JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

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InterviewsNo. 305

Interview #267 sara (.es)

奇跡の連続、人智を超えたその只中にいる...

sara(.es) piano,percussion

2009年「Gallery Nomart (ギャラリーノマル) 」をホームに橋本孝之 (alto sax, guitar, harmonica) と共にコンテンポラリー・ミュージック・ユニット.es (ドットエス) 結成。現代美術ディレクター林聡がプロデュース。結成当初より様々な表現領域とのコラボレーションを行い、主に国内外のアートシーンで活動を展開。ボーダレスな世界― “音”と“音楽”の間 (ま) で交錯する感覚を表現。
2021年5月、橋本孝之永眠後も「音に限定しない表現」「アートへ向かう」という意志を「.es」名で承継。
2022年秋、音響の鬼才・宇都宮泰との出会いを機に宇都宮の革新的なシステムとタッグを組んだ「Utsunomia MIX」プロジェクトを始動。さらに表現領域を交差させた水路を拓く。
https://www.nomart.co.jp/dotes/

Interviewed by Kenny Inaoka via Google Document in August 2023

Part 1:
Utsunomia MIX「これはアートの革命である」

JazzTokyo:3枚セットのCD『Utsunomia MIX』が5月にリリースされ、3ヶ月が経ちましたが、これはセットではなく1枚ずつでも入手できるのですか?

sara(.es):もちろん可能なのですが、リリース以来3枚セットでのお求めがほとんどで、これは嬉しい誤算でした。沢山の方にセットを持っていただいてとても感謝しています。

JT:3枚のCDは、sara(.es) さんが pianoとpercussionで4人のミュージシャンと共演するという形が取られています。

sara(.es):CD01『パミス』が、​​美川俊治さん、CD02『鳥を抱いて船に乗る』が、K2(草深公秀)さん、CD03『マルチプリケーション』が、Wameiさんと山本精一さん、それぞれ1曲ずつ共演という形です。

JT:3枚のCDに共通しているのがセットのタイトル『Utsunomia MIX』通り、音楽プロデューサーの宇都宮泰​​さんがミックスを手がけているということですね。

sara(.es):その通りです。『Utsunomia MIX』は.es (ドットエス) のホームグラウンドであるギャラリーノマルのディレクターであり.esのコンセプトメーカーでもある林聡さんが命名しました。最初はアルバムのシリーズの名称のような感じでしたが、今は宇都宮さんとノマル、.esにとってのプロジェクト名ともなっています。

JT:きっかけは「2022年9月24日にノマルでsaraと共演した美川俊治から”電子音とピアノのバランスや、音環境について考えた方がいい”と指摘されたこと」(剛田武@JazzTokyo) だそうですが、美川さんの指摘の具体的な内容はどういうものだったのですか?

sara(.es):2022年のライブ後、1ステではスピーカーを通さずピアノの生音で電子音とセッションしたこと、2ステで使用した電子ピアノは逆に音量が大きすぎたことについて、つまりはやりにくかったと指摘を受けました。私自身の未熟さに尽きるのですが、これからも色んな音楽家をノマルへ招くなら、機材も含めて音響の専門家に助言を受けた方がいいよと率直な意見をくれたのです。

.esで橋本孝之さんとギャラリーノマルで重ねてきたライブやセッションは200回以上だと思うのですが、基本がサックス&ピアノの生音の演奏で、電子音に対する配慮が乏しかったのです。初めて演奏する音楽家には「爆音不可」とお願いする程度で...天井高があるノマルの残響音も.esにとってはサウンドの大切な要素だったので、そのコントロールを考えたこともありませんでした。美川さんとは2012年にもノマルで共演していて、そこに甘えもあったと思います。

.es 専用の箱ではないという自覚を改めて促してもらったご指摘で、美川さんの言葉が結果、Utsunomia MIX 誕生に繋がり、本当に感謝しています。

JT:そこから宇都宮さんにつながる経緯を教えていただけますか?

sara(.es):音響の専門家、紹介してあげても良いよと美川さんにアドバイスもらったものの、全く知らない方を紹介いただいて、ノマルや.esの説明をいちからするということに、ハードルの高さを感じました。その時にピン!ときたのが宇都宮さんでした。凄い方だという評判は聞いていましたがお話した事はなく、Facebook だけで繋がっていた関係。ですがたまたま次月の共演が草深さんでした。

