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インプロヴァイザーの立脚地No. 316

インプロヴァイザーの立脚地 vol.22 徳永将豪

Text and photos by Akira Saito 齊藤聡
Interview:2024年7月12日 神保町にて

徳永将豪(とくながまさひで)はロングトーンを追求するアルトサックス奏者であり、日本の即興音楽シーンでも特異な存在である。その演奏は、模索の結果たどり着いた「音の基礎研究」だった。

原体験

徳永にとっての原体験は1997年、中学生のときだ。地元の山口市にはDISKBOXというCD店があり、徳永はそこに入り浸っていた。オーナー(当時)の一楽儀光がしてくれる話には影響を受けた。ある日、その一楽が出演するというので、よくわからず「I.S.O.」のコンサートを学ランで観に行った。Sachiko MがAKAIのサンプラーからピーという電子音を発し、一楽がドラムを叩き、大友良英がターンテーブルを操った。徳永は「やらなきゃ」と思った。

これがきっかけになった。地元にはときおりライヴが開催されるムラタという酒屋があって、内橋和久(ギター、ダクソフォン)と山本精一(ヴォーカル、ギター等)とのデュオ、ハンス・ライヒェル(ダクソフォン、ギター)、橋本一子(ピアノ)といったミュージシャンを観た。また、はじめて山口県に来た灰野敬二(ヴォーカル、ギター等)を防府市の印度洋に観に行き、一緒に写真を撮ってもらったりもした。河端一(ギター等)、姜泰煥(アルトサックス)、スティーヴ・ベレスフォード(ピアノ)、クリス・カトラー(パーカッション)も印度洋で観ることができた。すべて一楽の招聘によるイヴェントであり、徳永には大きな刺激となった。

特段の理由があってアルトサックスを選んだわけではない。それ以前にも音楽教室やドラム教室に通い、いろいろな楽器に手を出してはいた。徳永は、その中で結果としてアルトが向いていたということだろうと言う。DISKBOXでは中古楽器も販売しており、3万9,800円のアルトを見つけた。お店が3万円に負けてくれた。

ジャズではない

地元ではジャズとクラシックの先生に師事し、22歳で就職のため上京してからは菊地成孔(サックス等)の私塾「ペンギン音楽大学」に3年通い、理論と実技を教わった。ケイ赤城(ピアノ)のクリニックも受けてみた。

すでに上京前には杉本拓(ギター)、中村としまる(ノー・インプット・ミキシング・ボード)、秋山徹次(ギター)の音楽に注目し(徳永はこの3人のことを「音響御三家」とみなしていた)、杉本のライヴ企画を立てたりもして、かれらの生活感を身近に感じていた。

徳永にとっての社会の肌感覚は「ずっと不景気」。経済的な不安定さに対する恐怖は地方出身者であればなおさらのことだ。裕福だった祖母が経営する旅館が傾き、地元の大学を選ばざるを得なかったことも心に残っていた。そして、上京資金を出してもらったIT企業に就職した。その時期にいちどはジャズをやろうとしたのは、音楽で生活が成り立つのではないかという「幻想」のゆえだ。なお、かれはその企業を辞めたあとに水道業者になり、いまはタクシーを運転している。

チャーリー・パーカーのコピーを練習しながら気付いたのは、「ジャズが自分のやりたい音楽ではない」ということだ。たとえば菊地成孔に紹介されてM-BASEのサックス奏者たちのCDを聴くこともしてみたが、あまり興味を持つことができなかった。もちろんパーカーは圧倒的な存在だ。だが、自分自身がパーカーのスタイルで吹くことは恥ずかしくてできないと思った。単なるフォロワーとして人の真似をするのならば、人前で音楽を続ける意味はない。

ロングトーン

ロングトーンはスケールと同様にサックスの基本である。徳永は、これを中心とした演奏を化学や物理のような基礎研究のつもりで続けている。

もとより音楽をやるにあたり、リズム、メロディー、ハーモニーという三要素から離れたいという意識があった。続けてゆくうちにわかったのは、そこから逃れようとしたところで、西洋音楽の伝統に基づく楽器を演る以上は無理ということだ。それは受け容れる腹だが、だからといって、自作楽器、プリペアド、エフェクターなどの工夫をしたいとは思わないという。プリペアドは楽器が壊れるし吹きづらい。エフェクターは自分以外の音が入ることで情報量が極端に増え、手に負えない。

