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InterviewsNo. 224

#151 山中千尋

山中千尋
1974年、群馬県桐生市生まれ。
ピアニスト/作曲家/アレンジャー/プロデューサー。
桐朋女子高校音楽科、桐朋学園大学音楽学部演奏学科(ピアノ専攻)を経て米国バークリー音楽大学に留学、首席で卒業。
2001年10月、『Living Without Friday』(澤野工房)でCDデビュー。
2005年1月、ユニバーサル クラシックス&ジャズと契約、9月にヴァーヴ移籍第1作2007年、『LACH DOCH MAL』(Verve) が、スイングジャーナル誌「第57回日本ジャズメン読者人気投票」<アルバム・オブ・ザ・イヤー>部門で第1位に選出。同年
11月中旬より、「山中千尋 ニューヨーク・トリオ ツアー2007 ”Abyss”」をイタリア~イギリス~ドイツ~日本で敢行。
2008年1月、『Abyss』がスイングジャーナル誌ジャズディスク大賞「日本ジャズ賞」を受賞。4月、同誌「第58回日本ジャズメン読者人気投票」<アルバム・オブ・ザ・イヤー>部門で2年連続第1位選出。
2009年3月、『After Hours』が「第23回 日本ゴールドディスク大賞 <ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー>」に選出。群馬交響楽団の公演にて、「ラプソディ・イン・ブルー」を共演。
デビュー10周年となる2011年、米Deccaレーベル初の日本人アーティストとして『Forever Begins』が全米発売。8月には新作CD『レミニセンス』が「第1回 NISSAN PRESENTS JAZZJAPAN AWARD 2011 ”アルバム・オブ・ザ・イヤー”」を受賞。
2015年9月、バークリー音楽大学にて、助教授として後進の指導を開始。
2016年、デビュー15周年を迎え、Blue Noteレーベルから3作目のオリジナルアルバム『Guilty Pleasure』を発表。

http://www.chihiroyamanaka.com/

opera

 13年ぶりの東京オペラシティで「クリスマス・ジャズ・コンサート」

Jazz Tokyo:12月21日に東京オペラシティで「クリスマス・ジャズ・コンサート」を予定されていますが、オペラシティは初めてですか?

山中:2003年にラズロと一緒にピアノデュオで出演しております。日本画家の平松礼二さんの屛風画4点とのコラボレーションで、春夏秋冬をテーマに演奏しました。

JT:東京オペラシティコンサートホールには「タケミツメモリアル」というニックネームが付けられていますが、武満徹さんの<死んだ男の残したものは>がレパートリーに入っています。

山中:武満徹さんは、現代クラシック音楽に語法のみにとらわれず、数多くの曲を作曲されました。<死んだ男の残したものは>は谷川俊太郎さんの詩に音楽を作曲されたものです。メロディーとコード進行が印象的な曲で、ジャズのスタンダードと呼ばれるアメリカ歌曲のような佇まいがあります。

JT:「クリスマス・ジャズ・コンサート」というタイトルを見て、千尋さんが弾くクリスマス・ソング集かと早合点しましたが、サブタイトルに「2台のピアノによるコンテンポラリー・ジャズ」とありました。相当気合が入っていますね。

山中:東京オペラシティという会場にふさわしいキュレーションになるように考えました。そして「ジャズにも、現代クラシック音楽にも馴染みがない」という方でも楽しんでいただけるような楽曲を選びました。

JT:ベルクやコーネリアス・カーデューも入っています。セルヒオ・オルテガの<不屈の民>が、やや異色な感じがします。

山中:コンサートでは当然、各楽曲のコード進行に基づいてインプロビゼーションしますので、今回の選曲はインプロビゼーションが自由に発展するような楽曲を選びました。セルヒオ・オルテガの<不屈の民>は現代クラシック音楽の作曲家、ジェフスキーが変奏曲を作曲していて、ジェフスキーのエディションをもとに演奏する予定です。

JT:ところで、ラズロ・ガードニーは日本ではそれほど知られたピアニストではないと思いますが、彼を共演者に選んだ理由は?

