#289 コンポーザー/バンドリーダー 守屋純子
Interviewed by Kenny Inaoka via Cyber Media
♫ 守屋オケ7作目のテーマは<Tribute>
JazzTokyo:新作の完成おめでとうございます。オケでは何作目になりますか?
守屋:守屋オケとしては7作目、自分のアルバムとしては11枚目になります。わたしはCDとライブは、はっきり分けて考えています。ライブはその時点での自己表明ですが、CDは永遠に残るものなので<自分にしか作れないもの>を意識しています。全部自分の作編曲で、17名のメンバーを集めたビッグバンドで作品を作る、というのはかなり大変なことで、でも最高に贅沢で豪華なものを提供できるからこそ、録音する意味があると思っています。
JT:テーマやコンセプトはありますか?
守屋:今回のテーマは<Tribute>です。わたしは、今まで各時代の多くの方の影響によって、ジャズを続けることができていますので、その感謝の気持ちを表した曲が多いです。たとえば、リー・モーガンや、ミッシェル・ペトルチアーニに捧げた曲、BODY&SOULの京子ママに捧げた曲などがその例です。日本の歴史や文化を題材にとることは、とても大切なので、三浦按針や小惑星探査機<はやぶさ2>に捧げた曲などもあります。
JT:オリジナルは全て書き下ろしですか?
守屋:そうです。コロナ期間中に書いたものが多いです。
JT:スタンダード3曲のアレンジも今作のための書き下ろしですか?
守屋:そうです。わたしはどのアルバムにも必ず2曲くらいスタンダードを入れるようにしていますし、その際、なるべく有名な曲を演奏するようにしています。「良く知っているあの曲がこんな風に変化するんだ!」というのもビッグバンドの醍醐味だからです。今回は<Moon River><Emblaceable You><Golliwog’s Cakewalk>を編曲しています。
JT:そのために特に用意した編成やソロイストは如何でしょうか?
守屋:<Embraceable You>以外はビッグバンドです。このオケは、全員ソリストとしても有名なミュージシャンばかりなので、ソロは曲調により最も相応しいと思われる方にお願いしています。
JT:特にお気に入りの曲やソロはありますか?
守屋:ソロは全員素晴らしいですし、曲も全部気に入っていますが、ライブで人気が高い曲は、リー・モーガンに捧げた<Soulful, Mr. Morgan>です。わたしはこの曲は “令和のthe Sidewinder” だと称しています。the Sidewinderをリスペクトした曲は、世界中にたくさんあるでしょうが、“令和の“と、地域と時代を限定しているので、まあ許されるのではないでしょうか。
JT:録音にもこだわったようですが、スタジオでマルチ録音でしたか?
守屋:BigbandでCDを作るからには、録音はとても重要なポイントです。スタジオは、日本一良いスタジオのひとつ、Sound Cityで、96kHZ.32bit wavファイルのハイレゾ・マルチレコーディングです。オーディオファンの方にも、自信を持ってお勧めできます。
JT:マスタリングはどうですか?
守屋:オノセイゲンさんのスタジオ、サイデラ・マスタリングの根本智視さんにお願いしました。守屋オケについては、最近の4作品は全て、岡部潔さんの録音、サイデラ・スタジオでのマスタリングです。
JT:リリースの予定とレーベルは?
守屋:今までの作品は日本クラウンまたは、Spice of Lifeさんから出していましたが、今回初めて自主レーベル(Spiral)から、6/25に出します。ビッグバンドの録音には莫大なお金がかかる割に、昨今はCDが売れる目処が立ちにくいので、自分で責任を持つしかないですからね。
JT:リリース記念コンサートの予定は?
守屋:6/25、丸の内Cotton Clubにて、午後5時と午後8時(入替制)の2回で行いますので、ぜひいらしてください。その後、8/19に赤坂Jazz Dining B-flat、2026年2/27に渋谷さくらホールでも公演が決まっています。https://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/junko-moriya-orchestra/
♫ 早大ハイソエティーオーケストラからマンハッタン音楽院へ
JazzTokyo:早稲田大学ではどんな音楽活動を?