実はその5年ほど前に草深さんと共演した際に、宇都宮さんと草深さんが親しそうに話していたのを思い出したのです。お二人が知り合いなら、ライブへご招待という形で、まずはノマルの空間を見ていただけたらと。また、生音と電子音のバランスについてのアドバイスもいただけませんか?と、メッセンジャーでの厚かましいお願いにも関わらず快諾いただけて、草深さんとのライブ当日、宇都宮さんが初ノマル入り。空間に入ってすぐに、定番だった楽器配置を全く変えるアドバイスをいただき、さらに、宇都宮さんが開発して試作段階に入ったばかりのマイク「BAROm1」を持参されて録音まで。それが草深さんとのアルバム『鳥を抱いて船に乗る/Bird』誕生に至りました。

今では笑い話になっているのですが、美川さんに「音響の専門家に来ていただけることになった」という報告をして、それは良かったねと何度かやり取り後に「実は宇都宮泰さんという方で」と伝えると彼がびっくり仰天!えええええ!あの超マッド・サイエンティストの宇都宮さんを担ぎ出すなんて!凄え!と(笑)宇都宮さんの名前を先に彼に伝えていたら、ハードルがさらに高くなっていたかもしれません。

JT:CD01の美川さんとのデュオ『パミス』は、会場のノマルで録音してあった音源を宇都宮さんがミックスしたものですね。宇都宮さんのミックスがそれまでの経験と違っていた点はどこでしょうか?

sara(.es):『パミス』に関しては宇都宮さんへ3種の音源をお渡ししました。美川さん自身の録音、ノマルの録音、さらにビデオ音声。それぞれ、機材を置いてる位置によって異なる音像ですし、ピアノが大き過ぎたり、バランスが悪かったりとアルバム化には無理があるものでした。何より宇都宮さん自身はその場に居なかったわけで、あくまで空間での音を想像しながらミックスいただく事となり、大変なご苦労だったと思いますが、何をどうしたらあれらの音源がこうなるのか?新たな音、空間が、そこに生まれていたのです。

JT:美川さんに指摘されたことが解消されていましたか?

sara(.es):まさに驚愕の仕上がりでした。スピーカーを通さない生ピアノと電子音の共演という無茶な状態-かえすがえすも美川さんには申し訳ない限りですが、既に終わった演奏がこうあるべきだったという音像に生まれ変わっていました。

JT:CD02とCD03の会場は同じギャラリーノマルですが、ミックスだけではなくライヴ録音そのものも宇都宮さんが手がけました。CD01とサウンド的にどこが違いますか?

sara(.es):逆に、聴かれた方がどう感じられたかに大変興味があります。もちろん音楽家と演奏が違うので純粋に比べるのは難しいとは思いますが。CD01はミックス以降が宇都宮さん、02は宇都宮さんにとって初の録音で失敗もあったそうで、03はさらにブラッシュアップと、三部作と呼んでいる3枚の間でもアプローチが全く違います。すべて含めてUtsunomia MIXの進化過程なのですが、出来ればそういう前知識なく、まずは純粋に音楽として、サウンドとして聴いて感じていただきたいと思っています。

3枚組のPOPに「決して3枚続けて聴かないでください」と記していますが、1枚でも集中すると脳がオーバーフローを起こすような解像度、情報量だからなんです。実際に私はリリースまでの半年間、1枚ずつヘビーローテーションで聴き続けましたが、聴くたびに発見があり今なお飽きるということがありません。

JT:これら3作は、2022年の9、10、11月と3ヶ月連続して行われたパフォーマンスを収録したものですが、半年後のリリースを決意された最大のモチヴェーションはどこにありますか?

sara(.es):3ライブとも、最初からリリース予定があったわけではないのです。まず、10月の草深さんとのデュオはミックスが届いて聴いた瞬間に草深さんも私も「アルバムにしたい!」と思いました。解像度と空間性がとてつもない、初体験の音でしたから。次に、9月の美川さんとの音源の「後からミックス」がもし可能ならと宇都宮さんにお願いをして、うまくいけばダブル・リリース出来ないかという思いが生まれました。さらに11月のWameiさん、山本精一さんとのライブ翌日に宇都宮さんからミックスが届き、聴いてすぐにこれは三部作であるべきとの直感が降ってきました。そこからはまさに怒涛の日々...!