山中:2台ピアノはとても難しいアンサンブルです。スタイルは違っても、お互いの音楽や演奏によく理解がないと、2台ピアノで音楽の深みを増すのは難しいのではないでしょうか。私はジャズをはじめたての頃からラズロに習っていましたし、そういう意味でも一緒に演奏するのはごく自然なことでした。今回のアンサンブルは、2台ピアノの鍵盤が掛け算になったような相乗があると思います。

JT:ジャズ・ファンにはおなじみのローランド・ハナはクラシックにも通じたピアニストでしたが、<シーズンズ>はクリスマス・ソングですか?

山中:そういう解釈もできるかと思います。<シーズンズ>は美しい曲で、クリスマスの夢の中にいるようなコード進行を持った楽曲です。まるで雪のつもった静かな日を連想させます。

JT:発表されているレパートリーには千尋さんのオリジナルが3曲含まれていますが、これらの曲は千尋さんのアルバムに収録されているものですか?

山中:そうです。アルバムはトリオでレコーディングされていますが、当日はまったく違うアレンジで演奏してみたいと思います。

JT:もちろん、ジャズ・スタンダードやおなじみのクリスマス・ソングも期待して良いのですね?

山中:はい。もちろん演奏します。クリスマス・ソングは大好きです。

JT:千尋ファンには胸踊るコンサートでしょうが、クラシックとジャズの架け橋になるコンサートとして、クラシック・ファンにもアピールしたいですね。

山中:そして、クラシックとジャズのどちらのファンでない方にも是非聴いていただいて、クラシックもジャズもなく「音楽として楽しい」ものだと感じていただけるようなコンサートにしたいです。プロテストソングや現代音楽、クリスマス・ソングが一緒に並ぶジャズのコンサートなんて、あまり例がないと思います。想像するだけで楽しみです。

 

♩ ジャズもクラシックも音楽の素材

JT:クラシックとジャズの架け橋といえば今年の8月にはN響(NHK交響楽団)とも協演されましたね。オーケストラとの共演は初めてでしたか?

山中:以前から、群馬交響楽団と4回、東京フィルハーモニー交響楽団、東京都交響楽団、と共演しています。

JT:アルバムでは2013年の『モルト・カンタービレ』があります。本誌ではクラシックの評論家丘山万里子さんが取り上げました。

山中:デビューして15年のあいだ、毎年アルバムをリリースしてきました。

クラシック音楽は私にとってスタンダードナンバーです。そして、どなたにとってもクラシック音楽はスタンダードナンバーなのではないでしょうか。クラシックはジャズの歴史よりもはるかに長く聴かれており、人々の耳に記憶として残っていますから。

JT:その前の年には、演奏者としてではなくリスナーとして『クラシック・レミニセンス』を編まれました。古典からコンテンポラリーまで幅広い選曲でしたね。

山中:作曲家は作曲するのが仕事で、演奏家は演奏するのが仕事、といった分業がなされてきたのと同じく、音楽を聴くことも仕事というふうに分業されて当然ではないでしょうか。私は音楽を聴くのが好きなタイプの演奏家で、音楽を聴くことも仕事としています。これだけ音楽が溢れていれば、それを聴き一つのアーカイブを作ることは、作品をつくることと同じです。自分の取り組んでいる音楽に関係あるものだけを聴くというのは演奏の一部であって、聴くことを仕事にするのとは少し違うかもしれません。

JT:こういうジャズとクラシックに橋を架ける仕事というのは、クラシックからジャズに転向した千尋さんの音楽の垣根を取り払いたいという想いが反映されているのでしょうか?

山中:ジャズもクラシックも音楽の素材であって、私にとっては何も変わりません。それに、私は「クラシックを勉強した」と言えるほどにクラシックを知っているわけでは決してありません。ですからクラシック音楽も、「この音楽で何が起こっているのか」とジャズに向かい合うような、新鮮な気持ちでいつも取り組んでいます。ジャズとクラシック両方を演奏する若いミュージシャンも増えていますので、数が増えれば自然に垣根のようなものはなくなります。

 

 言葉とめぐりあうような音楽に取り組めたらいいな

JT:音楽に関係のあるご家庭のお生れですか?