じっさい徳永が去年ベルリンを演奏のため訪れた際、そのような技術を含めて上手い人なんてごまんといることを再認識した。先行者の誰かに似ていることも少なくない。だから、姜泰煥(アルトサックス)のように自分のスタイルを確立した人のことは凄いと思っている。たとえていうなら、「うちはうち」だというラーメン屋、たどり着いたレシピで勝負するカレー屋。人は人、自分は自分。いろいろと試した結果としていまの自分がいる。誰かのやっていることを排除した結果の「消去法」でもある。ひょっとするとすごい人たちを早い段階で聴いたことも大きいのかもしれない―――たとえば、アルタード・ステイツ『mosaic』に参加した広瀬淳二(サックス等)を聴いて驚いたのは中学のときだ。

2017年にソロアルバム『Bwoouunn: Fleeting Excitement』を出したころ、耳の肥えた客に「器用貧乏」だと言われたことがあるという。その真意はわからないし、たしかに長く続けていると楽器の演奏自体が上手くなってくるのは事実である。そして、それは「いい音楽」かどうかの価値判断とは関係のないことだ。徳永は、その矛盾の中で自分の音を追求するのである。

時代や社会とのかかわり

1997年に神戸連続児童殺傷事件を犯した「少年A」(酒鬼薔薇聖斗)は、徳永と同い年だ。その年に観た大友良英の音の暴力性、Sachiko Mの音の冷徹な感じとともに、かれの記憶に刻まれている。なにかに衝き動かされたのであろう熱量をもってすれば、「少年A」は相当な表現者になりえたにちがいないと徳永は言う。1995年のオウム真理教(当時)への強制捜査も強い印象に残っている。やはり、異常極まりない方向に熱量を放出した団体だった。

音楽も時代性と無縁ではありえない。阿部薫だって、その時代背景がなければ出てこなかったにちがいない。徳永にとっては、ジョン・コルトレーンもまたそのような存在である。ドラム教室に通っていた中学生のとき、ブラシというものがあることを知った。それでDISKBOXでなにかブラシの練習に向いた音源を探していると、一楽にコルトレーンの『Ballads』を薦められた。夢中になり、漫画雑誌の上を擦って練習した。そのような純粋なアルバムをものしたコルトレーンさえ、インドのシタール奏者ラヴィ・シャンカールに強く傾倒したり(*1)、「聖者になりたい」と言ってみたりと、痛々しいほどの苦しみに満ちた軌跡を辿った。

だから、いわゆる「自己表現」とは距離を置きたい。「表現したい熱いものがあれば、メロディーとか、ビートとか、ハッピーなラヴバラードとか演るのかもしれないけど、そういうものは他の人が演ればいい」。

身体性

かつて徳永は水泳選手だった。全国大会に出て12位に入賞したこともある(そのとき優勝したのが同い年の北島康介だった)。週に6日、少ない時でも1回に5~6kmは泳いだ。身体の動きと思考は連動しているし、身体のケアはとても大切だと考えている。

ヨーガの教室に通い始めたのは2014年からである。ちょっと個人的な問題を抱え、不健康に太っていたからでもあった。外部とのかかわりをリセットしてくれるのがヨーガだ。

2009年に出したソロアルバム『Alto Saxophone』を自分自身で聴くと、貧弱で不安定、なんて下手なのだろうと感じるともいう。ピアノでいえば「オンボロ」。だが、ヨーガの効果か、次第に土台がしっかりして安定感が出てきた。ときどきは床に両膝をついてアルトを吹くことがあり、これもまた音のためだ。整っていない未熟な脚のまま立って吹くと骨盤や横隔膜が安定せず良い音が出ない。膝をつくことで胴をしっかりした太腿が支えることになり、その骨もまた共鳴する。

他のミュージシャンたち

最近の石橋英子が好きだという。濱口竜介の映画『ドライブ・マイ・カー』や『悪は存在しない』に提供したサウンドも良い。

ベルリンはミュージシャンも耳の肥えた人も多く好きな街だ。昨2023年に初共演したクラリネット奏者のルシオ・カペーセ(アルゼンチン出身)もおもしろい。生楽器をアンプリファイしてドローンを作り出す人である(*2)。

ディスク紹介

(*1)コルトレーンはシャンカールがニューヨークに来るたびにホテルの部屋を訪れ、「ラーガの基本」「ラーガの意味」「インド音楽の即興」「スピリチュアル」などについて教えを乞うていた。(藤岡靖洋『コルトレーン―ジャズの殉教者』、岩波新書、2011年)
(*2)クラリネットのケイティ・ポーターとのデュオによる即興演奏『Phase to Phase』をFtarriレーベルからリリースしている(2022年)。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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