宇都宮さんとは初コラボ、共演者は4名、3ライブはそれぞれノマルの個展会場での演奏なのでアートワークに関わってもらう美術作家は3名、ライナー執筆者、翻訳家、デザイナー、スタッフ、関わる人は20名以上で、各々への依頼や確認作業も多かった。各共演者と宇都宮さんとの音の調整も何度か続きましたし、年末年始も挟んでの半年間はかなりハードでした。

半年後を目標にしたのは、5月10日が橋本孝之さんの3回忌だったので、その日にリリースしたかったのです。彼への報告、贈り物のような気持ちでー。

JT:宇都宮さんとの共同作業は今後も継続して行う予定ですか?

sara(.es):はい。『Utsunomia MIX』の制作を進める中「これはアートの革命である」と熱いものがこみ上げてきて、今もその火は燃え続けています。アートとは美術に限らない、表現の挑戦という意味で .es は常にそこに居ましたし、宇都宮さんも新しい音響、録音のあり方に挑戦し続けてきた方。ノマルの磁場での必然の出会いだったように思います。

年内に新しい2枚をリリースします。まず9月27日に在米異能パーカッショニスト、ナカタニタツヤさんとのデュオ『森の創造物/ CREATURE IN A FOREST』(2323年1月のライブ録音)を出します。最初の三部作は電子音+ピアノという共通点がありますが、これは完全生音なので景色が一変します。

12月6日には大友良英さん、磯端伸一さんとのアルバム『HUMANKIND』(6月のライブ録音)をリリースします。実は1月にナカタニさんと共演した際に参加した方が、大友さんのギターと私のピアノは合うと思う、聴いてみたい、と動いてくださって実現したライブなんです。大友さん、磯端さんは共に高柳昌行さんの門下だったという間柄で、一番長い1曲目はお二人の深く骨太なギターデュオ。シリーズの音像がどんどん変化するのが嬉しいです。

他にも宇都宮さんに録音いただいている音源が控えていて...この幸せなループはどんどん続くと思います。私は演奏者ですが、同時に Utsunomia MIX の一番のリスナーであり、制作者であり、その行く末にワクワクしている一番のファンかもしれません。

Part 2:
本当は.es(橋本孝之&sara)と名乗りたい
©2021Tatsunori Itako 2021年8月1日「橋本孝之君へ贈るコンサート」にて。

Jazz Tokyo:プロのパフォーマーとしてのデビューについて教えてください。

sara(.es):表現活動のプロ、という意味でしたら、自分はノマルにおいて30年近く前からアートのプロです。美術作家をマネージメントし、作品を送り出すという役割を担っています。.es 結成以降は、自らもパフォーマンスを行い美術も音楽もクロスオーバーしていくという立場で仕事をしています。両方の立場をスイッチできることはとても幸せだと思っています。

JT:橋本孝之さんと (.es) を組まれたのはいつ、どういうきっかけでしたか?

sara(.es):2009年3月、共に在籍していたフラメンコ・ギタリストの教室で知り合いました。橋本さんとノマルの林さんはギターを、私はカホンを習っていました。たまたま教室のイベントがあった時に先生が同じテーブルに座らせてくれて、音楽と現代アートの話で随分盛り上がり、その後交流するようになりましたが、彼が即興演奏を一人で探求している事はその時点では知りませんでした。

同年9月、何か前衛的なフラメンコのユニットを組もうかという話になり、それが出発点です。活動を始める前にライブが決定し、自分たちに何ができるだろう?と毎日のようにギャラリーノマルに集まっては沢山の楽器を使ってのセッションや話し合いを重ね、その年の年末に小さなライブハウスでライブを行いました。フラメンコのコンパス(リズム)を林さんが PC で作ったり、フラメンコ的なテーマの即興や歌モノもあったりと、互いのバックグラウンド全部のせのようなパフォーマンスを行いました。

出会いから結成まで半年間ほどの間の出来事で、その密度や進化の過程は、現在の Utsunomia MIX に通じるものがあると感じています。

JT:(.es)=ドット・エスのユニット名の由来と目指したところは?