山中:まったく関係ありません。ただ、両親2人ともクラシック音楽をとても愛好して、自ら演奏するような環境でした。父はフルートやマリンバ、母はピアノやハープを弾きます。

JT:音楽の道に進もうと決心されたのはいつ頃ですか?

山中:バークリーを卒業して、自分の6作目の作品「ラッハ・ドッホ・マール」が出てから音楽を仕事にできたらいいな、音楽で進みたいな、と思いました。それまでは、特に音楽で仕事をしようとは考えていませんでした。

JT:高校、大学と桐朋でクラシックを勉強されていましたが、早稲田のジャズ研などに他流試合に出かけておられたようです。ジャズに興味を持たれたのはどのようなきっかけですか?

山中:他大学のジャズ研は見学に行っただけで、参加はしておりません。当時のいろいろなジャズ研で演奏されていた音楽は、私が興味のあるジャズとは違う、ということがはっきりわかったので、それはそれで行ってみて良かったかなと思います。

JT:クラシックを学んでいたピアニストが最も惹かれるジャズの要素とは?

山中:それぞれの演奏家で違うかと思います。私が一番惹かれたのは、自分が弾きたい音や弾かないことを自分で選べることのできる自由さ、ではないかしら。

JT:ジャズ・ピアニストでは誰を聴いていましたか?

山中:ジャズ・ピアニストなら誰でも聴いていました。今も出来る限り聴いています。音楽を聴くことが私の最大の楽しみだからです。

JT:桐朋学園大を卒業してバークリー音大に進まれますが、いつ頃どのようにして決心されましたか?

山中:桐朋に在学中にアメリカの大学に行きたいと思っていました。音楽専攻でなく、本当はリベラルアーツカレッジの文学部に行きたかったのに、何せ語学が全くできなくて、なんとか音楽で入学して転科しようと企みました。それまであまり自分に必要のない音楽以外の授業にはほとんど出なかったのですが、アメリカの大学に留学する時には、普通の学科の成績も考慮されると聞いて、真面目に出るようになりました。試験で選抜される少人数の東京の語学学校に行って。今でも語学学校の友人たちとは付き合いがあります。結局シラキュースでなくてバークリーに入学しました。ジャズがどうなっているのを知るのは今しかないと当時思ったからです。

JT:バークリー音大を首席で卒業されました。クラシック出身のピアニストが世界中から生徒が集まるジャズ系の大学を首席で卒業するのは並大抵の努力ではないと思いますが。

山中:全額の奨学金をいただいていたので、背に腹は変えられないと必死で勉強しました。日本人の同級生は、もともと凄く優秀な方が多かったです。

JT:千尋さんはエッセイストとしても活躍され、2013年に『ジャズのある風景』を上梓されておられますが、文学少女でもあったのですか?

山中:正統的な文学をきちんと真面目に読むというタイプではありませんでした。白水社や晶文社、みすず書房から出ている本がどれも好きでした。ブラッドベリやヴォネガットの小説、メイ・サートントかバージニア・ウルフなど何でも読みました。その他の芸術評論やジェンダー論、詩も社会学も読んだかと思います。子どもの頃は詩人になりたいと思っていて、高校生になった頃は、シャプサルみたいに、インタビュアーになりたいと真剣に思っていました。オリーブに掲載されていた酒井順子さんのエッセーが大好きで、憧れていました。今も酒井順子さんのご著書はほとんど全て読んでいます。

JT:芥川賞受賞作で読まれた作品はありますか?

山中:芥川賞に限らず、面白いと思ったものが近くにあれば何でも読みます。本当に節操なく何でも読みます。文字があれば読む勢いで。最近受賞された村田沙耶香さんはデビューからずっと好きです。芥川賞作家では赤瀬川原平さんの全集が出ないかなあと望んでいます。

JT:お好きな作家は?