守屋:わたしは大学からジャズを始めたのですが、そのきっかけとなったのが、4年間の早稲田大学ハイソサエティー・オーケストラでの活動でした。私が最初に演奏したジャズはカウント・ベイシーなのです。
JT:続くマンハッタン音楽院ではどのような勉強を?
守屋:今は、インターネット中継でNYのライブを同時刻に見ることができたりしますし、国内でいくらでもジャズの勉強ができます。が、1990年頃は、まだ携帯電話すらなく、アメリカに行かなければ、アメリカで起きていることはわからなかったので、留学を決意しました。マンハッタン音楽院には、今NYのジャズ界で重要な地位にいるプレイヤーが、学生としてたくさん在籍していました。講師も超一流ミュージシャンばかりで、ピアノや編曲やアンサンブルについてとても多くの貴重なことを学びました。学校ではもちろん、NYという街自体から教わったことも多いですね。
JT:学びながら演奏活動もしていましたか?
守屋:NYでは、演奏の機会も多く、NY以外のフェスティバルや、ヨーロッパでの演奏なども体験しました。
JT:当時のクラブではどんなバンドが演奏していましたか?
守屋:当時はまだ、いわゆるJazz Giantsたちが存命で、ピアニストでいえば、Hank Jones、Tommy Flanagan、Roland Hana、Ahmad Jamal、McCoy Tyner などを直近で見ることができました。中堅から若手で人気があったのはKenny Barron、Kenny Kirkland、Geri Allen、Mulgrew Millerなどでしたが、後者3人は早く亡くなってしまったのが残念です。そして、Brad Mehldauはまだ20歳で、ニュースクールの学生でしたが、すでに「すごい奴がいる」と話題になっていました。若手では、Wynton Marsalis、 Steve Coleman、Terence Blanchardなど、ベテランでは、Joe Henderson、Orntte Coleman、 Abbey Lincolnなどが大人気だったと思います。
JT :帰国後にCDデビューを果たすのですね?
守屋:1997年録音の『My Favorite Colors/Junko Moriya Octet』ですね。この時はヴァン・ゲルダー・スタジオでの録音、プロデューサーがドン・シックラー、ライアン・カイザー(tp)、クリス・ポッター(as,ss,fl)、ウィリー・ウィリアムス(ts)、スコット・ホワイトフィールド(tb)、ハワード・ジョンソン(bs,b-cl)、ロン・マックルーア(b)、トニー・リーダス(ds)という、すごいメンバーでした。ドン・シックラーを紹介してくださったのは、故・児山紀芳氏で、私の原点とも言えるアルバムですね。
JT:そして、『Points of Departure』で受賞する。
守屋:これは守屋オケとしては2枚目のアルバムで、ドン・シックラーをプロデューサーとして、Sound Innスタジオで録音したもので、2005年度の「第18回・ミュージック・ペンクラブ音楽賞」をいただきました。音楽評論家・ライター・音楽学者など、識者の総意で決められる特別な賞ですから嬉しかったですね。ちょうど、日本人初のモンク賞をとった時期で、話題にもなり、今でも多くの社会人・学生ビッグバンドがこのアルバムの中の曲を演奏してくれています。
評論家では、児山さんの他、瀬川昌久、岩波洋三、悠雅彦、内田修の各氏に本当にお世話になりました。音楽家ではなんと言っても、高橋達也氏と、原信夫氏と、尾田悟氏。この方々が全員鬼籍に入られてしまったことは、何とも寂しいことです。
JT:続いて、セロニアス・モンク・コンペティション作曲部門で女性で初めて優勝。受賞曲を収録したアルバムは?