sara(.es):.es はスペインのドメイン名で、元々は前衛フラメンコでもやろうかという軽いノリでした。フラメンコも本来は即興の表現ですし、何かを生み出したいというエネルギーに満ちた者同志の出会いだったのです。当時林さん、橋本さんとよく口にしていたのは「From Fukaebashi to the World」でした。深江橋とはギャラリーノマルの最寄駅ですが、土地柄は大阪の東端です。ノマルのアートの仕事、.es の表現活動共に、中央から外れた場所からであっても世界に通じることをしようと。今、.es のステージは世界どころか天と地に拡がったので「From Fukaebashi to Outer Space」と言い換えています。

JT:ギャラリーノマルとディレクターの林聡さんとの出会い、それらの存在と関わりについてお話ください。

sara(.es):ノマルはギャラリー以前、版画工房として約35年前に生まれました。アーティストとの「共創」がノマルの軸で、それは今も変わらず、奇跡の実験工房などと言われています。アートもサウンドも、全てにその精神が流れており、林さんはその指揮者という存在。私自身は、ノマルのマネージャーの役割を担っています。

.es はそんなノマルで生まれ育ったユニットで、セッションもライブも常にアーティストとその作品と共に在ったので、私たちのサウンドはアートの存在抜きには語れません。

2021年にJazzTokyoでご紹介いただいた剛田武さんのインタビュー「#214 .es(橋本孝之&sara)+林聡インタビュー:アートと音楽の未来へ向けて」で、その辺りについて詳しくお話させていただきましたね。長い長いインタビューですが、機会があれば JazzTokyo 読者の皆さんにも一度お読みいただければ幸いです。

実は...そのインタビューが公開されたのが2021年1月で橋本孝之さんが7年の東京暮らしを終えて帰阪することが決まったばかりのタイミング。これからノマルと.es の活動を一層盛り上げようという意気揚々の最中だったので、インタビュー公開を新年会時に皆で喜び合ったことは生涯忘れられないと思います。

JT:(.es) と共にソロ・パフォーマーとしての活動もありましたが。例えば、横浜の Bitches Brewでの演奏も含めて。

sara(.es):橋本孝之さんは .es の他にもソロやバンドの活動をどんどん拡げて行きました。彼はソロ名義のアルバムも5枚リリース。「早くソロ出さなあかんで!」と何年も言われ続けながら重い腰が上がらずでしたが、昨年5月にようやくソロ・ピアノ・アルバム『Esquisse』をリリースしました。ライブ収録なのですが、その演奏時にそれまでとは全く違う感覚を体験して(演奏している自分を上から眺めているような)、そこから自分のピアノが変わっていったような気がします。

Bitches Brewでは2021年10月、翌年7月の2回 sara(.es)として演奏させていただきました。それ以前に .es で2回、橋本孝之ソロでも何回か同店で演奏させていただきましたが、なかなか顔を出せていないんだと橋本氏が気にしていたのを思い出したからです。オーナー杉田誠一さんは行く度にピアノの調律をして待っていてくださるので気が引き締まります。

JT:2021年に (.es) のパートナー橋本孝之さんが急逝しますが、橋本さんの存在と喪失についてお話ください。

sara(.es):彼の急逝以降、自分自身が生まれ変わったような気がしています。人生について音楽について、考え方や向き合い方が全く変わりました。

彼は人として音楽家として、いろんな意味で特別過ぎる人でした。身近に居すぎてその特別さに気づいていなかったように思います。最初のうちは大切な友人が、相方が亡くなったという普通の喪失感や悲しみがありました。彼がやりたかったであろうことを一緒にやっていくという、普通の決意も。

2021年春、病気発覚前に彼と今後について随分話をしました。演奏はやり尽くした、これまで誰もやっていないようなことをノマルでやりたい、アートに向かっていきたいと話していました。Utsunomia MIXは、その一つの方向だと思っています。

ここでお話しして良いかどうか迷いもありますが、かの大谷翔平選手も学んだということで最注目されている思想家・中村天風の本は橋本孝之さんのバイブルでもありました。一つ言えることは、肉体の死は終わりではないということです。今も現在進行形で、自分たちのお役目を一緒にやっているという感覚でいます。