山中:カーソン・マッカラーズ、グレイス・ペイリー、フラン・レボウィッツ、チママンダ・アディーチェ、ベル・フックス、アンジェラ・Y・最近ではダナ・レナムなど。ポール・オースターやデビッド・セダリス、ペレック、ベルンハルト、そして町田康さんや中原昌也さん。群ようこさんは昔から圧倒的に好きです。個人的で、どこか批評的、かつ、アバンギャルドで独自のユーモアに富んだものが好きみたいです。

JT:千尋さんのアルバムは1作1作が企画意図の明確な作品が多いのですが、これは例えば1冊の小説を書くような感覚で取り組まれるのでしょうか?

山中:そうおっしゃっていただくとそうかもしれません。ともかく私はぐうたらで、テーマを決めないと何にもやらないタイプです。

JT:千尋さんの音楽と文学の間で通底するもの、あるいは響き合うものはありますか?

山中:音楽と文学の間で通底するものを探すことは、青い鳥を見つけるようなもので、そう単純にはいかないような気がします。私自身は、文学と響き合うような音楽が好きなのです。文学というよりは言葉といった方が近いと思いますが。言葉とめぐりあうような音楽に取り組めたらいいなと常々思っております。また音楽を内包するような言葉でできた文学が好きです。

 

 現代音楽やジャズが出会うクリスマスの一夜

JT:現在は、ブルックリンにお住まいですが、ブルックリンやマンハッタンのダウンタウン・シーンで何か新しい動きが感じられますか?

山中:よりスポンテイニアスで、インプロビゼーショナルな音楽が多くなっているような気がします。トランプ政権になるとさらにまた変わるでしょう。ともかくジャズを演奏する楽器/ツールからしてビバップの時代とは全く違います。ですから自ずとジャズの方法論だって変わってきます。ラップトップがあれば一人でも多彩なことが可能なのです。

JT:母校バークリー音大の助教授に着任されましたが、ジャズの将来に対する展望は?

山中:ジャズはさらに両極にふれていくような気がします。古典的なものへの回帰と、より先鋭的な音楽へと別れていく。アカデミア(大学)というのは常に実験と実践が許されるユートピアですので、若いミュージシャンたちとそういう場所に身を置いて、研鑽を積んでいきたいと思います。

JT:NYではCDのメガストアが消えましたが配信でも音楽のクオリティーが保証されるとお考えですか?

山中:CDかLPか配信かmp3か、といった多くの選択があることが重要で、それに優劣をつけることは、個人の嗜好に優劣をつけるのと同じことです。これからは配信が、一番音のクオリティーが高くなるはずですが、ご存知のように音の良し悪しはビットレートだけで評価できるものでは決してありません。私たちの耳は最もアナログな有機的なツールですから、音の良さは心で決めなくては。CDストアに行けば、自分の知らないものに出会えることが素晴らしいので、アメリカでは中古レコードショップにはよく行きますし、日本に帰ったらいろんなCDストアに行きます。

JT:最後に夢をお聞かせください。

山中:先ほど、好きな文学のご質問に対し「個人的で、どこか批評的、かつ、アバンギャルドで独自のユーモアに富んだものが好き」と答えたのですが、私自身の音楽や活動が「ごく個人的で、批評的、アバンギャルドで独自のユーモアに富んだ」という言葉で、ごく自然に私の音楽を形容するものになるように、深く努力を重ねていく所存です。常に新たな気持ちで音楽に向かい、自分らしさのある生き生きとした演奏をしていきたいです。

その第一歩として、今回の東京オペラシティのコンサートは素晴らしい機会をいただいたと思っております。音楽の表現には様々な方法があります。最も豊かな音響に恵まれたタケミツメモリアルにて、現代音楽やジャズが出会うクリスマスの一夜にご立会いいただければ、これに勝る幸せはありません。

https://www.operacity.jp/concert/calendar/detail.php?id=7372

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