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このディスク2017(国内編)No. 237

#05 『Satoko Fujii Orchestra New York / Fukushima』

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

 

『藤井郷子オーケストラ ニューヨーク/Fukushima』(Libra Records)

藤井郷子オーケスト ラニューヨーク:
Oscar Noriega (as)
Ellery Eskelin (ts)
Tony Malaby (ts)
Andy Laster (brs)
Dave Ballou, Herb Robertson, 田村夏樹 (tp)
Joey Sellers, Joe Fiedler, Curtis Hasselbring (tb)
Nels Cline (g)
Stomu Takeishi (b)
Ches Smith (ds)

1. Fukushima 1
2. Fukushima 2
3. Fukushima 3
4. Fukushima 4
5. Fukushima 5
composed by Satoko Fujii

Recorded by Joe Marciano at Systems Two, NYC, May 18, 2016
Mixed by Mike Marciano at Systems Two, NYC, August 18, 2017
Mastered by Max Ross at Systems Two, NYC, September 8, 2017

 

演奏しているのは“藤井郷子オーケストラ ニューヨーク”の面々だが、作曲とリーダーは日本人、リリースも日本のインディ Libra Recordsからなので国内盤として認めるにやぶさかではないだろう。藤井が取り上げたテーマは “Fukushima”、5楽章からなる交響詩である。2011年の福島原発事故からすでに6年、藤井がこの事故の意味を完全に咀嚼し、作曲へのモチヴェーションが自然に昂まるのを待ち、充分に熟成させ、作品として昇華させるのにそれだけの日月を必要としたということだ。そしてそのプロセスの成果は結果として明確に聴き取ることができる。心の深奥から滲み出る被災者への想いと被災者自身の絶望とやり切れなさ、あるいは容易には解決の糸口さえ見つけられないもどかしさ、焦燥、さらには将来への不安、それらがない交ぜとなった複雑な心模様。今では風化しつつあるようにさえ見える Fukushimaだが、根本的には何ら解決されていないのは明らかだ。生活のためには解決したそぶりさえ見せざるを得ないFukushimaの人たちの複雑な心情を音楽として抽象化するのは並大抵の作業ではないはずだが、アルバムを聴き進めながらペンデレツキの「広島の犠牲者へ捧げる哀歌」やアート・アンサンブル・オブ・シカゴの「苦悩の人々」に通じる心の震えにも似た感興を覚えていた。現実にはFukushimaを共有していないニューヨークのミュージシャン達にここまで深く共感させ得たのはひとえに藤井のスコアの力だろう。原発再開を加速させようと意図する政権下にある現在、このアルバムのリリースが大きな意味を持つように働きかけるのは我々メディアやリスナーの務めだろう。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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