JT:橋本さんの急逝後、ソロ・パフォーマーとしての活動が活発化しているように見受けられますが。

sara(.es):そうだと思います。次々とプロジェクトを動かしていますが、実際にはただ流れに身を任せているだけなのです。Utsunomia MIX に関してもそうなのですが、新たなご縁や途絶えていたご縁が連鎖的に繋がったり応援してくれる人が現れたりと、考えたり企てたりしてもそうはならないと思えるような奇跡の連続で、それがどんどん続いていくので、これはもう直感と流れに乗っておこうと...人智を超えるという言い方がありますが、その只中にいると感じています。

今回、稲岡さんからインタビューいただけるという機会に恵まれたことも非常に感慨深いです。20年以上前になりますが、稲岡さんのご著書『ECMの真実』はバイブルでした。当時ECMサウンドをよく聴いていたこともありますが、ECMが「Edition of Contemporary Music」と知り、ミュンヘンの小さな工房的なレーベルが世界へ進出していったというストーリーに心躍りました。同じくミュンヘンには実験的な版画工房「Edition Schellmann(エディション・シェルマン)」もあって、大阪の小さな版画工房のノマル(当時ギャラリーはありませんでした)も、世界に通用する「Edition of Contemporary Art」になればとイメージを重ねノマルの林さんとよく話し合ったものです。

9月に Utsunomia MIX の新譜『森の創造物』が出るタイミングでの稲岡さんからのインタビューのオファー、これもまた有り難い、奇跡としか思えません。

JT:今後も sara(.es)を名乗り続けますか?

sara(.es):はい。本当は.es(橋本孝之&sara)と名乗りたいんです。今も彼と林さんとのチームで活動していますから。ただそれでは人も呼びにくいかなと思って短縮しています。

私が. es を名乗り続けることで、橋本孝之を知らない方々へ特別な音楽家だった彼を伝え続けたいという思いも込めています。

JT:共演してみたいパフォーマーやユニット、海外公演など今後のヴィジョンについてお聞かせください。

sara(.es):実は自分にとって表現のメンターと言える人がいるのです。オランダで世界的な仕事をしていたデザイナー綿野茂さんという方で(2012年逝去)、表現をするならまず世界に出なさいと。ただし、.es の演奏を聴きたければノマルでしか聴けないという状況を作るのはもっと面白いよと。実はそれを今、とてもリアルに感じています。ノマルを世界の扉にしたいのです。もちろん機会があれば海外公演もしたいですが、今はノマルを創ることが面白くて仕方ないんです。

共演してみたいパフォーマーは...アート領域でも表現されている田中泯さん、森山未來さんがまず浮かびます。もう叶わないのですが、坂本龍一さんと今、出会えていたら?と思ったり。想像が及ばないような共演なら、どんな領域の人とでもやってみたい。詩人の建畠晢さんと美術作家を交えた出版+展覧会「詩人と美術家とピアニスト」も来年に向けて企画中なんです。

今後のヴィジョンということであれば、Utsunomia MIX を場としたした進化と深化、そこへどれだけの人を、世界を巻き込めるかに尽きます。

JT:CDなどパッケージ・メディアの今後についてどのようにお考えですか?

sara(.es):CDは消えゆくメディアと言われて久しくCDプレーヤーを持っていないという人も増えていますが、宇都宮さんと出会ってCDの可能性に再び注目しています。一方で林さんがデータ配信やハイレゾを実現化しようとしていて、おそらくノマルのオンラインストアで Utsunomia MIX 以前の音源のみ配信していくことになると思います。

表現に関わる身としてあまり無頓着ではいけないのですが、結局モノはモノでしかなく、いずれにしろ消えてしまうものなので、消えてなくならない現象や風景が創れるか、伝播できるかが今の最大の関心事です。

Part 3:
いち個人ではない動きをしていきたい

Jazz Tokyo:sara(.es) さんの個人的なプロフィールはほとんど公にされていないようですが、これは意図的にコントロールされている?

sara(.es):個人的なことはどうでも良いという気持ちは確かにあるかもしれません。いち個人ではない動きをしていきたいという気持ちの方が強いです。

JT::お生まれはどちらですか?

sara(.es):生まれは父の仕事先だった広島、5歳からはずっと大阪です。

JT:音楽的環境に恵まれたご家庭でしたか? 差し支えなければファミリーのバックグラウンドを教えていただけますか?

