本音楽祭は京都の株式会社アクティブKEIによって企画され、出演者は ツトム・ヤマシタ、加藤登紀子、押尾コータロー、上妻宏光、coba、ナナ・ヴァスコンセロス、ラリー・コリエル、RAGGA という面々であった。
このメンバーの中でナナ・ヴァスコンセロスはどういう音楽をやるのだろう、といった疑問はぬぐえなかったものの、ナナが観たい!という気持ちが勝った。
確か、ステージ本番ではナナ・ヴァスコンセロスのソロの場面は僅かで、ラリー・コリエル氏、押尾コータロー氏、上妻宏光氏、coba氏らと共演していたように記憶する。

筆者の記憶に深く残っているのは、コンサート終演後、ナナ・ヴァスコンセロスとコンタクトを取っていた友人と共に、二条城の一角でご本人に謁見した時のことである。
小雨の中、ナナ・ヴァスコンセロスは白いレインコートを着て、両足にはスーパーマーケットのビニール袋を履いていた。
現実と架空の世界を行き来するようでいて確かに存在する寡黙なその人は、地面の玉砂利と足元のビニール袋をこすり合わせ音を奏で「雨だね」というようなことをつぶやいて楽しそうにしていた。彼の近くにいると日常の全てが音楽に昇華されてしまうかのようで、生涯記憶に残る耳が開かれる体験をした。

エグベルト・ジスモンチはブラジル音楽界を代表する音楽家で、ギター、ピアノ、管楽器などを自在にあやつり、ジャズ、クラシックなど様々なジャンルで評価され世界中のファンを魅了してやまない国宝的存在のひとり。2007年8月に行われた第一生命ホールでのソロ公演で初めて目の当たりにし、その後、2013年3月 渋谷ヒカリエ 東急シアターオーブでの子息アレシャンドレ・ジスモンチとのDUO公演でも度肝を抜かれた。
ギター、ピアノ、いずれもが驚異的なテクニックと、官能と衝撃が混ざり合うかのような音楽性で織り成され、ギターでの鬼気迫る表情は阿修羅のようでもあり、ピアノでの優美な表情は如来のようでもあり、陰陽を併せ持ちながらも全てを融合させ昇華させることの出来る、鬼才とはまさに彼のような人のためにある言葉だと心底納得させられた。
いずれの公演も、ライブで観て身体に刻み込まれた音楽体験のひとつとなった。

さて、本稿でご紹介している『Duas Vozes』は恥ずかしながらエグベルト・ジスモンチの公演を観て以降購入したものとなる。

現代的でありながら音楽の根幹にあるものへ深く根を張り、阿吽の呼吸を飛び越え、一心同体となった2人の偉人の演奏は、この世で出逢えた奇跡への祝福のようにも、世界平和への真摯なる祈りを宿したもののようにもうつり、静かに深呼吸をしながら聴きたい1枚だ。

2016年4月、彼らのDUO来日公演が練馬文化センターで予定され、音楽好きの間で歓喜すべきニュースとして大変な話題になり、筆者も本公演を待ち焦がれたひとりであるが、惜しくも来日前の同年3月9日に癌で闘病中だったナナ・ヴァスコンセロスの訃報が届いた。

同公演はエグベルト・ジスモンチのソロ公演へ変更されたのだが、誰もが待ち望んでいたこの公演会場に、確かにナナ・ヴァスコンセロスは、いた。

終演近くだったか、エグベルト・ジスモンチの背後にナナ・ヴァスコンセロスの巨大なタペストリーの幕がおろされたその時にも、いや、一音が出され公演が始まってからずっと、寄り添って共演するナナ・ヴァスコンセロスの音が遠くから聞こえてくるようで、涙が止まらなかった。

そうした目に見えない何かが刻まれた公演を追体験するためにも聴いている。
『Duas Vozes』は筆者の生涯において金字塔的な存在の1枚だ。

もちろん初めてこのアルバムのことを知った方々にも、これが縁と聴いてみていただけたならこれほど嬉しいことはない。


ECM 1279

Egberto Gismonti (Guitars, Piano, Flutes, Dilruba, Voice)
Nana Vasconcelos (Percussion, Berimbau, Voice)

Recorded: June 1984, Rainbow Studio, Oslo
Engineer: Jan Erik Kongshaug


石渡久美子 いしわたくみこ
Point.代表。東京生まれの江戸っ子5代目。「音楽と人と人の点をつなぐ、Point.。」ライフワークとしてちいさなライブ企画制作を担当。新宿DUG、南青山BODY&SOUL、HMV渋谷店でのアルバイトを経て、コンサートプロモーターへ勤務後、デジタルマーケティング業務へ従事。1990年代終盤よりクラブでのジャズライブ企画、新宿PIT INN深夜の部企画、丈青×スガダイロー ピアノDUO公演などを行いつつ、近年は首都圏を中心に積極的に企画公演を行っている。坂田明、栗田妙子、水谷浩章による「水晶の詠」、林栄一、潮田雄一、岩見継吾、永田真毅による「突囲表猫」のマネジメントを担当。
Facebook: point.ten.ten Twitter: Point_ten_ten

【公演スケジュール】
■2023年4月21日金曜日
突囲表猫 林栄一 Sax 潮田雄一 Guitar 岩見継吾 Bass 永田真毅 Drums
会場:吉祥寺 World Kitchen Baobab

■2023年4月24日月曜日
水晶の詠 坂田明 Sax 栗田妙子 Piano 水谷浩章 Bass
ゲスト:中山晃子 Alive painting
会場:渋谷 公園通りクラシックス

■2023年6月2日金曜日
水谷浩章 Bass 吉本章紘 Sax DUO
会場:下北沢 Apollo

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