守屋:モンク賞の授賞式は、ワシントンのケネディー・センターで行われ、受賞曲を演奏、司会のハービー・ハンコックから優勝賞金を受け取りました。<Playground (2006)>という曲で、同名のCDに収録されています。ドン・シックラーのプロデュース、ライアン・カイザー(tp)、クリス・ポッター(ts)、近藤和彦(as)、エド・ハワード(b)、ビクター・ルイス(ds)というSextetでした。この時ライアンとクリスは既に、若手で一番の売れっ子となっていましたが、わたしがお願いできたのは、彼らはマンハッタン音楽院時代の同窓生で、学生時代同じコンボで演奏していたからなんです。二人とも昼の録音の後は、ヴィレッジ・バンガードでライブ、なんていうスケジュールでした。
JT:ルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオとは縁が深いようですね。
守屋:はい。1枚目(1997)と上記の『Playground』(2006)です。ルディ・ヴァン・ゲルダーは仕事には妥協がなく、厳しかったですけれども、普段はとても穏やかで優しい方でした。わたしがスタジオの階段に座っていると、「そこはコルトレーンがよく座っていたところだ」なんて言われたりとか、ピアノにセロニアス・モンクのサインがあったりとか、とにかく、ジャズの歴史を感じさせる場所でしたね。
新しいものが大好きで、新しい録音の機材や、ソフトが出ると、まずは購入して、試してみるとおっしゃっていました。そして、過去作品のリマスタリングも大好きだそうで、「日本のレコード会社はリマスタリングの機会をたくさんくれて、それに対してきちんと敬意を払ってくれるので、すごく感謝している」とおっしゃっていました。日本以外の国では、彼の許可をとらずに、過去の作品などを勝手にリリースしてしまうところも結構あるそうです。わたしは2007年に、『My Favorite Colors』のリマスタリングをお願いしたのですが、その時も喜んでやってくれました。日本では彼の人気はとても高いので、ぜひ来日してほしい、という声は常にあったそうですが、「録音技師は一裏方。自分はいつもスタジオにいて録音するのが仕事で、日本どころか西海岸に呼ばれても、ほとんど断っている」とおっしゃっていました。
ルディーの凄いところは、常に同じスタジオで、(モーリン・シックラー以外の)アシスタントを使わず、マイク・セッティング・録音・ミックス・マスタリング全てを全部自分で行うことですね。どちらの作品も<ヴァン・ゲルダーの音>になっています。
JT:近年は、コンテストの審査や後進の指導も。
守屋:<山野ビッグバンドコンテスト><浅草ジャズコンテスト><日本スチューデント・ジャズ・フェスティバル>の審査は長年やっていますね。その他、吹奏楽やエレクトーン・コンクールの審査も時々依頼されます。2000年から2023年までは尚美学園大学、2028年から昭和音楽大学でも非常勤講師を務めています。ピアノだけでなく、コンボやビッグバンドも担当していますので、教え子からはたくさんのプロが出ています。
また、最近の傾向として、専門家ではなく、一般の方に向けて教養としてのジャズを講義する<ジャズ講座>が人気です。現在、早稲田大学エクステンション、横須賀市民大学、浜松市文化財団などで、こうした教養講座を持っていて、ジャズの裾野を広げる活動もしています。
♫ デューク・エリントンがいちばん好き
JazzTokyo:音楽に恵まれた家庭でしたか?
守屋:特に父がクラシックが大好きで、家では、よくクラシックのレコードをかけていました。
JT:初めて手にして楽器は?
守屋:3歳からヤマハ音楽教室に入り、5歳でピアノの先生に個人的に習うようになりました。
JT:大学に入学するまではどんな音楽活動を?
守屋:クラシックピアノを習い、高校では軽音楽部に所属していましたが、ジャズは全く知らなかったですね。
JT:ジャズを聴き出したのはいつどんなきっかけでしたか?
