『アガルタ』と『パンゲア』 藤村信定
そもそもマイルス・フリークでもなく、現在も所有しているCDアルバムは『Miles Davis/The Complete Columbia Album Collection』の一作品のみ。とは言え、コロムビア時代の52作品をまとめたボックスでそれで充分でした。
思えばまだ9歳だった 1969年のある日、FMラジオから流れてきたアルトサックスに耳を奪われた。曲が終了し改めて曲名を確認すると『ウッド・ロアー/フィル・ウッズ』。この音楽は何と楽しいのか!両親、兄もジャズなどに興味も無く、音楽も特段好きでもないものの、何故か自宅のリビングにはナショナルのセパレート・ステレオが鎮座していて音楽を聴ける環境にはあった。それからFMを中心にジャズなる音楽を聴くようになり、当然マイルス・デイヴィスも頻繁に耳に入るようになる。子供がジャズ生活するのは当時は難しく、少ない小遣いをやりくりしてライヴを観に行くのと、唯一情報が得られる『スイングジャーナル』購入の軍資金を蓄えてました。
そうこうするうちにマイルスが来日するというのを知り、マイルス・ファンではないがやはり一度くらいは聴いておく必要があると思い込んでいた。今は無き大阪フェスティバルホールで同一日で昼に夜の2セットがあると解り即購入を決める。大阪梅田地下のプレイガイドにチケットを買いに行ったのを薄々覚えている。
来日直前になってもマイルスの動向を追っていた訳でも無く、好きだったデイヴ・リーブマンが来てくれたら嬉しいな〜!くらいの認識だったが、いざ来日するとリーブマンに代わって当時の私は見たことも聴いたこともないソニー・フォーチュン。しかし予想を裏切られるほど素晴らしい演奏!
1975年2月1日、いざ現地のフェスティバルホールで周りを見渡すと子供など一人もおらず、高校生とは言え制服で行ったので、周りからは好奇な目で見られたのを覚えている。肝心のマイルスはと言えば、自身が演奏してない時はしょっちゅう煙草を吸っていた記憶しかない。ステージで煙草あり?と強く感じたが、あれは今でもマリファナではなかったかと疑っている。(笑)
当時このライブがアルバムになるとは露ほども知らず、後に知ってレコードを買いに行き貪るように聴き込んだものだ。レコードで聴くと改めて情景は浮かび上がってくるが、現地ではまだ耳が幼かったせいかそれほど感動はなかった記憶がある。ところで、生まれて初めて買ったジャズ・アルバムは、『アランフェス協奏曲/ジム・ホール』で、次に前述の“アガパン”:『アガルタの凱歌』『パンゲアの刻印』だった。
CDやダウンロードで聴いて消費財化している現在と違い、あの当時はアルバム一つひとつがコレクションと呼べるほど充実していたと懐かしさと寂しさを感じる。
ジャズ文化が以前のように隆盛を究める事を心より願う老人の一人です。
藤村信行
1959年8月、兵庫県尼崎生まれ。
趣味 :ジャズ鑑賞、ホームオーディオ、ゴルフ。
オーディオには多少こだわり有り。
生まれて初めて買ったスピーカーがALTEC A5 。高校3年間のアルバイトで購入。しかしながら音出しできたのはA5購入から1年後...。アンプ、レコードプレーヤーを買えなかったから。 待機の一年間はオブジェとして6畳間で威光を放ち続ける。その後変遷を経て、現在は5Way + Sub Woofer のマルチアンプに落ち着く。
大まかなシステム紹介:
Super Low:54cm口径 プレシジョン・デヴァイセズ PD2150
Low :ALTEC 515E/ Precision Devices PD1550。共に38cm口径。上記2組を付け替えて使用。
Mid Low: ALTEC MR94A マンタレイホーンをバーチ合板で特注で製作。
ドライバー:JBL SELENIUM D405TRIO(音の滑らかなフェノリックダイアフラム)
Mid High : 特注セクトラルウッドホーン (ハードメイプル製)をRadian 745ドライバーで駆動
High :JBL SELENIUM ST450TRIO
Super High :ハードメイプル製小型CDホーンにドライバーは BMS4540ND チャンネルデバイダーは、dbx234xsをシリーズ接続し多チャンネルに対応
アンプはELSOUNDの!wから5wのパワーアンプ数台で対応
各スピーカーユニットが高能率ゆえこの出力でも部屋を揺すれる大音量
以前はアナログレコードを2000枚ほど所有していたが、離婚を期に売却。現在はCDを中心にリスニング。
マイルス・デイヴィス, アガルタの凱歌, パンゲアの刻印