sara(.es):父はエンジニア、母は元教師で特に音楽的なファミリーというわけではないのですが、小さな頃から音楽をふんだんに聴ける環境だったし、コンサート、映画館、美術館、バレエ公演などへはよく連れて行ってもらいました。特に母が、なんでも体験させてあげようと思ってくれたんだと思います。今でもとても感謝しています。

JT:最初に興味を持った音楽は?その後どういう音楽を聴いてこられましたか?

sara(.es):最初の音楽体験は映画音楽だったと思います。ディズニーや主にはハリウッド映画のサントラ、後は昭和の歌謡曲。それらは自然に耳に入ってくる音楽でしたが、初めて脳天に衝撃を受けたのはロックのサウンドで中学時代はディープ・パープルの虜でした。

その後はロック、ソウル、民族音楽、実験音楽、フラメンコ...その他なんでも色々と広く浅く。フラメンコが一番ハマった音楽ですが、それ以外は特に何かにはまり込んだ記憶がありません。音楽歴や好きな音楽を聞かれることが昔から苦手と言いますか、満足や納得いただける答えを持ち合わせていないのです。音楽は全てでもあり、空気でもあり。けれど感覚的には、音や音楽に対して絶対的な好き嫌い、有り無しがあって、ただただ、音楽について語れない自分がもどかしいです。

JT:最初にピアノの鍵盤に触ったのは?また、音楽学校で教育を受けられましたか?

sara(.es):三人兄弟で兄と姉もピアノを習っていて、私は5歳から習い始めたのですが、それ以前にも鍵盤を触っていたろうと思います。素晴らしい先生で、ピアノや音楽理論、声楽も同じ先生に指導を受けました。練習をしない、気分が乗らないと弾けない問題児で...叱りもせず見捨てず付き合ってくださった事には感謝しかありません。

大学は教育学部の音楽科でピアノを専攻しましたが、幼い頃から習った先生と全く違うタイプの方で新鮮でした。音楽理論の授業もありましたが、理論や譜面には馴染みませんでした。作曲の時間では、考えたことを譜面に出来ないもどかしさを感じるだけで...今も自分が即興で弾いている音やリズムを譜面にするのは不可能だと感じています。

実は今、ノマルに置いているピアノは、生まれる前から家にあったピアノなんです。自分にとっては最もパフォーマンスを発揮できる最高の相棒です。

JT:ピアニストを職業にと決意されたのはいつ頃ですか?どういう動機でしたか?

sara(.es):自分にとってのピアノはこの世に送るべきものを、この手で表現するのに、一番都合の良いツールなのだと思います。長くピアノから離れていた時期もありますが、橋本孝之さんと出会って人前で即興のピアノを弾くようになり、そこからピアニストの自覚が生まれました。

最近は内部奏法と共に、ピアノと鈴を両手で演奏するスタイルに変わってきています。自然にそうなっていったので、録音を聴いても、どうやって演奏しているのか分からない...物理的に不可能にも思える箇所があります。

JT:即興表現に関して、どのように考えておられますか?

@Nomart 2022

sara(.es):橋本孝之さんとの出会いからスタート出来たのは幸いでした。彼は即興の音楽を聴き尽くし歴史や背景を知り尽くした上で、それらを消去して自己表現を始めた時に出会えたからです。私は即興音楽の歴史も音楽家も知りませんでしたが、イディオムのない自由な世界の扉を突然開いてもらえたのです。「即興演奏とは」と語ることは出来ませんし、そこにあまり意味を感じません。

デュオとしての .es の晩年は、相手の存在を意識することなく演奏していました。相手の音を聴く、合わせるなどという意識は皆無なのに、その場にあるべき音が自然に生まれてくる領域ー今、Utsunomia MIX で色んな音楽家と共演させていただいていますが、その領域を共有できていると思いますし、共有できる方とだけ今後もやっていきたいと思っています。

JT:お気に入りの内外のピアニストの名前を挙げてください。

sara(.es):その質問を受けるのも怖かったです(笑)好きなピアニストを沢山答えられる人は素敵だなと思っているので。でも、浮かばないのです。あまり人の名前やアルバム名を覚えないということもありますが、特に .es 結成以降、他の人のピアノを自分から進んで聴いていません。誤解を恐れず答えるとしたら、最も興味あるピアニストは sara(.es)です。彼女は、自分が聴きたいと思うピアノを弾いてくれる唯一の存在なのです。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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