守屋:これははっきり覚えていて、早稲田大学に受かった時に、社会人音楽サークルに入ったんです。そこに、四谷の<いーぐる>でアルバイトをしていた女性がいて、彼女が、「守屋さんはピアノが弾けるのだったら、これからはジャズをやった方が良い」と言い出して、<いーぐる>に連れていってくれて、何枚か彼女のお勧めだというアルバムを聴かせてくれたんですよ。1枚目がキース・ジャレットの『Facing You』、2枚目がバド・パウエル、ここまでは全く「??」という感じだったのですが、3枚目に聴かせてくれたオスカー・ピーターソン(多分『We Get Requests』)で、「ジャズって良いなー!」と思ったのです。
JT:好きなアーチストやアルバムは?
守屋:それは、たくさんいますが、一番好きなミュージシャンはデューク・エリントンですね。彼は1920年代から活躍していますが、わたしは、『Such Sweet Thunder』『Far East Suite』など、後期の組曲ものが特に好きです。作編曲家の面が強調されがちですが、ピアニストとしても素晴らしく『Money Jungle』はとても好きなアルバムです。他に数枚あげるとしたら、『Oliver Nelson / ブルースの真実』『Carla Bley / Social Studies』『Chick Corea /Now He Sings, Now He Sobs』『Bill Evans at the Montreux Jazz Festival』『Count Basie / Straight Ahead』などかなあ...。
JT:音楽観を形成するのに影響を受けたミュージシャンは?
守屋:やはり、演奏家としてだけでなく、作編曲家としての面も強いミュージシャンが好きですね。デューク・エリントン、チャールス・ミンガス、セロニアス・モンク、チック・コリア、カーラ・ブレイ、ウェイン・ショーター。その他、ビッグバンドのアレンジャーとしては当然サミー・ネスティコ、そして、ボブ・ミンツアー、ヴィンス・メンドーサ、ボブ・ブルックマイヤーなどは、特に好きなアレンジャーです。
JT:音楽以外に趣味はありますか?
守屋:それが、特になくて、本当に趣味と仕事が一緒になっている今の状況には感謝しています。
JT:ジャズを聴く主なメディアは?
守屋:CDプレイヤー、または、仕事上は、MACパソコンですね。なるべく良いスピーカーや、ヘッドホンを通すようにしています。
JT:CDプレイヤーを持たずスマホで済ます風潮をどう思いますか?
守屋:本当は良くはないですが、電車に乗れば、乗客のほとんどがスマホを見ている昨今、時代の流れで仕方ないかと思いますね。なにしろ、銀座の山野・ヤマハがソフトを取り扱っていない状況ですから。1970年代くらいまでは、ジャズ喫茶などもたくさんあったようですが、わたしが高校生くらいの時にWalkmanが出てきた時から、音楽は皆で聴くものではなく、個人で聴くものとなる傾向は、既にありました。スマホとか、YOUTUBEとかの音は、最初の頃は本当に良くなかったですが、最近はかなり改善もされていますし。これからCDを発売しようという時に、矛盾していますが、どんな名盤も、YOUTUBEでクリック1発で聴けてしまう<音楽は無料>という感覚の時代に、ソフトを販売するのはかなり難しいことです。逆にレコードはとても売れ行きが好調のようですが、レコードは音楽家側からしてみると、制作費がかなりかかるので...。
JT:SACD やハイレゾ配信などの高精細メディアに興味はありますか?
守屋:はい。今回のアルバムは、ハイレゾ配信も行います。
JT:それでは最後に夢を語ってください。
守屋:わたしは、なぜ、無理をしてでもビッグバンドのアルバムを制作するかというと、ビッグバンドであれば、まだわたしにも、新しい価値を付け加えることができると思っているからです。ビッグバンドには世界的な編成基準があり、常に新しいレパートリーが期待されており、良い曲であれば、必ず多くのビッグバンドが取り上げてくれるからです。国内はもちろん、海外からも常に譜面の問い合わせがあります。今後も、新しい良い曲を書いて、世界中の多くのビッグバンドの方に演奏していただき、ビッグバンドの隆盛に微力ながら貢献していきたいと思っています。